シーン5 乳癌の告知
放射線治療をしながら、いろいろと検査をした。
「こんなに検査するんだ。こういうのって検査漬けっていうのかな。」
早苗は思う。
長島医師がナースステーションで検査の画像を見ている。山のようなフィルムをあわただしく確認しながら、独り言を言っている。
「うーん。結構メタ(転移)しているな。若いのに・・・。肺に肝臓に、骨か。原発巣(初発の大本の部位)は、マンマ(乳房)か?バイオプシー(生検:癌の組織を取る検査)しないとな。」
長島医師が早苗の病室に入ってきた。
「久保田さん。検査の結果が大体出ました。詳しくはまたお話しするけど、どうもお乳のところに病気がありそうなんですよ。針で取って調べたいと思います。」
「お乳ですか?そういえばしこりのようなものがあります。痛くもないし、あまり気にしていなかったんだけど。」
「そうですか。ちゃんと麻酔して痛くないようにやります。これは、治療にかかわる大事な検査だからね。」
「わかりました。お任せします。」
注射針よりも太い針で乳房のしこりを一部切り取った。麻酔の注射が少し痛かったが、足の痛みに比べればどうということもなかった。数日後、検査の結果が出た。やはり、乳癌だった。
放射線治療が終了した。放射線が当たっていた部分は日焼けしたように色が黒くなった。検査を行い、骨の転移腫瘍は小さくなり、神経の圧迫も取れていた。痛みも軽くなったが、足の痺れるような痛みは残り、麻痺したままだ。モルヒネも効いているのかよく分からない。病院にいる緊張が薄れるにつれて、一向に取れない痛みに早苗は苛立ちを感じ始めた。
良介は長島医師に呼ばれた。早苗の病状と今後の治療についての説明だという。車いすに何とか移った早苗と面談室に入ると、長島医師と担当の看護師が座っていた。
「どうぞ、久保田さん。わざわざお呼び立てして申し訳ありません。どうぞおかけください。」
しばらく沈黙があり、長島医師が話し始めた。
「いろいろとわかったことがあります。今後の治療についてもお話します。まず、久保田さんの病気は、乳癌のようです。」
「乳癌ですか・・・、骨の腫瘍ではなかったのですか?」
納得いかない様子で良介が尋ねる。早苗は表情を失い、呆然としている。
「ええ、骨に転移しているのですが、元々は乳癌のようです。」
「そうですか。やはり癌だったのですね。」
早苗はいろいろな感情があふれ出て、かえって感情が無いような声で言った。
「驚かれたでしょうね。ショックだと思います。でも、癌といっても昔と違って治療がないわけではないんですよ。転移していると手術は難しいので、抗がん剤やホルモン剤を使います。まったく消してしまうことは難しいけど、良く効く薬も出てきました。希望を失わずに治療していきましょう。」
「わかりました。でも、私が一番辛いのは足の痛みです。これは治療でよくなるのですか?」
長島医師は、それは、私も悩んでいるところだ、と思う。
「痛みは、神経が傷ついて出ているものだと思います。乳がんの治療では良くならないかもしれない。時間がたてば良くなるかもしれないし、残ってしまうかもしれません。今はまず、痛み止めの使い方を工夫していくことにします。」
夫婦は病室に戻った。二人はしばらく言葉を失っていた。まず早苗が口を開く。
「やっぱり癌だったのね。治らないのかな。」
「そんな弱気なこと言うなよ。先生もいい薬があるって言っていただろう?とにかく治療を頑張るだけだよ。」
「そうね。ごめんね、心配掛けて。」
「また、言ってる。いいんだよ。早苗は今は自分のことだけ考えていれば。僕は君の夫なんだから。」
「ありがとう。」
早苗は、抑えていた感情があふれ出て、涙を流す。良介も心の中で涙を流す。
(つづく)
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