弁護側提出の最終弁論1が金井塚弁護士より届きましたので公開します。
18ページのものをスキャンしてそのまま3ページに分けて<1-6.7-12.13-18>貼ってあります。
桂川さん控訴審判決は3月11日午後4時から大阪高裁です。
それに先立ち、ヘンプパレードなどで盛り上げようという企画があるようです。お時間のある方はぜひ立ち寄って下さい。
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刑罰による大麻規制は取締当局による自作自演だった
桂 川 直 文
・大麻を有害とする証拠などどこにも存在しなかった
従来の大麻裁判では大麻使用の当否など論議されることなく、法律の条文だけを理由に量刑が科せられ、被告人が法廷で大麻の真実を述べようものなら反省の意識がないとされて刑が重くなりました。したがって被告人は「大麻は害悪があり二度と手にしない」と虚偽の証言をし、過去の判例に照らして判決が下されて公判は形式的に終了しました。
今日まで我が国では大麻取締法違反容疑で検挙されたものは、実質的に公正な裁判が受けられない状態だったのです。
私の裁判も例外ではなく、大麻取締法の不当性を主張し、取締当局を非難したため、一審では大麻の有害性を「公知の事実である」と断定されて、昨年4月14日大阪地裁にて米山正明裁判官から懲役5年という実刑判決が下されました。
私は一審判決を不服として大阪高裁に控訴し、大阪の金井塚康弘弁護士に加えて東京の丸井英弘弁護士を選任し、弁護団を構成して控訴審を闘ってきました。弁護人による控訴趣意書が奏効して、控訴審では異例の三回にわたる被告人証言をすることができました。
また弁護士の強い主張により、裁判官の勧告で検察側が大麻を有害とする証拠資料を提出したことは、問答無用だった一審からすれば大きく前進したものといえます。
ところが、この4つの文献資料からなる検察提出の証拠はとんでもないシロモノでした。
第一の資料がなんと厚生労働省外郭団体、財団法人「麻薬・覚せい剤乱用防止センター」ホームページ、いわゆる「ダメ。ゼッタイ。」ホームページの抜粋だったのです。
以前から、このホームページの内容があまりにもデタラメであることから、私を支援してくれているカンナビストの会員が、記述にある大麻摂取を原因とする心身の異常(脳障害、生殖機能障害)について厚生労働省に情報公開請求を行い「行政文書不開示決定通知書」が昨年4月、交付されました。その理由は「開示請求に係る行政文書を保有していないため」というものでした。我が国には大麻摂取を原因とする疾病など一つもないことが判明していたのです。
この事実はすでに第一回公判で弁護側から明らかにされ「行政文書不開示決定通知書」は証拠採用されていました。にも拘らず、出典が明記されておらず、その真偽を確かめようもない単なる主張を、検察は大麻を有害なものとする第一の証拠資料として提出してきたのです。しかも、弁護側の「ダメ。ゼッタイ。」ホームページ管理者の証人申請が検察側の不同意により却下となってしまいました。
その他の検察提出資料もすべて、大麻を取り締まる側の人物や組織の手によるもので、大麻を悪いものとする前提のもとに書かれたものでした。カンナビストの会員の検証によれば、検察資料の中にも、原本には大麻を肯定的に記述した部分があったのですが、検察は意図的にそのような部分を削除して裁判に提出するという悪質さでした。
そして驚くべきは、「捜査報告書」と題する大阪高等検察庁検察官検事 藤田義清 から大阪高等検察庁刑事部長 清水治 あての、この大麻を有害なものとする資料の日付けが平成16年9月28日だったことです。
国民に7年もの懲役刑を求刑する重大事犯(私の場合)にもかかわらず、その根拠となる確固たる証拠資料がここに至るまで検察の手許に無かったことになります。
・麻薬取締官の行為は憲法第15条第2項(すべて公務員は全体の奉仕者であって、一部の奉仕者では無い)に明確に違反している
