「大麻」 という言葉はいろいろな意味で使われるが、医療関係では普通、カナビス・サティバやカナビス・インディーカ種の植物の花を乾燥させたバッズのことを指して使われる。人間が大麻を薬として使うようになったのは非常に古く、有史以来からだと言われている。
(写真はワシントン大学医学部リハビリ・メディシン学科グレゴリー・T・カーター MD)
大麻草には400以上の化合物が含まれているが、この草にだけ見られる独特の化合物も60種類ほどあり、それらを総称してカナビノイドと呼んでいる。
衛生に配慮した医療用大麻。品種の違いによって効果に広いバリエーションがある
カナビノイドの中で最も精神活性の強いのがTHCで、顕著な薬理効果も併せ持っている。その他の主要なカナビノイドとしてはCBD(カナビジオール)やCBN(カナビノール)などがある。どちらも精神活性はないものの明らかに薬理効果を持っている。
現在ではTHCを人工的に化学合成したカナビノイド製剤も作られている。その代表的なものがマリノール(ドロナビノール)で、合成THCをゴマ油に混ぜて球形のカプセルに封入してある。これに対して、セサメット(ナビロン)は結晶粉末をカプセル化している。また、天然の大麻抽出液を舌下スプレーにしたサティベックスという大麻製剤も開発されている。サティベックスにはTHCとほぼ同量のCBDが含まれているという特徴がある。
参考:医療大麻とカナビノイド製剤
大麻禁止法で途絶えた大麻製剤
人類の大麻利用が始まったのは紀元前2800年頃と言われているが、アメリカで大麻医薬品が正式に薬局方に掲載されたのは独立後80年余り経った1854年だった。だがいったん認知されると普及するのは早く、すでに1900年になる前にアルコールとオピエートに次ぐ第3の特許薬成分として使われるようになった。
しかしながら、1910年にメキシコで革命が起こって多量のメキシコ人が洪水のようにアメリカに押し寄せると、大麻のリクレーショナルな利用文化もアメリカにもたらされることになった。これに対して反ドラッグを主張する人たちは、「マリファナの脅威」 を叫び、大麻があちこちで深刻な暴力犯罪活動を引き起こしていると言い立てた。
1930年代になると、アメリカ財務省に麻酔薬の取り締まりを担当する麻薬局が創設され、初代の局長に氏名されたハリー・アンスリンガーが反大麻を強力に展開するようになった。1937年には、議会でアメリカ医師会の反対を押し切ってマリファナ税法を成立させて、実質的に大麻のすべての所持と使用を禁止した。これによって財務省麻薬局は大麻取締まりという強い権限と権威を手に入れたが、これは現在の司法省のDEAに引き継がれている。
法律が制定された当時は、大麻を成分とする特許薬としては少なくとも28種類が医師の処方箋で薬局から購入することができた。こうした大麻・ベースの医薬品は、スクイッブ、メルク、イーライリリーといった評判のよい大手製薬会社によって製造され、何百万というアメリカ人が安全に利用していた。
禁止法以前の大麻製剤は、アルコール抽出液(チンキ)やそれを粉にしたものだった
目覚ましい復活
以後数十年にわたってそのような状態が続いて大麻に医療価値があることも忘れ去られていたが、幸いなことにここ20年程の間に大麻の医療利用に対する関心が急速に復活してきた。こうした見直しは、単に薬の効果だけではなく毒性が極めて低いことも大きな理由になっている。
大麻の人間における致死量は知られていない。これ程の安全性は、処方外医薬品も含めて近代医薬品の間でも非常に珍しい。このために、国立衛生研究所や全米科学アカデミー医学研究所ばかりではなく、連邦食品医薬品局(FDA)までもが、大麻とカナビノイドの医療利用についてさらなる研究を実施することを呼びかける声明を出している。
1980年代後半になると大麻に関連したレセプターが発見されたのに続いて、90年代になると体内に自然生成されるエンド(内因性)カナビノイドも相次いで発見され、エンドカナビノイド・システム の存在が知られるようになった。このことによって、それまで民間伝承として扱われてきた大麻の医療作用の理解が進み、科学として研究されるようになった。
