京都刑務所からの手紙

投稿日時 2009-01-16 | カテゴリ: 桂川さん裁判

京都刑務所に服役している桂川さんから手紙が届いた。新年早々には仮釈放かと期待していたのだが、満期まで解放されないようだ。全文を公開する。


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お元気ですか。便りがないので心配しています。ネットの準備をしておいて下さい。この手紙も公開してかまいません。

私の仮釈放に向けての仮面接が昨年10月21日に、本面接が12月5日に行われましたが、結局私の仮釈放は不許可となりました。理由は、私が反省していないことと、大麻事件が社会問題になっている折柄、社会感情が私の仮釈放を許さないということでした。したがって、私の出所は刑期満了の5月12日と確定しました。

仮面接は保護観察所の観察官と行いました。四十代中頃くらいの人で、事件のことや私の家族のことなど詳しく知っていました。
なぜ私が「控訴までして裁判を闘ったのか」の質問には、「15年前に初めて大麻で検挙された時、談合のような裁判に同意してしまったことに忸怩たる思いがあった」と答えました。そしてつい調子に乗って、現行の大麻裁判や薬物規制のあり方を批判してしまいました。
この面接時に、懲役の間ずっと気に掛かっていたことが判明しました。それは、事件の取り調べの当初、大阪地検の担当検事が吐き捨てるように言ったことでした。

「中島らもが裁判で何て言ったか知ってるか!」

この時は検事は何も語りませんでしたが、5年後に観察官の口から聞くことができたのです。

「中島らもはとうとう反省せずに死にましたねえ。裁判ではこんなことを言っていましたよ」

資料を見ながら語ってくれました。中島らもが裁判で言ったことは

「大麻は生きるエネルギーである。私は大麻をやめない。これからも吸い続ける」

だったようです。
この係官は幻覚植物にとても興味を持っており、地元の山で採れる幻覚キノコの話をしているうちに時間になってしまいました。
仮面接は厳しくなかったものの、本面接の相手は意地の悪そうな年配の更生保護委員でした。いろいろ突っ込まれて困りました。
この人はまるで悪魔のようで、仮釈放を貰うことは悪魔と契約するように思えたものでした。
「大麻は害悪のあるものと認めるか」の詰問に、「大麻そのものは悪いものとは思わない」と答えました。「大麻取締法をどう思うか」の問いには、「目的が不明で不備がある」と答えました。
なるべく当たり障りのないように受け答えをしましたが、面接の最後に委員から冷たく言い放たれました。
「充分反省しているとは言えませんねえ。君の仮釈放については協議することになります」

そして12月24日に私の仮釈放は不許可とする告知書が届きました。
早くシャバに出たいのは山々ですが、世界のパラダイムシフトが起きているこの時期に、旧来からのあざとい欺瞞的仮釈放制度に迎合することはできませんでした。たった4か月やそこらの懲役免除と引き換えに自らの魂を汚すことはできないのです。そんなことをしたら「あの裁判は何だったのか」ということになります。

同囚達は皆「嘘八百を言ってりゃいいんだ。シャバに出ちまえばこっちのもんだ」と言っていましたが(事実、ほとんど全員、面接では心にもないことを述べていることを吐露しています)、将来のことを考えれば、たとえ方便とはいえ自分の信念を曲げることはできませんでした。捕まるようなことはもうしませんが、この国では言論の自由は保障されているのでまた運動を展開することができます。これで良かったと思います。
しかし、中島らもは裁判であんなことを言っても実刑にはなりませんでしたねえ。初犯ということで前例に倣って執行猶予になったのでしょう。

満期出所確定となったことで、結果として私の主張は一貫したものになりましたが、取り調べでも裁判でも、本音と建前のあいだを行きつ戻りつ、心は揺れました。それに較べれば、厚労省のマトリ達の本音と建前の使い分けは見事なものでした。担当官は取り調べを始めるにあたって「大麻は酒、タバコと同列である」と宣言しましたし、学生時代にレゲエバンドをやっていて大麻を吸っていたとか、ジョン・レノンの大ファンだとかのマトリには開いた口が塞がりませんでした。そんな矛盾を私が非難すると、「我々は法に従って仕事をしている」と繰り返すだけでした。この言葉は東京裁判で戦犯達が言った「私は命令に従っただけだ」の言い訳に重なるように思えました。

