ナイジェル・ドゥアラ(AP通信社記者)
2011年5月23日 正午
オレゴン州ポートランド - 照明が落とされる。おそらくは50歳程の白髪の男性がステージへと近付く。彼は青いスーツに襟の開いたシャツを着て、黒い革のローファーを履き、サングラスを掛けている。夜の室内だ。シナトラ気取りが板についている、
そして深みのあるバリトンの声が押し寄せる。数十人の、大麻を吸いながらにっこりと笑う観客の上へと広がって行く。
スタンダードを右手のマイクに向かって囁くように歌う。"Only you beneath the moon or under the sun, whether near to me or far, it's no matter darling where you are. (あなただけだ。月の下でも陽の下でも、私の近くに居ようと遠くに居ようと、あなたが何処に居ようと関係ない)"
観客は歓声を上げて賞賛する。
これはポートランドにある大麻カフェでのカラオケの夜だ。アムステルダムの通りの脇の大麻宮殿とバーの組み合わせである。この煙に満ちた部屋では、医療大麻使用者が大麻を燃やしたり食べたり吸ったり紙に巻いたりする事が完全に合法なのだ。
癌患者が居て、エイズ患者が居て、脊椎骨や神経に損傷を受けた者が居る。オレゴン州における「深刻な痛み」への手当に避難先を見出した者も居る。大麻に友好的な医師に痛みを相談すれば、大体の場合には手に入るのだ。
1998年に医療大麻法が成立してから、現在およそ 40,000名の患者が大麻を使用している。
この場所にある大麻は患者らが持ち込んだものか、あるいは栽培家の寄付によるものだ。サンドウィッチやコーヒーを買う事を除いては、金銭のやり取りは行われない。料金は月額20ドル、そして入店料として5ドルである。
カフェには寄付により提供された大麻を満載したお菓子の直売所があり、毎週コメディーショーが開かれ、従業員向けパーティーさえ行われる。
薄明かりに照らされたステージには、ときおりパイプやボングやベポライザーから噴き出された白い煙が飛んで来る。
今夜のシナトラは、他の主演者と違って風格を備えていた。
カラオケに続いてその後は、医療大麻使用者の一団がそれぞれの話に盛り上がったり拍手をしたりする時間だ。彼らはカラオケの始まる午後七時からカフェに居る事にしているのだ。
テーブルからテーブルへと彼らの話が駆け巡る。殆どの者は名前を名乗らない。
テレサ・シェファーはミシガン州アルトで運転中に列車に衝突した。右半身の殆どの骨が折れて、脊柱に障害が残った。今でも彼女の痛みは度々深刻なものになり、家から出られないまま独りで居る。
それでもステージから6ペース(訳注: 長さの単位で、およそ 4.6メートル)の位置に座り、地域で栽培された一つまみ大の大麻を彼女の友人のボング(訳注: 水パイプ)に詰めて、彼女はリラックスしている。もしこのカナビス・カフェに目的というものがあるとすれば、それは大麻喫煙者が仲間と共にそれを喫煙する事が出来るという点にある。
「ここでは私達は家族です」とシェファーは語る。「同じ問題を抱えた他の人々に会う事ができるのですが、ここは病院ではありません。暗闇の中で鎮痛剤と共に隠遁者である事に留まらず、家の外に出る理由になるのです。」
シェファーは大麻を吸う事で、今でも続いている鈍痛や激痛の発作を和らげる事ができる。化学療法によって痛みに耐えている他の患者らは、それに伴う吐き気を大麻は緩和すると言っている。カナビス・カフェにおける大麻は睡眠補助薬でもあり、食欲増進薬でもあり、頭痛薬でもある。
カフェの後方にある長椅子の上、部屋の片隅のビリヤード・ランプの下で、30歳のジョー・ウィンはボングの上に身を乗り出して煙を深く吸い込み、息を止めて、吐き出している。彼はこの場所に頻繁に来ているが、実はここのボランティアであり、人が集まった時に行われる数々の活動を楽しみにしている。
そこから3フィート先で(訳注: 約1メートル)、「レッド・アイ」の名でしか知られていない男が高さ6フィート(訳注:約1.8メートル)のプラスチック・ボングで煙を吸っている。そのボングに彼はポートランドのNBAチームから取った "The Staleblazer" の愛称を付けており、水室に溜まった煙が口へと吸い寄せられて行く。
その数分後に彼はステージ上に現れ、Sublime の "Two Joints" の混乱した演奏を行った。太く赤いドレッドロックが彼の背中で跳ねる様は、ラスタファリアンのレプラコーン人形が子供に揺らされているかのようだ。
それでも彼は他の演奏者と同じように聴衆の歓声を得た。
このカフェの運営に当たっては特別な認可は必要とされない。カフェの推進力となったのは、医療大麻に対する連邦政府の態度を軟化させるとしたバラク・オバマ大統領の2009年の公約である。
一年前、オーナーのマデリン・マルティネスは二人の現地警察官をカフェに招 いて、この場所が単なるマリファナの潜り酒場(訳注: 禁酒法時代に存在した違法な酒場)ではない事を示した。彼女の言葉によれば、彼らは礼儀正しかったという。
このカフェは未だ黒字を計上するには至っていない。マルティネスの考えによれば、数年以内にオレゴン州では現在ほぼ合法に近い地位にあるドラッグが合法化され、それが大金の転がり込む時であるとの事だ。
考えてみて欲しい、と彼女は言う。「映画館、バー、ホテル、もしかすればタクシー会社も、みな大麻喫煙者を相手に商売を行っているのです。」
しかし今のところは寄付された大麻と無料の音楽のみで賄われており、総額35億ドルにも及ぶオレゴン州の突出した財政赤字は大麻の販売と課税とで改善される事になるであろうと彼女は断言する。
このカフェの基本的な精神は、熱心な園芸学と「わかち合いは思いやり」の地方自治主義、および古き良き西海岸の反権威主義の合わさった所にある。
またそれは同時に太平洋岸北西部にある通常のカラオケ・クラブに過ぎない。ボングとパイプとをマティーニとトム・コリンズ・グラスに置き換えれば、他のどのようなバーとも殆ど区別が付かないであろう。
「ステージに登場するのは、我々の誇る最高の方々だ。さあ御婦人方、ここに上がって来て下さい」。司会者はマイクに向かって笑いかける。その一分後、彼の代わりに50代の女性が三名ステージに現れ、羽毛のボアを纏い、それなりに難しいが然程の心配は要らない様子で歌い始める。1964年の"Baby Love" だ。
メロディー・レイドはこのカフェで歌わない事にしている数少ない女性である。彼女は若い頃、甲状腺癌に患かり胃ペースメーカーを使用するようになる前は、頻繁にバーに通っていたという。そしていつも足元のおぼつかない酔っ払いに声を掛けられる事にうんざりしていたそうだ。
「私がバーに行くと、いつも人々が周囲をうろついていました」。緑色の小さなパイプで一服しながら、彼女はそう笑って言った。「この方がずっとリラックスできます。」
彼女は言う。「そして大麻喫煙者は、いずれにせよ酔っぱらいより遥かに歌うのが上手なものです。」
Source: The Marietta Daily Journal
Singing, smoking soothing
by Nigel Duara
Associated Press Writer
May 23, 2011 12:00 AM
翻訳 by PHO
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