(4)不自然な言動というものについて
原判決は、税関検査の際の被告人の「言動」を根拠にして、彼女の内心を認定している。しかし、この認定手法それ自体に多くの危険性がある。以下の文献は、このことに言及するものである。
石塚章夫「情況証拠による主要事実の認定」石松竹雄ほか編『小野慶二判事退官記念論文集 刑事裁判の現代的展開』(勁草書房、1988年)129頁:
「不自然な言動」とか「ことさらな虚偽」といった評価は、たとえその評価が正当なものであるとしても、そのことから主要事実を積極的に推理するにあたっては、十分慎重な態度をとらなければならない、ということである。真犯人でなくても、事件に何らかのかたちでかかわった者や、他に自己に不利益な事実を秘匿しようとする者は、そのことを隠蔽するため右のような不自然な言動やことさらな虚偽をなすこともありうるからである。
足立勝義「英米刑事訴訟における情況証拠」司法研究報告書5巻4号190頁:
茲に注意すべきは、有罪無罪の意識を示す行動や言語についてである。かかる言動から右の意識を推理するに際しては、極めて慎重なる態度を要する。蓋し、如何なる言動も単独では必ずしも決定的に有罪又は無罪の意識を推理せしめるものではない。有罪の意識はなくとも、結果として外部的言動に表現されたものは、その意識を指示するものと判断され易いものとなることが多い。例えば、逮捕時の言動***等々も、小心にして却って正直無実なる者に於て、疑惑を招き易い行動に出ることが多い。
最判昭和58年2月24日判タ491号58頁は、盗品等有償取得罪における盗品の知情についての認定に関するものである。この事件の原審では、取調べの当初において被告人が本件物品を各地の質屋などで購入したと虚偽の供述をしていたという事実が、盗品の知情を認定する間接事実のひとつとしてあげられている。しかし最高裁は、この事実について、未必的認識の肯定につながる可能性をもつ徴憑ではあるものの、この事実からだけでは未必的認識があったという推断を下すには足らないとした。
次に指摘するように、税関検査時の本件「被告人の言動」は、正当に評価するならば、決して、彼女の有罪意識を表すものではなく、却って逆の評価が可能なものであるが、その点を措いても原判決の認定は「言動」による「有罪意識」の認定のもつ危険性に対して無防備であり、プロフェッショナルの事実認定としては楽観的に過ぎる。
(続く)
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