朝日新聞のウェブサイト、asahi.comの富山版に、以下のような記事が掲載された。
●asahi.com:大麻汚染 はびこる誤解-マイタウン富山
大麻汚染 はびこる誤解
2009年12月20日
自宅で大麻草を栽培したなどとして、少年ら3人が11月までに県警に大麻取締法違反容疑で逮捕された事件。参考にしたマニュアル本や裁判での供述をたどると、誤った情報をうのみにした若者たちの姿が浮かぶ。大麻は覚せい剤など他の薬物の「ゲートウエー・ドラッグ」(入門薬物)になりかねない。大麻汚染が広まるなか、専門家は依存者を罰するだけでなく治療の必要性も訴える。(久永隆一)
■「害ない」 本の受け売り
事件では、2冊のマニュアル本が押収された。
捜査関係者によると、県立高校生だった少年が購入したもので、3人は栽培の参考にしていたという。
記者もインターネットで同じ本を簡単に入手できた。
本には、種の入手方法や発育段階ごとの温度設定まで事細かく、イラスト入りで説明してある。自宅の押し入れで少年らが大麻草をひそかに育てるのに使った栽培装置の作り方も紹介されていた。
大麻取締法は営利目的以外の栽培に対し7年以下の懲役を規定している。一方、栽培を手助けするような情報がはんらんし、情報の「提供側」が取り締まられた例もある。ネットで大麻の種を売ったとして、神奈川県警は2008年5月、同法違反幇助(ほう・じょ)の疑いで販売業者らを逮捕した。
本の出版社や著者についてはどうか。県警は「まずはどのような情報が流布されているのか、把握に努めたい」。ある捜査関係者は「栽培を積極的にあおるような文言が文中になければ立件は厳しい。表現の自由も問題になるケースだ」と指摘する。
■「入門薬物」にも
「大麻はそんなに害はない。悪い物ではないが、法律があるので、もうしない」
事件で主導的な立場にあったとされる男(24)は、11月に富山地裁で開かれた初公判で、大麻の害悪を否定した。
男の供述は、マニュアル本の考え方通りだった。本には「大麻は覚せい剤やMDMA(合成麻薬)と違い、健康への影響は少ない」という筆者の持論が随所に登場する。
こうした誤った認識も手伝い、汚染は広がる。警察庁のまとめでは、08年に同法違反で逮捕・送検されたのは全国で約2800人。統計を取り始めてから最多で、うち55%は20代の若者だった。
国立精神・神経センター精神保健研究所(東京)の松本俊彦医師は「大麻は他の薬物に比べ、弊害が自覚できないほどゆっくり進む。健康上の問題を大麻が原因と考えない傾向にある」と分析する。
松本医師によると、長期間使用すると統合失調症に似た症状を引き起こしたり、意欲を著しく失う「動因喪失症候群」になったりする。脳障害を引き起こすという報告もある。さらに大麻は覚せい剤やMDMAにも手を出すゲートウエー・ドラッグになることがあるという。
■依存治療の試み
再犯率の高さが問題視される薬物犯罪に対し、薬物依存を「慢性的な病気」ととらえ、社会復帰を医学的に支援する試みが始まっている。
松本医師らは米国の治療方法を参考に、認知行動療法を採り入れた外来治療プログラム「SMARPP」(スマープ)を開発した。それをベースにした治療は全国の依存症治療の専門病院で試行され、効果を上げているという。
治療では講義やグループでの話し合いを通し、薬物摂取のきっかけになる出来事を見定め、繰り返さないための対処法などを依存者に考えてもらう。主眼は外来治療に続けて来てもらうことだ。
「同じ慢性的な病気である糖尿病のように、薬物依存も治療を毎日、積み重ねていくことが必要」と松本医師。そのためには、外来治療プログラムを提供できる人材育成が必要不可欠。国立精神・神経センター精神保健研究所の薬物依存研究部は、医師や看護師らを対象に研修を開いて認定事業を展開している。
率直なところ、またか、という読後感だ。「大麻汚染 はびこる誤解」。なんとも偏見に満ちたタイトルで、記事の内容もまたタイトルにふさわしく、「はびこる誤解」に満ちている。
大麻がゲートウェイ・ドラッグだなどという主張をしているのは、今や日本の御用学者とマスコミくらいのものではないだろうか。この事件で逮捕された男性は、「大麻はそんなに害はない。悪い物ではないが、法律があるので、もうしない」と初公判で述べたという。裁判で「大麻はそんなに害はない」などと言うと、反省していないとされて判決に影響してしまう。この男性がそれを承知で証言したのかどうかは分からないが、「大麻はそんなに害はない」という事実を述べることで罪が重くなるような裁判こそが問題ではないだろうか。
記事は、まったく根拠も示さずに、「大麻はそんなに害はない」という主張を「はびこる誤解」だと断じている。いったい記者は何を根拠に書いているのだろう。朝日新聞富山総局に電話して、デスクに聞いた。以下、対話の抜粋。
Q.大麻がゲートウェイ・ドラッグになるという記述がありますが、海外の権威ある研究機関、アメリカの科学アカデミー医学研究所ですとか、イギリスでも政府の諮問委員会の科学者たちの報告などで、大麻がゲートウェイ・ドラッグになるというのは否定されてますが、この記事は何を根拠にそうしたことを言っているのでしょう?
A.専門家へのインタビューなんかでも、そういったゲートウェイ・ドラッグになりかねないとか、議論が分かれていたりですね、警察でもそのように見ているとかがあって、何かそういった論文を根拠にしているということではないんですけれども。
Q.日本では大麻がゲートウェイになるといった研究すらされていないと思いますが、それはご存知でしょうか?