厚労省といえば昨年11月に元次官らが襲撃された時は不覚にも「ざまーみろ」と思ってしまいました。厚労省職員がこの事件を真摯に受け止めて、本来の国民のための行政に改めてもらえばいいと思いました。しかし容疑者はとんでもない勘違い男で、元次官の死はまったくのムダ死になったようです。やっぱりバチが当たったということなのでしょうか。退官して、所管する公益法人などを何社も渡り歩いて巨額の退職金をせしめるなんてことはもうやめさせなければいけません。こんな人達を我々は公僕として養っているなんておかしなことです。この国のシステムは上にいけばいくほど本音と建前の乖離が大きくなるようです。

では我々は何故税金を支払っているのでしょうか。もちろん納税は勤労、教育と並んで国民の義務とされていますが、このことを納得するように説明した人はいなかったように思います。私が生まれた時には現行の体制はできていました。現行システムに同化して生きている者には、その不備や矛盾は判らないのです。しかし、収監されて、アウトローとして生きているヤクザさん達の話を聞いて納得する点が多々ありました。

京都刑務所は関西最悪の刑務所といわれ、関西中のワルが集まっています。規律は厳しく、工場によってはヤクザが半分くらいいます。最初に入房した雑居房でも6人中3人がヤクザさんでした。彼らなら私の主張を理解されると思い、大麻合法化論を披露したら、意外にも非難されてしまいました。曰く、「大麻なんか自由化されるはずはない。捕まったら土下座して謝って刑期を短くするようにしなくてはいけない。刑が終わればそれでチャラなのだから、また見つからないようにうまくやればいい。そもそも大麻なんかで捕まるなんて馬鹿馬鹿しい。こんなことで刑務所に入るのは割りに合わないから、シャバに居るうちに密売でも密輸でも何でもやって稼いでおけ」--こんなことを説教されてしまいました。ヤクザさん達は皆シャブでパクられているのですが、「どうせやるならシャブをやれ」と言われる始末でした。「シャブは国が開発して国が売っていたもんや」 この言葉が彼らにとっての免罪符になっているようです。

ヤクザさんたちは決して官物支給の日用品は使用しません。すべて自前で購入したチリ紙や石けん、肌着を使用しています。理由を訊ねると「官の世話にはならん」でした。私にも私物購入を勧めました。その一方で、私が領置金の管理の不安を口にすると「官のやることは間違いないんや心配するな」と言われました。一体どういうことなのか、つらつら考えるに、ヤクザさん達は国というものは日本最大の暴力団であるとする認識ではないかということです。

税金というのは、みかじめ料であり、不当な大麻規制はシマ内で勝手なことをするなということなのです。民主主義だ何だといっても、しょせんこの国は官僚独裁国家なのです。そして、すべての価値観はカネなのでしょう。カネの多寡によって量刑の軽重が決まる現実を拘置所で見ました。私選弁護士を頼めば執行猶予になるような事件で「金が無くて泥棒したのにそんな金があるわけねえ」と嘆いていた人がいました。塀の中は弁護士選任にしても保釈にしても、もちろん物品購入にしてもすべてカネの世界です。マトリ達が私のことを日本最大の大麻密売人と決め付けたのも、彼らの価値観がカネに基づいていたからです。大麻の無害性を知悉しながら不当な規制をやめないのは、従来通りにやっていれば給与にありつけるから、ただそれだけなのです。

一時のマスコミの大麻非難報道は異常でしたね。これは大麻非難翼賛体制とでも呼んでいいと思います。戦争中の翼賛体制は政府のウソを隠すことでした。天皇は神ではなかったし、大東亜戦争は侵略戦争だったのです。御用学者を動員した大麻害悪論も、現行の大麻取締法が根拠のないペテンであることの証左ではないでしょうか。日本の大麻自由化も、それを押しつけた大親分のアメリカの変化を待たなければいけないでしょう。その意味では、オバマ新大統領にはちょっと期待したいですね。

5月13日か14日に会うことを楽しみにしています。農作業も始めなければいけませんが、ちょっと遅くなってしまいますね。
前田さんに私の出所のこと等知らせて下さい。


09.1.13. 桂 川 直 文  


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獄中にあって、大麻取締法を撃ち続け、その射程を「国家とは何か」という問題にまで敷衍して思索する桂川さんの精神性の高さに、改めて敬服する。

桂川さん、あれからもずっと、私も闘いを続けています。私もまだ執行猶予中です。
独房のラジオから流れてくるのを聴いて涙が出たと、服役前の短い保釈のときお話になっていた曲を捧げます。






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