平成17年(う)第275号 大麻取締法違反被告事件
控訴趣意書
平成17年3月14日
東京高等裁判所第12刑事部 御中
被告人 ■■ ■■
弁護人 髙濱 豊彦
第1 大麻取締法24条の2第1項の違憲性
原審は、本件に大麻取締法24条の2第1項を適用しているが、同項は、少なくとも大麻「所持」に関する部分において憲法13条、14条及び31条に違反するものとして無効であるから、本件は構成要件該当性を阻却される。この点において原審判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤り(刑事訴訟法380条)を含むものである。
以下、憲法の規定ごとに論ずる。
1. 憲法13条(幸福追求権の保障)との関係
(1)原審は、大麻につき、種々の精神薬理作用として衝動的あるいは興奮状態、不安恐怖状態、妄想や幻覚の発現等々の症状を列挙した上で、大麻が人体に有害なものであることは公知の事実である、とし、どのような範囲で法的規制を加えてどのような刑罰をもって臨むのかについては原則として立法政策の問題であるとして、大麻取締法の規定は憲法13条に違反しているものではない、としている。
(2)しかし、大麻その他の物質の使用、特に本件のような鎮痛剤としての利用を含む医療的利用は、ライフスタイルに関わるものとして個人の自己決定権の一内容をなし、したがって憲法上幸福追求権(13条後段)に含まれるから、その規制手段は、規制目的との関係で必要性・合理性の認められるものでなければならず、原審のいうような「立法政策」あるいは「立法裁量」の問題とされている訳ではない(在監者の喫煙規制に関する最大判昭和45年9月16日:民集24巻10号1410頁参照)。
大麻の有害性としては、原審の列挙した「衝動」、「興奮状態」、「不安恐怖状態」、「錯乱状態」については特に存在せず、「妄想」、「幻覚」、「幻視」、「幻聴」といった精神分裂症的症状は、大麻によって発症するかどうかについては勿論、既に精神分裂症に罹患している者の症状を昂進させるかどうかについて未だ争点として残されており、せいぜい既に罹患している者の症状を昂進させる可能性があるとされているに止まる(WORLD HEALTH ORGANIZATION「Cannabis : a health perspective and research agenda」(世界保健機関「大麻:健康の視点と研究課題」)(1997年(平成9年)4月)以下「WHO報告書」という)。
確かに、原審のいうように「パニック反応などの症状が生ずることもあり、」また「多用者や常用者については精神的依存性がみられ」得るが、「慢性的な人格障害として、自発性、意欲、気力の減退、生活の退嬰化が生じ得る」というのはあくまでも仮説上の異状にすぎず、仮説の基礎となっている臨床観測は適切に管理されたものでもない。更に、このような無気力症候群自体明確に定義されてきたものでもないのである(WHO報告書)。
このように大麻の有害性自体疑問の余地の大きいものであるから、原審のように「人体に有害なものであることは公知の事実である」とするのは不当である。
また、大麻は、癌の化学的療法における嘔吐・吐き気の抑制剤として、及びHIV(AIDS)の衰弱症候群における食欲刺激剤として、また緑内障の上昇した眼の内圧を下げるのに有用であることが立証されてきており、更に、本件のように強力な鎮痛剤としての効能も認められている(WHO報告書)。
以上のような大麻の有害性に関する多くの疑問点、加えて医療的利用における確立された有用性からすれば、大麻の単なる所持、特に医療的利用のための所持までも規制し処罰する大麻取締法24条の2第1項は、社会全体の保健衛生上の危険防止という規制目的を達成するための手段として合理性・必要性を欠いていることが明らかである。
したがって、上記規定は憲法13条に違反し無効である。
2. 憲法14条(法の下の平等)との関係
