弁護人の弁論要旨
<1>総論
弁護人としては、大麻取締法は違憲であり、被告人は無罪であると考える。仮に、大麻取締法が違憲ではないとされる場合、本件公訴事実記載の犯罪事実については被告人もこれを認めており、弁護人としてもこれを争わないが、弁護人は、諸般の事情に照らし、被告人については刑の執行を猶予するのが相当と考える。
<2>大麻取締法の違憲性
1.大麻の危険性・有害性について
(1)大麻の依存性
「文字通り世界の医師のバイブルとして無数の人々の治療に役立ってきた」医学書の権威である「メルクマニュアル」(第17版日本語版)によれば、「大麻の慢性的ないし定期的使用は精神的依存を引き起こすが、身体的依存は引き起こさない。」「多幸感を惹起して不安を低下させるあらゆる薬物は(精神的)依存を惹起することがあり、大麻もその例外ではない。しかし、大量使用されたり、やめられないという訴えが起きることはまれである。」「大麻は社会的、精神的機能不全の形跡なしで、時に使用できることがある。多くの使用者に依存という言葉はおそらく当てはまらないであろう。」「多量使用者は薬をやめたときに睡眠が中断されたり神経質になると報告されている。」が「この薬をやめても離脱症候群はまったく発生しない」(報告書1「メルクマニュアル」第17版日本語版第15節 精神疾患 195章 薬物使用と依存 「大麻(マリファナ)類への依存」)
したがって、大麻には耐性もほとんどなく、大麻に対する身体的依存は皆無である。
(2)大麻の毒性
大麻草の成分である「テトラヒドロカンナビノール(以下「THC」という)は極めて安全な薬剤である。」(報告書4「マリファナの科学」197頁)。「大麻の不正使用は広く行われているが、大麻の過量摂取で死亡した例はほんのわずかしかない。英国では、政府統計で1993年から95年までの間に大麻による死亡例が5件挙げられているが、くわしく事情を調べると、いずれも嘔吐物が喉に詰まったことが原因で、大麻に直接起因するものではない(英上院報告1998)。ほかの一般的な娯楽用薬物と比較すると、この統計は際立ってくる。英国では毎年、アルコールによる死亡者が10万人以上、タバコに起因した死亡者が少なくともこれと同数だけ発生している」(同書197頁)。「どんな基準に照らし合わせても、THCは急性効果、長期的効果で、極めて安全な薬剤だと考えなくてはならない」(同書200頁)。
マリファナの身体的効果については、マリファナ研究について最も権威のある報告書とされている「マリファナ及び薬物乱用に関する全米委員会」の1972年報告(以下「全米委員会1972年報告」という。)では「身体機能の障害についての決定的証拠はなく、極めて多量のマリファナであっても、それだけで人体に対する致死量があるとは立証されていない。また、マリファナが人体に遺伝的欠陥を生み出すことを示す信頼できる証拠は存在しない。」「結論として、通常の摂取量ではマリファナの毒性はほとんど無視してよいといっている」(報告書3「法学セミナー」1980年7月号31頁)。
「大麻の使用は薬物問題ではあるが、その毒物学的意味は不明である。」(報告書1「メルクマニュアル」)。
したがって、大麻には毒性もない。
(3)大麻の有害性
「マリファナを批判する人々は有害作用に関する数多くの科学的データを引き合いに出すが、重篤な生物学的影響があるとする主張の大部分は、比較的大量の使用者、免疫学的、生殖機能についての積極的な研究においても、ほとんど立証されていない」(報告書1「メルクマニュアル」)。