私を逮捕した厚生労働省の麻薬取締官(通称マトリ)は、大麻の無害性を国民の誰よりも認識しており、海外の大麻事情にも通じています。私を担当した近畿厚生局麻薬取締部の下宮捜査官は、取り調べ開始にあたって「大麻は酒、タバコと同列である」と宣言しました。さらにマトリ達は、その経験上、大麻を好む人達の大半は普通に職業を持ち、真面目に納税している一般の国民であることも承知しています。
私は取り調べの過程において何度も、現行の大麻規制の在り方を非難しましたが、マトリ達の返答はいつもオウム返しのように「我々は法に従って仕事をしている」でした。しかし、罪の無い人を捕縛し、その社会生活を破壊するようなことが仕事なのでしょうか。
厚生労働省の役人として、大麻が酒、タバコ以上に害が無いことを認識しているなら、その事実を検察や裁判所に、そしてマスコミを通じて広く国民に知らせる義務がある筈です。
マトリ達は公僕としての本来の仕事を放棄して、あろうことか、大麻の真実を社会に知らしめている大麻自由化運動を組織的犯罪行為とみなし、私をその主魁と認定して、私の友人知人達を次々と逮捕投獄してきました。
すべての捜査と取り調べが終了して、当所マトリ達が描いていた、大麻解放を隠れ蓑にした日本最大の大麻密売組織という構図は自らの妄想だったことが判明しました。
取り調べの最後に登場した近畿麻薬の幹部は「我々にとって今回の事件は非常に特殊なケースでした。あなたの行為を裁判所がどう判断するかとても興味があり注目しています」と言い放ちました。従って私は絶対に引き下がる訳にいきません。とことん最後まで闘って、取締当局こそ犯罪者であることを証明します。
・大麻無害の証拠をこれ以上求められれば役人達に大麻を吸ってもらうしかない
昨年11月24日の第3回公判で控訴審での私の証言は終了しました。傍聴していた支援者からの手紙によると、皆 私の発言に満足していたとのことで安堵しました。3回にわたって決定的なことを述べましたが、それでも語り尽くせない点がありましたので公判後、陳述書として裁判所に提出しました。
情報化時代の今日、私が何回も法廷で話さなくても、裁判官達は大麻の無害性くらいうすうす知っている筈です。しかし、30年以上にわたりこんなことで何万人もの国民を牢屋に入れてきたのですから、役所のメンツや同僚、先輩への配慮からも、役人達はそう簡単に大麻容認にしないでしょう。だから私は1年半も拘置所に座り、公判であーでもないこーでもないと検察とやりあい、夥しい証拠書類を積み上げているのです。いわば私の裁判は一つの儀式であり、日本が精神的先進国になるための通過儀礼のようなものなのです。
もはや検察は公判を維持することができなくなっています。訳の分からない、トンチンカンな被告人質問に終始し、まるで要領を得ませんでした。
一審の公判検事には大麻吸煙について「トリップを求めていたのか?快感を得ようとしていたのか?」と質問され困ってしまいました。
控訴審では検察資料を示され「大麻にはこのような害悪があることをどう思うか?」と訊かれ、私は「それはかなり古い資料だと思います」と答えました。つぎに「LSDをやったことがあるか?」と訊かれ、「あります」と答えました。検事の質問はたったのそれだけでした。
弁護側は大麻取締法違憲の証拠、大麻使用の無害性有益性の証拠を考えられる限り、すべて提出し、私は真実を忌憚なく証言しました。これ以上大麻無害の証拠を積み上げるとするなら、検察官や裁判官に大麻を吸ってもらうしかないと思います。
現在、全国の支援者から沢山の励ましの手紙を戴いており、まだ返事を差し上げていない方々に、とりあえずサイト上で御礼申し上げます。
また私の減刑嘆願のため署名された多勢の皆様にも厚く御礼申し上げます。
本当にありごとうございました。
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平成16年(う)第835号大麻取締法違反等被告事件
被告人 桂川 直文
最終弁論1
平成17年1月 日
弁護人 丸井 英弘
大阪高等裁判所第6刑事部 御中
記
第1.大麻取締法の違憲性1大麻取締法は、社会的必要が無いのに、占領政策として一方的に制定されたものであり、無効である。
原判決は、この無効な法律を適用して、有罪判決をしているのであるから、刑事訴訟法第380条の法令適用の誤りがあるので、破棄すべきである。
