こうした厳しい取締りは次のジョージ・ブッシュ政権にそのまま引き継がれ、彼の就任翌年の1989年には新たに22億ドルの予算がドラッグウオーに追加され、うち7割の予算が国内外での取り締りに使われている[33]。
加えて同じ年に制定されたNational Defense Authorisation Actによって国防省がドラッグ問題を取り扱う中心省庁になり、冷戦終結後間も無いこの時期ドラッグ関係の予算の多くがDEAと国務省の他、国防省やCIAにも流れていった。
これらの予算の大半は、次回の部で詳述するように、ドラッグの生産国であるペルー、コロンビア、ボリビアを中心とした南米各国で、ドラッグ対策としての軍事指導、訓練、武器援助のため使われ、そこで人権、環境問題に関わる深刻な問題を引き起こすことになる。
ブッシュ政権下でのドラッグウオーで興味深いのは、ブッシュ政権の反麻薬キャンペーンとそれを積極的に報道したマスコミとの関係である。
1988年11月の選挙後まもない頃、ブッシュ政権の最優先課題として世論がトップにあげていたのは財政赤字問題(34%)であり、麻薬問題に対してはわずかな関心(3%)しか集まっていなかった。
しかしブッシュ政権の反麻薬キャンペーンがマスコミで連日取り上げられるようになると、1989年9月の調査では、世論の43%が麻薬問題が政権にとって最優先課題と考えるようになり、財政問題は全く改善されていないにも関わらずわずか6%にまで落ち込んだ。
同じ現象はニューヨークで特に顕著で、1987年6月の登録選挙民に対する調査では、税金問題が15%で政治課題のトップを占め麻薬問題は5%にすぎなかったが、1989年9月には税金問題は8%、麻薬問題は46%と完全に国民の関心は逆転していた。
チョムスキーはこの世論の急激な変化を取り上げ、「現実世界は全く変化していないが、イメージは権力の都合を反映して、イデオロギー機関を通じて伝染し変化した」と述べているが、当時の麻薬問題への大衆の関心と政府予算は、多分にこうした世論操作によって作り上げられ正当化された側面が指摘できる[34]。
こうして世論の支持を獲得したドラッグウオーの国内での中心的役割を担っていたのは、1988年に設立されたOffice of National Drug Control Policy (ONDCP) と教育省からここに赴任したウイリアム・ベネットであった。
ベネットは国内でのドラッグウオーを遂行するにあたって、「単純な事実としてドラッグの使用は間違っている。道徳的議論こそが結局のところ、もっとも説得力のある議論である」と主張し、ドラッグは健康にとって危険であるから禁止すべきであるという従来の説明から、ドラッグを道徳的問題として捉える方針をとった[35]。
ドラッグが健康問題であるうちは中毒者は病気ということになり中毒者に対する治療が期待されるだけでなく、非合法ドラッグとアルコール、ニコチンなど合法ドラッグとの間での健康上の影響の比較という政策上の難題が浮上する[36]。
また特に社会的に問題となるような中毒症状や健康障害を示さないマリファナやコカインのウイークエンドユーザーに対して厳しい禁止政策を訴える根拠が見当たらなくなる。
これに対しドラッグを道徳的問題として扱い非合法ドラッグの使用を道徳的悪と定義すればこれらの問題は一挙に解消される。
ベネットは非合法ドラッグの使用を「道徳の、価値の、人間性の、我々お互いの関係性の、そして神との関係を全滅させることである」と述べ、ベネット独自の道徳的判断によりアルコールやニコチンなどの合法麻薬を除いた非合法ドラッグの使用に限って、これは公式に道徳的悪として定義されることになった[37]。
以後、非道徳的行為を行うもの、すなわち非合法ドラッグを使用する者は、宗教的、道徳的、政治的権威を危機にさらす者達であるとみなし、使用者を徹底的に社会から駆逐する方針が打ち出された。
この結果、1980年から1994年までのレーガン・ブッシュ時代を通じて、アメリカの刑務所の収容人数はおよそ3倍に増加し、特にブッシュ政権時代の89年から93年までの間は人口比でアメリカは世界で最も高い刑務所の収監率を示すことになった[38]。
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[33]Ibid., p.359.
[34]本段落の数値は、Chomsky, Noam (1992) Deterring Democracy, London; Vintage Books, p.120.
[35]Baum, Dan (1996) op. cit. p. 264.
[36]1989年には喫煙を原因とした死亡者数が395,000人、飲酒による死亡者数が23,000人と見積もられており、またこれとは別に22,400人が飲酒運転で死亡している。一方、コカインによる死亡者数は3,618人、ヘロインなどのアヘン系物質が2,743人、マリファナの死亡者数はゼロであった。Ibid., pp. 264-265.
[37]Ibid., p. 266.
[38]Davenport-Hines, Richard (2001) op. cit. p. 357.
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