エンドカナビノイド・システムには逆経路があるのが特徴
現在では、エンドカナビノイド・システムは、人間や動物の運動機能、痛み、生殖、記憶、食欲などを始めとする生物学的機能全般を正常に保つために複雑に関連していることが知られている。
さらに、脳や脊髄周辺内にカナビノイド・レセプターが豊富に存在することも分かっており、エンドカナビノイド・システムが、神経のネットワーク・システム全体に深く関与していることを示している。1980年代の後半以前には、このようなシステムが存在するとは誰も想像していなかった。
カナビノイド・レセプターとカナビノイドの治療可能性
現在では、蛇や軟体動物では少ないものの、それ以外のすべての動物の神経システムの中にカナビノイド・レセプターがたくさん存在していることも分かっている。このように動物全体に見られることは、エンドカナビノイド・システムが5億年以上にわたる進化の過程の中で形成されてきたことを物語っている。人間の体内では、神経、循環、内分泌、消化、筋骨格などの器官がカナビノイド・レセプターを豊富に持っていることが見出されている。
カナビノイド・レセプターには2種類ある。CB1は神経系に、CB2は免疫系に多い
また、軟骨組織さえもカナビノイド・レセプターを持っていることが知られており、大麻が骨粗鬆症の重要な治療成分になりうることを示している。さらに、カナビノイドには、腫瘍壊死因子(TNF)や急性サイトカイニンなどの生成や活動を抑制する働きを通じて抗炎症治療効果を持っていることも分かっており、関節炎にともなう自己免疫形成治療の理想的な成分としても考えられている。
一部の研究者たちは、このようにカナビノイド・レセプターのシステムが広範囲に存在することについて、体内にある各組織の細胞全体とコミュニケーションを取り合いながら協調して健康を保持するという、いわば生命の細胞の協演にあたってホメオスタシス(恒常性)のメカニズムを担っているのではないかと考えている。
体内のシステム全体にカナビノイドが広く関わっているとするこうした考え方をベースにすれば、カナビノイドが、なせ骨粗鬆症から筋萎縮性側索硬化症(ALS)に至るまでの広い範囲で治療可能性を持っているかを概念的に説明することも難しくない。
大麻に治療効果があるとされているもう一つの大きな分野は慢性痛で、カナビノイドには、効果はモルヒネに似ているが薬理的には全く異なった様式で吻側(ふんそく)延髄腹外側の神経活動を制御して鎮静作用をもたらすことが知られている。同じような効果は、エンドカナビノイドのアナンダミドや合成カナビノイドのメタアナンダミドなどにも見られる。
カナビノイド単独、あるいはオピエートと組み合わで多くの人々の慢性痛を治療することができるようになれば、人生の質を改善するだけではなく、生産的な仕事に復帰することも夢でなくなるに違いない。
バポライザーによる安全な無煙吸引
大麻やカナビノイドの医療利用についての議論では、反対派からは決まって、喫煙するようなものは医薬品ではないという主張が出てくる。
確かに医療大麻患者は、迅速に効果の現れることを望んで大麻を喫煙してきたが、現在では大麻の成分を気化して吸引するバポライザーが開発されて利用できるようになっている。バポライザーでは大麻を燃さないので、燃焼にともなって発生するタールや発ガン成分を劇的に除去することができる。
医療用に開発されたボルケーノ・バポライザー
カナビノイドが気化する温度はおよそ190~200℃で、燃焼が開始する230℃よりも低い。バポライザーでは、200℃付近で大麻を加熱することにより、燃焼毒のある煙を発生させずに大麻の活性成分だけを蒸気にすることができる。また灰などもできないので、燃えかすの粒子なども出てこない。
