LSDと大麻の所持で逮捕された成田君の裁判が結審した。ブログによると、判決は11月2日とのこと。これまでの大麻裁判を越える、少しでも意味のある判決が出ることを期待したい。
彼は、自らのクローン病の症状を緩和する目的で大麻を所持していたのだと主張し、LSDについては争わないが、大麻については取り調べの段階から一貫して無罪を訴えている。
彼のサイトに最終弁論が掲載されたので読んでみた。成田君の弁護士は、弁論のなかで次のように述べている。
1 大麻取締法3条1項,同4条1項及び同24条の2第1項の違憲性
そもそも,我が国の大麻取締法においては,同3条1項において大麻取扱者以外による大麻の所持・使用等が禁止され,また同4条1項においては,「大麻から製造された医薬品を施用し,又は施用のため交付すること」(同2号)も「大麻から製造された医薬品の施用を受けること」(同3号)も禁止されており,医療目的での使用が全面的に禁じられている。
これは,麻薬及び向精神薬取締法が,麻薬施用者は麻薬を施用する事ができるとし(同法1条18号),覚せい剤取締法が,医師や医師から指示を受けた者が覚せい剤を使用する事ができるとしている(同法19条各号)ことと比べても異常である。
これは大麻取締法が制定された昭和23年当時,大麻を医薬品として使用することが全く想定されていなかった時代の遺物そのものといわざるを得ない。
覚せい剤や麻薬(モルヒネ)が医療行為として使えるよう定めがあるのに、大麻は医療目的での使用が全面的に禁じられており異常ではないか、という主張は正しいと思う。しかし、『これは大麻取締法が制定された昭和23年当時,大麻を医薬品として使用することが全く想定されていなかった時代の遺物そのものといわざるを得ない』というのは事実誤認だ。大麻取締法が制定された昭和23当時、大麻を医薬品として使うことが想定されていなかったから禁止されたのではない。むしろ逆である。
大麻は、昭和23年の法制定で禁止される以前、薬局方にも収載され、薬局でも売られていた医薬品だった。この辺の事情はカナビス・スタディハウスにも書かれている通りだ。
明治時代に入り、1886年(明治19年)に、最初の日本薬局方が出版されたが、その後には「印度大麻草」と「印度大麻エキス」が載っている。また、1906年(明治39年)の第三改正薬局方には、さらに「印度大麻チンキ」が加えられ、これらの薬品は1951年(昭和26年)の第六版改正日本薬局方で削除されるまでずっと薬局方品として認められていた。
●ファンシーズ・リーフ 第6章 日本の状況
(ダウさんがこのファンシーズ・リーフを書いたのは1973年だ。改めて、その慧眼に感服する。最近カナビス・スタディハウスの更新がないことに喪失感を覚える。いつまでもダウさんを頼っていてはいけないということなのだと受け止めている。)
当時、大麻あるいは大麻由来の薬は、医薬品として使われており、日本社会に流通していたのだ。だから、それを禁止するためにわざわざ大麻取締法第4条に禁止条項が盛り込まれた。
さらに言えば、印度大麻草・印度大麻エキス・印度大麻チンキが、薬局方に収載され、一般的に使われていた時代、大麻の「乱用」によって何か薬害や社会的弊害でもあったのかというと、そのような記録はない。このことは、丸井弁護士が1986年に担当した裁判で、当時の厚生省課長を証人として出廷させ、証言させている。その件は私自身の上告趣意書にも使わせて頂いた。以下、ちょっと長いが、とても面白いやりとりなので、丸井弁護士の著作から引用する。弁護人が丸井さんで、証人は厚生省の麻薬課長だ。
弁護人「そうしますと、国内的にわが国で、当時大麻の使用によってなにか弊害とういものがあったから(大麻取締法が)出来たのか、それとも国際条約を批准したという関係から一応作ったのか、その辺はどうなんでしょうか。」
証人「これは、多分当時国内において大麻の乱用がみられたということはなかったんではないかと思います。むしろその国際的な条約を受けまして、そういう規定が出来たというふうに考えます。」
弁護人 「昭和20年から23年当時ですけれども、日本国内で大麻の使用が国民の保健衛生上問題になるというような社会状況はあったんでしょうか。」
証人 「20年代の初め頃の時代におきまして、大麻の乱用があったということは私はないんではないかというふうに思います。」
弁護人 「そうしますと、この大麻取締法を制定する際に、大麻の使用によって具体的にどのような保健衛生上の害が生じるのか、ということをわが国政府が独自に調査したとか、そういうような資料はないままに立法されたと考えてよろしいわけですか。」
証人 「これは推定するほかないんでございますが、そういう資料はなかったんではないかと。(後略)」
-中略-
弁護人「この大麻ですけれども、医薬品として認められていたということはなかったでしょうか。」
証人「かっては、医薬品として認められていた時期があったようでございます。」
-中略-
弁護人「その医薬品として認められていたものは、インド大麻チンキと言われているものじゃありませんか。」
証人「はい、インド大麻が原料で作られていたと思います。実際のものはですね。」
