| シーン2 救急受診
 「久保田さん!!」
 救急隊の声で目が覚めた。相変わらず背中から両足に電流が流れるような痛みが続いている。冷や汗は引いたようだ。洋服が汗にぬれて寒さを感じ、早苗は震えている。
 「急に背中が痛くなって・・・。」
 救急隊員は担架を持ってきて、早苗をそこに移した。体を動かされるたびに、息が止まるような痛みが走る。
 「大丈夫です。これから病院に搬送しますから。」
 「とにかく、この痛みを何とかして下さい。」
 早苗は痛みの中、救急隊員に必死に言葉を搾り出した。
 救急車はサイレンを鳴らして病院に向かう。救急車の中で、早苗は自分の足を動かそうと試みる。数センチ動かすのが精一杯で、自分の足ではないように感じる。自分に何が起こったのだろう。不安と痛みで、時間がとても長く感じられた。
 
 救急車は、地域で最も大きな総合病院に到着した。救急車の扉が開くと、看護師と医者が待っていた。早苗はストレッチャーで病院の救急室に運ばれた。救急隊員と若い医師が話している。
 「発症の状況はどうだったんでしょうか?」
 「32歳、女性です。本日、午後4時10分頃、段差を降りた事をきっかけに、痛みと両下肢の麻痺が出現したようです。その後、短時間意識消失。到着後呼びかけのみで意識回復し、その後会話も出来ています。」
 「バイタルは?」
 「到着時血圧80、脈拍100、熱はありません。ショックだったようですが、救急車の中で自然に血圧100まで回復しました。既往は特に無いようです。」
 「分かりました。ご苦労様です。」
 早苗がベッドに横になっていると、あわただしく看護師が入ってきて、血圧や体温を測った。その後、医師が入ってきて、痛みについていろいろと話を聞き、その後、診察をはじめた。特に両足の感覚や動きについて入念に診察をした。その後、
 「検査をするので、ちょっと待っていてください。」
 と言って出て行った。
 
 「背中の痛みと両足の対麻痺か。脊髄だな。レントゲンとMRIをやろう。」
 検査の結果は、深刻なものだった。腰椎に腫瘍の固まりがいくつも多発していた。さらに腰椎の一つは潰れており、骨片が脊髄神経を圧迫している。腫瘍が骨を壊しながら大きくなり、弱くなった骨が潰れてしまったのだ。腫瘍で最も大きなものは、骨から脊髄神経の方に染み出しているように見える。
 
 良介が病院に到着した。
 「どうしたんだ?」
 「急に背中が痛くなって、足が動かなくなったの。救急車を呼んでここに来て、今検査が終わったところ。」
 「大丈夫かい?」
 「分からない。まだ、背中と足がしびれるように痛むの。さっきよりはよくなってきているけど。」
 早苗は良くなっているというが、良介にはとても辛そうに見える。
 「せっかくの結婚記念日なのにごめんね。」
 「早苗のせいじゃないよ。気にするな。とにかく病院にまかせよう。」
 いったい何が起こったのか、良介は混乱していた。
 
 「旦那さんですか?ちょっとお話が。」
 良介は医師に呼ばれた。
 「奥様は、痛みと足の痺れでこちらに見えられました。足を診察すると、麻痺、つまり動かなくなっていて、どうも背骨の神経がやられているようなんです。」
 「えっ?何ですか、それは?そういえば、最近背中が痛いといっていたけど、でも、それ程強い痛みではないと言っていましたが。」
 「そのようですね。今日、段差を降りたのをきっかけに急にひどくなったようです。それで、検査をしたのですが・・、ちょっと、悪い話をしなくてはなりません。」
 「何でしょうか?」
 「背骨が潰れて折れてしまっています。それが背中の神経を圧迫して、神経を障害しているようです。そのせいで、痛みと麻痺が出ている。そして、背骨に腫瘍、おそらく悪性の癌があり、どうもそれが骨折の原因のようです。」
 「癌・・・。」
 良介は絶句した。
 「とにかく、入院ですね。」
 
 (つづく)
 
 
 
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