ドラッグフリー世界は実現したか?

国連ドラッグ犯罪事務所の詭弁

Source: The Ottawa Citizen
Pub date: June 15, 2007
Subj: Drug Free World, Can we do it?
Author: Dan Gardner
http://www.encod.org/info/A-DRUG-FREE-WORLD-CAN-WE-DO-IT.html


有力筋から得た情報によると、国連は、この1年以内に違法ドラッグ取引がほぼ一掃される見通しになったとする宣言を発表する。

コカイン、アンフェタミン、カナビスはもとよりヘロインもすべて一掃される。違法ヘロインが消滅すれば、タリバンの資金源も枯渇する。アフガニスタンで戦っている西側の兵士にとってはこれ以上の朗報はない。われわれの勝利は間近に迫っている......

新聞では、ヘロインの生産が記録的に増えたとか、アンフェタミン逮捕、カナビス栽培の手入れ、コカイン押収とか、密売価格にしても下がり気味で供給が増えているといった記事が毎日のように出ているのに、ドラッグフリーの世界がもうすぐ実現する?

読者は疑うかもしれないが、国連は間違いなくそう宣言している。

国連は、1998年、総会の特別部会で、「ドラッグフリー世界は実現できる」 (A Drug-Free World: We Can Do It.) というスローガンの下に、アメリカのクリントン大統領をはじめ各国の要人たちが結集した。報道もその様子を大々的に伝えている。

この集まりの目的は、その後の10年間の世界におけるドラッグ戦争を導くための政治宣言を作ることにあった。最初の草稿はアメリカが主体となって書かれたが、そこには、2008年までに違法ドラッグの取引を 「根絶」 するという野心的な目標が掲げられていた。

その後ラテンアメリカ諸国の要望で、根絶するというフレーズがややトーンダウンして、「根絶もしくは顕著に削減する」 と変えられたが、最終的には、宣言は次のような3大目標で構成されることになった。

  • ... 2008年までに、コカの木、カナビス植物、オピアム・ポピーの違法栽培を、根絶もしくは顕著に削減する

  • ... 合成ドラッグも含めた向精神薬物の違法製造、販売、流通を、根絶もしくは顕著に削減する...

  • ... 削減が求められている地域で顕著で目にみえる成果を2008年までに達成する

この宣言に署名した各国政府の代表はさぞ果敢な意志の持ち主だったに違いない。当時の国連ドラッグ・コントロール計画 (UNDCP、United Nations Drug-Control Program) ピーノ・アルラッキ事務局長は、「違法ドラッグに対して世界で挑んでも勝てるはずがないという否定論者もいるが、彼らは間違っているとはっきりと言っておく」 と書いている。

はてさてそろそろ約束の2008年だが、ドラッグの取引は減っただろうか? どう見ても、ドラッグ取引は以前にも増して盛んになっている。現在では、否定論者のほうが正しかったことを否定できる人などいない。

そのためにワシントンやニューユーク、ウィーンの現在のドラッグ戦争司令部は、この責任に対してどのようにコミットメントするかという問題に頭を悩ませている。一体どのようにすれば、ドラッグ世界戦争が無意味で破壊的な混乱を起こしていると人々が信じ込まないようにすることができるのか?

まず最初にやりそうなことは、2008年というデッドラインをとぼけてやり過ごすことだ。1998年のときの責任者たちは、デッドラインに疑問を投げつけた記者を大声で詰っていたが、現在の責任者たちはそうはいかない。何も弁解できる材料がないからだ。

デッドライン? 何のことでしょうか? 沈黙は金。そのことは情報操作の専門家ならば誰でも知っている。記者たちは、政府が言ったことについては書くが、政府が言わなかったことについては書かないからだ。

これが標準的な手順だが、ジョージ・オーウェル風に前向きに取り繕うとこも忘れない。歴史を書き換えるのだ。実際、この6月13日に国連ドラッグ犯罪事務所(UNODC)は、ドラッグ取引を 「根絶もしくは顕著に削減する」 という目標を反故にして、2008年は 「顕著で目にみえる成果を出す目標期限だった」 とごまかす特別声明を出している。