1.大麻取締法ではその1条で、「大麻」の定義として、「大麻草(カンナビス・サティバ・エル)及びその製品」と規定しており、現行大麻取締法で規制されている大麻はカンナビス・サティバ・エルと呼ばれる種のみであり、かつ大麻の薬理成分とされるTHCの含有の有無とは無関係である。なお、1961年の麻薬に関する単一条約(昭和39年12月12日条約第22号)では、第1条定義で「大麻」とは、「名称のいかんを問わず、大麻植物の花叉は果実のついた枝端で樹脂が抽出されていないもの(枝端から離れた種子及び葉を除く。)をいう。」と定義付けされている。
大麻とは、日本名でいえば、麻(あさ)のことであり、植物学上はくわ科カンナビス属の植物である。そしてカンナビスには種(しゅ)として、少なくともカンナビス・サティバ・エル、カンナビス・インディカ・ラム、カンナビス・ルーディラリス・ジャニの三種類があることが植物学的に明らかになっている。各名称の最後にあるエルとかラムとかジャニというのはその種を発見、命名した学者の名前の略称であり、サティバは1753年に、インディカは1783年に、ルーディラリスは1924年に発見、命名された。いずれも大麻取締法が制定された一九四八年以前のことである。
大麻のうち、(カンナビス・サティバ・エル)と呼ばれる種類は、日本において縄文時代の古来から主に繊維用に使われて来たものであり、特に第2次大戦前は、繊維用などに不可欠な植物として国家がその栽培を奨励してきた植物である。
そして大麻取締法は、この衣類の生産など産業用に栽培されてきた日本人にとって貴重な植物である大麻草(カンナビス・サティバ・エル)の栽培等を規制した占領米軍による占領立法である。従って、大麻を規制する社会的必要性がまったくなかったので、大麻取締法は、その立法目的を明記していないという法律として異例な形をとっている。占領米軍は、占領後の日本を石油繊維などの石油製品の市場とするために、石油繊維とその市場が競合する大麻繊維の原料となるカンナビス・サティバ・エルと呼ばれる大麻の栽培を規制したものである。
このような法制定過程そのものに疑問がある大麻取締法は、憲法第31条の適正手続き条項に反し、また同法第12条の職業選択の自由や同法第13条の幸福追求権などに違反する違憲立法であるといわざるを得ないものである。過去の判例は、大麻取締法の立法目的を「国民の保健衛生の保護」としているが、日本において、大麻の栽培使用は縄文時代の古来から行われて来たのであり、大麻取締法制定当時も含めて「国民の保健衛生の保護」上の問題はまったく起こっていなかったのであるから、その解釈は間違っているものである。(「地球維新 vol.2」70頁以下 厚生省麻薬課長証言参照)以下厚生省麻薬課長証言を引用する。
「弁護人
現行の大麻取締法ですが、途中で改正もあったようですが、これは昭和23年に制定されたものですね。
証人
ええ、現行法は23年に制定されております。
弁護人
それ以前は大麻規制はどのようになっていたんでしょうか。
証人
これは私も文献的に調べる以外に手がないんでございますけれども、ずい分古いようでございまして、一番初めは大正14年に通称第二アヘン条約と言われます条約が出来まして、それで大麻の規制をしようという条約が出来ましたのを受けまして、昭和5年に当時の麻薬取締規則というものの中にこの大麻の規制が取り込まれたと。
ですから昭和5年が一番初めということでございまして、それ以降昭和18年頃に薬事法という法律の中に法律が整備されまして取り込まれたというふうに文献は示しております。
それ以降昭和20年になりましてポツダム省令で国内における大麻を含めまして、一切禁止の措置になったと。
それでは産業上非常に困ってしまうということがありまして、昭和22年に大麻取締規則というものが出来たと。
さらにその大麻取締規則が昭和23年に至って現行の大麻取締法というものに変えられたということでございます。
弁護人
すると、昭和4年の大麻取締規則は第2アヘン条約を受けてできたものであるということですか。
証人
文献上そのような経過の記録になっております。
弁護人