マリファナの吸引について、「習慣的使用者のかなりの割合で慢性の気管支炎を引き起こし、長期的に見た場合に気道の癌とのつながりが指摘される恐れがあるため、安全上長期的使用を勧めることができない。」とされるが、これはあくまでもタバコ吸引と同様、自らの健康の問題であり、他者に対する有害性はない。しかも、米国医学研究所は、その報告「マリファナと医薬」(1999)のなかで、安全性の問題について「マリファナはまったく害のない物質というわけではない。さまざまな効果を伴った強力な薬物である。だが、吸引にともなう弊害を除き、そのほかの用途ではマリファナによる副作用は許容範囲にあるといえる。」(報告書4「マリファナの科学」231頁ないし232頁)とされている。
したがって、マリファナにはその煙の吸引に関してタバコと同程度かそれ以下の有害性しかない。
(4)大麻使用による他者に対する危険性
前記の全米委員会1972年報告によれば「マリファナが暴力的ないし攻撃的行動の原因になることを示す証拠もない」。さらに1973年報告によればマリファナ使用と犯罪との関係について、「マリファナの使用は、暴力的であれ、非暴力的であれ、犯罪の源ともならないし、犯罪と関係することもない。」と結論している(報告書3「法学セミナー」1980年7月号31頁)。
したがって、マリファナは他者の法益を侵害する危険性もない。
2.大麻の医療利用
他方、「大麻は何千年にもわたって医薬として使われてきた。」「中国で紀元前2800年頃、初めて出版された漢方薬の概説書「神農本草経」は大麻を便秘、通風、リウマチ、生理不順の治療薬として推奨している。大麻製剤はその後何世紀にもわたって中国の本草書で推奨され続けたが、特にその鎮痛効果は外科手術の際、痛みを抑えるために利用されてきた。」
「インド医学も中国と同じくらい長い大麻利用の歴史をもっている。」「古代アーユルヴェーダ体系では大麻はヒンドゥー人のための医薬品として重要な役割を果たし、今日でもアーユルヴェーダ実践者たちによって利用されている。」
「アラブ医学やイスラム系インド人の医学ではハシーシュ(大麻樹脂)や「ベンジ」(マリファナ)について多くの記述が見られる。大麻は淋病や下痢、喘息の治療薬として、また食欲増進剤、鎮痛剤として利用された。」
「大麻は中世ヨーロッパの民間療法でも広く知られ、ウィリアム・ターナー、マッティオーリ、ディオスコバス・タベラエモンタヌスの本草書でも治療効果のある植物として記述されている」(報告書4「マリファナの科学」136頁ないし137頁)。
「日本でも繊維用ばかりでなく、医薬品として用いられてきた。日本薬局方でも1886年に交付されて以降、1951年の第5改正薬局方までマリファナが「インド大麻草」、「インド大麻草エキス」、「インド大麻チンキ」という製品名で収載され、鎮痛剤、鎮静剤、催眠剤などとして用いられてきた」(報告書3「法学セミナー」1980年7月号31頁)。
「20世紀のほとんどの期間、西洋医学は大麻利用にわずかな関心しか示さず、大麻の使用が米国で1937年、法的に禁じられたのを皮切りに、1970年代には英国をはじめほとんどのヨーロッパ諸国がこれに追随する動きを見せた」が、「英国医師会(BMA)は1997年、治療現場での大麻利用についてまとめた影響力のある報告のなかで<多くの通常法を順守する市民、おそらく先進国の何千という人たちが、治療のために大麻を非合法的に使っている。>と記している」
「こうした非合法の自己治療に最も深い関わりを持つのが、他の鎮痛薬では治すことのできない慢性の痛みに苦しむ人たちである。具体的には、痛みを伴う筋痙攣を頻繁に起こす脊髄損傷や、そのほかの痙攣症状を持つ患者や、エイズ患者、多発性硬化症(MS)を患う患者などである」(報告書4「マリファナの科学」146頁)。
「大麻を使って自己治療している患者が指摘するような医療効果の一部を、そのような領域の人たちが享受できる現実的な可能性がある。自己治療の患者は通常、既存の薬が効かなかった人たちであり、症状を治すためのオルターナティヴ・メディスン(代替医療)に切り替えようとしている。大麻は多くの人たちにとって、何世紀もの間、民話や民間医療に根付いてきた自然療法・薬草療法として、付加的な魅力を備えている」(同書153頁)。