バポライザーの安全性については臨床研究によっても示されている。また、効果発現についても、気化されたカナビノイドが、総面積100平方メートルにも及ぶとされる肺胞群に覆われた肺表面の奥まで運ばれて、線毛や粘膜の無いおよそ5億個の気嚢を通じて直接血流に送り込まれるために、効果が迅速に発現することが血液検査で確認されている。
公平でバランスある見方が必要
このパンフレットでは、大麻とカナビノイドの医療利用にに関する最新の科学研究の中から、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、糖尿病、C型肝炎、多発性硬化症、関節リウマチ、ツーレット症候群などの17疾患に焦点を当てて取り上げている。
もちろんこの他にも有効性が知られている疾患もあるが、読者は、患者の証言や周囲の意見だけに頼らずに科学研究で裏付けられた証拠にも触れて、公平でバランスある見方をすることが望まれる。
大麻は驚異的ではあるが奇跡の医薬品というわけではなく、また、他の医薬品と同様に、誰にでもあまねく医療効果をもたらすというわけでもない。また、本格的な医療研究は始まったばかりで知られていないことも多い。例えば、大麻の品種による適応疾患の違いといった基本的なことについてさえもまだデータはほとんどない。
医療大麻を粉にしてチョコレートなどに混ぜた食用大麻
科学と論理をベースにした政策
大麻とカナビノイドには目覚ましいな医療恩恵が見込まれているものの、大規模で詳細な科学研究は政府による妨害で簡単には進まない。実際、大麻を使ったり栽培しようとすれば、法的にも社会的にも多大な問題に巻き込まれる。
成果はごく限られたものでしかないが、アメリカ政府は、過去30年以上にわたって大麻使用を食い止めるために何十億ドルもの税金をつぎ込んできた。その一方で、重度の病気をかかえる患者の多くも、自分の病気に大麻が有効だとして長期にわたって法廷闘争を繰り返してきた。
ドラッグ戦争を継続するのであれば、少なくとも間違った神話ではなく信頼のできる正しい事実にもとづき、医療利用と他の使用とを比べることができないという理性的な態度で取り組む必要がある。いかなる場合であれ、医療大麻患者を犯罪者として扱うべきではない。
アメリカで最も権威のある医学グループの一つである全米科学アカデミー医学研究所も、大麻には顕著な治療可能性があり、「その副作用は、他の医薬品で許容されている範囲内にある」 ことを認めている。また、1988年には、禁止政策を推し進めている連邦麻薬局(DEA)に所属するフランシス・L・ヤング裁判官も大麻の治療有効性に次のような裁定を下している。
「大麻が重度な病気をかかえる数多くの患者の苦痛を緩和することについては明らかな証拠で示されている。…… 患者の苦しみとこの薬の恩恵の間に、DEAが割って入ることは道理に適わなず恣意的で偏っていると言わざるを得ない。」
この裁定にもかかわらず、その後もDEAや他の連邦政府機関は全面的な禁止政策を堅持しているが、それにもかかわらず、科学研究で得られたデータを通じて、大麻の治療効果に対する科学的な評価が続けられている。
少なくとも大麻の医療利用の政策決定に関しては、政治的なレトリックや大麻の嗜好利用にともなう害を見当違いに言い立てるのではなく、他の政策と同様に科学と論理的議論をベースに行わなければならない。
オランダ政府の医療大麻栽培場 (SIMM)
Source: NORML & NORML Foundation
Pub date: updated 23 January 2008
Web: http://www.norml.org/index.cfm?Group_ID=7124
転載元:はじめに 古くて新しいカナビスの医療利用/カナビス・スタディハウス
(※THC注:転載元のカナビス・スタディハウスでは、解説などが頻繁にアップデートされています。最新の情報を確認するためにも、転載元のカナビス・スタディハウスにアクセスすることをお勧めします。)
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