最高裁への異議申立書

投稿日時 2005-07-06 | カテゴリ: 桂川さん裁判

平成17年(あ)第820号 大麻取締法違反ほか被告事件
被告人  桂川 直文

異議申立書

2005年(平成17年)7月1日

最高裁判所 第3小法廷 御中
裁判長裁判官 藤田宙靖殿

弁護人  金井塚 康弘

頭書被告事件につき、平成17年6月28日上告棄却の決定があり、同月30日決定謄本の送達を受けたが、下記理由により異議を申し立てる。

異議の理由

一 はじめに
御庁がなされた6月28日付の上告棄却決定は、理由が簡略に過ぎ、根拠も示されず、理解し難いものであって、裁判を受ける被告人、国民の側からすれば、憲法に保障された裁判を受ける権利(憲法31条、32条)というものはこの程度の意味しかないものかと誤解を招く虞すらある。

二 意見条文の摘示遺漏
同決定は、弁護人の上告趣意に対して、「大麻取締法の規定違憲をいう点」は、「前提を欠き、」「その余の弁護人金井塚康弘の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、量刑不当の主張であり、」等とまとめられ排斥されているが、弁護人の6月2日付上告趣意書は、漠然と「違憲をいう」に過ぎないものではない。
また、弁護人は、「法令違憲」、「適用違憲ないし運用違憲」は主張しているが、上記「規定違憲」などは主張していない(憲法学の用語としても上記のような表現は寡聞にして弁護人は知らない)。
弁護人は、市民的不服従としての非暴力の反法行為を処罰するのは、憲法12条に違反し、大麻について、合法化されているアルコールや煙草以上の有害性は医学的、薬学的に証明されておらず、むしろ医薬品、嗜好品、医療品、建材等としての有用性、有益性があるのに、刑罰をもって規制するのは、過度の規制であり、個人の幸福追求権、自己決定権(憲法13条)ならびに生存権(憲法25条)を侵害し、罰金刑の選択刑もない法定刑一律に過度に重いことから、刑事法の基本原則である法定手続の保障、罪刑均衡の原則(憲法13条、31条)にも違反すること、法令違反のほか、少なくとも本件のように医療目的での使用が含まれる場合は適用違憲ないし運用違憲となることを個別条文をあげて詳細に論じている。
しかるに、上告棄却の理由中に弁護人が何条の違憲の主張をしているのかの個別具体的な摘示もないということは、弁護人作成の上告趣意書をいささかも具体的には検討いただいていないのではないかと強く推認でき、非常に遺憾である。ちなみに、憲法何条に違反するのかを具体的に主張しない上告趣意書による上告申立は、適法でさえない(最決昭和43.3.22ほか)。具体的に何条の主張についてか摘記しないで記載された上告棄却理由も同じではなかろうか。
さらに上告趣意書の提出から棄却決定が出されるまでに25日程度しかなく、医学記録や国際文書の検討、精査という点から鑑みれば早きに失し、このことも上記推認を補強するものと思料する。

三 核心的問題点を素通りした同決定
そもそも、薬物に限らず、合法的な医薬品・化粧品・食品・嗜好品などを含むいかなる物質であっても使い方や使用量を誤れば人体に有害に作用するものであり、有害性を完全に否定することは不可能であり、その必要もない。「有害性を否定できない限り」およそ国会の立法裁量でどのような立法も原則合憲であるとするなら、特に法規制で基本的人権が侵害されている場合、救済の途が閉ざされる。
核心的問題点は、何らかの精神薬理作用や有害性があるとしても、それが、身体の自由を奪う強度の刑罰(懲役刑)を伴う程の規則が必要なほど有害な実質があるのかどうか、より有害性の明らかなアルコールや煙草が未成年の摂取を規制しているに過ぎないのに、不均等にも強度の刑罰を伴う規制をする理由や正当化根拠は何か、である。刑事法の基本原則である法定手続の保障、適正手続の保障、罪刑均衡の原則(憲法31条)から、まさに慎重に考量、判断されなければならない問題である。
同決定では、「大麻が所論のいうように有害性がないとか有害性が極めて低いものであるとは認められないとした原判断は相当であるから、[違憲の主張の]所論は前提を欠」くとして、弁護人の主張を排斥される。しかし、「有害性がないとか有害性が極めて低いものであるとは認められない」としても、現在のような身体の自由を奪う強度の刑罰を伴う程の規制が必要なほど強度の有害性の実質があるのかどうか、その立法事実を、最新の医学的、化学的知見等に照らして検証、審査するのが、個人の幸福追求権等の諸自由、諸権利を守るべき司法裁判所の責務である。「強度の有害性が認められる」とは裁判所も認定できない以上、違憲審査に踏み込むべきなのである。
ましてや、大麻取締法は、保護法益すら明らかでない法律であり、近似の非犯罪化、非刑罰化が進められている世界的情勢は、1審以来主張し、立証し続けてきたことである。