(1)原審は、「アルコール飲料や煙草は、古くからその社会的効用が認められ、広く一般に受け入れられてきたものであり、また、その摂取による心身に及ぼす影響についてもよく知られて」いるが「大麻についてはこれらの事情が歴史的に異なる」などとして、両者の「規制が異なるからといって、直ちに不合理な差別とは言え」ないとしている。
(2)確かにタバコやアルコールは心身に及ぼす悪影響についてよく知られているが、その社会的効用までもが古くから一般に認められてきたとするのは甚だ疑問であり、少なくとも大麻との差別的取扱いを正当化するだけの理由が欠けていることは明らかであり、この点で原判決は理由不備を免れない。
(3)また、原審は、前記1で引用したように、先に大麻が「人体に有害なものであることは公知の事実である」としながら、ここでは、タバコやアルコールは心身に及ぼす影響についてもよく知られているが大麻についてはそれとは異なる、すなわちよく知られていない、としており、論旨の内部矛盾を含む点において原判決は理由齟齬をきたしているともいえる。
(4)憲法14条の法の下の平等については、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでないかぎり差別的な取扱いをすることを禁止する趣旨と解すべきである(旧尊属殺人重罰規定に関する最大判昭和48年4月4日:刑集27巻3号265頁参照)。
(5)そこで大麻とタバコ及びアルコールの有害性について比較してみると、末尾の比較表のように、総じて大麻はタバコあるいはアルコールと大差ない、あるいはむしろタバコやアルコールの方が有害性において上回っている分野もある(以下の比較は、WHO報告書、厚生労働省「たばこと健康に関する情報ページ」、社団法人アルコール健康医学協会ホームページに依拠した)。
すなわち、脳・行動への影響については、大麻の場合急性的に学習能力・精神運動能力を損ない、自動車運転において事故発生の危険を増大させ、慢性的には認知機能への微妙な影響、大麻への依存、精神分裂症患者において症状の促進の可能性があるが、タバコの場合脳卒中の罹患率を上昇させニコチン依存症の原因となり、アルコールでは急性的に暴力的・衝動的になるという人格変化、死亡の危険、飲酒運転による事故発生の危険の増大、慢性的には学習能力・集中力・記憶力の低下をきたし、アルコール依存症の原因となる、というように、大麻よりアルコールの有害性の方が大きいことが明らかである。
次に心臓・血管への影響についてみると、大麻は頻脈となる可能性があるものの、血圧増加は10パーセント未満であるのに対し、タバコは心筋梗塞、狭心症等の虚血性心疾患の罹患率を上昇させ、アルコールは、心拍数・心臓の負担の増大、更には急激な血圧上昇の原因となる、というように、むしろ大麻よりもタバコ・アルコールの有害性の方が大きい。
呼吸器系への影響では、大麻の長期にわたる継続的使用により肺の炎症、慢性気管支炎の原因となる可能性があるに止まるのに対し、タバコでは肺癌の危険度を増大させるという点で、タバコの方が有害である。
肝臓・消化器官への影響では、大麻は殆ど、あるいは全く悪影響が存在しないのに対し、タバコは口腔・咽頭癌、食道癌、膀胱癌の危険を増大させ、アルコールは喉頭癌、食道癌、肝硬変、胃炎、胃潰瘍の危険を増大させるという点において、タバコ及びアルコールの有害性が明らかに上回っている。
妊娠中の女性が大麻を使用した場合、出生後の子における精神運動能力への影響は極めて僅かなものであり、母親の超重度使用のときのみ子に注意力減退・衝動性の増大がみられるのに対し、タバコでは出生後の子において体重減少、早産、自然流産、周産期死亡の危険が高く、アルコールでは子の知能発達の遅延、様々な奇形の原因となるというように、ここでもタバコ・アルコールの有害性の方が大きい。
加えて、前記1で述べたとおり、大麻には、タバコあるいはアルコールにはない医療的利用という大きな有益性が認められる。
