小説:医療大麻物語(15) 弁護士

投稿日時 2008-09-02 | カテゴリ: 小説:医療大麻物語

 留置された翌日、良介は弁護士が来ていると連絡を受け、面会をすることになった。良介は弁護士をまだ頼んでいないのに、と疑問を持つ。昨日聞いた当番弁護士というやつだろうか。とにかく、自分の状況を相談できる相手が出来そうな事にほっとする。

 面会室に、30代後半の壮健な男がいた。弁護士との面会の場合は、警察官の立ち会いがなくてもよいらしく、警察官は出て行った。
「弁護士の渡辺と言います。よろしくお願いします。」
「久保田です。私、弁護士を頼んだ覚えはないのですが、当番弁護士の方ですか?」
「いえ、私は当番弁護士ではありません。実は、上田さんから連絡がありましてね。あなたの事情も聞きました。困っているだろうと思いましてね。力になれればと、こちらに伺ったというわけです。」
「そうですか。誰も相談できる相手がおらず、参っていたところだったんです。ありがとうございます。」
 良介は、素直に渡辺弁護士と上田に感謝した。こういうのを地獄に仏というのだろう。
「では、時間がないのでさっそく話を始めましょうか。上田さんに聞いたのですが、あなた、奥さんの病気のために大麻を所持したということでいいんですね。自分では使ったことはないと。」
「・・・ええ。そうです。妻は癌で、激しい痛みがありました。通常の痛み止めは効果がなく、大麻が効くという話を聞き、使いました。実際に大麻はとても効果がありました。」
「なるほど、分かりました。それで弁護についてですが、最初に契約についてお話しなければなりません。逮捕されて送検されると弁護士をつけることができます。私は、私選弁護士ということになりますね。それで、かかる料金ですが、まず契約金が30万円です。そして、執行猶予になればその報酬を、30万円いただきます。最初にお金の話をするのは心苦しいけど、こちらも仕事ですから伝えないといけないんです。」
「お金は貯金があるので大丈夫です。他に心当たりもないし、渡辺さんはこういうケースになれてらっしゃるんでしょう?」
「そうですね。経験は多いです。」
「それじゃあ、私の弁護をお願いします。」
「妻が使ったとなると、罪が妻にも及んでしまいますよね。」
 これは、良介が一番気になっていることだ。
「これは、微妙なところですね。まず、本人が大麻と知っていて使ったかどうか。知らなければ、罪に問うのは難しいでしょう。知っていたとしたら、これは難しいのですが、大麻取締法では医療目的で施用を受けることが禁止されています。しかし、事情が事情ですからね。裁判官がどう判断するかになるでしょうね。」
「よかった・・・。妻には、大麻だと知らせていません。」
 良介は少しほっとした。
「それで、取り調べではどのようにしゃべったのですか?」
「それが、妻のことを話すとまずいかと思い、自分で吸うために購入したと話してしまいました。」
「それは、ちょっとまずいなあ。まあ、その状況ならしょうがないですけどね。それで、今後どうしていきましょうか?ひとつは、自分で吸うために購入したということにして裁判を終わらせる。反省した態度を示せば、初犯だし執行猶予になるでしょう。もうひとつは、医療目的であったことを正直に話す。検察には、供述を覆すことになり悪い印象を与えることになるので、裁判は大変になるかもしれない。でも、情状酌量の余地があるから無罪の可能性もある。今まで、自分が使わず、人に医療目的で使うためだけで所持して捕まったというケースはないんですよ。だから、裁判所がどう判断するかは分からないところがあります。ただ、これは実際に本当のことで嘘をつくわけではないし、あなたの名誉も守られる可能性がある。」
「どっちがいいのか。正直なところわかりません。でも、自分が悪いことをしたとはどうしても思えないのです。なんで裁判になるのか、まだ、自分の立場を受け入れられないんです。」
「そうですか。私としては、これは重大な人権侵害だと思っています。問題の提起の為にも、医療目的であることを主張して闘ってみたい気がします。久保田さん次第ですが。」
「先生、結構熱いですね。留置場で同室の人は、罪を認めて早めに裁判を終わらせたいという弁護士が多いと聞いていたのですが。」
「ははは。私は、とにかく正義と真実を大事にしたいと思ってるんですよ。仲間からはちょっと青臭い奴と言われますけどね。」
 渡辺弁護士は笑いながら言った。良介は、この先生は信用できそうだと思う。

「もう少し考えさせてください。ひとつ、お願いがあります。妻の病院に行って、妻の主治医とお話ししてもらえませんでしょうか。妻の様子を聞いてきていただきたいのと、妻にこのことを伝えたくないので、僕が急な海外出張で行けなくなったことにしておいて貰えないか、と頼んでいただけませんか。」
「わかりました。私はあなたの味方です。あなたのいいようにしますから安心してください。」



(編集部注)良介が私選した弁護士は、自分で使うのではなく、人が医療目的で使うための大麻を所持していたケースを知らないようだが、現実には、そのようなケースが過去にあったようだ。病の父親に使わせる目的で、繁華街で外国人から大麻を買い、張り込み中の刑事に職質され逮捕に至った例だ。この例では、もちろん尿検査の反応も出ず、不起訴になったと当事者から聞いたことがある。






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