「マリファナはコーヒーより安全」というアメリカの民族薬理学者 アンドリュー・ワイル
毎日新聞 1979年(昭和54年)6月4日 1面「ひと」欄
ハーバード大学、同医科大学院をストレートに卒業した医学博士というこの人の肩書は、日本の東大医学部出にもまして、金と地位への最も確実なキップを手に入れたようなものだが、それに安住するようなケチな男ではなく、全米にさきがけてマリファナの科学的人体実験を政府と大学を説き伏せて敢行したのが11年前の学生時代。
この結果「マリファナは酒、タバコはもとより、コーヒーよりなお安全な向精神薬である」という確信は今日まで変わっていない。72年、30歳でこの人が出した『ザ・ナチュラル・マインド』(邦訳、東京・草思社)はマリファナ啓発書の古典となった。
「マリファナが身体に悪いとすれば、吸い過ぎると呼吸器がヒリヒリすることぐらい」。脳細胞や染色体を損傷するなどの主張には「臨床的な根拠がない」し、日本の厚生省の『大麻』というパンフレット(76年版)にはマリファナによる外国の「死亡例」が索引されているが、「そんなの、きいたことがない」。
男気も十分で、文通で知り合った日本の美術家の京都地裁のマリファナ裁判に5日、弁護側証人として出廷する。7日夜には東京の日仏会館の「大麻の有害性をめぐる学術論会」に日本の専門家とともに出席する。
「全人口の三分の一がマリファナ経験者、一割が常用者」とこの人がいうアメリカでは、タバコ一箱分ぐらいのマリファナ単純所持は交通違反並みの軽い罰金刑にし、前科にしないという「非犯罪化」が11州で実施され、うちアラスカ州ではマリファナの自家栽培は合法化されている。「全米的な非犯罪化はあと5年かな」―つまり60年代のマリファナ世代が社会を牛耳るころだ。
マリファナの最も賢明な規制法は「放っておくこと」だが、商品化を許す合法化は反対。向精神薬は創造的な意識高揚の手段として節度をもってたしなむべし、とけじめは厳しい。専門家の「倫理」から、酒からヘロインまで自分で試したが「身体にも社会にも最悪のドラッグは酒だ」。菜食主義者でヨガをよくし「ヨガによる意識高揚はマリファナなきマリファナ経験者さ」。 (関 元)