そうしますと、国内的にわが国で、当時大麻の使用によってなにか弊害というものがあったから出来たのか、それとも国際条約を批准したという関係から一応作ったのかその辺はどうなんでしょうか。
証人
これは、多分当時国内において大麻の乱用がみられたということはなかったんではないかと思います。 むしろその国際的な条約を受けましてそういう規定が出来たものというふうに考えます。
」
「
弁護人
昭和5年の麻薬取締規則で規制していたのはインド大麻と言われるものだけであったんではないですか。
証人
そうでございます。インド大麻というふうになっていたと思います。
弁護人
規制内容は具体的にはどういう規則だったんでしょうか。
証人
詳細については、私、記憶ございません。
弁護人
規制内容としては、インド大麻を輸出入する場合にそれを内務大臣に届けるというような、いわば届出制のような規制じゃなかったんでしょうか。
証人
大変恐縮でございますが、私その規制の具体的な内容につきましては…。
弁護人
国内で栽培もしくは野生ではえておりますいわゆる麻ですけれども、これは規制の対象にはなっていたんでしょうか、昭和5年の規則では。
証人
当時は規制の対象になっていなかったと思います。
弁護人
ところで、昭和23年に現行法が出来たわけですが、これは具体的にはどういうようないきさつから立法されたんでしょうか。
証人
ポツダム省令というものをうけ、22年に大麻取締規則というものが出来たわけですが、当時そういった法律を更に整備していくという過程の中で、法律化されたのではないかというふうに思うんでございますが、実はその規則ができまして、それが更に法律に形を整えられていったという過程の記録等につきまして、私今回かなりいろいろ課の者達に手伝ってもらいまして捜してみたんですが、その間の経過は記録文書上かならずしもはっきり御説明できるものが見当たりませんでした。
弁護人
実は、私が読んだ資料の中では内閣法制局長官をされていた林修三さんが「法律のひろば」で大麻取締法の制定当時の事情を書いてる文献を読んだことがあるんですが、私の記憶ではいわゆる連合国占領国ですね、GHQの強い要望で出来たんだと、日本国政府としては特別に規制するという必要性というのは特別にはなかったんだ、というような趣旨ですけれども、その辺はどうなんでしょうか。
証人
私も林修三さんという方が書かれた文章は読んだ記憶がございますが、戦後ポツダム省令等に基いて作られました各諸法令をさらに整備していくという過程の中で、大麻取締法という法律がいるかどうかということについての御議論があって法制局サイドではその必要性について若干疑問を持ったと。
しかし、当時の厚生省はまだそこまでの踏ん切りがつかなかったということ、しかし今になってみるとそこまでしなかったほうが良かったんじゃないかと、いうような一つの随想といいますか、エッセイのようなものを読んだことは記憶がございます。
弁護人
昭和20年から23年当時ですけれども日本国内で大麻の使用が国民の保健衛生上問題になるというような社会状況はあったんでしょうか。
証人
20年代の始め頃の時代におきまして大麻の乱用があったということは私はないんではないかというふうに思います。
弁護人
そうしますと、この大麻取締法を制定する際に、大麻の使用によって具体的にどのような保健衛生上の害が生じるのか、ということをわが国政府が独自に調査したとかそういうような資料はないままに立法されたと考えて宜しいわけですか。
証人
これは推するほかないんでございますが、そういう資料がなかったんではないかと。
」
また、昭和38年に大麻取締法が従来あった罰金刑が廃止され、懲役刑も強化されたが、次に引用する前述の麻薬課長証言によっても、当時大麻使用による具体的な弊害というようなものは社会的に存在しなかったものである。
「
弁護人
ところで、昭和23年の制定当時の法律ですけれども、法規制の内容としましては罰金刑というものは当初ありましたか。
証人
ありました。
弁護人
内容は大体どのような…。
証人
罰金刑といたしましては、栽培等については当時の法律では3000円か5000円以下の罰金という規定があったと思います。
弁護人
所持とか譲渡の場合も大体同じですか。栽培・所持と輸出入と分けてますね。
