KYさん上告に際しての意見書

投稿日時 2011-05-16 | カテゴリ: KYさん事件簿

KYさんの上告について最高裁に私個人としての意見書を提出しました。



平成23年(あ)第394号

最高裁判所第二小法廷御中

KYさん上告に際しての意見書

平成23年5月16日

白坂和彦
住所

 KYさんの大麻取締法違反事件[平成23年(あ)第394号]の上告に際し、一審の法廷に証人として出廷した者として、以下、最高裁判所裁判官諸賢並びに司法官僚諸賢にお願い申し上げます。

 本事件の被告人であるKYさんは、大麻取締法が憲法違反であることを法廷で主張するため、敢えて逮捕される行為に及んでいます。
 大麻取締法の違憲主張を退けた昭和60年9月の最高裁決定以降、海外では多数の権威ある研究機関が、大麻はアルコールやタバコより危険性が低いと報告しており、そのような研究を踏まえ、欧州では大麻の個人使用はほぼ容認されており、大麻弾圧の総本山であり我が国に大麻取締法を強要した米国ですら、13州で大麻所持は非犯罪化され、16州で大麻の医療的使用が合法化されています。米国医学アカデミーや英国政府資料など、多数の公的なデータを書証として提出し、一審で弁護人が論証した通りです。

 平成16年に大阪高裁で行われた桂川裁判[平成16年(う)第835号]において検察が報告した大麻の有害性の根拠、厚生労働省所管の財団法人「麻薬・覚せい剤乱用防止センター」が国民に周知教育している「ダメ。ゼッタイ。」の大麻情報は、15年以上前に同法人が米国から輸入販売していた薬物標本見本の説明書を翻訳しただけのものであり、その記述には医学的根拠がないこと、そして根拠がないことを同法人の天下り専務理事も、厚労省の担当者も認めていることを、弁護人は立証しました。

 しかし、検察官と裁判官は、大麻の有害性を検証するために弁護人が求めた「ダメ。ゼッタイ。」の責任者と厚労省の担当者の証人請求を認めず、科学的な資料すら書証として認めず、一審において大麻の有害性はまったく審理されませんでした。

 ところが、検事は、弁護人が提出した、大麻とアルコールの有害性を科学的に比較した書証を不同意としておきながら、「飲酒運転と大麻とはどこが違うのですか」などと被告人尋問でKYさんに訊いているのです。ふざけんなクソ検事、顔洗って出直して来いと言わざるを得ません。

 昭和60年9月の最高裁決定以降、裁判所は大麻の有害性を「公知の事実」としてきましたが、その判断は現在の科学的知見と大きく乖離していることを弁護人は資料を付して一審で論証しました。そして、一審判決は、大麻の有害性を「公知の事実」と断ずることができず、「大麻はその薬害等の詳細がいまだ十分解明されていない」としました。

 これまで、大麻の有害性は、懲役刑の適用がやむを得ないほど危険であることが「公知の事実」とされ、それを前提に、量刑については国会の裁量権とされてきました。ところが、一審判決は、最高裁判例を引かず、大麻の有害性を「公知の事実」とせず、「その薬害等の詳細がいまだ十分解明されていない」としながら、国民の身体を拘束する刑罰の適用を是認しているのです。判例の前提が崩壊しているにもかかわらず。一審判決は、次のようにも述べています。

「酒やタバコが多年にわたり国民一般にし好品として親しまれ国民生活に定着していることに照らすと、国家が、大麻については、酒やタバコに対するのと異なって、懲役刑をもってその使用やそれにつながる輸入等を規制することにも合理性がある。」

 なんというメチャクチャな暴論でしょうか。一審裁判官は、弁護人の立証に対し、大麻の有害性を「公知の事実」と断ずることができず、「いまだ十分解明されていない」と逃げつつ、大麻はアルコールやタバコほど危険ではないという科学的報告に対しては、大麻は酒やタバコと違って嗜好品として国民生活に定着していないから懲役刑で構わないと言っているのです。こいつ気は確かでしょうか。

 そうであるなら、大麻取締法に異を唱える者は、KYさんのように司法に判断を仰ぐことなどせず、あるいは行政や立法府に問題提起などせず、国民生活に大麻を嗜好品として定着させるよう、社会に拡散するしかないではありませんか。裁判官が遺法行為を煽ってどうします。

