控訴趣意書(3)/原判決が故意を認定した根拠

投稿日時 2007-11-19 | カテゴリ: 祐美さん(大麻密輸の冤罪)

(2)原判決が故意を認定した根拠
ところが、原判決は、次のような根拠に基づいて、木村祐美さんが缶詰の中に大麻が入っているのを知っていたと認定した。

i) 税関検査時の被告人の言動:
原判決は、税関職員に缶詰を開封されたときに木村さんが「予想外の物を運ばされたとして驚愕しているといったような様子は窺えず、かえって、内容部が大麻であることを示唆するような発言さえしていることからすれば、被告人が缶詰の内容物が大麻であることとの認識を有していたものと推認することができる」という(原判決書4頁)。

ii) 渡航目的についての説明:
次に、原判決は、オンボード・クーリエ(*4) を利用して携帯電話を輸入する目的だったという彼女の説明は、オーストリア航空が日本路線においてオンボード・クーリエ契約をしていなかった事実によって退けられるという。

原判決は、さらに、
iii) 被告人は5回渡航し同じような缶詰を持ち帰りチャールズに渡している。

iv) チャールズが大きいバッグを運搬することを感謝する電子メールを被告人に送信している。そして、

v) 被告人がチャールズの意を受けて缶詰を運搬したり、缶詰の譲渡について意見を述べたりしている。

という事情からすれば、本件缶詰が「通常の缶詰ではなく、その内容物自体に取引上の価値があるもので、被告人自身そのことを認識していたものと認めるのが相当である」。

(3)間接証拠による事実認定
原判決の認定手法は、要するに、幾つかの間接事実から大麻密輸の故意という主要事実を認定しようとするものである。
間接事実から主要事実を認定する過程は、帰納的推理によって行われる。そのため、結論としての犯罪事実以外にも他の仮説が成立しうるという帰納法に固有の危険がともなう。
この危険を無視したり軽視することは、結局、「合理的な疑問を超える確信」という有罪認定の証明基準を形骸化することに他ならない。
そこで、間接事実から主要事実を認定するためには、犯罪事実以外に合理的な仮説を容れる余地のないこと、すなわち間接事実の存在を説明する唯一の方法が主要事実の存在であると言えるときにはじめて主要事実の認定をすべきなのである。以下の判例や学説はこの理を説いている。

まず、最判昭和48年12月13日判例時報725号104頁は、次のように述べている。

刑事裁判において「犯罪の証明がある」ということは「高度の蓋然性」が認められる場合をいうものと解される。しかし、「蓋然性」は、反対事実の存在の可能性を否定するものではないのであるから、思考上の単なる蓋然性に安住するならば、思わぬ誤判におちいる危険のあることに戒心しなければならない。
したがって、右にいう「高度の蓋然性」とは、反対事実の存在の可能性を許さないほどの確実性を志向したうえでの「犯罪の証明は十分」であるという確信的な判断に基づくものでなければならない。
この理は、本件の場合のように、もっぱら情況証拠による間接事実から推論して、犯罪事実を認定する場合においては、より一層強調されなければならない。
ところで、本件の証拠関係にそくしてみるに、前記のように本件放火の態様が起訴状にいう犯行の動機にそぐわないものがあるうえに、原判決が挙示するもろもろの間接事実は、既に検討したように、これを総合しても被告人の犯罪事実を認定するには、なお、相当程度の疑問の余地が残されているのである。換言すれば、被告人が争わない前記間接事実をそのままうけいれるとしても、証明力が薄いかまたは十分でない情況証拠を量的に積み重ねるだけであって、それによってその証明力が質的に増大するものではないのであるから、起訴にかかる犯罪事実と被告人との結びつきは、いまだ十分であるとすることはできず、被告人を本件放火の犯人と断定する推断の過程には合理性を欠くものがあるといわなければならない。

足立勝義「英米刑事訴訟における情況証拠」司法研究報告書5巻4号46頁:

それは間接的推理であり、その推理に伴う本質的危険は、結論としての犯罪事実以外に他の合理的仮設を容れる余地が存するという危険があることである。従って完全なる証明とは、これ等一群の積極的間接事実が全体として結論としての犯罪事実以外には他の如何なる合理的仮設をも許さないことである。

川崎英明「状況証拠による事実認定」光藤景皎編『事実誤認と救済』(成文堂、1997年)67頁:

主要事実に対して強力な推認力をもつ間接事実が、多数の間接事実の積み重ねによる量的な推認力を、質的推認力へと飛躍・転化させる支柱としての役割を果たす***。反対事実の存在の余地を残す、弱い推認力しかない間接事実の積み重ねでは、質への飛躍はない***。

司法研修所編『情況証拠の観点から見た事実認定』(法曹会、平成6年)13頁:

帰納的推理に伴う本質的危険は,結論としての犯罪事実以外に他の合理的仮設(仮説)を容れる余地があるかどうかの確認が必要となる。すなわち,被告人の反駁を聞く必要がある。***仮に、有罪の心証を既に抱いてしまった場合,被告人の反駁を容易に排斥してしまう危険性がある。

植村立郎『実践的刑事事実認定と情況証拠』(立花書房、平成18年)54頁:

正確な事実認定を行うに当たっては,情況証拠による場合でも,関係する証拠が多ければ多いほど良いことはいうまでもない。しかし,単に量が多ければよいといった単純なものではない。証明力が薄いか十分でない情況証拠が多数集まっても,それだけで全体としての証明力が質的に高まるものとは当然にはいえない(前掲最判昭48.12.13等参照)。

これらの指導的な判例や学説が説くところから原判決の認定を見てみると、その認定手法が非常に危険なものであることは疑いようがない。原判決がその掲げる幾つかの間接事実は、それ自体多義的であり、いずれも「被告人が缶詰の中身が大麻であることを認識していた」事実を唯一の結論とするものではありえず、むしろ、被告人が大麻であることを知らなかったとしても、充分に成り立つ事実ばかりである。このような事実をいくら積み上げても、主要事実を認定することは論理的にありえないし、また、倫理的にもあってはならないことである。

(*4)旅客の機内預託荷物の枠(通常20kg)内の貨物を輸送し、保税蔵置場に運送・搬入したうえで、一般の航空貨物と同様の通関手続きを行い、国内の運送会社が輸入者に荷物を届ける。

(続く)






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