9月14日の厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課 課長補佐 安田尚之氏への取材内容に見る大麻の禁止政策の行き詰まりと新たな政策の必要性
(執筆:野中)
取材内容全文
http://asayake.jp/modules/report/index.php?page=article&storyid=1424
9月14日の厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課課長補佐 安田尚之氏への取材内容に見られる我が国の大麻規制のあり方に関する厚労省の回答は、実に奇妙で矛盾に満ちており、現在の我が国における大麻の禁止政策の行き詰まりを明示している。
1.医療大麻について
大麻取締法 第四条
二 大麻から製造された医薬品を施用し、又は施用のため交付すること。
三 大麻から製造された医薬品の施用を受けること。
は、当該患者の生存権を著しく侵害する条項である。医療大麻の禁止理由に関する厚労省の回答は、以下に指摘するように論理的整合性を欠き、根拠がない。
まず、以下のやりとりを見て頂きたい。(Q:白坂さん A:厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課)
【単一条約と医療大麻/国内の大麻研究】より抜粋
Q.認めるべきかどうかっていうことの検討を始めたり、例えば大麻の医学的なあるいは薬学的な研究は認めるとかですね、今は合成カンナビノイドの研究しかオッケー出してないっていう状況ですよね?
A.少なくとも大麻研究者って言われている免許はありますよね。大麻研究者っていう免許の中で、動物を使った実験とかは認めているわけですけれども。
Q.それは、大麻から抽出した物を使った研究を認めてるということですか?
A.人に対しての研究っていうのは、大麻取締法第4条で禁止されていますので、人に対しては使えないんですよ。ですから少なくとも、前にも白坂さんにご説明したけど、そこの中に含まれている、例えばTHCだとかカンナビノイドだとかの有用な成分については、それを合成して単一な物質として使うことに関しては、麻薬及び向精神薬取締法の中で、麻薬研究者として、研究はできる形にはなっているわけですよね。
当然、なぜ、合成カンナビノイドのヒトに対しての研究は認められているのに、それよりも何千年も使用の歴史の古い大麻の人に対しての研究は認められていないのか?という疑問が浮かぶ。
それに対する説明はこうである。
【大麻に関する知見をまとめるよう日本としてもWHOに要請】より
Q.それとですね、大麻を医療的に使いたいっていう話が国内でもちょっと出てきてるかと思うんですけども、厚生労働省の立場としては、大麻でなければダメな理由がないと、他に薬や治療法やらがあるんではないかっていうお話をされてるってことなんですが、患者側の立場として言えば、なんで大麻じゃダメなの?っていう理由がわからないっていう声を聞くんですけれども。
A.それは、大麻の有用性がはっきりしないからですよ。
Q.それは国際的に国際機関で認められてないってことでしょうか?
A.ええ、それも合わせてです。
注目すべきことに、安田氏はここで大麻の有害性を理由に挙げてはいない。一方で、大麻のヒトに対する研究を禁止しておきながら、その理由を問われて、"大麻の有用性がはっきりしないから"では、話が通らない。研究が禁止されているのだから有用性を明らかにする術はない。
1997年のWHOの報告書には、
原文
http://whqlibdoc.who.int/hq/1997/WHO_msa_PSA_97.4.pdf
日本語
http://www.aayake.jp/thc2
"いくつかの研究は癌やエイズの進行した段階における吐き気と嘔吐に対するTHCの治療的な効果を立証しており、その他の治療的な使用の研究は進行中である。
大麻およびその派生物についての疫学的研究と応用研究の両方にはっきりとした必要性がある。大麻使用の健康に及ぼす結果についての知識には重要な相違があり、きちんとした対照試験からの報告が必要であり、開発途上国での大麻使用のパターンとデータ、カンナビノイドの慢性的な有害作用、医療使用の有効性に関わる研究を含むべきである。"