A.いえ、私は知りませんけれども。
Q.そうすると、この記事に書かれていることは、医学的な論文などを根拠にしたのではないということですか?
A.ええ、ではないですね。我々の記事では、何か医学的な文献に基づいて書いたものではないですね、正直言いますと。
Q.海外では著名な研究機関などが、大麻はゲートウェイにはならないと、むしろ社会的な環境がゲートウェイにしてしまっていると報告してますけど。
A.ああ、なるほど。
Q.海外では医学的な研究に基づいて、大麻はゲートウェイにはならないという報告が出されているわけですが、そのような研究などを参照せずに、あたかも大麻がゲートウェイ・ドラッグになるといった報道をすると、読者に誤った認識を与えてしまうことになると思いますが、その点はどうお考えでしょうか?
A.そうですねぇ、なかなか答えが難しいですねぇ。・・・今回は警察担当をしている記者が取材をしていまして、医学的なものは別にしてですね、日本国内では大麻取締法という法律があるということで、違法行為にはなったりするわけですよね、それで県内でも少年らが逮捕されたりしているということなので、そこらへんから説き起こして書いてはいるんですよね。違法になるという現実があってですね、海外では合法だったりするんでしょうけれども。
Q.報道の問題として言うと、実名報道されて、例えば学生の場合は退学処分になりますし、社会人であれば解雇処分になったりですね、社会的に抹殺されてしまうような、社会的な制裁が厳しい状況にありますねぇ、万引きという明らかに被害がある窃盗罪にすら罰金刑があって、万引きで逮捕された人が実名報道されるといったことも発生件数からするとものすごく少ないと思うんですけど、個人的に使う大麻を少量所持していたとか、栽培していたなんていうことには、被害どころか誰にも迷惑すらかけていないわけですよね、そのような誰にも迷惑すらかけていない行為によって逮捕されて、実名報道されて、生活基盤を根こそぎ破壊されてしまうようなあり方こそが、社会的な制裁として厳しすぎると思うんですけど、その点についてはデスクとしてどのようにお考えでしょう?
A.そうですねぇ、なかなかお答えしずらいですけどね、今回の件などでは実名で報じてはいないですよね、そんなに大々的に栽培していたといったことではなかったりするので。
Q.薬物政策に関しても、日本はアメリカ追従で、厳罰政策、非寛容政策を採っていますけど、ヨーロッパなどでは麻薬密売組織などへの取り締まりとは別に、末端の使用者については、ある意味で健康被害を受けている被害者という視点だとか、刑罰よりも治療や教育が大切だという観点からの政策が行われていますけど、日本では朝日さんはじめマスコミにそういった視点が全く欠落していて、本当に現在の政策が正しいのかといった検証がされていないと思うんですが。
A.そこのところは、今回、文章を読んでもらったので分かると思うんですけど、依存者を罰するだけではなくて、治療の必要性も訴えていると、若干そういった点についても問題提起しているつもりではあるんですよ。3分の1くらいはそういった記事になっていると思うんですけど。
Q.(笑)そうですか、なるほど、確かに松本先生のそういった視点のコメントがありますね。先月でしたか、先々月でしたか、朝日のコラムに松本先生の、刑事罰だけではなくて治療が必要だというのが載ってましたね。
A.若干、我々としては、ここでそういった工夫をしたと言いますか、単に大麻を使ったからダメなんだ、罰するべきなんだ、ということだけを書いたつもりはなくてですね、そこに少し問題点というものを滲ませたつもりではあるんでけれども。
Q.ああ、そういう意図があったわけですか?
A.ええ、今回の報道ではですね。
Q.なるほど。
A.そこら辺を汲んで頂けるとありがたい。(笑)
Q.そういった、治療が必要なんじゃないかといった観点が全く出ないまま、この2年3年と来てますので、ようやくそういった観点からも朝日さんは出し始めたのかな、という気もしたんですけど。
A.見出しを読んじゃうとですね、「大麻汚染」とかですね、「はびこる」とかですね、刺激的な感じにはなってしまうんですけれども、内容を読んで頂くと、それなりにですね、書き込んではいるんです。
Q.なるほど、そういう意図はあったんだということなわけですね?
A.ええ、もちろん。我々原稿を書いて出してる側としてはですね。
Q.海外では大麻が医療的に使われているというのはご存知でしょうか?
A.ええ、はい。
Q.大麻には医療的な効果があって、海外では現実に使われているのに、日本ではそういった情報は全く報道もされずに、大麻は有害だ、覚せい剤やMDMAより害がないというのは誤解だ、といった報道ばかりされると、日本でも実際に大麻を医療的に使いたい人もいるなかで、問題ではないでしょうか。今の状況は大本営発表になってしまっていると思うんです。「大麻汚染 はびこる誤解」といった書き方だと、これでまた富山の人たちは誤解するな、大麻はおっかないゲートウェイになるもんなんだな、という誤解をすると思うんですよね。ですから、厚労省や警察の発表だけじゃなくてですね、ジャーナリズムとしてはそういった権力発表の情報から離れてですね、海外の医学的情報なども含めて報道して頂きたいと思うんですけれども。
A.わかりました。ありがとうございます。今後、富山でどれだけ大麻を取り上げる機会があるかというのは難しいですけれども、できるだけ誤解を与えないようにします。
Q.よろしくお願い致します。ありがとうございました。
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