以上のことからすれば、未成年者についてのみ使用を禁じ親権者等を科料、販売者を罰金に処するに止まるタバコ・アルコールにおける取扱い(未成年者喫煙禁止法1条・3条・5条、未成年者飲酒禁止法1条・3条)、更にはこれらが事実上放置されているという運用実態と比較して、単なる所持も含めて全面的に使用を禁じた上で違反者は常に懲役刑に処し、逮捕・勾留も伴うという大麻における取扱いは差別的取扱いとして合理性を欠いていることが明らかである。
したがって、大麻取締法24条の2第1項は、少なくとも「所持」については憲法14条に違反し、この点からも無効たるを免れない。
3. 憲法31条(適正手続の保障)との関係
(1)原審は、憲法31条との関係においても「原則として立法政策の問題であり」「立法裁量」の問題とした上で、法定刑が1月以上5年以下の懲役であって選択刑として罰金刑のない現行大麻取締法24条の2第1項も同条に違反しない、としている。
(2)しかし、憲法31条との関係では、「およそ刑罰は、国権の作用による最も峻厳な制裁であるから、特に基本的人権に関連する事項につき罰則を設けるには、慎重な考慮を必要とすることはいうまでもなく、刑罰規定が罪刑の均衡その他種々の観点からして著しく不合理なものであって、とうてい許容し難いものであるときは、違憲の判断を受けなければならないのである。」(「猿払事件」に関する最大判昭和49年11月6日:刑集28巻9号393頁参照)
そこで大麻取締法24条の2第1項の特に「所持」に関して検討すると、前記1・2において述べたような大麻の性質、特にタバコ・アルコールと比較しても有害性が下回りタバコ・アルコールにない医療的効能を有する点からすれば、このような大麻の単なる所持、就中医療的利用のための所持に対して常に懲役刑を科し、選択刑として罰金刑もなく、初回には刑の執行が猶予されるとしても逮捕・勾留という長期間の身柄拘束を伴い、保釈には極めて高額の保証金を要し、その間失職の危険を生じ、2回目以降には確実に実刑となる現行法の規定及び運用は、罪刑の均衡及び実質的制裁の大きさという観点から著しく不合理なものであって、とうてい許容し難いものであるから、全体として憲法31条に違反するものといえる。
第2 正当行為・緊急避難行為としての大麻所持
原審は、被告人の大麻所持が正当行為ないしこれに準ずるものであるといえないことは明らかである、として行為の違法性を肯定しているが、被告人の本件行為は以下のとおり正当行為及び緊急避難行為の要件を充足し違法性が阻却される。この点においても、原審判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤り(刑事訴訟法380条)がある。
1. 正当行為(刑法35条)としての大麻所持
(1)原審は、被告人の大麻使用が医師の処方に基づくものでないという理由で、被告人の大麻所持が正当行為ないしこれに準ずるものであるといえないことは明白である、としている。
しかし、大麻使用について医師の処方を受けることは、少なくともわが国内では不可能であり、原審の掲げる理由は不備ないし齟齬があるといえる。
(2)本件における被告人の大麻所持・使用は、次のとおり、大麻の鎮痛剤としての効能を知悉していた被告人が医療行為の一環として行ったものであり、その行為態様・結果からして社会的相当性が認められ、正当行為として違法性が阻却される。
すなわち、被告人は、中学1年のときバスケットボールを始め、中学時代は社会人のチームに所属し週5日・1日約2時間、高校時代には部活動で週6日・1日約2時間、加えて社会人のチームで週4~5日・1日約2時間、試合・練習等に励んだ。
中学2年のころから被告人には腰痛の症状があり、当時の■■県■■市の医師に「腰椎椎間板症」と診断され、中学時代に2,3回通院した他、中学2年・3年時には■■市内の整骨院に週3回通院した。
その後、平成12年2月に被告人は学生ビザで渡米し、写真を学ぶためにロサンゼルス・シティ・カレッジに転入し、平成16年7月に帰国するまで、途中1,2か月間帰国した以外はずっと在米生活であった。
