日本政府(内閣府薬物乱用防止対策推進本部及び同本部構成省庁)と主要政党に提出する「大麻取締法の改正を求める意見書」の最終案がまとまりました。本会スタッフの腫瘍内科研究医であるフロッガーさんの意見を受け、修正を施してあります。
大麻取締法の改正を求める意見書
第1 意見の趣旨
大麻取締法制定時の国会会議録には、「大麻草に含まれている樹脂等は麻藥と同樣な害毒をもつている」という発言が多数見られるが、近時の信頼性の高い研究によって、大麻の有害性はアルコールやタバコ以下であり、大麻の適切な使用が様々な疾病や不快な症状に対して治癒的な効果を示すことが明らかにされている。しかし、わが国においては、大麻の所持や栽培、譲渡が量や理由の如何を問わず、懲役刑をもって全面的に禁止されている。大麻取締法違反は近年増加傾向にあるが、大麻に関する最新の知見に鑑みれば、末端の使用者に逮捕・拘禁を伴う刑事罰を課す措置は、憲法13条、25条及び31条に違反する重篤な人権侵害であり、個人や家庭、社会が被る損害は甚大である。このような立法の不作為による現在の状況の問題点を一刻も早く改善するために、大麻取締法を以下のように速やかに法改正すべきである。
1.未成年者への関与を除く、成人による公衆衛生に悪影響を及ぼさない、大麻の個人使用目的の所持、栽培及び営利を目的としない少量の譲渡については刑事罰の対象から除外し、特に著しく公衆衛生に悪影響を及ぼすと認められる場合については、注意や警告、過料などの措置を講ずる。
2.大麻取締法第4条の2及び3を廃止し、大麻の医療上の目的の所持、栽培及び譲渡を法規制の対象から除外する。
第2 意見の理由
1.はじめに
人類と大麻の共生の歴史は古く、大麻は中央アジアにおいて1万年以上も前から栽培されていたといわれている。中国では紀元前4000年、トリキスタンでも紀元前3000年ころには栽培が始まったと考えられている。医薬品としての利用も古く、インド、中国、中東、南東アジア、南アフリカ、南アメリカでは長い歴史を持っている。
大麻が医薬品として使われたことを示す最初の記録は、5000年前の中国を統治していた神農帝が出版したとされる草本録(神農本草経)にみられ、マラリア、便秘、リウマチ痛、放心、婦人病の薬としてあげている。その他にも、中国の薬草医は、手術の際の沈痛薬として、大麻と松ヤニと酒を調合した薬について触れている。〔1〕
わが国においても、大麻は古来より穢れを祓う神聖な植物であると考えられており、様々な宗教的な儀式や神事、生活用品などに用いられてきた。戦前は、国家によってその生産が奨励されていたこともあり、繊維や種子を採取する目的で全国各地で広く栽培されていた。また、医薬品としても使用されており、日本薬局方には、1886年に公布されて以来、1951年の第五改正薬局方まで大麻が「印度大麻草」、「印度大麻草エキス」、「印度大麻チンキ」という製品名で収載され、鎮痛剤、鎮静剤、催眠剤などとして用いられてきた〔2〕。
このように、大麻は戦前の日本人にとって身近な植物であったが、戦後、連合国軍の占領下において、昭和20年9月にポツダム宣言ノ受諾二伴ヒ発スル命令二関スル件(昭和20年勅令第542号)が公布・施行され、これに基づき、大麻の規制についてはいわゆるポツダム省令、すなわち、麻薬原料植物ノ栽培、麻薬ノ製造、輸入及輸出等禁止ニ関スル件(昭和20年厚生省令第46号)が制定され、これにより、大麻についても麻薬としての規制が行われ、大麻草の栽培等が全面的に禁止された。その後、大麻取締規則の制定によって、麻薬から独立して大麻の規制が行われるようになり、用途を限定して許可制の下に大麻草の栽培が認められるようになった。
昭和23年、大麻取締規則が廃止され、大麻取締法(昭和23年法律第124号)が制定(同年7月施行)された。同法は、大麻の用途を学術研究及び繊維・種子の採取だけに限定し、大麻の取扱いを免許制とし、免許を有しない者による大麻の取扱いを禁止するとともに、違反行為を規定して罰則を設けた〔3〕。
