「大麻乱用患者29歳男性」の手紙を検証する

投稿日時 2007-03-08 | カテゴリ: フロッガー医師の検証

「ダメゼッタイ」を周知する保険所や役所など、公的団体から出されている反大麻情報のひとつに、「大麻乱用患者29歳男性の手紙」として使われているものがある。数年前には(財)麻薬・覚せい剤乱用防止センター(以下「ダメセン」と略称)のサイトにも掲載されていたし、保険所のサイトでも見かけることがあった。先日ネットを探してみたが、現在はこの「手紙」、反大麻情報としては削除したところも多いようだ。今では本家ダメセンのサイトにも見当たらない。ネットでは東京都のサイトにpdfファイルが未だに掲載されていた。http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/yakumu/yakubutu/shizai/leaflet/koukou-16n.pdf

大麻乱用者が書いたものとして税金を使って周知されているこの「手紙」について、医師であるフロッガー氏に検証をお願いした。

* * *

病気の原因を突き止める学問を疫学(epidemiology)という。

具体的にはある曝露因子(病気の原因と仮定しているもの;我々の場合は大麻)が、病気の発生と関連しているかを調べる学問で、その方法は幾つかある。

最も信頼性の高いものはランダム化比較試験である。これはある集団に対してランダムに曝露ありなしを分けて、一定期間観察して病気の発生を見るものである。ただしこれは本人の意志とは関係なく曝露を決定する為倫理的な問題があり行うことが難しい。

次がコホート研究である。これは、曝露因子のある群と無い群を前もって同定し、一定期間観察して病気の発生を見るものである。手間と時間がかかるという欠点があるが、バイアスがかかりにくい。

その次がケースコントロール研究である。これは、病気にかかった人の内での曝露因子があるかないかを調べ、病気になっていない人と比較するものである。手間がかからない反面、バイアスがかかる可能性があるため信頼性がおちる。

ある要因が病気の原因であると言う為には、このような、「ある程度の人数」で「対照群と比較して」「統計学的な検証も加えた」疫学的研究が不可欠である。

それが偶然そうなったのかそれとも何か理由があってそうなったのかについて、正しく検証しないで事実のように語ることは似非科学であり、先日話題になった「あるある大事典」の捏造問題はまさにそれである。「あるある大事典」の問題は最も権威のある科学雑誌Natureでも報告されており、世論に対して影響力をもつマスメディアが科学を装って嘘を伝えることの危険性を訴えている。

さて、我が国における政府や行政団体からの大麻情報は、似非科学では無いだろうか?ここに一つの例を提示する。

図表19 大麻乱用患者(29歳男性、デザイン学校2年中退)が書いた手紙の一部「こんどみんなとあうときはほんとうのほんとうにきれいになってあいたいです。はやくおうちにかえりたいです。もうこりごりです。ふかくかんがえることができるようにどりょくします。ほんとうにこりました。はやくおうちにかえりたいです。はやくいち人まえになっておやこうこうしたいです。たいまやくすりなんてひつようないのにてをだしてしまったのはぼくの心がよわいからです。たくさんはんせいします。たいまをすうとあたまがぽーとしてふわふわするだけでねむくなっておしまいです。おさけとあんまりかわりません。ぼくのむかしのことはよくおもいだせません。せんせいどうもすいません。ひとつひとつおもいだしてかくと3日も4日もかかりますのでかけません。」

これは、財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター発行の「薬物乱用防止教育指導者読本」に掲載されている手紙である(THC注:「薬物乱用による健康障害」の項p77.筆者は医療法人せのがわ「Konuma」記念広島薬物依存研究所所長小沼杏坪)。

29歳男性が書いたもので、大麻を乱用すると知能が低下し手紙がひらがなばかりになってしまう、という例として出されている。

これ以外にもこの手紙は他の大麻に反対する団体からもよく引き合いに出されている。

私が調べたところではこの手紙は、精神医学31(9);p919-929, 1989.「 大麻精神病の6例」徳井達司ら、からの引用である。

論文の内容以前の問題であるが、この論文は少数例の症例報告であり、疫学的な検証は不可能で、この論文を一般に当てはめることは出来ない。

つまり、それがたまたまその人に起こったものなのか、それとも一般化出来る事なのか結論を出すことは出来ない。

これをあたかも誰にでも起こりうることとして公式な文書に掲載することは問題と考える。

さらに、内容について詳しく検討したい。

この手紙を書いた人の経過がどのようなものであったのかについて一部引用すると、

「当時29歳の男性。20歳時にデザイナー専門学校を中退後、米兵と知り合い大麻を経験するも継続はせず数回で止めた。23歳、東南アジア旅行をきっかけに大麻を再開。24歳の時に1kg持ち込もうとして逮捕される。26歳、友人に誘われLSD使用し再逮捕。その後表情が暗く寡黙になり性格も変わった。28歳時、タイで急性ヘロイン中毒となり現地の病院に入院。その後窃盗容疑で逮捕、その時に自殺未遂。日本に強制送還され入院となった。その時には奇声を発したり、トンチンカンな言動が見られた。悪口を言う幻聴があり。入院後に言動が整ったが幻聴は持続したとのことだが逮捕を逃れる為なのではないかという不審がもたれた。」

このような経過の人が、書いた手紙である。これは大麻によるものだろうか。

まず、多剤の影響がある。LSDの使用歴や急性ヘロイン中毒の既往がある。

これは分かっているものだけであり、海外でその他の薬を使用した可能性も否定できない。

大麻以外の薬物による精神症状の可能性がむしろ高いのではないか。

さらに、海外で入院し強制送還され逮捕にいたるという経過から、かなりの精神的ストレスがあったと考えられる。精神的ストレスから精神病症状を起こすことがあるのは広く知られている。

この経過から、この手紙がひらがなばかりになっているのは大麻が原因と断定することは出来ず、むしろ他の要因の影響を強く疑う。

これを大麻が原因であるとして、公的な文書に載せることは「あるある大事典」並みに酷い事実の捻じ曲げであると考える。

WHO97年のレポートによれば大麻精神病は仮説の病態であり、大麻使用中に起こった統合失調症と明確に区別できないとしておりその存在に異論のあるところである。

さらに、日本で大麻精神病として報告されているものは20例以下と少なく、ほとんどが大量使用者で、他剤の使用歴があることが多く、心理的精神的影響も強いことが多く、一般の大麻使用者ではない。

つまり、大麻精神病は無いか、もしあったとしても、ヘビーな大麻使用者に限られる稀な病態である。

これを、あたかも大麻を使用することにより多くの人に起こることとして公的に流布することが、正しい近代国家のあり方なのか強い疑問を感じる。






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