証人
ちょっと、私今…。資料は持っておりますけれども。
裁判官
資料御覧になりながらで結構です。
弁護人
昭和23年の現行法の制定当時の刑の内容です。
証人
23年当時というふうにおっしゃられるんですが、今私が持って参りましたのは28年の改正分以降のものですから、ちょっと正確性に欠けるかもしれませんが所持・栽培につきましては38年の改正が行われる以前におきましては罰金刑がございまして、3万円以下ということが書いてございます。
弁護人
あと懲役としては、どのような内容でしょうか。
証人
3年以下の懲役または3万円以下の罰金に処するという規定でございます。この際には所持・栽培・譲り受け・譲り渡しというものがその対象となっております。
弁護人
現行は所持・譲渡・譲り受け、これは懲役5年以下ですね。栽培・輸出入が懲役7年以下というふうにかなり重くなったわけですね。
証人
はい。
弁護人
昭和38年に罰金刑を廃止するとかつ懲役刑についても3年以下のものを5年とか7年にするというふうにかなり厳しくされたわけですが、これはどういうような理由からなんでしょうか。
証人
この当時の法律改正の背景と致しましては、昭和30年代末期にわが国では御存知のとおり、ヘロインを中心と致します薬物乱用がずい分はやりまして非常に深刻な社会問題として受けとめられていた状況がございました。
それで当時の状況を記録によって見てみますと、実にさまざまな対策がこのヘロインといいましょうか麻薬撲滅という観点から行われているわけですけれども、その一環として麻薬取締法の改正も行われました。
罰則の強化だとか中毒患者につきましての措置入院の制度も作られるというような方策も講じられております。
で、当時合わせて大麻取締法も改正されておりますが、私思いますのには、当時のそういった麻薬を中心とする薬物乱用状況という物を背景にいたしまして、わが国から薬物乱用の問題を一掃しようという一種の国民的な世論の盛り上がり、そういう背景のもとに関連法規である大麻取締法についても罰則の強化がはかられた。
当時は、大麻の乱用事例というのは私はそう多くはなかったと思いますが、罰則を強化することによって薬物乱用を一掃しようということで、この法律改正がはかられたというふうに考えます。
弁護人
そうすると、昭和38年当時に大麻使用による具体的な弊害というようなものはあったんでしょうか。
証人
具体的な弊害がどの程度あるかということについては私は承知しておりません。
」
2.第2次大戦前の日本における大麻の栽培風景は、1929年の第16回二科展に発表された清水登之氏の「大麻収穫」という次の絵のとおりである。清水氏は栃木県出身であり、その絵は1920年代の栃木県鹿沼地方での大麻収穫風景を描いたものである。(「地球維新 vol.2」扉の裏参照)
(※絵「大麻収穫」)
また、中山康直氏著の「麻ことのはなし」評言社2001年10月10日発行の46頁で農業絵図文献よりの引用で「古来から日本の各地の畑で見られた麻刈りの風景」という題で次の絵が紹介されている。
(※絵「古来から日本の各地の畑で見られた麻刈りの風景」)
さらに、昭和12年9月に栃木県で発行された大麻の生産発展を目的にして発行された「大麻の研究」という文献があるが、その45頁で日本における麻の分布図を引用しているのであるが、その内容は次のとおりであり、大麻が日本全国において縄文時代の古来から栽培利用されてきたことは明らかである。なお、「大麻の研究」の末尾で著者(栃木県鹿沼在住)の長谷川氏は次のように述べている。 「斯る折に本書が発刊されこの方面に関心を持つ人達に愛玩吟味されて日本民族性と深い因縁のある大麻に対する認識を新たにし、是が生産発展上に資せられたなら望外の幸と存じます。」(「地球維新 vol.2」6~7頁参照)
(※絵図「麻の分布図」)
大麻の栽培が日本の伝統的な文化財であることは、大分県日田郡大山町小切畑で大麻すなわち麻の栽培をしている矢幡左右見さんが1996年6月26日、文化財保存技術保持者として文部大臣から認定を受けたことからも明らかである。大山町のホーム頁でその記事の要約を次のとおり紹介している。このように、大麻の栽培者が文化財保存技術保持者として文部大臣から認定を受けているのであり、大麻すなわち麻を犯罪として取り締まることが不適切であることは、明白である。
