午後から、ある若者の父と呑んだ。
お父さんは、若者の使っていたワンボックスで迎えに来てくれた。
小さな市街地を抜け、10分ほど走って山道に入ると、力強くもあり清楚でもあるような、白い花をつけたコブシが、緑の谷に散在した。
「今日が満開じゃないかな」
とのこと。
猿が喰った痕だという皮のめくれた木々など説明してもらいながら、凸凹の激しい細い林道を車は走り上がり、お父さん手作りだという山小屋に着く。冬はオートモービルで往き来するそうだ。
谷向こうの斜面にも、背にした山にも、コブシが咲き誇っている。
雲が全くない。
真っ青に高い天が頭上に広がっている。
高度は1000メートルとのこと。
この方の息子は、執行猶予中に又も大麻で逮捕され、拘置所にいる。
南の旅先で財布を落としたことがきっかけになったらしい。
落とした財布には、彼が熱心なボランティアとして所属する大麻関連団体のパンフレットが入っていた。
親切な人が拾って財布を警察に届けてくれた。
財布は若者の手に戻ったが、免許証とパンフレットは警察の目に留まった。
弁護士は、若者の逮捕は、その財布が原因の狙い討ちだと言う。
逮捕時の職質への対応といい、あまりにも無防備だった。
若者は懲役2年の判決を受け、執行猶予中の2年6月と併せて4年6月の長期の実刑となってしまった。
控訴するかどうか。
本人は思案中だと思う。
お父さんとの一献は、一審判決を受け、その慰労会という意味もあった。
山小屋は谷側の斜面を小さく拓いて作られていた。
居住用の小屋とは別に、茶室のような、頭を下げてくぐらなければ入れない、東屋風の一棟があった。
座布団を乗せた椅子用の杉丸太数脚。その椅子用の丸太を縦に切って横にしたような小さなカウンター。その向こう側が厨房の空間になっていて、ガスコンロもある。4・5人入れば満席だろう。
お父さんが厨房の椅子に座り、もてなして下さった。
寒く、雪深い季節を終え、ようやく来た春。
鳥の囀りが楽しそうに聞こえる。
地元の酒蔵で利き酒係をしている知り合いが、出荷はしていない、旨いところを一升くれたとのこと。
ラベルのない一升瓶のそれは、引き締まったフルーティーな香りで、甘過ぎず、濃く、さっぱりしており、喉越しの辛さが爽やかな、春にふさわしい酒だった。
ご馳走だった。
自家栽培の椎茸。傘の裏に醤油と日本酒を垂らし、網焼き。
筍の煮物。野沢菜漬。海草サラダ。ホタル烏賊の酢味噌はお父さん手作りだったのだろうか。
摘んだばかりの山菜の天麩羅。
雪の下、ミョウブ、タラの芽、ふきのとう、こごみ、行者にんにくの葉、などなど、その場で天麩羅にして頂いた。
「足りなけゃそこらで摘んできますから」
と、冗談を言いながら、呑みながら、手際よく揚げて頂き、揚がる順に片っ端から頂いてしまって、お父さんの分を取っておくのが遅くなり、失礼しました。
お父さんは調理師免許をお持ちで、打った蕎麦が吉兆に供される達人である。
谷を飾る白いコブシの花。
山桜も所々に咲いている。
地べたには高山植物のイワウチワの紫も満開。
「花を愛でつつ、こうして酒を呑む。こういうのが好きなんですよ。」
お父さんの言葉、ナイスであります。
若者から来た手紙に、「今年は山菜が食べられないのが残念」と書いてあったのを思い出す。
なんか、若者に悪い気もするが、ま、仕方ない。
たらふくご馳走になり、歓談し、帰りは、お母さんの運転で私宅まで送って下さった。
送迎付きの、申し訳ないような、VIP待遇であった。
このご両親に育てられた若者は、刑務所に入るような悪いことなど何もしていない。
それなのに、小さな狭い社会で、世間から後ろ指を刺されることに怯えて、うしろめたい思いを強いられて暮らさなければならない。
本当に、日本はいつまでこんなアホなことを続けるつもりなのだろう。
春爛漫。息子を刑務所送りにされるご両親の心痛は深い。
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