"いくつかの研究が、癌やエイズなどの病気の進行した段階における吐き気と嘔吐にカンナビノイドの治療的な効果を示した。ドロナビノール(テトラハイドロカンナビノール)は米国で10年間以上、処方箋で利用可能である。カンナビノイドの他の治療的な用途は対象試験によって示されており、喘息と緑内障の治療、抗うつ剤、食欲増進薬、抗けいれん薬としての用途を含んでおり、この分野の研究は続けるべきである。例えば、胃腸の機能へのカンナビノイドの効果の中枢と末梢のメカニズムの更なる基本的な研究は、吐き気と嘔吐を軽減する能力を進歩させる可能性がある。 THCと他のカンナビノイドの基礎的な神経薬理学の更なる研究が、より良い治療薬の発見を可能とするためにも必要である。"
とある。
安田氏は、
・WHOによる1997年の大麻の健康影響に関する報告書が唯一の大麻に関する国際的な評価であることを強調すること
・全ての加盟国に対して1961年の単一条約の法令を遵守して、大麻植物の違法な栽培に対して断固とした処置をとることを強く迫ること
・UNDOCに対し、WHO 薬物依存専門家委員会(Expert Committee on Drug Dependence)による大麻の健康へのリスクに関する情報を共有し、その件に関して専門家委員会による大麻に関する報告書のアップデートを要請すること
・INCBに対して、国際条約、国連のルールと手続きに従って、インターネットを通じた大麻種子の販売を含む、大麻種子に関する情報を加盟国から集め、共有することなどを要請すること
などを盛り込んだ「不正目的のための大麻種子の使用に関するあらゆる側面の探求(Exploration of all aspects related to the use of cannabis seeds for illicit purposes)」の作成に関与したことを誇らしげに語っている(’不正目的のための大麻種子’とあるが、単一条約は産業上の目的、又は園芸上の目的のための大麻植物の栽培には適用しない。ここでいう不正目的の解釈の範囲はある程度各国の自由裁量に委ねられる)。WHOの大麻の健康影響に関する報告書のアップデートの要請は、国際条約による大麻規制を再検討する取り組みにつながるものとして評価できるが、条約は大麻の医療上、学術上の目的の使用を禁止するものではなく、自国の判断で大麻のヒトに対する研究を禁止する一方で、WHOによる報告書のアップデートを要請したところで、国際社会において真の理解を得ることが出来るだろか?
安田氏は、また、(財)麻薬・覚せい剤乱用防止センターの薬物情報が誤っていることも認めている。これらのことから、緑内障患者に対する医療目的の譲渡で逮捕され、有罪判決が下された桂川さんの裁判で検察が証拠として提出した大麻の有害性の根拠とされる資料は全て信憑性がないものであったことが立証される。そのうえ、WHOによる1997年の報告書には、大麻の使用や営利を目的としない所持・栽培に対して刑事罰を適用することが妥当と判断されるほどの有害性は示されていない。事実、この報告書以降、世界のさまざまな国と地域で、大麻の個人使用目的の所持や使用の非犯罪化、医療大麻の制度化の動きが進んでいる。これは、同報告書を踏まえて、各国が人権尊重の観点から、大麻の医療上の目的の所持、個人使用目的の少量の所持に対して刑事罰を適用する措置が適切ではないとする判断を下したものと考えられる。
桂川さんの裁判で検察が提出した大麻有害論の書証
http://asayake.jp/modules/report/index.php?page=article&storyid=103
治療薬としての大麻及び関連化合物の有用性について各疾患や病態との関連性をまとめた日本語の論文は以下のリンクから読むことが出来る。
http://www.hokuriku-u.ac.jp/library/pdf/kiyo28/yaku2.pdf
渡辺和人,木村敏行,舟橋達也,山折 大,山本郁男:大麻文化科学考(その15) 第15章 大麻からの創薬 -治療薬への応用-
Kazuhito Watanabe,Toshiyuki Kimura,Tatsuya Funabashi,Satoshi Yamaori,Ikuo Yamamoto:A study on the culture and sciences of the cannabis and marihuana XV