四 最近の大麻取締りについての立法的事実精査、検討の重要性
少量の大麻製品の非常習的な自己使用目的の行為は訴追を免除すべきであると結論付け、大麻法自体と基本法違反と断じた少数意見も付されているドイツ連封憲法裁判所の1994年3月9日決定(弁6)等の海外の裁判所の動向も参考にされるべきであり、また20世紀末から21世紀に入って加速している大麻についての欧米先進諸国の最近の非刑罰化、医療合法化等の顕著な合法化傾向(弁10、弁21、弁25、弁26ほか)に鑑みても、約60年前の大麻取締法制定当時や20年前の最高裁の合憲決定が出された時点とでは、大きく法規制を支える立法事実が変化している。

さらに、規制緩和が要請されているわが国全体の昨今の社会情勢からも(特に薬事法の数字の規制緩和のための改正も参照されたい)、大麻取締法自体が見直しを求められていることは、明かである。法規制の見直しをしないのは、明らかに国会の怠慢である。
最近の医学的、科学的根拠にも裏打ちされた上記欧米を中心とする先進国で大麻規制が非犯罪化され、非刑罰化されている状況は、現時点での法律の合憲性、違憲性を支える重要な立法事実として、十分に考慮に入れられなければならないのである。
それを「前提を欠く」などとして、事実審理をせず、違憲の強度のおそれのある法律の審査に踏み込まないのは、残念ながら、司法裁判所の職責放棄といわざるを得ない。

五 司法裁判所としての責務
立法、行政の過誤、怠慢を糺すことこそ、司法裁判所の責務である。
理に基づいた個人の自由、権利の主張が窒息させられようとしているのであるから、これ以上意味のない「立法裁量」の隠れ蓑で違憲の瑕疵(かし/引用者注)を覆い隠し続けてはならない。特に人の健康や人心の自由にかかわることについて、法律の改廃、修正は、一刻の猶予もならないはずである。大麻(THC)の薬効を欧米の大手製薬会社が研究して、抗うつ剤やエイズ、末期癌の患者に対する薬として製品化もされ始めている世界的現実を直視しなければならない。
以上により、本件上告趣意に鑑みるならば、6月28日付け上告棄却決定は、理由が付されておらず、内容に明らかに重大な誤りがあると愚考せざるを得ないものであり、人権擁護の最後の砦である司法裁判所の責務を放棄したとの誹りすら免れ得ないものであると考える。
よって立法事実の検証、すなわち、記録の精査と再度の考案を求め、敢えて異議申し立てに及んだ次第である。

六 むすびにかえて
最後に司法裁判所の責務ないし「実質的法治国家の実現」という点に関して、次の法律書の一節を特に掲記したい。

「第2次世界大戦後、まず最も強く指摘されたのは、『法律による行政の原理』とは、『法律によってさえいればよい』あるいは『法律によりさえすれば何でもできる』ということと同義ではない、ということであった。これは、…しばしば『形式的法治国に止まらず実質的法治国の実現を』という表現によって主張されたところである。
この『実質的法治国』ないし『法の支配』の標語の下に問題とされてきたことは、伝統的な『法律による行政の原理』との関係では、おおよそ2つの事柄であった、ということができよう。第一は、『法律による行政の原理』とは、行政はともかく法律に従ってさえいればよい、ということなのではなく、その場合、法律自体が一定の内容の保障のあるものでなければならない、ということであり、第2は、伝統的な『法律による行政の原理』のみでは、これを如何に全行政活動にわたり貫徹したとしても、国民の権利救済という観点からは不充分なものが残る、ということである。
ところで、右の第1については、実は、日本国憲法が立法権に対する関係でも基本的人権を保障し、更に、裁判所に違憲審査権を与えているということにより、法制度は一応の決着がなされている、と言うことができる。」(藤田宙靖『第3版 行政法Ⅰ(総論)[改訂版]』、1995、122頁以下)

以上


〔桂川さん裁判〕
金井塚弁護士から最高裁への異議申立書の写しが届きました。
「はじめに」として、金井塚弁護士は「憲法に保障された裁判を受ける権利というものはこの程度の意味しかないものか」と、支援者の率直な感想と重なる見解を述べられています。
 
上告趣意書で同弁護士は具体的に憲法の条項を挙げて大麻取締法の違憲性を主張しましたが、最高裁はその内容に一切触れず、上告から僅か25日という短時日で棄却の決定を出しました。
これについて弁護士は「憲法何条に違反するのかを具体的に主張しない上告趣意書による上告申立は適法でさえない。具体的に何条の主張ついてか摘記しないで記載された上告棄却理由も同じではないだろうか」と、最高裁の上告棄却こそが適法でない点を主張し、「弁護人の上告趣意書を具体的にはいささかも検討いただいていないのではないか」と疑問を呈しています。
 
「むすびにかえて」に引用されている一節も痛烈です。最高裁サイトによると、藤田宙靖裁判長の「裁判官としての心構え」は「絶えず,「何故そうなのか」を問いつつ,そうした結論になった理由をできるだけわかりやすく説明するよう心がけながら,裁判に臨みたいと思います」とあります。藤田宙靖裁判長には誠意ある言行一致の回答をお願いしたいものです。

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