データを曲解し誇張するカナビス報道

カナビスと精神病をめぐるランセット論文

Source: Guardian, The (UK)
Pub date: July 28, 2007
Subj: Cannabis Data Comes To Crunch
Author: Ben Goldacre, The Guardian
http://www.ukcia.org/news/shownewsarticle.php?articleid=12747


先日マスコミ各社は、カナビスが精神病を引き起こすというランセットの論文をいっせいに取り上げて論議を醸している。

この論文は、以前に発表されていた関連論文を「メタ分析」という手法で総合的に検証したもので、カナビスを吸った人が、その後、精神病の症状を発症したり統合失調症と診断される傾向があるのかどうかを調べている。メタ分析は、簡単に言えば、各論文に掲載された数値データのすべてを1枚の大きなスプレッドシートの上に展開して多量の計算を行い、統計的に最も妥当な結果を引き出すことを目的に行われる。

この結果について、デイリーメール紙は、「カナビスのジョイント1本でも吸えば、精神病のリスクが40%増える」 とするセンセーショナルなヘッドラインを掲げて伝えている。しかし、この主張は根本的に間違っている。

まず第一に、「イギリスの4つの大学から集まった研究チームは、世界各地で行われた35本の論文を分析した結果、カナビスを一度でも使えば、統合失調症になるリスクは41%上昇することが示された」 と書かれている。

しかし実際には、研究チームは175本の関連論文を調べて、11本だけを妥当な論文として取り上げ、そこに掲載された7組のデータセットで分析している。デイリーメール紙の主張する「35研究」はこの11本の他に、カナビスとうつ病について書かれていると研究者たちが指摘した24本の別の論文が加算されている。この点についてデーリーメール紙は何も触れておらず、統合失調症とうつ病を区別もしていない。

また、「テーンエイジのときにカナビスを使っていると何年か後に精神病になることは、以前の研究でも明確に示されている」 と書かれているが、デイリーメール紙が「以前の研究」と言っているのは、実は、今回のランセットの論文が分析している研究そのもので、結論を前提にする論点先取論法になっている。

さらに重要なことは、この種の研究の常でもあるが、研究者たちは、データの解釈にあたって白黒の2極に切り分けてしまうという問題がある。こうした手法では、簡単に因果関係があると決めつけることはできない。例えば、毎日カナビスを使っている常用者で精神病に似た症状が見られる場合でも、それは常にカナビスで酔っている状態に過ぎないこともあり、カナビスが精神病を引き起こしていると断定することは難しい。こうしたケースでは、通常、カナビスを中断すれば正常に戻る。

また、取り上げられているリスクの数値について注目してみるとさらに興味深いことがわかる。数字を強調して表現する場合には、「相対リスクが増える」という言い方が多いが、しばしば、「カナビスで精神病になるリスクが2倍になる」、「カナビスでリスクが40%増加」 などという刺激的な言葉も使われる。

だが、統合失調症に限って見れば、比較的まれな病気であるために基の数字が小さく、小さい数字同士から%や倍率を計算しても実態以上に大げさに見えてしまう。実際の姿は、実数ベースで確かめないと実感できない。そもそも、ランセットの論文が算出した数字が信頼できるかどうかという疑問もあるが、仮りにその数字が正しく、カナビスと統合失調症の間に因果関係もあるとすれば、カナビスの使用が原因で1年間に何人が統合失調症になるのだろうか?

ランセットの論文に寄せたデンマークの学者のコメントによると、イギリスでは、15才から34才の1550万人のうちカナビス経験率が40.2%で、リスクが40%増えれば、全精神病の14%がカナビスによって引き起こされることになる。だが、この数字を、統合失調症に限定して、デンマークのの発症実績の10万人中37人という数字を当てはめて見ると、イギリスにおけるカナビスによる統合失調症の年間発症者数は800人になるとしている。

しかし、この実数は、全カナビス経験者620万人の0.00013%に過ぎず、99.99%以上のカナビス・ユーザーは、カナビスで統合失調症にならないことを示している。

確かに、800人という数字自体は決して過小評価すべきではないが、実際問題としては、論文の示しているこうしたデータをどのように解釈して扱うかが重要になる。データの一面だけを誇張して人々を恐れさせることもできるが、明らかに独善的な臭いが強く残り、いずれ誰も真剣に耳を傾けなくなってしまう。

こうしたことは、マスコミや政治家のお気に入りである 「現在のカナビスは以前のものより25倍も強力になっている」 という浅ましいでっち上げの常套句に端的に見られる。誇張したドラッグの危険性を日常的に吹き込まれている若者たちは、いずれその嘘を見抜き、大人の言うことを信用しなくなる。

なかでも特に常道を逸している主張は、800人の統合失調者をなくすためにカナビスをB分類に戻して600万人のカナビス使用を止めさせるべきだという妄想で、ファンタジーを夢見ているとしか言いようがない。現実には、どのようなドラッグであれ、禁止措置を強化すれば、市場にはますます強力で危険な形態のドラッグが出現する。

われわれが語らなければならないのは、みんなの暮らすコミュニティや市場についてであって、神経レセプターとドラッグ分子の関係などではない。

ランセットの論文:
Cannabis use and risk of psychotic or affective mental health outcomes: a systematic review.  H.Moore, S. Zammit, et al. Lancet. 2007 Jul;370(9584):319-28  (pdf)

デイリーメールの記事:
Smoking Just One Cannabis Joint Raises Danger of Mental Illness by 40%  (2007.7.27)

今回の論文のメタ分析の対象になった過去の論文ついては、単純な質問だけで実際には統合失調症の診断が行われていなかったり、自己申告データの不確かさや、他のドラッグの影響などの交錯因子の除去やベースラインの設定がまちまちであることなど、方法論的に さまざまな問題 が指摘されている。

こうしたデータを基にして、いくら分析しても結果はやはり問題が内包されたままで信頼性が改善されるわけではない。ほぼ同じ論文を総合的に検証したマクラウドらは、「カナビスと精神病の害の関連を示すエビデンスがあることは確かだが、しかしながら、このエビデンスの範囲や強度については一般に思われているよりも弱く、さらに、これらの因果関係については明確というにはほど遠い」 と結論付けている。

いずれにしても、カナビスによって統合失調症が引き起こされるとすれば、世界中でカナビスの使用が増えているのと伴って統合失調症も増えるはずだが、この論文でもその証拠を示すことができていない。

また、因果モデル の最大の弱点も依然そのままに残されていて、説得力に乏しい。

この論文の著者で研究を率いたザミット教授も、ランセットが配信しているポッドキャストのインタビューの中で、「カナビスの使用が本当に精神病のリスクを増加させるのでしょうか?」 という質問に対して、次のように答えている。(Soft Sercret Magazine Issue 6 - 2007 30p, Cannabis, Mental Health and the Media)

「いいえ、そうとまでは言えません。……この論文の結果は、カナビスが精神病を引き起こすという因果関係まで示しているわけではありません。この種の疫学研究では、関連を説明するために他の要因を考慮する必要がありますが、考慮していない要因が絡んでいる可能性もありますので、交錯因子を調整した後でも他との関連を完全には排除できないのです。」

「しかしながら、われわれの立場から社会に何らかのアドバイスをしようと思えば、たとえ現時点で入手できるエビデンスが不十分なことがわかっていても、近い将来に今より上質のエビデンスが得られるという確証がない限りは、結局のところ、その時に利用できる最善のエビデンスを使わざるを得ないのです。」