控訴趣意書

投稿日時 2005-02-03 | カテゴリ: MHさん裁判

平成16年(う)第400号
被告人 ******

控訴趣意書

平成17年1月6日
高松高等裁判所 刑事第1部 御中

弁護人 藤澤 和裕


第1 結論
原審の判決には憲法の違反があり、その違反は判決に影響を及ぼすこと明らかであることから、到底破棄は免れないものと思料する
即ち、大麻取締法は憲法13条、14条、31条に違反する無効な法律であり、従って被告人の大麻取締法違反の公訴事案については無罪判決が相当である。
仮に大麻取締法が憲法に違反しないとしても、被告人に宣告された懲役1年6月という判決は重きに失するものである。以下その理由を述べる。

第2 大麻取締法の違憲性について
1 憲法13条違反について
(1) 大麻取締法は、憲法13条に規定する国民の幸福追求権を侵害するものとして違憲無効である。
最高裁は昭和45年9月16日大法廷で「喫煙の自由は第13条の保障する基本的人権の一つに含まれる」と宣言している(裁判集 刑事1412頁)。従って、公共の福祉に反しない限り幸福追求権を制限することは、憲法に定めるこの条項に抵触する。

(2) 公共の福祉に反するかどうかは大麻を規制する立法事実が現に存在するかどうか、言い換えれば大麻が人体に及ぼす悪影響があるかどうかが検証されなければならない。

(3) 大麻の依存性について
「文字通り世界の医師のバイブルとして無数の人々の治療に役立ってきた」医学書の権威である「メルクマニュアル」(第17版日本語版)によれば、「大麻の慢性的ないし定期的使用は精神的依存を引き起こすが、身体的依存は引き起こさない。」「多幸感を惹起して不安を低下させるあらゆる薬物は(精神的)依存を惹起することがあり、大麻もその例外ではない。しかし、大量使用されたり、やめられないという訴えが起きることはまれである。」「大麻は社会的、精神的機能不全の形跡なしで、時に使用できることがある。多くの使用者に依存という言葉はおそらく当てはまらないであろう。」「多量使用者は薬をやめたときに睡眠が中断されたり神経質になると報告されている。」が「この薬をやめても離脱症候群はまったく発生しない」(「メルクマニュアル」第17版日本語版第15節 精神疾患 195章 薬物使用と依存 「大麻(マリファナ)類への依存」)
したがって、大麻には耐性もほとんどなく、大麻に対する身体的依存は皆無である。

(4) 大麻の毒性について
大麻草の成分である「テトラヒドロカンナビノール(以下「THC」という)は極めて安全な薬剤である。」(「マリファナの科学」197頁)。「大麻の不正使用は広く行われているが、大麻の過量摂取で死亡した例はほんのわずかしかない。英国では、政府統計で1993年から95年までの間に大麻による死亡例が5件挙げられているが、くわしく事情を調べると、いずれも嘔吐物が喉に詰まったことが原因で、大麻に直接起因するものではない(英上院報告1998)。ほかの一般的な娯楽用薬物と比較すると、この統計は際立ってくる。英国では毎年、アルコールによる死亡者が10万人以上、タバコに起因した死亡者が少なくともこれと同数だけ発生している」(同書197頁)。「どんな基準に照らし合わせても、THCは急性効果、長期的効果で、極めて安全な薬剤だと考えなくてはならない」(同書200頁)。
マリファナの身体的効果については、マリファナ研究について最も権威のある報告書とされている「マリファナ及び薬物乱用に関する全米委員会」の1972年報告(以下「全米委員会1972年報告」という)では、「身体機能の障害についての決定的証拠はなく、極めて多量のマリファナであっても、それだけで人体に対する致死量があるとは立証されていない。また、マリファナが人体に遺伝的欠陥を生み出すことを示す信頼できる証拠は存在しない。」「結論として、通常の摂取量ではマリファナの毒性はほとんど無視してよいといっている」(「法学セミナー」1980年7月号31頁)。
「大麻の使用は薬物問題ではあるが、その毒物学的意味は不明である。」(「メルクマニュアル」)。
したがって、大麻には毒性もない。

(5) 大麻の有害性について
「マリファナを批判する人々は有害作用に関する数多くの科学的データを引き合いに出すが、重篤な生物学的影響があるとする主張の大部分は、比較的大量の使用者、免疫学的、生殖機能についての積極的な研究においても、ほとんど立証されていない」(「メルクマニュアル」)。
マリファナの吸引について、「習慣的使用者のかなりの割合で慢性の気管支炎を引き起こし、長期的に見た場合に気道の癌とのつながりが指摘される恐れがあるため、安全上長期的使用を勧めることができない。」とされるが、これはあくまでもタバコ吸引と同様、自らの健康の問題であり、他者に対する有害性はない。しかも、米国医学研究所は、その報告「マリファナと医薬」(1999)のなかで、安全性の問題について「マリファナはまったく害のない物質というわけではない。さまざまな効果を伴った強力な薬物である。だが、吸引にともなう弊害を除き、そのほかの用途ではマリファナによる副作用は許容範囲にあるといえる。」(「マリファナの科学」231頁ないし232頁)とされている。
したがって、マリファナにはその煙の吸引に関してタバコと同程度かそれ以下の有害性しかない。

(6) 大麻使用による他者に対する危険性について
前記の全米委員会1972年報告によれば「マリファナが暴力的ないし攻撃的行動の原因になることを示す証拠もない」。さらに1973年報告によればマリファナ使用と犯罪との関係について、「マリファナの使用は、暴力的であれ、非暴力的であれ、犯罪の源ともならないし、犯罪と関係することもない。」と結論している(「法学セミナー」1980年7月号31頁)。
したがって、マリファナは他者の法益を侵害する危険性もない。