大麻取締法制定の経緯については、同法案を審議する国会会議録において、「大麻草に含まれている樹脂等は麻藥と同樣な害毒をもつているので、…(以下略)」〔昭和23年06月12日 衆議院厚生委員会 8号 厚生大臣 竹田儀一氏による発言〕、「大麻草に含まれている樹脂等は、麻藥と同様な害毒をもつているので、…(以下略)」〔昭和23年06月19日 衆議院本会議 67号 厚生委員長山崎岩男氏による発言、昭和23年06月24日 参議院厚生委員会 厚生大臣 竹田儀一氏による発言〕、「麻藥と同様な害毒を持つておるのでありますから、…(以下略)」〔昭和23年06月28日 参議院本会議 54号 厚生委員長塚本重藏氏による発言〕などの発言が度重なってみられるが、このような事実を示す証拠は明らかにされておらず、また、現在の大麻の健康への影響に関する科学的知見とも大きくかけ離れていることから、同法制定の過程において重大な事実誤認があったことが窺われる。
その後、大麻は、1961年の麻薬に関する単一条約(麻薬単一条約)によって、特に危険な特性を有するものとして、附表I及び附表Ⅳに分類され、ヘロインやモルヒネと同等に最も厳しい規制を受けている。大麻がこのように分類されているのは、1957年のWHOによる大麻の「身体的中毒性」を持つという定義に依るものであるが、当時、大麻の依存性についてどこまで科学的に把握できていたかは疑問が残る。事実、1965年のWHOによる大麻の依存性に関する定義では、大麻の身体的依存性はほとんどないと述べられており、また、1997年のWHOによる大麻に関する報告書では、「これまでのところ、退薬症候群の生成について一般的な合意がない。」と述べられている[4]。また、近年の大麻に関する研究には著しい進歩があり、信頼性の高い複数の研究によって、大麻の有害性はアルコールやたばこより低いことが報告されている[5]。また、大麻の適切な使用が様々な疾病や不快な症状に対して治癒的な効果を示すことが明らかにされている。このような科学的事実に基づいて、先進諸国では、大麻に関する規制を改める動きが盛んである。一方わが国においては、もはや根拠の無い60年前の法律に基づいて、大麻使用者を逮捕・拘禁する厳罰政策が続けられているが、このような措置は重篤な人権侵害であり、早急にこれを改める必要がある。
2.大麻使用の社会や健康への影響
近年の大麻使用の社会や健康への影響に関する研究には著しい進歩があった。現在の科学的知見は、大麻が「麻藥と同様な害毒をもつている」と考えられていた大麻取締法制定時とは大きく異なり、信頼性の高い複数の研究によって、大麻の有害性は、ヘロインやモルヒネ、コカインのみならず、現在は規制の対象外であるアルコールやたばこより低いことが報告されている。さらに、大麻の適切な使用が様々な疾病や不快な症状に対して治癒的な効果を示すことが明らかにされている。
このような大麻に関する最新の科学的な研究の結果の示す事実に基づき、政府は大麻のリスクを過大評価しすぎている現在の政策から、リスクとベネフィットの比較を通した大麻のリスクの正当な評価を反映する、使用者の人権に最大限配慮した政策へと方針の転換を図るべきである。大麻に関する最新の知見に鑑みれば、現在の大麻使用の最大のリスクは逮捕・拘禁されることである。
(1)大麻のリスク
結論:大麻はアルコールやタバコよりも害が少ない
世界で最も権威ある臨床医学雑誌の一つ、英国医師会のランセットは、「大麻の喫煙は、たとえ長期にわたる場合でも健康に害はない。…大麻は、それ自体は社会へのハザードではないが、さらに続けて非合法な状態に追いやるならばハザードとなり得るであろう。」と結論づけ、大麻の規制の改正を支持する内容の文章を掲載している〔6〕。
EMCDDA(欧州薬物・薬物中毒監視センター)によって、2008年6月に発表された研究書には、「精神賦活性物質のスペクトルにおける大麻の公衆衛生上の重要性」と題し、大麻とアルコールやタバコ、その他の精神賦活性物質の害の潜在力を過量摂取、酩酊の度合い、依存性、より包括的な評価など様々な危険性の局面から多面的に比較・検証する論文が掲載されている。大麻はいずれの危険性の局面においても相対的に低い危険度を示しており、論文は、大麻使用が一部のユーザーと、ある状況に対して有害であり得るとした上で、’多くの関係各国には、しばしば大麻の外側に定められるディフェンシブラインと共に、国際的なコントロールシステムと等しい国家的なシステムの現状を保つ、非常に大きな責務がある。しかし、精神賦活性物質とその害の可能性に関する広義の公衆衛生の観点からすれば、現在の国際的なドラッグコントロール、統制システムにおいて、タバコとアルコールは非常に規制が低い一方で、大麻に関する規制はあまりにも厳しすぎるということは明白である。’と結論付けている〔7〕。
(2)大麻のベネフィット