弁護人「そうすると、国産の麻は特に規制はなかったわけですから、特別に医薬品としてもし使うとしても民間の漢方程度で使っていたと、こういう程度でしょうか。」
証人「それは戦前においてという意味でございましょうか。まぁ、そう推定するほかはないと思うんです。現実にそういうものが国産のものが使われていたかどうかということは、私ちょっと承知致しておりません。」
-中略-
弁護人「で、薬局方では、昭和27年頃まで、インド大麻は医薬品として認められていたわけですね。」
証人「・・・・・・。」
弁護人「それでよろしいですか。」
証人「1950年代から60年代の初めくらいまでではなかったかと思うんですが。」
弁護人「1951年の第5改正薬局方までは収載されていたというようなことはどうですか。」
証人「・・・・・・。」
弁護人「それで第6改正薬局方において削除されたと。」
-中略-
弁護人「この第6改正薬局方で、インド大麻が削除された理由なんですけれども、それご存知すか。」
証人「私、承知致しておりません。」
-中略-
弁護人 「この薬局方で認められていたインド大麻草エキスとかチンキとか言われるものですけれども、喘息の薬とか鎮痛・鎮静剤で使われていたようですが、その使用による具体的な弊害というものが何かあったわけでしょうか。」
証人 「そういう用途での弊害がどの程度あったかということについて、私今までデータを見たことがまったくございません。」
弁護人 「そうしますと、イント大麻草が医薬品として使われる際に副作用とかその乱用が問題となって、これは取り締まらなくちゃいけないというような証拠というものはないと考えてよろしいわけでしょうか。」
証人「当時医薬品として使われていたものが、正規の用途以外に横流れしまして乱用されたということはないんじゃないかと思います。もしそういうことがあったとすれば、何らかの形でやはり一つの薬物乱用の歴史として残るんじゃないかと思うんでございますが、そういうものを私、今まで読んだことはございませんです。」
弁護人 「このインド大麻チンキを治療で使ってる際に、その為にその患者さんに悪い影響がでるといいますか、禁断症状が出るとか、それを使ったために判断力を失って人に危害を加えるとか、そういうような事例というものはあったんでしょうか。」
証人 「私、承知しておりません。」
●地球維新〈vol.2〉カンナビ・バイブル 丸井 英弘,中山 康直(明窓出版)
大麻取締法制定当時、大麻由来の医薬品は日本社会に流通しており、それによる薬害などなかった。それにも拘らず、大麻取締法で大麻を医療的に使うことを禁じたのだ。それが現実であり、歴史的事実だ。
成田君の弁護士は、この極めて重大な事実を誤認しているので、あり得たはずの有効な立論に至ることができなかった。
大麻取締法制定当時、日本社会には大麻由来の医薬品が流通しており、そのことによる社会的弊害(薬害)などもなかった。そして、麻薬単一条約においても、大麻を医療的に使うことを禁じてはいない。だから、海外では大麻の医療利用が合法的に行われている国も多々あるのであり、大麻成分(カンナビノイド)のさまざまな薬理効果が次々と明らかになってもいる。
このような、歴史的一貫性をしっかり認識していれば、大麻取締法を所管する厚生労働省の不作為に言及することもできたはずだ。厚生労働省が、海外の医学的知見を含め、医療大麻に関する情報を全く所有していないことは、度重なる情報公開請求によって、私も明らかにしてきた。
残念ながら、成田君の弁護士は、あまりに非効率な公判を展開してきた。弁論には次のようにも書かれている。
3 正当行為(刑法35条)
本件のごとき医療目的のための大麻所持が争われた事案である大阪地裁平成16年3月17日判決は,医療目的での大麻の人体への施用が正当化される場合として,「大麻が法禁物であり,一般的な医薬品としては認められていないという前提で,なおその施用を正当化するような特別な事情があるときに限られる」と判示し,控訴審の大阪高裁平成16年7月21日判決もこれを是認する。
ここで引用されているのは、前田さんの裁判のことだ。上述してきたような、大麻の医療的な利用に関する歴史的変遷を土台とし、そこに前田さんの裁判が勝ち取った内容を積み上げ、さらに現在の医学的・薬学的・科学的な知見を提示すれば、理路整然と一貫した公判の展開ができたはずだった。
難病患者本人である成田君の裁判は、率直なところ、あまりにもお粗末だったと私は思う。だが、その主張が間違っているわけではなく、クローン病に大麻が効くという弁論はしっかりと立てている。おそらく無罪判決は出ないだろう。成田君を無罪にした場合、難病患者、あるいは大麻の有効性が認められる疾病を抱える者は、勝手に大麻を使用しても良いと司法が認めることになる。今のところ、裁判所がそのような判断を下すとは思えない。
少しでも意義のある判決を期待し、控訴審につなげてほしい。
長くなったので改めて論じたいと思うが、医療大麻の使用を認めるよう裁判で争う場合、厚生労働省の不作為に焦点を絞り、大麻の医療的な使用について、あるいは大麻取締法第4条の当該条文について、所管官庁である厚労省は、現在の医学的知見に基づいて精査する必要があると、裁判所に言わせることができれば勝ちである。・・・と、何度も何度も長時間、成田君には伝えてきたのだが・・・
|