矯正施設より長期の治療を

投稿日時 2009-11-08 | カテゴリ: ニュース速報

「朝日新聞10月22日 ザ・コラム

矯正施設より長期の治療を
薬物依存

松本俊彦
国立精神・神経センター精神保健研究所室長

タレントの酒井法子被告と夫の覚せい剤事件など、薬物をめぐる問題が目立っている。薬物依存症と聞くと、よだれを垂らしたり、ろれつが回らなかったりする愚者をイメージしがちだ。でも実際は違う。一見、普通の人と変わりない人が苦しんでいる。

刑務所や留置場で一定期間、規則正しい生治をして、体内から薬物を抜けば、みんな顔色がよくなる。家族も「もう治った」と安心する。ところが、依存者は再び目の前に薬物を置かれると、全身から汗が出て、落ち着かなくなる。悲惨だった過去の記憶は忘れても、体が快感を覚えている。これが依存症だ。再び薬物に手を染めると、意志が弱い、反省が足りないなどと周囲から糾弾されるが、薬物依存が愛情や罰、暴力で治ると思うのは誤りだ。
依存者は、薬物の使用を隠すため、他人にうそをつくと同時に、「これで最後」と自分をも偽り、薬物を使い続ける。使用直後に感じる「脳の酔い」ではなく、この「心の酔い」から回復しなければ、本当の依存症の回復につながらない。そのためには、長期間のリハビリで生き方そのものを変える必要がある。

薬物依存症からの回復において、私は刑務所など矯正施設の果たす役割をすべて否定するわけではない。しかし、「犯罪者」としてだけでなく、「病人」としての視点を持って薬物依存者と接する姿勢が重要だと思う。米国では、薬物依存者を刑務所に収容せず、裁判所が通院命令を出し、一年半ほど通院させる場合がある。その方が再犯率が下がるとも言われている。

一般的に、薬物に手を出しやすい状況は、HALT(HungryI空腹=. 、AngryI怒り=、Lonety孤独=、Tired=疲労)と言われている。医師は患者と向き合い、どんな環境が薬物依存につながるのか、一緒に分析して、危険を避けるべきだ。例えばのどが渇いた場合、「コンビニエンスストアで水ではなくお茶を買え」と患者に助言したことがある。依存者はペットボトルの水を持ち歩き、覚せい剤の粉末を溶き、注射で打つことが多いからだ。

もちろん失敗もある。その時は医師は何が原因だったか、依存者とよく話し合い、薬物に手を出さない環境作りに粘り強く取り組むべきだ。国内の支援状況を見ると、民間の薬物依存症回復施設「ダルク」などが活動する一方、医療は遅れている。専門病院は10に満たない。薬物依存は犯罪だという医師側の偏見もいまだに根強い。

薬物依存の再犯率が高いのは、治療サービスを十分に提供できていない国側の責任もある。依存症治療は「貯金の出来ない治療」とも呼ばれ、継続的な取り組みが必要だ。
数少ない専門病院に入院しても、自宅から遠ければ、退院後の通院も難しい。だからこそ、治療を行う医療機関や専門家はもっと地域で身近な存在とならなければいけないと思う。

朝日新聞に掲載されたこのコラムは、不定期で「薬物乱用問題考察」を書いてもらっているTHC執筆陣の一人、かっちゃんに教えてもらったもので、10月30日の麻枝光一トーキングレポルーションで紹介しようと思っていたものです。PCトラブルなどで当日は紹介できませんでしたので、改めて紹介します。

厚労省直轄の専門機関である国立精神・神経センターというと、私はNHKの「大麻の怖さ知っていますか?」に登場して、事実に基づかない御用学者的言辞を弄している、薬物依存研究部長の和田清氏を思い浮かべてしまうのですが、やはりと言うべきか、当然と言うべきか、薬物依存者への対応は、『「犯罪者」としてだけでなく、「病人」としての視点を持って薬物依存者と接する姿勢が重要だ』と、至極まっとうな主張をされる先生がいらっしゃることを知り、安堵感を覚えます。

このコラムにはアメリカの事例も簡単に紹介されています。

『米国では、薬物依存者を刑務所に収容せず、裁判所が通院命令を出し、一年半ほど通院させる場合がある。その方が再犯率が下がるとも言われている。』

大麻合法化に賛成というわけではなく、むしろ私たちとは相当に異なった立場におられる小森榮弁護士も、個人的な薬物使用や所持についての厳罰化には疑問を呈されています。その小森弁護士が翻訳者の一人である「ドラッグ・コート―アメリカ刑事司法の再編―」は、日本の現状をどう改善するかを考えるうえで大変参考になります。

私は見ていないのですが、NHKの夜9時からのニュース番組でも、しばらく前にこのドラッグ・コートを取材した内容が報じられたそうです。昨今の芸能人による薬物事件報道に見られる通り、日本のテレビや雑誌などは、薬物問題や政策のあり方を考察するような論調がなく、単なるスキャンダルとかゴシップの延長で狂乱しているように見受けられます。

現実問題として、薬物乱用の現状はどうなっているのか、この問題に、政策はどのように対応しているのか、それはうまく機能しているのか、といった本質的な議論を始める時期に来ているのではないでしょうか。





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