平成17年3月11日宣告 裁判所書記官 櫻井 秀史
平成16年(う)第835号
判 決
本籍 ×××××
住居 ×××××
桂川 直文
上記の者に対する大麻取締法違反(変更後の訴因 大麻取締法違反,覚せい剤取締法違反,麻薬及び向精神薬取締法違反)被告事件について,平成16年4月14日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し,被告人から控訴の申立てがあったので,当裁判所は,検察官藤田義清出席の上審理し,次のとおり判決する。
主 文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中270日を原判決の懲役刑に算入する。
理 由
本件控訴の趣意は,弁護人丸井英弘作成名義の「控訴趣意書1」「控訴趣意書1の訂正と補充」「控訴趣意書1の補充2」「控訴趣意書1の補充3」「控訴趣意書1の要約と補充」「控訴趣意書1の要約と補充2」並びに弁護人金井塚康弘及び同丸井英弘連名作成名義の「控訴趣意書2」に記載されているとおりであるから,これらを引用する。
原審で取り調べた証拠を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討し,以下のとおり判断する。
第1 控訴趣意中,理由不備の主張について
論旨は,原判決は,大麻の有害性を証拠に基づかずに公知の事実として認定しており,道路交通法で薬物使用が規制されている以上に大麻取締法で大麻を規制する具体的理由を説明していないから,原判決には理由不備がある,というのである。
ところで,控訴理由として刑訴法378条4号前段に規定された,いわゆる理由不備というのは,同法44条1項,335条1項により必要とされている判決に付すべき理由の全部又は重要な部分を欠く場合をいうものである。所論のいう大麻の有害性や大麻取締法で大麻を規制する理由は,被告人側が原審において大麻取締法が憲法に違反する旨主張した上で問題とされたいわゆる立法事実にすぎないから,刑訴法44条1項,335条1項は,これを認めた理由まで判決に記載することを必要とするものではない。原判決が刑訴法378条4号前段に規定された判決に付すべき理由を付しているのは明らかであるから,原判決に理由不備はない。
論旨は理由がない。
第2 控訴趣意中,原判示第1及び第3の事実(大麻営利目的譲渡)に関する事実誤認の主張について
論旨は,原判決は,原判示第1及び第3の事実として,被告人が営利の目的で大麻を譲り渡したと認定したが,被告人には商売としての営利性がなかったから,原判決には,事実の誤認がある,というのである。
しかしながら,関係証拠によると,営利の目的を認め,原判示第1及び第3の大麻営利目的譲渡の事実を認定した原判決の認定,判断は,正当として是認することができ,原判決が「弁護人の主張に対する判断」として説示するところも十分首肯することができる。
すなわち,関係証拠によれば,被告人は,自ら大量の大麻を栽培しては,これを不特定多数の大麻愛好家に譲渡してカンパという名目で1回数万円から10万円程度の代金を得ることを繰り返して,年間数百万円の代金を得て,自己の生活費や大麻栽培の経費等に充てていたところ,その一環として,原判示第1及び第3の相手方に対し,大麻を渡し,これに対して8万円ないし10万円を受け取ったことが認められる。大麻取締法にいう営利の目的があるというには,商売としての営利目的があるまでの必要はなく,財産上の利益を上げるという意味での営利の目的があれば足りるところ,上記認定事実から,被告人に財産上の利益を得る営利の目的があったと認定されるのはやむを得ないところである。
その他,所論に即して検討しても,原判示第1及び第3の事実に関して所論の事実誤認はなく,論旨は理由がない。
第3 控訴趣意中,原判示第2の事実(大麻営利目的栽培)に関する事実誤認の主張について
論旨は,原判決は,原判示第2の事実として,被告人が営利の目的で大麻を栽培したと認定したが,被告人は,長野県から大麻栽培を黙認されたと誤信しており,犯意がなかったから,原判決には,事実の誤認がある,というのである。
しかしながら,関係証拠によると,長野県から大麻栽培が黙認されたと被告人が考えたとは到底認められないとして,原判示第2の大麻営利目的栽培の事実を認定した原判決の認定,判断は,正当として是認することができ,原判決が「弁護人の主張に対する判断」として説示するところも十分首肯することができる。