(7) 大麻の医療利用について
他方、「大麻は何千年にもわたって医薬として使われてきた。」「中国で紀元前2800年頃、初めて出版された漢方薬の概説書「神農本草経」は大麻を便秘、通風、リウマチ、生理不順の治療薬として推奨している。大麻製剤はその後何世紀にもわたって中国の本草書で推奨され続けたが、特にその鎮痛効果は外科手術の際、痛みを抑えるために利用されてきた。」
「インド医学も中国と同じくらい長い大麻利用の歴史をもっている。」「古代アーユルヴェーダ体系では大麻はヒンドゥー人のための医薬品として重要な役割を果たし、今日でもアーユルヴェーダ実践者たちによって利用されている。」
「アラブ医学やイスラム系インド人の医学ではハシーシュ(大麻樹脂)や「ベンジ」(マリファナ)について多くの記述が見られる。大麻は淋病や下痢、喘息の治療薬として、また食欲増進剤、鎮痛剤として利用された。」
「大麻は中世ヨーロッパの民間療法でも広く知られ、ウィリアム・ターナー、マッティオーリ、ディオスコバス・タベラエモンタヌスの本草書でも治療効果のある植物として記述されている」(「マリファナの科学」136頁ないし137頁)。
「日本でも繊維用ばかりでなく、医薬品として用いられてきた。日本薬局方でも1886年に交付されて以降、1951年の第5改正薬局方までマリファナが「インド大麻草」、「インド大麻草エキス」、「インド大麻チンキ」という製品名で収載され、鎮痛剤、鎮静剤、催眠剤などとして用いられてきた」(「法学セミナー」1980年7月号31頁)。
「20世紀のほとんどの期間、西洋医学は大麻利用にわずかな関心しか示さず、大麻の使用が米国で1937年、法的に禁じられたのを皮切りに、1970年代には英国をはじめほとんどのヨーロッパ諸国がこれに追随する動きを見せた」が、「英国医師会(BMA)は1997年、治療現場での大麻利用についてまとめた影響力のある報告のなかで<多くの通常法を順守する市民、おそらく先進国の何千という人たちが、治療のために大麻を非合法的に使っている。」と記している。
「こうした非合法の自己治療に最も深い関わりを持つのが、他の鎮痛薬では治すことのできない慢性の痛みに苦しむ人たちである。具体的には、痛みを伴う筋痙攣を頻繁に起こす脊髄損傷や、そのほかの痙攣症状を持つ患者や、エイズ患者、多発性硬化症(MS)を患う患者などである」(「マリファナの科学」146頁)。
「大麻を使って自己治療している患者が指摘するような医療効果の一部を、そのような領域の人たちが享受できる現実的な可能性がある。自己治療の患者は通常、既存の薬が効かなかった人たちであり、症状を治すためのオルターナティヴ・メディスン(代替医療)に切り替えようとしている。大麻は多くの人たちにとって、何世紀もの間、民話や民間医療に根付いてきた自然療法・薬草療法として、付加的な魅力を備えている」(同書153頁)。

(8) 以上のとおり、大麻には有害性がなく、これを規制する立法事実も存在しない、と言わなければならない。
ところで、近時の裁判例は最高裁の60年判決を基準に大麻に有害性があることは公知の事実であるとするものが多い。しかしながら現在継続中である大阪高等裁判所平成16年(う)第835号事件においては、有害性に関し、検察官に対し主張、立証を求めている。このように現在では単に公知という事実のみではなく、具体的な立証が求められている。

2 憲法第14条、第31条違反について
(1) アルコールや喫煙は公知の事実として強い精神的、身体的依存を引き起こすと共に、肝臓や心臓血管に悪影響を及ぼすこと、更には飲酒酩酊により暴力事犯を誘引することは経験則上知られている正に公知の事実である。
その点より見れば、マリファナにはそのような悪性はどの文献報告書にも見出せない。しかるに、酒、喫煙については未成年者の使用を禁じている他、何らの法的規制はない。このように、大麻より危険性有害性が高くあるいは同程度に有害と認められる薬物や嗜好品の所持摂取が原則として各個人の自由にゆだねられていることに照らせば大麻取締法にのみ厳罰で禁圧しているのは法の下の平等を規定した憲法第14条に違反する。

(2) 更に大麻取締法の罰則規定は必要最小限のものではなく、さらにその法定刑は過度に重いから憲法第31条に反し違憲である。

第3 量刑不当について
被告人は大麻を吸引、栽培した事実により、懲役1年6月という刑に処せられたものであるが、前記述べたとおり大麻には有害性は全くなく、これを取り締まる大麻取締法には憲法違反の疑いが強いことからすれば、刑罰を科す場合であっても、悪質であることが明確に立証されない限り、実刑に処すことは妥当ではない。被告人が大麻を栽培した目的は、自ら吸引するためであり、他にこれを譲渡したりするような目的ではなかった。仮に大麻に有害性があったとしても、自らが使用するだけであり、他に影響を及ぼすことは全くなかった。
加えて被告人は父の仕事を真面目に手伝い、被告人の手助けがなければ事業が成り立っていかない状況にある。
以上のように大麻の吸引を除き、被告人は真面目な社会人として生活していたことから、被告人には執行猶予付きの判決がなされるべきであり、1年6月という実刑の判決は量刑不当である。






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