これに対し政府はクラックに対する罰則を極端に重くするという対抗策をとった。
末端の密売人や初犯でさえ懲役は10年6ヶ月となっており、これは強姦事犯よりも約6割重い刑で、殺人よりわずか2割弱しか軽くない懲役の長さである。
1986年のレーガン時代に施行されたAnti-Drug Abuse Actによって、5グラムのクラックの所有に対する懲役は5年であり、これは同じコカインであるパウダーコカインの100倍の刑罰の重さである。
同じ懲役をコカインパウダーで課せられるためには、単純に500グラムのコカインを所持していなければならない計算となる。
またおよそ5年(51ヶ月以上63ヶ月未満)の懲役が課される量のクラックの末端価格が460ドルであるのに対し、同じ懲役刑が課されるパウダーコカインの量の末端価格は42,800ドルであった[44]。
同じ成分でありクラックの原料であるパウダーコカインとクラックとの間の大きな罰則の違いは、人種差別的な法の適用を生み出した。
92年から93年の間に行われた調査では、88.3%のクラックの密売による被告が黒人であるのに対し白人の被告はわずか4.3%であった。
その一方パウダーコカインの密売による被告は、黒人が27.4%であるのに対し白人は32%である[45]。
1986年以前の黒人のドラッグ事犯の被告数全体に占める割合は11%白人よりも高い程度であったが、Anti Drug Actの制定以後は49%と大幅に増加している[46]。
このようにレーガン、ブッシュ、ベネット体制の国内でのドラッグウオーは、結果として大量の人種的マイノリティを刑務所送りにする結果を招いた。
またクラックは注射を媒体とするドラッグを嫌う女性の間で特に流行したドラッグである。
強度のハイが日々の困窮した生活からの解離を促すため、多くの貧しい黒人女性がクラック中毒になっていった。
そして彼女達の中から、売春ではなくセックスとクラックとを直接交換するいわゆるcrack whoreが多数現れた。
彼女達はクラックユーザーが集まるクラックハウスで、クラックを譲り受けるため男性のクラックユーザーに性行為を提供するだけでなく、彼女達を目当てにクラックハウスに集まるクラックユーザーではない男性とも性行為を行った。
彼らノンクラックユーザーの男性達はクラックハウスでのセックスをcheap sexと呼び、オーラルセックスで3ドルから5ドル、膣性交で5ドルから10ドルといった極めて低い値段で買春を行っていた[47]。
またクラックはアメリカ社会にクラックベビーという新たな恐怖も生みだした。
これはクラックを使用した母親から生まれた赤ん坊が回復不可能な身体的ダメージを受けたまま生まれてくるという話で、全米でマスコミがセンセーショナルにとりあげた。
この問題を有名にしたのは、シカゴの医師、アイラ・チャスノフが1985年に出したレポートである。この中で、チャスノフは23人のクラックコカインを使用していた母親の新生児がそうでない母親の新生児と比べ、元気がなく不活発であるという結果を報告している[48]。
マスコミはこの調査結果にとびつき、テレビや新聞、雑誌がクラックベビーの話題を一斉に報道した。
しかしその後の調査の結果、妊娠中のコカインの使用が子宮内の赤ん坊に与える影響は実際にはごくわずかで、クラックベビーとして騒がれた赤ん坊の症状はクラックそれ自体によるものではなく、むしろ母親の栄養不足、飲酒、喫煙によるものであったことがチャスノフ自身やその他の医師らの研究によって明らかとなった[49]。
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[44]U.S. Sentencing Commission (February 1995) Special Report to Congress: Cocaine and Federal Sentencing Policy [http://www.ussc.gov/crack/exec.htm], p. 173.
[45]Ibid., p. 161.
[46] Davenport-Hines, Richard (2001) op. cit. p. 356.
[47]Sterk, Claire E (1999) Fast Lives: Women Who Use Crack Cocaine, Philadelphia, Temple University Press, pp. 72-73.
[48]Chasnoff IJ, Bruns, WJ, Schnoll WJ, Burns KA. “Cocaine Use in Pregnancy”, New England Journal of Medicine 1985; 313, pp. 666-669.
[49]Chasnoff IJ, et al. “Cocaine/Polydrug Use in Pregnancy: Two-year follow-up”, Pediatrics, 89; 1992, pp. 284-289.
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