無節操な情報操作基準からすれば、これは極めて賢明な対応ということになる。世界中でドラッグが溢れている現状では、「根絶もしくは顕著な削減」 などと力んでみても受け入れられないが、「顕著で目にみえる成果」 というフレーズに置き換えてしまえば漠然として、統計で誤魔化すことも容易だからだ。彼らにとっては、目標を入れ替えて失敗を覆い隠すことは立派な業績になる。

さらに都合のよいことに、3大目標の1つとはいえ、「顕著で目にみえる成果」 というフレーズが宣言の中に出てくるので全くの嘘とも言えない。嘘が3分の2だからだ。

これをすべて官僚たちのゲームだと片付けてしまう誘惑にも駆られるが、それでは済まされない。この記事の読者はもちろんのこと、納税者がやっとの思いで納めた何億ドルという税金が毎年のように違法ドラッグ根絶という達成しえない目標のために浪費されているのだ。

このお金を使えば、エイズや結核やマラリアなどをコントロールできるのを始め、さまざまな事柄で何百、何千という人々の命を救うことができる。われわれの税金をドラッグ世界戦争に費すことが最善の道だなど言える人がいるのだろうか?

答はノーだ。ドラッグ戦争が良いことをもたらすのか? ドラッグを禁止することで、世界中のギャングたゲリラやテロリストを富ませている。その結果は、「ドラッグフリー世界」 というファンタジーに一歩も近づくことなく、アフガニスタンの砂漠からトロントなど世界中の都市の通りで見ることができる。

1998年にピーノ・アルラッキは、否定論者は間違っている、もう10年やらしてもらえれば分かる、と言った。

われわれは10年待った。結局、否定論者が正しかった。そして、この狂った政策を追い求めることで多額の収入を得ていい思いをしてきた人たちにその責任がある。

アルラッキのコメント:
Towards a drug-free world by 2008 - we can do it…  UN Chronicle, 1998 by Pino Arlacchi

この10年間を総括する国連の麻薬委員会 (United Nations Commission on Narcotic Drugs) の会合が2008年3月10日にオーストリアのウイーンで開催予定になっている。

現在、ヨーロッパでは、それに合わせてさまざまな会議やイベントが盛んに行われている。ヨーロッパで勢力的にドラッグの開放運動を展開しているENCODは、国連の会合の直前の3月7、8、9日にウイーンで イベント を計画している。

国連やアメリカのDEAなどのドラッグ関係機関はますます肥大化するにともなって、その活動は今や、ドラッグの根絶よりも自分たちの職業維持が目的になりつつある。

アルラッキも、成果を上げるためにはそれに見合った資金が必要だとして、当初から 金の無心 に熱心だったが、ドラッグ戦争の失敗が明らかになった最近では、アメリカ連邦麻薬局(DEA)の国際計画主任であるケビン・ホエリーはさらにエスカレートして次のように 語っている

「ドラッグ戦争という言葉は好きではありません。何故なら、戦争には常に始まりと終わりがありますが、ドラッグに対する戦いは決して終わることはないからです。」

このように現在では、ドラッグ戦争は勝つことを意味するのではなく、永遠に給料をもらい続けるための口実になってしまっている。ドラッグ戦争で潤っているのはギャングやテロリストたちだけではない。

2002年5月に現在の国連薬物犯罪事務所(UNODC)の事務所長になった アントニオ・コスタ は、ドラッグとは無縁の国連の経済機関で活動してきた経済アナリストで、前職はヨーロッパ復興開発銀行(EBRD)事務総長だったが、金に強いことで抜擢された(?)のかもしれない。

ドラッグと若者に関するヨーロッパ会議  (2003.10.30)

また、国連の2008年の会議に合わせて成果を誇示する必要性からなのか、最近の報告書ではわざわざ減少傾向を強調する細工までしている。


UN Releases World Drug Report 2007  (2007.6.25)


この他にも、ドラッグ使用率が低いスエーデンを特に取り上げて、そのドラッグ政策を絶賛する2007年2月付けの報告書なども発表している。しかし、スエーデンの統計資料は、もともとかなり恣意的で情報量も少なくバイアスがかかっている。この報告書でも、徴兵された新兵の聞き取り調査データがやたら使われている。スエーデンのドラッグ政策については内外からさまざまな批判もある。

Sweden’s successful drug policy: A review of the evidence  (2007.2)
従来の見積よりはるかに多いスエーデンのカナビス消費量  (2007.6.11)