北陸大学 紀要 第28号 (2004) pp.17~32
この論文では、大麻が古くから医薬品として用いられ、リード化合物として検討されてきた歴史や、大麻の制吐薬、緑内障治療薬、抗痙攣薬、鎮痛薬、食欲増進薬、抗喘息薬、抗炎症薬、抗不安薬、多発性硬化症、AIDS患者の消耗症候群などの治療効果についてまとめてあり、”その他 上記以外にも各種運動障害(ジストニア,パーキンソン病,ハンチントン舞踏病,touretti症候群におけるチック)などの治療の他,依存性薬物の依存症,神経保護作用薬等へのカンナビノイドの適用が検討されている。 ”、“大麻は古くからヒトとの関わりを持つ植物であり、疾病の治療への用途も多かった。治療薬としての応用を考えるとき,大麻の持つ報酬効果,耐性発現,向精神作用に加え,わが国では法的規制の問題もあり,大麻及び大麻成分そのものを治療に用いるには,既存の医薬品よりも明らかな有用性を提示する必要もあり限界があると思われる。”と述べられている。
2.国連の方針と日本政府の政策との乖離について
国連は、世界薬物報告書 2009年度版においてポルトガルの薬物非犯罪化政策を評価し、UNODC国連薬物犯罪事務所所長アントニオ・マリア・コスタ氏は、薬物使用は犯罪というよりは病気として取り扱われるべきであるという認識に基づき、”薬物を摂取する人々は、刑事的な懲罰ではなく、医療的な支援を必要としている”と述べ、薬物治療への普遍的なアクセスを要請した上で、国際的な司法当局に対し、使用者より密売人を標的とすることを求めている。
彼は警察組織に対し効率の向上を求め、大多数の軽微な違反者ではなく、少数の明確なプロファイル、高い取引量、暴力的な犯罪者にフォーカスすることを奨励した。ある国では、薬物使用で刑務所に入れられた人の比率は、薬物取引と比較して5:1である。"これは警察の資金の浪費であり、投獄される人の命の浪費である。雑魚ではなくピラニアを追え。"とコスタ氏は発言した。
http://www.unis.unvienna.org/unis/pressrels/2009/unisnar1059.html
このような国連の方針について安田氏は以下のように述べている。
Q.2009 年のworld drug reportでですね、アントニオ・コスタさんが営利目的でやっているような組織犯罪的なところは徹底的に取締りを強化するべきだけど、個人レベルの使用者は病として保健衛生の観点から捉えるべきじゃないかっていう話をされてますよねぇ。
A.それは議論の余地があるところですねぇ。それはコスタ自身がヨーロッパ寄りだからそういうふうに言うんでしょう。実際彼が言っていることに関しては各国ともに全ての国がそれに賛同したわけじゃないですよ。
Q.ただEUなんかヨーロッパはそういった流れで実際に政策化されてますよね。
A.EUだから、EUの観点でやっているからですよね。だから、EUの観点がイコール世界的なスタンダードだっていうわけではないってことですよ。
ここで、安田氏は’コスタ自身がヨーロッパ寄りだからそういうふうに言うんでしょう。’と述べているが、コスタ氏の国連薬物犯罪事務所事務局長兼国連ウィーン事務局長という社会的立場、世界各国の薬物政策の状況から見ても分かるように、それが現在の国連の公式な見解である。そのような国連の方針に対して、コスタ氏のバックボーンを持ち出して批判することは不適切である。
コスタ氏の略歴
http://www.unic.or.jp/unic/single_event/624
問題は、そのような国連の方針をわが国の政策にどのように反映するかということであり、安田課長補佐の発言には、人権に対する配慮を怠り、ゼロトレランス政策に固執して有効な政策を打ち出せないでいる政府の態度が表れている。我々は、このようなわが国の非倫理的な大麻政策を改善し、民族と情報のボーダーレス化が進む21世紀にふさわしい倫理観と最新の科学的知見に基づいた新たな大麻政策の必要性を強く提唱する。
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