ヘンプ歴史の概要



Detail of a Hemp Museum tapestry.

Hemp Museum print of John Adams drafting the Articles of Confederation on hemp paper.

●今日では、大半の科学者は人類がアフリカで誕生したと考えています。ヒト科の動物には、われわれの祖先とは違ったいくつもの系列もあったようですが、おそらくアフリカから離れることなく絶えてしまいました。残りは何百年もかかってアフリカからアジア・ヨーロッパ大陸に拡がっていきました。ある系列は腕や頭蓋骨の調査から3300万年前のものだとされています。

右は2000年5月12日のロスアンジェルス・タイムスの記事ですが、二つの頭蓋骨の化石は人類がアフリカから中近東に移動してきた最も古い証拠だと述べています。頭蓋骨は1700万年前のものとされおり、アフリカから移動してきた最も初期の人類の祖先はここで初めてヘンプに出会ったのだと思われます。ヘンプ草は中近東や中央アジアが起源だと考えられているからです。

 

●遺伝学の研究からは北京原人の起源がアフリカにあることが明らかにされており、アフリカからヒトの祖先が拡がり、アフリカが人類のゆりかごだったという上の説を信憑性を示しています。拡散し人種の違いが形成されるのには非常に長い年月が必要でした。ヘンプと人類は150万年以前に最初の移動が起こったときに、食物として出会ったと考えられています。ヒトの系列の一つがホモ・エレクトスで、およそ100万年前にアフリカから移動を始めました。

われわれの祖先はいつごろからロープを利用するようになったのでしょうか?  インドネシアのフローレス島で発見された木製の道具からは、初期の人類が木のツルや動物の皮から作ったロープで竹のいかだを組んでいたことが示されています。ヘンプの繊維をより合わせたロープはそれよりも前からあったのでしょうか?  それとももっと脳の発達したホモ・サピエンスがヘンプ・ロープを開発するまで待たなければならなたっかのでしょうか?

最新のDNA研究ではアフリカからのホモ・サピエンスの出現について新しい見方が提示されています。ホモ・エレクトスのDNAのデータと世界中から集められたDNAを比較調査した結果、アフリカでホモ・サピエンスが出現したのはわずか10万年前であると推定されています。 私は、大きな脳がホモ・サピエンスと他のヒト系列との社会の違いを生み出したと推測しています。なぜなら、ロスアンジェルス・タイムスの報告にもあるとおり、現在では他のヒト系列はアフリカでさえ絶滅してしまっているからです。DNAの調査からは他の種別との交配があったとは認められていません。

   

●人間のヘンプの歴史は新石器時代の紀元前6000年から15000年にまでさかのぼります。ヘンプは中近東で人類最初に耕作された作物の一つです。報告によればヘンプは布が作られた最初の作物です。突き詰めれば、農業は人類が過去から現在までに成し遂げたもののなかでも決定的な大事業だったということができます。人々はそれによって狩猟経済を捨てて村や農場を作るようになりました。 右の写真は1956年4月16日のライフ・マガジン「人類の叙事詩   農業の発見」という記事から。

ヘンプの」起源については「ヘンプ栽培」という本でも次のように記述されています。『ヘンプの起源は中央アジアで、イランやアフガニスタン、カザフスタン南部、シベリア南部の一部ではいまでも野生のものが生育している。これらの地域から東西へ拡がっていった。』

紀元前2700年ころに発明を奨励していた蒼頡(そうけつ)という神が漢字を思いついたといわれています。ヘンプを表す古代中国の漢字は4700年前に作られ、雄と雌の植物が繊維を作るために乾燥小屋に入れられていたことを示しています。(コンラッド説)

1942年第二次大戦中に農民たちにヘンプの栽培を奨励するためにアメリカ農務省によって作成された 「ヘンプで勝利を」 という宣伝映画では次のように述べています。 『はるか昔、古代ギリシャの神殿がまだ新しかったころ、すでにヘンプは人間の役に立つものとしては古い部類に属していた。それまでには何千年も前から中国や極東の国々で糸や布の原料として栽培されてきた。』

●ヘンプのロープやより糸、魚網などは、おそらく、織布の製造より前に起こりました。馬に乗るために利用されたヘンプのロープと鞍は現存しており、発見されている最古の鞍はシベリアのスキタイ人たちがヘンプで作ったものです。

●「リネンの本」によると、『ヘンプが最初に使われたのはおそらく中央アジアで紀元前3000年以上前までさかのぼることができます。ヘロドトスの著作は大げさで悪評の高いが、紀元前5世紀に熟練したスキタイ人とトラキア人たちがヘンプから上質の布を織っていたと次のように書いています。「大した経験もない者ならばそれがヘンプなのかリネンなのか区別がつかぬ。麻布を見たことのない者にはリネンの服に見えるに違いない。」』手織の麻布は1万年前から人々の衣服になり、いまでも世界の傍らでは続いているのです。

   

(左)東南アジアの伝統的な婚礼衣装はヘンプで作られています。ロスアンジェルスのゲティ・ミュージアム・ブックの写真から。
(中)ホッカを吸う男  Hooka Badar。当館のギフト・カードから。
(右)「酒飲み女」1627年。ヘンドリック・ブルガーン(オランダ、1588-1629)。キャンバスを使った油絵。キャンバスは正確にはヘンプのことです。ロスアンジェルスのゲティ・ミュージアムの絵から。

●ヘンプのロープや帆は6000年にわたって商船や軍艦を動かし、海を通じてこの惑星を探検し新しい土地の発見を可能にしてきました。ヘンプ製の帆であるキャンバスは風を捕らえ、またヘンプ製のロープはときには16階建てのビルにも相当する高さのマストを支えて帆船に推力を与えました。

  

●パルプ原料を使った本格的な紙とヘンプの歴史は強く結びついています。紙は歴史や思想、本、発明などの媒体として使われ、それなしにはどんな文明も起こり得なかったでしょう。最初のパルプ用紙はヘンプと木の皮から105年に中国で作られ、最初の印刷はヘンプの紙に行われ、最初の本もヘンプ用紙で作られました。以来2000年間、紙は当たり前のものとなり、ヘンプは工業の大黒柱になりました(「紙の年代記」を参照)。風車を利用したオランダの製紙業は高度に発達し、ヘンプは紙の主原料の一つになりました。


手書きで文字を書き絵を描いた初期の本。
本は、粗い紙や動物の皮を使った羊皮紙で作られました。

●ヘンプの茎は中華料理の燃料として使われ続けています。また、ヘンプの種は有史以前から食用に供され、ヘンプ・オイルはいつの時代にもランプの明かりとして使われてきました。ヘンプから作ったカナビス医薬品は5000年ものあいだ死亡事故の記録は1件もないほど安全に利用され続けてきました。


ヘンプの束が中国式のかまどに立て掛けられています
(Hom,Ken「中国の味覚」)

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