豪傑逮捕(その1)

注) 地域語(いわゆる「方言」)は不慣れのため不正確です。また、「」内の会話は一字一句正確なわけではありません。



午前8時過ぎ、豪傑の部屋に出入りしている大麻を吸わない大酒呑みが突然うちに現れた。気がついたのは洗濯物を干していた女房で、居間にいた俺は起き抜けで、まだ着替えも洗面もしていなかった。

「Oさんが来たよ」

外の物干し場から女房に声をかけられ、玄関に出てみると、引き戸が開き、白い無精髭面の大酒呑みOが俺を手招きして外に呼び出した。Oは豪傑の旧知の男で、歳も豪傑と同じくらいだろう。Oは他に誰もいないのに、人に聞かれるのを憚るような小声で言った。

「よぉ、カッちゃんち、なんだかいっぱい来てるぜ。普通じゃねぇよ。大変なことになってるだ。あれはオマワリだよ。間違いねぇ。・・・なぁ、五千円貸してくれよ。今日、近所の衆呼んで一杯やることになってただよ。カッちゃんが銭出すことになってただ。カッちゃんも顔出すって言って。そんでおめぇ、行ってみたらえれぇことになってただ。運動靴がいっぱいさ。あれ、今日はまた朝からいっぱい人が来てやがんな、なんか集まりでもあるだかと思って入ってただよ、したらおめぇ、なんか様子が変じゃねぇか、うつ伏せにされてんのがいたぜ。二人だな。確か二人だ。一人は髪がこんなんなって染めてる奴だったね。あれは寝てんじゃねぇと思うよ、寝てられっこねぇさ。カッちゃんは見えなかったね、奥にでも連れてかれてんだろ。こりゃえれぇこったと思ってオメェんとこにまず一番に知らせに来ただよ。・・・・・よぉ、五千円貸してくれよ」

なんだか要領を得なかったが、豪傑宅にガサが入ったらしい。俺はデジカメを持って寝起きの格好のまま家を出た。五千円の使い道がよく分からなかったが、なけなしの五千円をOに渡して言った。

「俺だってカネねぇぞ。いつ返してくれんだよ」

「明日にでも返すよ」

俺は車に乗り込んでエンジンをかけた。Oが五千円札をひらひらさせながら声を上げた。

「俺は行かねぇよ、これから酒買って戻らなけゃなんねぇだ」

車で5分ほどの豪傑宅に行くと、地元ナンバーの2トン車レンタカーが出入り口の前に駐車してあり、そこに一人四十過ぎの男が手持ち無沙汰な様子で立っていた。俺はレンタカー屋の運転手かとその時は思ったが、近畿厚生局麻薬取締部(近麻)の取締官であることを後で知った。

その男が引き止めることもなかったので、俺は二階の客間に続く階段のドアを開けた。多数の運動靴があり、階上に多数の動く気配があった。

「おじゃましまーす」

俺はいつものように声をかけて階段を上がっていった。と、若い男が俺の声に気づき、姿を見せ、数段降りてきた。私服の男は見たことのない顔だった。俺の進路を塞ぐようにして男が言った。

「誰?」

「白坂です。」

「なんの用?」

「桂●さんに用があって。」

「今ちょっと入れないから。」

「なんで?」

「・・・・・」

「●川さんに会わせて下さい」

「ちょっと待って」

男は片手を広げて俺を押し止めるようにし、奥に声をかけた。すると巨漢が姿を見せ、俺を見た。俺を押し留めている男が「白坂だって」と巨漢に告げると、巨漢が中に戻った。俺の位置からは二階の部屋は見えなかった。すぐに別の男が姿を見せた。貫禄の男は捕り物の親方のようだった。

「なんだ、お前は誰だ」

威圧するような野太い声で親方が言った。

「俺は桂川さんのホームページを作らせてもらってる白坂です」

「白坂? 何しに来た」

「写真を撮りにきました。」

俺はデジカメを見せて言った。

「写真? 写真なんか撮ってどうすんだ!」

「ホームページに載せるんです。」

「なにぃ?ダメだ、出ていけ。捜索中だ! 邪魔すんな!」

尚も親方は威圧的だった

「邪魔はしませんから写真を撮らせて下さい。」

「ダメだ、出て行けよ。」

「令状は持ってるんですか?」

「お前に関係ないだろう」

それでも二言三言食い下がったが、公務執行妨害とか言い出されるとマズイと思い、ひとまず階段を降り、外に出た。俺を押し留めた男とは別の二枚目が俺に張り付くように一緒に出てきた。

「外からなら写真撮ってもいい?」

俺が聞くと、二枚目は少し考えるような素振りを見せて、

「ちょっと待ってて」

と言って中に戻った。親方に確かめるつもりらしい。すると、二枚目だけでなく、親方も一緒に出てきて、

「敷地内に入るな、写真は外からでもダメだ。いいか、邪魔すんなよ」

そんなことを言って中に戻った。

俺は敷地ぎりぎりの所に立ち、引き続き俺に張り付いている男に声をかけた。

「敷地の外からなら写真撮っていい?」

「いや、写真はやめて」

二枚目は穏やかに応じた。

豪傑は大麻取扱者免許を取得して道路際に金網の檻を作り、そこで大麻を栽培していたが、すでに跡形もなかった。だが、半ば自生した株が金網の外にも生えており、麻取りは気づかなかったのか、その丈40センチほどの1本だけが残っていた。

敷地に面する道はパトカーも通ることがあるような舗装道路だ。

道路を渡り、歩道に座り、どうしたものか考えた。豪傑宅に出入りしている者に顔見知りはいたが、一人の電話番号も知らなかった。

自宅の女房に電話を入れ、豪傑の知人であり大麻問題にも詳しいA氏に知らせるべく、連絡先をネットで調べてもらい、ガサ入れ中の豪傑宅前から携帯電話で一報を入れた。

つづく

 

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