「ここ数日、久保田さんの旦那さん、病院に来ていないな。」
毎日面会に来ていた良介が数日間来ないことを、長島医師は気にしていた。医局で書類を書いていると、電話が鳴った。
「はい、医局です。」
「交換ですが、長島先生に弁護士の渡辺様という方から電話です。」
「えっ?誰だろう?」
弁護士と聞いて、長島は少し身構える。何かトラブルがあっただろうか?
「繋ぎます。・・・・」
「もしもし、長島ですが。」
「突然のお電話すみません。私、弁護士の渡辺と申します。久保田さんの件で電話しました。」
「久保田さん?旦那さんでしょうか?何かあったんですか?」
「それが、今警察に身柄を拘束されていまして。大麻所持で。」
「えっ・・・。まさか。」
「お会いしてお話ししたいのですが。」
「もちろんかまいません。病院の方に来ていただけますか?今日は遅くまでいますので。」
「何ということだ。」
長島は、落着きを失ってしまった。
「旦那さん、大丈夫だろうか。それより、医療目的で大麻を使ったことは警察に話しているのか?自分はどうすればよいのか。」
混乱していた。
病院の面会室で長島医師と渡辺弁護士は話をした。
「はじめまして。渡辺と申します。今回、久保田良介さんの弁護を担当することになりました。」
「はじめまして。長島です。久保田さんの奥様の主治医です。」
「先日、○月×日のことですが、久保田さんが大麻所持で現行犯逮捕されました。ちょうど、売人の家で、大麻を購入していた時に、麻薬取締官に踏み込まれ、一緒に逮捕されたそうです。いま、○○警察署に留置されています。」
「そうですか。」
「久保田さんに伝言を頼まれたのと、弁護士として先生に伺いたいことがあって来ました。まず、久保田さんからの伝言ですが、逮捕されたことはまだ奥様に伝えないで欲しいそうです。急な海外出張があったということにしておいてください。」
「分かりました。確かに私も奥様にはまだ逮捕のことは伝えない方が良いと思います。」
「あと、奥様の具合はいかがでしょうか?」
「病気の具合は、大きくは変わってはいないですね。でも、痛みがだんだん強くなってきているのと、食欲が落ちているようです。」
「久保田さんから聞いたところだと、大麻は自分で使うためではなく、奥様の病気の治療のために使ったと言っています。でも、奥様に被害が及ぶのを恐れて、麻薬取締官には自分で使うために手に入れたと言っているそうです。」
「はあ・・。」
「奥様の主治医から見て、いかがでしょうか?本当に、医療目的でしたか?」
「私は、それについてあまり積極的に関わっておらず、お答えしにくいのですが・・・。」
「長島先生。これは久保田さんにとって大切なことなのです。私は警察ではありませんから、本当のところを教えてください。秘密にしてほしいことは守りますから。」
長島はしばらく考え込む。そして、話し始めた。
「・・・分かりました。では、知っている範囲でお話しします。久保田さんの奥さまは、癌の末期で、腰椎に転移しており、両足に麻痺と激しい痛みがあります。癌に対しては放射線治療と抗がん剤治療を行いました。しかし、痛みが取れず、さらに抗がん剤により食欲も落ちてしまい、衰弱して精神的にも不安定になってしまいました。私も困り果てて、同僚に相談したのですが、そこで大麻の話が出たのです。それを久保田さんに話しました。しかし、大麻は日本では違法薬物であり医療目的で使えません。今から思えば、私がこんな話をしなければよかったのかも知れない。」
「先生は、大麻を使うように久保田さんに勧めたというわけですか?」
「いえ、それは違います。」
長島は強く否定した。
「私は、何か治療方がないか?と聞かれて、話をしましたが、日本では出来ないということを伝えました。しかし、久保田さんは、自分で手に入れてきたのです。」
「そうですか。それで、実際使ってみてどうだったのでしょうか?効果とか副作用とか、そういったことは?」
「私は、久保田さんが大麻を使っているのを、黙認していました。そして、医者としての興味もあり、症状を観察していました。効果は、とてもありました。痛みも軽減し、食事や睡眠がとれるようになり、精神状態も明らかによくなったように思います。副作用は、最初はふらつきなどがあったようですが、すぐに慣れていたように思います。最近は外泊などして、退院の話も出てきたところだったのです。」
「分かりました。では、ずばり聞きます。久保田さんが奥さんに医療大麻を使ったのは、人道的にまずいことでしょうか?」
「・・・いえ。むしろ人道的です・・・。」
「長島先生、お話ありがとうございました。私は、久保田さんがこうやって捕まっていることは、大変な人権侵害と思っています。これから、裁判でも、奥さんの治療のためにやむを得なかったことや、日本で医療大麻が使えないことの問題点を争点にしていきたいと思っています。その時には先生に裁判で証言に立っていただきたいと思うのですがどうでしょうか。」
「えっ。それは。ちょっとまずいなあ。」
「一人の人生がかかっているんですよ。考えて頂けませんか。」
「・・・。」
長島医師は答えない。
「そうですか。では、また連絡します。よろしいですか?」
「ええ。それは構いません。」
面会が終わった。
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