大麻の適切な使用が、ストレスや精神の緊張の緩和を促し、体内の様々な器官での恒常性維持機能を高める働きをもたらすことは広く知られている〔8,9〕。大麻は、多発性硬化症に伴う神経因性の疼痛[10]やオピオイド系薬剤による治療で効果の見られない末期がんの患者の疼痛[11]、AIDS患者の進行性食欲減退や体重減少などの症状を伴う消耗症候群[4]、アルコール依存症[12]、がん化学療法に伴う吐き気と嘔吐[13]など、様々な疾病の治療に有効であり、各種運動障害などの治療、依存性薬物の依存症[14]、神経保護作用薬[15]、精神疾患治療[16]などへの応用が期待されている。大麻およびその主成分であるTHCは安全で、過剰摂取による死亡事故はほとんどない。また、重篤な有害事象はなく、十分に医療利用が可能である〔17〕。実際に、カナダ、オランダ、米国のいくつかの州では、医療大麻の使用が可能となっている。イギリスGW製薬が開発した大麻からの抽出物を主成分とした薬剤「サティベックス(SativexR)」は、カナダで医薬品として認可・使用されているが、2007年2月14日に我が国の製薬会社である大塚製薬株式会社が、米国における開発・販売に関するライセンス契約を締結している。
オックスフォード大学精神医学部精神医学者上級医師、GWファーマシューティカルズカンナビノイド研究所ディレクターのPhilip Robson氏によると大麻の治療効果が報告され、臨床適用が調査されている症例には、吐き気と嘔吐、多発性硬化症とその他の神経疾患、がんやエイズの食欲減退と体重減少、疼痛、眼圧の上昇、不眠症、不安や抑うつ状態、 てんかん、喘息、オピオイドの退薬、 原発性腫瘍、解熱性や抗炎症性の活性、駆虫性、抗片頭痛、分娩誘発などがある。このうち、大麻といくつかのカンナビノイドは、制吐薬と鎮痛薬、眼圧を下げる薬剤として有効である。特定の神経疾患、エイズとある種のがんにおいて、症状の緩和と幸福感(well-being)の向上のエビデンスがある。カンナビノイドは不安を減少させ、睡眠を改善する可能性がある。抗けいれん薬としての活性は解明を必要とする。基礎研究によって特定されたその他の特性は評価を待つ。多くの関連した疾患に対する標準的な治療は不十分である。大麻は過量投与については安全であるが、 一般的に、鎮静作用、陶酔、不器用さ、めまい、口渇、血圧の低下あるいは心拍数の増加などの不必要な効果をしばしば生じさせる。特定のレセプターや天然のリガンドの発見は薬剤の発展を導くかもしれない。 投薬の用量と経路を最適化し、治癒的な効果と望ましくない作用を定量化し、相互作用を調べるために研究が必要である〔18〕。
大麻取締法第四条により、大麻の医薬利用を禁止することは患者の権利に対する侵害である。世界医師会による「患者の権利に関するWMAリスボン宣言」では、患者の主要な権利として「良質の医療を受ける権利」「選択の自由の権利」「自己決定の権利」「情報に対する権利」「尊厳に対する権利」などを挙げている。また、リスボン宣言では、医師・医療従事者・医療組織は、この権利を保障し守る責任があり、法律・政府の措置・あるいは他のいかなる行政や慣例であろうとも、患者の権利を否定する場合には、この権利を保障ないし回復させる適切な手段を講じるべきであるとしている。我々はリスボン宣言の精神に乗っ取り、患者の権利のために大麻の医薬利用の禁止を撤廃することを日本政府に提言する。
3.国際法と先進諸国における大麻に関する規制の現状と傾向
(1)国際法
大麻、大麻樹脂並びに大麻のエキス及びチンキは、1961年の条約のSchedule I、この条約に基づいて適用される全ての統制措置の対象とされ、依存症を引き起こす可能性があり、乱用の深刻な危険性を示す特性の物資の中にリストされている。大麻と大麻樹脂は、既に1961年の条約のSchedule Iに登録されている、乱用の危険性と非常に限られた治療的な価値という有害な特徴によって、特に危険であると考えられる15の物質から成るSchedule IVにもリストされている。これら15の物質の中に、ヘロインや大麻を見出すことが出来るが、コカインは見出すことが出来ず、それはSchedule Iにのみリストされている。
したがって、1961年の条約は大麻に最も厳しい統制を適用することを示唆するが、その様な統制の必要性の解釈において、加盟国にある程度の柔軟性を委ねると考えられる。締約国は、附表Ⅳに掲げる薬物の特に危険な特性に照らして、'必要であると認める’特別の統制措置を執るものとされている。この基準の非義務性は、事実上その履行のための条件であり、1961年の条約に関する国連のコメンタリーによって確証される。そこでは、加盟国は、’それが必要であると信じる場合にのみ、特別な措置を適用する義務がある’と再び述べられている〔19〕。
