大麻取締法はなぜズサンか

投稿日時 2005-11-18 | カテゴリ: 白坂の雑記帳

元内閣法制局長官の林修三さん(故人)という方が、次のような随筆を書いています。

『時の法令』財務省印刷局編 1965年4月 通号530号「大麻取締法と法令整理」より

<一>

 近頃、マリファナたばこなどという麻薬の一種がマスコミの話題になっている。先頃、来朝した黒人ドラマーなどがこの麻薬使用のかどで逮捕されて世間の注目をひいた。ジャズマンなどが好んで使用するのは、この麻薬が一種の陶酔状態を作り出すからだという。あへん、ヘロインなどとは作用のちがうものだそうであるが、中近東地方の麻薬といえば、大体がこの系統のものらしい。十一、二世紀のイランの山地地方にハッシーシュという麻薬を使って若者を誘惑し、これを暗殺者に仕立てて近隣諸国をふるえ上らせたという暗殺者王国(山の老人の王国)があったことは有名な話であるが、そこで使われた麻薬も、この種類のものであったようである。ついでであるが、英語のアサシネーション(暗殺)ということばの語源は、このハッシーシュから出ているらしい。

<二>

 それはさておき、このマリファナたばこの麻薬的作用はカンナビノールという成分によるものだそうであるが、その原料になるものは大麻草(カンナビス、サティバ、エル)である。大麻草といえば、わが国では戦前から麻繊維をとるために栽培されていたもので、これが麻薬の原料になるなどということは少なくとも一般には知られていなかったようである。したがって、終戦後、わが国が占領下に置かれている当時、占領軍当局の指示で、大麻の栽培を制限するための法律を作れといわれたときは、私どもは、正直のところ異様な感じを受けたのである。先方は、黒人の兵隊などが大麻から作った麻薬を好むので、ということであったが、私どもは、なにかのまちがいではないかとすら思ったものである。大麻の「麻」と麻薬の「麻」がたまたま同じ字なのでまちがえられたのかも知れないなどというじょうだんまで飛ばしていたのである。私たち素人がそう思ったばかりでなく、厚生省の当局者も、わが国の大麻は、従来から国際的に麻薬植物扱いされていたインド大麻とは毒性がちがうといって、その必要性にやや首をかしげていたようである。従前から大麻を栽培してきた農民は、もちろん大反対であった。

 しかし、占領中のことであるから、そういう疑問や反対がとおるわけもなく、まず、ポツダム命令として、「大麻取締規則」(昭和二二年 厚生省・農林省令第一号)が制定され、次いで、昭和二三年に、国会の議決を経た法律として大麻取締法が制定公布された。この法律によって、繊維または種子の採取を目的として大麻の栽培をする者、そういう大麻を使用する者は、いずれも、都道府県知事の免許を受けなければならないことになり、また、大麻から製造された薬品を施用することも、その施用を受けることも制限されることになった。

<三>

 こういういきさつがあるので、平和条約が発効して占領が終了したあと、昭和二七年から二九年にかけて、占領法制の再検討、行政事務の整理簡素化という趣旨で、大規模な法令整理が考えられたときには、この大麻取締法の廃止(少なくとも、大麻草の栽培の免許制などの廃止)ということが相当の優先順位でとりあげられたのであり、私ども当時の法制局の当局者は、しきりに、それを推進したのである。厚生省の当局も、さっきも書いたように、国産の大麻は麻薬分が少ないことから整理の可能性を認めたのであるが、なお最後の踏切りがつかないというので、私どももそれ以上の主張はせず、この法律の廃止は見送られることになった。

 もし、このとき、法令整理の方に踏み切っていたとしたら、最近のような大麻系、麻薬横行の事態に直面して、厚生省当局は、必要な法令まで廃止したものとして、世論の批判をまともに受けることになっていたであろうし、それにつながって、私どもも責任を感じなければならない破目になっていたであろう。

 こういう点をみても、法令整理とか行政事務の整理ということが中々難しいものであることがわかる。昨年九月に出た例の臨時行政調査会の答申も、行政事務の整理、法令整理ということを内容に含んでいるが、わが国の現状で、整理すべき法令、整理すべき行政事務のあることはたしかであるとしても、その選択については一時の思いつきによることなく慎重な調査と検討を必要とする。そうでないと、この大麻取締法の場合のような危険をおかすことになりかねない。これは別に臨時行政調査会の答申を批判しているわけではなく、むしろ、私のざんげ話である。