3.大麻取締法の違憲性
(1)大麻取締法の規定とその問題点
大麻取締法は、大麻の栽培、輸出入について懲役7年以下、所持、譲渡について懲役5年という重罰が規定され、選択刑として罰金刑が予定されていない。
この大麻取締法の保護法益は、毒物及び劇物取締法1条や麻薬取締法1条のような目的規定がないため法文上明確ではないが、通常国民の保健衛生であるといわれている。
しかし、国民の保健衛生といった抽象的な観念が保護法益とされていること自体が問題である。
また、アルコールやタバコが大麻の吸煙以上に保健衛生上害があることは前述の通り明白であり、なぜ大麻がより強く規制されなければならないかという点は全く不明確である。
(2)大麻取締法の違憲性(法令違憲)
基本的人権は「公共の福祉に反しない限り」最大限尊重されなければならない。とりわけ刑事罰、特に懲役刑は人の身体、行動の自由に対する重大な制約であり、人権保障の観点からして必要最小限のものでなければならないことは当然である。
したがって、大麻取締法が憲法13条や31条(適正手続の保障)に適合するためには、その保護法益が具体的で明確であり、かつ法定刑も適正なものでなければならない。
ところが、大麻取締法の保護法益はきめわて抽象的であり、しかも大麻は他人にも自らの健康にもアルコールやタバコ以上には害を与える危険すらないのである。むしろ、アルコールやタバコの方が有害かつ危険なのである。
また、大麻が医療利用され、大麻を使って自己治療している患者が医療効果を享受しているにもかかわらず、大麻取締法を持ってこれを禁ずることは患者の生存権を侵害するものである。
よって、大麻取締法の罰則規定は、幸福追求権(憲法13条)、生存権(憲法25条)を侵害し、その制約は必要最小限のものではなく、さらにその法定刑は過度に重いから憲法13条、25条及び31条に反し違憲である。
(3)大麻取締法の違憲性(適用違憲)
また、本件の場合、栽培及び所持は主に医療利用目的、一部自己使用であるところ、少なくともかかる医療目的及び他者に迷惑をかけない自己使用の栽培および所持に大麻取締法の罰則規定を適用することは、その限りで憲法13条、25条、31条に反する。
<3>情状
1.前科・前歴について
被告人には、21年前、19歳のときに業務上過失傷害により罰金の略式命令を受けた以外に前科前歴は一切ない。
被告人は、大麻取締法を除けば、およそ犯罪とは無縁の真面目な社会生活を営んできたものである。
2.薬物使用歴
被告人は、約20年前、21歳のころから約2年間米国に滞在していた間に大麻を経験した。そのころ、コカインやクラックと呼ばれる薬物も勧められて試したことがあるが、危険を感じてすぐにやめた。
米国から帰国したあと、友人が海外から持ち帰った大麻を少量譲り受けて使用したことが数回あるが、それ以上に密売人から入手しようとしたことはない。
7年前に桂川と知り合ってからは、同人から譲り受けた大麻を使用していたが、密売人等からの入手はない。使用量は大量ではなく、使用による悪影響は一切ない。
4・5年前に桂川宅でLSDを一度だけ使用したことがあるが、一度限りである。
したがって、被告人には、大麻を除く薬物に対して親和性も依存性もない。もとより、大麻には身体的依存がないことは前述の通りである。
3.栽培状況及び栽培免許申請
(1)栽培状況
被告人は以前にもわずかな株数は自己使用目的で栽培していたことがあるが、本件のような株数を栽培したのは本年4月以降の栽培が初めてである。
本件で栽培していた339株のうち、自己使用目的のものはハイブリッド2株である。残りは品質の落ちるF2・F3で、いずれも医療用としてこれらを必要としていた病人に無償で譲り渡す予定であった。