すなわち,関係証拠によれば,被告人は,平成5年に大麻栽培を含む大麻取締法違反の罪で懲役2年,4年間執行猶予の判決を言渡しを受けたにもかかわらず,その後も,大麻の使用は妨げられるべきでないなどと主張し,平成13年に,長野県知事に対し,経口及び喫煙摂取する目的で大麻を栽培する免許を申請したが,これを却下され,これに対し異議申立てをしていたことが認められる。これらの事実に照らすと,被告人は,長野県から大麻栽培を黙認されたと誤信したわけではなく,大麻栽培を許可されておらず,大麻栽培が違法な犯罪であることを十分に承知した上で,あえて,法律を犯して大麻を栽培していたものと認められる。被告人の故意等の主観的要素に欠けるところはない。
その他,所論に即して検討しても,原判示第2の事実に関して所論の事実誤認はなく,論旨は理由がない。
第4 控訴趣意中,法令適用の誤りの主張について
論旨は,(1)大麻取締法の罰則規定は,大麻に有害性がないこと,あるいは,仮にこれがあるとしても,刑事罰をもって規制しなければならない程度の有害性がないことなどに照らして,憲法13条,25条,31条等に違反し,(2)大麻取締法は,社会的必要性がないのに,第二次世界大戦後の占領政策として制定されたものであって,法制定過程そのものに問題があり,憲法31条,12条,13条等に違反して立法された法律であって,無効であり,(3)大麻に関する広告を禁じる大麻取締法4条1項4号,25条は,憲法13条,19条,21条に違反し,法律の保護法益が不明確なこととあいまって,大麻取締法全体が違憲であり,(4)本件の大麻の栽培等は,主に医療利用目的,一部自己使用目的でなされたものであるので,これに大麻取締法の罰則を適用することは,その限りで憲法13条,25条,31条に違反し,いわゆる適用違憲ないし運用違憲であるから,本件に大麻取締法を適用した原判決には法令適用の誤りがある,というのである。
1 所論(1)について
大麻の有害性は,かねてより所論が指摘する最高裁判所の決定を含む多くの裁判例において肯定されており,多くの裁判所においては公知の事実として扱われるに至っているものであるけれども,所論が大麻の作用に関する医学的研究の進展等を指摘するので,あらためて検討してみても,関係証拠によれば,近時の医学的文献において,大麻には,幻覚・幻聴・錯乱等の急性中毒症状や判断力・認識能力の低下等をもたらす精神薬理作用があり,初心者などに対して急性の精神症状をもたらすことがあるなどとされており,大麻が人の心身に有害であるとはいえても,有害性が極めて低いとはいえないことが認められる。
弁護人から大麻の有害性の有無に関する証拠として提出された書証は,大麻関連物質に関連した異常行動の発現及び治療薬への応用について平成16年の時点において大学研究者らによって研究が継続されていることを指摘するもの,大麻は状況によっては精神異常を引き起こすが,治療効果もあるとし,大麻の毒性は使用方法や使用量と関係があることを示唆する精神科医の見解,大麻が相応の精神薬理作用を有することを認めつつ,大麻が長期的に人体に影響を及ぼすかどうかについて解明されていない点があることや,大麻の精神薬理作用が覚せい剤等よりも軽いことなどを指摘する各種の研究や調査結果を報告するもの,大麻の個人による使用を刑罰をもって規制しない国があることを紹介するもの,大麻の経済的有用性や歴史的意義等を指摘する文献等であり,上記大麻の有害性の認定を左右するものではない。また,この点に関する被告人の供述も,大麻の精神薬理作用が覚せい剤等よりも軽いものであるとしつつも,大麻が相応の精神薬理作用を有するものであること自体は認めるものであって,上記大麻の有毒性の認定を左右するものではない。
大麻が精神薬理作用を有する薬物であって,その有害性も否定できないことから,これを国民の保健衛生上の危険防止という公共の利益の見地から規制することは十分に合理的であるから,どの範囲で法的規制を加え,どのような罰則を定めるかは,原則として国民の代表者によって構成される国会の立法裁量に委ねられていると解される。そして,大麻の譲渡等に対する罰則規定は覚せい剤や麻薬の譲渡等に対する罰則と比較して重いものではないことなどに照らすと,国民の代表者により構成される国会の立法がその裁量を逸脱したものであるとは認められない。したがって,本件大麻の営利目的の譲渡,栽培及び所持に関する大麻取締法の罰則規定は,憲法13条,25条,31条等に違反しない。
