サル・パラダイス
大麻、売春、安楽死。人生の自己決定を容認する「北の欧州」
そ、そーだったのか!?真実の日本 橘 玲 プレイボーイ No.41
ヨーロッパでは2002年4月にオランダがはじめて安楽死を合法化し、ベルギーとルクセンブルクがそれにつづきました。今やスイスもだし、北欧もそうだとのこと。
安楽死というと、僕はいつも森鴎外の「高瀬舟」について考えます。
生まれて早くに両親を亡くし、兄弟で生きてきた2人がいて、貧乏ながら助け合って生きているのだけれど、弟が病気になってしまい、兄は一人働いて生活を支えている。ある日、兄、喜助が帰ると弟が血だらけで倒れている。兄の負担を減らそうと、弟が自殺を試みたのです。カミソリでのど元を切ったが死にきれず、カミソリをもう一度引こうとしたらのどに突き刺さってしまったのです。苦しくて苦しくて、兄にカミソリを引っこ抜いてくれと頼む弟。見ていられなくて、カミソリを引っこ抜く兄、そこでこときれる弟。そして、兄は殺人罪として流刑となる。
日本の現行法で、これを裁くなら殺人罪以外に無いでしょう。だけど、愛する弟が助からない状況で苦しがっている姿を、そのまま何もしないで死んでいくまで見ていることができるでしょうか。
多くの人が喜助と同じ行動をとることになるのではないでしょうか。
これが安楽死の問題です。
安易に死を推奨したり、選ばせるような制度ではないのです。死が避けられない不治の病の末期で、激しい苦痛をともなうことが前提となっているようです。合法化から10年以上たち、大きな問題もおこらず、国民の理解も広まったとのこと。
では、大麻の問題はどうでしょうか。
大麻では、そこまで深刻な状況では無いと思われますが、医療大麻では、大変切実な問題をともなっていることがあります。
この映像をごらんください。
https://www.youtube.com/watch?v=r4lsvHMkWFg&feature=youtu.be
これは、アメリカのモンタナ州の親子の件、2歳の息子が脳腫瘍を患い、化学療法を試みますが、治らないばかりか、その副作用に苦しむばかり。それで、3歳の誕生日を迎えられないかもしれないとなり、父親は独自に治療法を調べ、医療大麻に行きついたというわけです。化学療法から医療大麻に切り替え、腫瘍はなくなり、兄と行動をともにするくらい元気になり、数か月後に3歳の誕生日を迎えたとのこと。
このケースでは、大麻を使わないと愛する我が子が死を待つのみとなっているわけです。そのような状況では、例え法律に違反しているとしても、多くの親が我が子を救うため大麻を使用するのではないでしょうか。それを法律で問うべきでしょうか。問うとして、何と問うべきでしょうか。
法律で禁止されているのでやめてください。
大麻を使えば、我が子は生きられるかもしれないのです。
でも、法律がそうなっているのでどうしようもありません。
おろかです。おろかです。泣きたくなるほどにおろかです。
このまま、海外で難病者が大麻で救われる実績が積みあがっていく中、情報はグローバルに共有される世の中で、日本はいつまで大麻禁止を貫くべきなのでしょうか。
私は、嗜好大麻も別の意味で合法にしていくべきだとは思いますが、医療用に限っては、緊急課題として、合法にして、研究はもちろんのこと、しかるべき時には使用を許可する方向にすべきと思っています。
記事によれば、北欧とベネルクス3国など「北の欧州」は、個人の自由を最大限尊重し、人生は自己決定に委ねられるべきだと考えるそうです。
これは成熟した社会、それこそ民度の高い社会、そこで成される理想郷に思えます。
ただし、お上に全てを投げれない選択肢を選ぶことでもあります。いい意味でも、悪い意味でも。
つまり、先の2つのケースのようなとき、愛する人のために、リスクをとれるか、苦しみをかかえられるか。
それでもと僕は思います。
死にゆく我が子が大麻で生きることができるかもしれないとなったとき、それを禁止している法律をもっている社会というのは、即刻、変えるべきだと。
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