(2)先進諸国における大麻に関する規制の現状と傾向
ⅰ.ヨーロッパ
EMCDDA(欧州薬物・薬物中毒監視センター)によって、2008年6月に発表された研究書には、’大麻は無害な物質ではないが危険性は誇張されており、個人的な使用罪は、刑事制裁を必要としない。’と結論付ける論文が掲載されている。ヨーロッパでは、このような最新の知見を反映して、少量の大麻使用を有罪とする措置は社会全体に対してより大きな害をもたらすという信念に基づき、周囲の状況を悪化させることの無い少量の個人使用目的の大麻の所持や使用に対する刑事罰の代替処置の開発において共通の傾向が見られる。罰金、注意、執行猶予、刑罰の免除やカウンセリングが大部分のヨーロッパの司法制度に支持されている〔19〕。
(状況を悪化させることのない少量の個人使用目的のための)大麻所持に関する法実務についての仮説
個人使用目的の大麻所持に対して適用されうる措置〔20〕
ベルギー:
記録のみ。刑罰は、初犯75--125ユーロ;2回目(同年の再犯)130--250ユーロ;3回目(同年の2回目の再犯)250--500ユーロ及び8日から1ヵ月までの拘留。
デンマーク:
10gまでの初犯:罰金;10g以上:罰金;2回目の再犯:0--10 g:罰金40ユーロ;10--15 g:罰金67ユーロ;50--100 g:罰金135ユーロ
ドイツ:
積極的な警察の捜査は行われない;訴訟の取り下げ(6--30g)
アイルランド:
最初の2回の違反に対して罰金が課される。初犯、罰金63ユーロ、2回目の違反、罰金127ユーロ;3回目の違反から拘留の可能性がある:最高1年の拘留及び/または罰金317ユーロ。
イタリア:
初犯:訴訟の取り下げ;それ以降の違反:最高3ヶ月の運転免許の停止及び強制的な治療的な評価。
ルクセンブルグ:
違反は罰金250-2500ユーロによって処罰される。
オランダ:
警察は個人使用目的の所持を捜査せず、それはコーヒーショップにおいて一定の条件を前提として許容される。
オーストリア:
初犯:警察による捜査と執行猶予(2年);それ以降の違反:強制的な治療的な評価。
ポルトガル:
個々のの定量による平均の10日分:警察による捜査と行政権の照会。執行猶予による処罰の停止。;再犯に対しては罰金又はその他の処罰。
スウェーデン:
警察による捜査と起訴。軽微な違反については(まれに)訴訟の取り下げ。
フィンランド:
警察による捜査と起訴。まれに訴訟の取り下げ。
イギリス:
警察による警告
ⅱ.アメリカ合衆国
アメリカ合衆国では連邦法によって大麻の所持・栽培・配布が医療目的でさえ禁止されているが、2006年には829,625人が大麻に関連した違反で逮捕されており、医療大麻の合法化や大麻の個人使用目的の所持の非犯罪化を求める声が高く、実際にいくつかの州では医療大麻が公的に支持され、個人使用の非犯罪化が達成されている。
●非犯罪化
一般的に非犯罪化は、個人消費のための少量の所持の初犯の違反に問われた者に対して、拘留あるいは犯罪記録を課さないことを意味する。その行為は軽微な交通違反のように扱われる。
以下の州では大麻の非犯罪化法案を可決している〔21〕。
アラスカ、カリフォルニア、コロラド、メーン、ミネソタ、ミシシッピ、ネブラスカ、ネヴァダ、ニューヨーク、ノースカロライナ、オハイオ、オレゴン
(2004年、11月8日現在)
●医療大麻に対する公的な支持
1996年以降、12の州― アラスカ、カリフォルニア、コロラド、ハワイ、メイン、モンタナ、ネバダ、ニューメキシコ、オレゴン、ロードアイランド、ヴァーモントとワシントン ― の有権者は、医師の監督の下で大麻を使用している患者を州の刑事罰から免除する州民発案(Initiative)を採択した〔22〕。
参考文献
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カナビスの医療利用の歴史
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21.NORML:States That Have Decriminalized
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