2 所論(2)について
前記のとおり,大麻を国民の保健衛生上の危険防止という公共の利益の見地から規制することは十分に合理的であるから,第二次世界大戦後の占領政策がきっかけとなって国会で審議の上大麻取締法が制定されたとしても,国会における審議そのものに憲法が反する点がうかがわれない以上,大麻取締法の制定過程に問題があり,同法が,憲法31条,12条,13条等に違反して立法された法律であるとはいえない。
3 所論(3)について
大麻に関する広告を制限する大麻取締法4条1項4号,25条の規定は,本件大麻の営利目的の譲渡,栽培及び所持に関する大麻取締法の規定とは別個の独立した規定であるから,仮に大麻取締法4条1項4号,25条が,憲法に違反しても,大麻取締法が全体として違憲であるとはいえないし,本件に関係する大麻取締法の規定が違憲であるともいえない。また,前記のとおり,大麻取締法は,大麻の有毒性が否定できないために,大麻を国民の保健衛生上の危険防止という公共の利益の見地から規制するものであるから,大麻取締法の保護法益が不明確であるとはいえず,大麻取締法が全体として違憲であると解すべき理由はない。
4 所論(4)について
関係証拠によれば,被告人は,大量に栽培していた大麻を医療関係者に販売するのではなく,不特定多数の大麻愛好者に反復継続して販売し,年間数百万円の代金を得て,財産上の利益を得ていたこと,大麻の医療的な効用や利用方法については研究の途中であって,医療的な利用方法が確立していないこと,一部の大麻の譲渡人においては,被告人やその知人が宣伝している大麻の薬効について関心を有していたが,医療関係者の助言に基づいて譲り受けているわけではないことなどが認められ,これらの事実に照らすと,被告人が主に医療利用目的,一部自己使用目的で大麻の栽培等に及んだとはいえないから,本件についていわゆる適用違憲ないし運用違憲をいう所論は前提を欠いている。
以上,所論はいずれも採用できない。
論旨は理由がない。
第5 控訴趣意中,量刑不当の主張について
論旨は,要するに,被告人を懲役5年及び罰金150万円に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というのである。
本件は,営利目的による大麻の譲渡2件(原判示第1,第3),営利目的による大麻の栽培1件(同第2),営利目的による大麻の所持と非営利目的による覚せい剤,麻薬及び麻薬原料植物の所持1件(同第4)の事案である。
被告人は,平成5年に大麻取締法違反の罪で懲役2年,4年間執行猶予の判決の言渡しを受けたにもかかわらず,大麻の使用は妨げられるべきでないなどと主張して,本件大麻取締法違反に及んだのみならず,本件覚せい剤取締法違反,麻薬及び向精神薬取締法違反にも及んでいるのであって,犯行に至る経緯及び動機に酌むべき点がない。被告人は,営利の目的で,94本もの大麻草を栽培し,3.5キログラム以上の大麻を所持し,少なくない量の大麻を譲渡していたのであって,悪質な犯行態様である。被告人が所持していた薬物は,被告人が無害であると主張する大麻のみではなく,覚せい剤,麻薬,麻薬原料植物に及んでおり,被告人の薬物への親和性は顕著である。これらの事情に照らすと,被告人の刑事責任は相当に重い。
そうすると,被告人が今後は合法的に活動する旨述べていること,従兄弟が今後の監督を約していること,父親も今後の指導を約する手紙を提出していることなど,被告人のために酌むべき諸事情を十分に考慮しても,原判決の量刑はやむを得ないものであって,これが重過ぎて不当であるとはいえない。
論旨は理由がない。
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における未決勾留日数の算入につき刑法21条を適用して,主文のとおり判決する。
平成17年3月11日
大阪高等裁判所第6刑事部
裁判長裁判官 近江 清勝
裁判官 渡邊 壯
裁判官 西崎 健児 (※「崎」は異体字)
これは謄本である。
平成17年3月14日
大阪高等裁判所
裁判所書記官 櫻井 秀史 (印)
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