<四>

 ところで、これまで麻薬の国際的な取締りについてはいくつかの条約が併存し、規定も重複していてわかり難いところが多かったが、それらを統一整備するために、「一九六一年の麻薬に関する単一条約」という条約が作られ、昨年一二月一二日発効している(この条約については、本誌第五二五号に解説が出ている。)。わが国も、昨年の第四六回国会で承認を受けて、これに加入しているが、この単一条約では、大麻について、第二八条に、従来の国際条約になかったような新しい規定を設け、締約国は、大麻または大麻樹脂の生産のための大麻植物の栽培を許すときは、大麻植物につき、けしの統制についてこの条約の規定する統制制度と同様の統制制度を適用しなければならないとしている(二八条1)ので、この条約が発効したあとは、わが国の場合、逆に、従来の大麻取締法程度の取締りだけでいいのか、あへん法がけしの栽培について行なっている程度の厳重な統制をしなければ条約違反になるのではないかという疑問が生じてきた。大麻取締法が法令整理のやり玉に上った当時とくらべると、まさに一八〇度の方向転換である。

 単一条約と大麻取締法の関係については、昨年、単一条約を国会に出すにあたって、私も若干心配になったので、厚生省あたりにいろいろ研究して貰ったのであるが、条約第二八条は、前記の規定に続いて、この条約は、もっぱら産業上の目的(繊維およぴ種子に関する場合に限る。)または園芸上の目的のための大麻植物の栽培については適用しない旨を定めており(二八条2)、わが国で現在、大麻草の栽培の免許を受けているのは、大部分は繊維または種子を採取する目的のものばかりであり、これについては、右の規定で条約の適用が排除されるから問題はないし、研究目的で大麻を栽培するため研究者の免許を受けている者も若干いるが、それはわずか十数人で、その栽培量もきわめて少なく、さらに大麻取締法は、大麻研究者が大麻を他人に譲渡することを禁止する旨の規定を設けているから、このさいは、わざわざ大麻取締法を改正するには及ぶまいということであった。そこで、その改正は、見合わせということにしたのである。

 一時は廃止されるかという運命にあった法律が、今度は強化の必要性が問題にされるとは、まさに有為転変の世の中である。それにしても、昨今の新聞などをみると、青森県あたりでは、繊維または種子を採取の目的で栽培されている大麻が米軍基地などに流れているという話である。こういうことが大きくなってくると、あるいは法律の改正話も出てくるかも知れない。
(前内閣法制局長官)

 当時の法制局長官が、「なにかのまちがいではないかとすら思ったものである。大麻の「麻」と麻薬の「麻」がたまたま同じ字なのでまちがえられたのかも知れないなどというじょうだんまで飛ばしていたのである。」というほど、何が目的の法律か、為政者たち自身にすら全く理解できなかった法律。だから、大麻取締法には第一条に書かれるべき「目的」がないのでしょう。立法の経緯からして、ズサンだったわけです。

 当局者がこれではマトモな法律ができるわけがありません。占領下だったので、占領軍に言われるまま、テキトーに作った法律だということですね。

 厚生労働省は立法の当初から「有害性」についてのデータを持っていなかったばかりでなく、わが国の大麻はインド大麻とは毒性が違うとか言って、大麻取締法の必要性に首をかしげていたと言うのです。

もし、このとき、法令整理の方に踏み切っていたとしたら、最近のような大麻系、麻薬横行の事態に直面して、厚生省当局は、必要な法令まで廃止したものとして、世論の批判をまともに受けることになっていたであろう

 そんなことなかったでしょうね。もし、あの時、法令整理に踏み切って大麻取締法を廃止していれば、今ごろは嗜好用途で逮捕されないだけでなく、医学的な研究も進んでいて、産業的にも自由な研究と開発が認められ、さすが我が国の厚生労働省は先見の明があったと、後世まで日本の誇りだったかもしれないのに。


 ひょっとすると、当時の為政者たちは、占領軍の指令で止むを得ず大麻取締法を作ったけど、こんなくだらない法律には目的なんかないのだという抵抗の意地を見せて、敢て目的条項を入れなかったのかもしれないとさえ思えてきます。大麻とは、伊勢神宮の御札のことでもあります。


 大麻と日本人のアイデンティティの問題については、丸井英弘弁護士の「大麻取締法の運用の改善と改正を求める請願」に論考があります。


 戦争に負け、大麻を奪われ、私たち日本人は神を失ったのだと思います。国家神道といっしょに宗教性まで奪われてしまったような気がしてなりません。

 大麻取締法の問題に取り組むことは、占領国に押し付けられた悪法を克服するという意味で、私たち日本人自身が自分たちの社会を創り、回復する活動でもあるのだと思います。


 林修三さん、戦後歴代の内閣で長く法制局長官を務めた方のようです。ご存命だったらぜひ大麻裁判で証言して頂きたいところでした。このような随筆を遺して下さったことに感謝です。






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