被告人の腰痛は高校時代は殆ど出なくなっていたが、在米中の平成16年1月ころから腰痛が悪化し、同月の末ころには動けないほどになったため、同年2月からロサンゼルス市の南方にあるトーレンス市で開業している医師のツネオ・ヒラバヤシ氏のところへ行き、そこに4回くらい通院し、バイキリンという鎮痛剤を処方してもらったが、実際に服用してみたところ、眠気・できもの・食欲不振・便秘などの副作用が出たので、被告人は、同月ころ、カリフォルニア州内にある飲食店のオーナーの知人であるアメリカ人医師に相談した。
すると、その医師が「WEED」(雑草)つまりマリファナを奨めたので、被告人が上記オーナーに相談したところ、そのオーナーは「医療用大麻だよ」と言いつつ、赤十字マークの箱に入れられていた乾燥したカリフラワー状の大麻を被告人に譲った。被告人がそれをほぐして紙巻きにして煙を吸ってみると、約10分後に顕著な鎮痛効果が出た。なお、このとき何ら副作用らしきものは出なかった。
被告人はその後、平成17年2月に学生ビザが切れるので今度は職業ビザを取得しようと考え、また、悪化していた腰椎椎間板症の治療のために、平成16年7月16日に帰国した。
帰国後、被告人は、友人の■■■という整体師のもとに腰痛治療のため通ったりしたが、平成16年8月13日、朝からずっと腰痛が酷かったため、同日午後6時ころに東京・新宿の長距離バスの停留所でバスに乗車できなかった後、中野総合病院、聖路加国際病院に電話したが、いずれも整形外科の医師がいないと言われた。
通常の薬剤では強い副作用が出るが大麻では副作用が出ずに抜群の鎮痛効果のあることを記憶していた被告人は、大麻を入手しようと思い立ち、渋谷へ向かい、午後8時すぎに特に組織暴力などと関係のない人物から大麻樹脂を購入し、点火してその煙を吸ったところ、明らかに痛みが軽快した。
その後被告人は、京王井の頭線に乗り吉祥寺駅で午後11時ころ下車した後、近くの路上を歩行中、再び腰痛に見舞われたために、もう一度大麻の煙を吸い、それによって腰痛が消失した。
以上述べたとおり、被告人は本件大麻所持を、腰痛軽減のための鎮痛剤として使用する行為の一環として行ったものであり、通常の薬剤では強い副作用が出、また医師の治療を受けることができなかったという事情があり、実際に鎮痛効果には顕著なものがあったのであるから、被告人の本件行為は刑法35条の定める正当行為として違法性が阻却される。
2. 緊急避難行為(刑法37条)としての大麻所持
前記1のとおり、被告人の本件行為は、腰椎椎間板症による強い腰痛という自己の身体に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為であり、前記第1で述べたとおり、これによって生じた害は小さく、避けようとした上記の腰痛という害の程度を超えないことが明らかであるから、刑法37条に規定する緊急避難の要件を充足し、この点からも違法性が阻却される。
第3 結論
以上述べたところからすれば、被告人の本件大麻所持行為は構成要件該当性及び違法性が阻却され犯罪が成立しないことが明白であり、原判決は破棄を免れない。
以上
平成17年(う)第275号 大麻取締法違反被告事件
事実取調請求書
平成17年3月14日
東京高等裁判所第12刑事部 御中
被告人 ■■ ■■
弁護人 髙濱 豊彦
書証
(1)WHO「Cannabis : a health perspective and research agenda」
(世界保健機関「大麻:健康の視点と研究課題」)(平成9年4月発行)
(立証趣旨)
大麻の人体に対する影響及び医療的効能という医学上の経験則を立証する。
(2)厚生労働省「たばこと健康に関する情報ページ」(平成17年2月14日時点)
(立証趣旨)
タバコの人体に対する影響という医学上の経験則を立証する。
(3)社団法人アルコール健康医学協会ホームページ(平成17年2月14日時点)
(立証趣旨)
アルコールの人体に対する影響という医学上の経験則を立証する。
以上
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