 控訴審においても、大麻の有害性は刑事罰を科すほど危険なものなのか、審理されることはまったくありませんでした。ところが、控訴審判決は、一審で弁護側が出した資料から大麻の有害性に関する箇所のみを摘み食いで引用し、「最高裁判所決定後に公表等されている原審各弁号証によっても窺うことができる」と、大麻の有害性を「公知の事実」としています。実に卑怯な後出しジャンケン判決です。もうホント、呆れるほかはないのです。書証として採用するのを却下しておいて、まったく審理すらせず、その却下した弁護側の資料から大麻の有害性に関する箇所だけ抜き出して、判決に引用しているのです。これが裁判所のすることかい。ふざけんなキンタマ抜かれた裁判宦官と言わざるを得ません。

 また、控訴審判決は、大麻の有害性について審理すべく一審で弁護側が請求した証人請求の却下について、厚生労働省担当者と天下り公益法人責任者が「それぞれ上記の各役職に就いているとはいえ,大麻の研究者等として,その有害性についての専門的知識を有していることも疎明されていないことに照らすと,大麻の有害性に関し,文献等の資料によるものではなく,自身の研究に基づいた確実な根拠のある証言をすることもさほど期待することができないものと認められる」と正当化しています。

 しかし、この両名を証人として尋問することは、我が国の大麻取締法がどのような科学的知見に基づいて執行されているのかを検証することが目的であり、この両名は、その職責上、大麻についての科学的知見を収集し、必要に応じて国民に周知する義務を負っているのです。我が国の大麻取締法の執行は、世界的に共有されている現在の科学的知見を反映しているかどうか、その検証こそが法廷に求められていたのです。

 弁護側が提出した文献や科学的資料にも明らかな通り、現在、海外では、各種疾病に対する大麻の治療効果が注目されており、研究もされており、大麻の医療的な使用を合法化している国も多数あります。
 そして、大麻を自己治療目的で使うことすら懲役刑で禁ずる我が国の鎖国的厳罰主義は、大麻の医療的使用に寛容な国際社会との矛盾を生じ、既に何度も我が国の法廷で大麻の医療的使用の是非が問われる事態となっています。

 大麻の医療的な使用が各国で制度化されて広がる現在、昭和60年判例当時の知見を再検証すべき時がとっっっっっっっっっっっっっっっっっくに来ているのです。

 最高裁判所の裁判官諸賢と司法官僚諸賢にお願い申し上げます。
 大麻の科学的事実を現代の知見によって再検討し、その少量所持や栽培が懲役刑に値する行為なのか、我が国の大麻行政はどのような大麻の事実に基づいて執行されているのか、審理を高裁に差し戻し、やり直して下さい。大麻取締法を所管する厚生労働省や天下り財団法人の怠慢と無責任こそが諸悪の根源であり、それを法廷で明らかにすべきなのです。で、裁判所としては、確かに厚労省と天下り法人はデタラメだよな、直ちに健康に影響はないけど、大麻の社会的管理については所管する厚労省で検証する必要はあるよな、くらいのことを言って下さい。

 昭和60年最高裁決定という古い判例は、もはや世界には通用しないのです。その判例に拘泥し、何も問題なく社会生活を過ごしている国民の生活を、大麻をちょっと持っているというだけでブチ壊し、前科者にするあり方こそが、国家に対する国民の信頼を損なうのです。それこそが国家としての損失ではないでしょうか。

 私はこれまでもう何度も、私自身の裁判を含めて、法廷の場で、大麻取締法の問題点を主張してきました。しかし、三権分立は機能しておらず、裁判所はまともな判断を示してきませんでした。KYさんの裁判も、行きがかり上、支援を引き受けたのですが、私はもう裁判所には何も期待していません。と言いつつ、一縷の望みを託して、援護射撃を続けてきました。

 KYさんの上告がこのまま棄却され、実刑判決が確定するようであれば、私は、異議申立の手段として、国家に対し、最後通告として、大麻取締法に対する市民的不服従を宣言し、一審で裁判官が言った通り、大麻を嗜好品として国民生活に定着させるほかないと考えています。

 つまり、この意見書は、私が司法に与えてやる最後のチャンスなので、最高裁の裁判官諸賢と司法官僚諸賢は、そこんところ、よろしくお願い申し上げます。


以上





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