(2)栽培免許申請
被告人は合法的に栽培することを意図して、本年5月30日頃、長野県知事に対して大麻栽培者免許の交付申請をしている。この申請は同年6月27日付で却下処分になっているが、その後も異議申立、医療利用研究目的での再申請などを予定していた。
申請却下後も栽培していたのは、行政上の最終的な判断が出るまでは決着がついていないと考えて公然と栽培していた。
<4>医療目的
大麻は前述のように古くから医薬として使用されてきたのであり、現在も多くの国で合法ないしは少なくとも事実上の医療的利用が認められている。このことを知った被告人は数年前より大麻の医療目的利用に関して研究し、大麻について政府が医療利用について合法化するよう活動してきたものである。
(・・・俺は医療目的に関して何も活動してないよ、そんなコト言ってない・・・)
その一環として本件栽培に及んだもので、もとより営利目的などはない。
<5>譲渡状況
(1)医療目的の譲渡
押収された339株のうち、ハイブリッド2株を除く大半の株は皮膚癌、ヘルニア、メヌエル氏病、神経痛などで苦しむ病人の痛みを緩和する薬草として無償で提供される予定であった。本年5月上旬頃にはすでに60株につき知人を通じて病人に無償で提供している。
(2)その他の譲渡
被告人は大麻少量を2・3人に譲渡したことはあるが、いずれも桂川氏から譲り受けた大麻の一部であり、本件栽培によるものではない。対価を得て譲り渡したものはない。
<6>大麻及び大麻取締法に対する考え方
「大麻は無害であるから個人的な使用は認められるべきである。」さらに「大麻の医療効果は広く認められているのであるから医療利用も認められるべきである。」「大麻取締法は悪法であり、違憲である。」といった考え方は今も変わるところはない。
但し、悪法であっても、法治国家においてはこれを遵守しなければならないことは今回の逮捕により真摯に自覚している。
<7>反省状況
被告人は、公然と大麻を栽培していたのであって、逮捕も覚悟の上行動ではあったが、二ヶ月近く拘置所で過ごした後、ようやく保釈されたことにより、妻子や両親に多大な精神的・経済的苦痛を与え、自らの事業でも甚大な損害を被ったことから、自らの行いを深く反省悔悟し、今後は二度と違法行為を行わない旨、誓っている。
<8>保釈後の生活と今後の生活について
(1)仕事について
被告人は、ホームページ作成、パソコン教室、レンタルサーバーの運営管理などを行う有限会社マイジャを経営し、ほとんど一人で運営してきたが、長期にわたる逮捕・拘留により、取引中止やキャンセルが相次ぎ、経営的には極めて厳しい状況にある。
しかし、被告人は家族のためかかる困難な状況の中で遅れを取り戻すべく、一所懸命働いている。
(2)家族について
被告人は、妻、子3人とともに暮らしてきたところであるが、自らの行いによりその家族らに多大な迷惑をかけたことを詫び、二度と違法行為を行わないことを誓うとともに、今後は家族を大切にしていくことを誓い、保釈後、これを実践している。
<9>処遇について
被告人には業務上過失傷害以外の前科・前歴はなく、これまでおよそ犯罪とは無縁の真面目な社会生活を営んできたこと、大麻には耐性も依存性もないこと、被告人が自らの行いを深く反省悔悟し二度と違法行為を行わないと誓っていること、家族の監督が期待できることなどに照らせば、被告人には再犯のおそれはなく、施設収容の必要性もないから、被告人については社会内において更正する機会が与えられるべきである。
4.結論
以上に述べた通り、大麻取締法は違憲であって被告人は無罪であるが、違憲でないとする場合には、諸般の情状に照らし、被告人に対しては刑の執行を猶予されたく弁論する次第である。
弁論が終わり、裁判官が俺を証言台に招く。最終意見陳述。