「矢幡さんは、昭和6年に栽培を始め、49年から福岡県久留米市の久留米絣(かすり)技術保存会から正式な依頼を受けて粗苧の製造を始めました。以来、矢幡さんは毎年、粗苧20Kgを出荷しています。粗苧(あらそ)とは、畑に栽培され、高さ2メートルに成長した麻を夏期(7月中旬頃)に収穫して葉を落とし、約3時間半かけて蒸し、さらにそぎ取った表皮を天日で一日半ほど乾燥させて、ひも状にしたものです。粗苧は、国の重要無形文化財である「久留米絣」の絣糸の染色の際の防染用材として使われ、久留米絣の絣模様を出すためには欠かせないものです。しかし、栽培・管理の手間に比べて利益率が低いことから生産者は減少の一途をたどり、現在では矢幡さん一家を残すのみとなりました。久留米絣の模様は粗苧なしではできないといわれており、粗苧が無形文化財の保存・伝承に欠くことのできないものであるということから、今回の認定になりました。矢幡さんは、「ただ、自然にやってきたことだけなのに、とても名誉なことです。」と話しています。」
また、「麻 大いなる繊維」と題する栃木県博物館1999年第65回企画展(平成11年8月1日~10月24日)の資料集では、次のあいさつを紹介している。
「
ごあいさつ
麻は中央アジア原産といわれ、わが国への渡来も古く、古代より栽培されています。
表皮を剥いで得られる繊維は、他の繊維に比べ強靭で、肌ざわりがよく、木綿や羊毛、化学繊維が登場するまで、衣服や漁網、下駄の鼻緒の芯縄、各種縄などに用いられてきました。その一方では麻は特別な儀礼や信仰の用具に用いられ、現在でも結納の品や神社の神事には欠かせない存在となっています。麻は実用のみならず信仰・儀礼ともかかわる、まさに大いなる繊維でした。
ここでは、質量とも日本一の「野洲麻」の産地である足尾山麓一帯で使用された麻の栽培・生産用具、麻の製品、ならびに東北地方の一部で使用された麻織物に関する用具や麻織物を展示するものです。 麻がどのように生み出され、利用されてきたか、大いなる繊維「麻」について再認識していただければ幸いです。
おわりに、本企画展の開催にあたり、御指導御協力をいただきました皆様にこころより、御礼申し上げます。
平成11年8月1日 栃木県立博物館館長 石川格
」
そして、表紙の2頁目では、次の鹿沼市立北小学校校歌が紹介されているが、このような麻が第2次大戦後の占領米軍による占領政策でもって犯罪視されてしまったのである。
「
鹿沼の里に もえいでし
正しき直き 麻のこと
世の人ぐさの 鏡とも
いざ 伸びゆかん ひとすじに
」
(「地球維新 vol.2」213~217頁参照)
4.米軍による軍事占領下の1948年(昭和23年)7月10日に大麻取締法が制定されてからすでに56年が経過した。そして、1950年に日本全国で25118名いた大麻栽培者は、1998年には102名まで減少してしまった。この減少した理由は、毎年の免許更新手続きが面倒な大麻取締法による規制のためと安価で大量に生産できる石油化学繊維の台頭によって麻製品の市場がなくなったことによると思われる。
しかしながら、大麻には、次のような有益性があるのであるから(逆に大麻にはこのような有益性があるから、日本をアメリカ系の石油系産業の市場とするために占領政策として大麻産業を規制したのが大麻取締法である)、占領政策である大麻取締法の当否を根本からみなおすべき時期に来ていると考える。
5.大麻の有益性(「地球維新 vol.2」8~11頁、189~195頁参照)
大麻は、刑事罰で取り締まる必要がないものであるばかりか、紙用・繊維用・燃料用・食用・薬用等人類にとって貴重なる植物である。
第二次大戦後、日本で大麻取締法の制定を強行したアメリカを始めオランダ、ドイツ、スイス、カナダ、オーストラリアなどでは大麻を地球環境保護の立場から見直す動きがでているが、大麻には次のような有益性があると指摘されている。なお、アメリカでは建国当時は大麻の栽培を奨励したのであるが、1930年代になって石油系の化学繊維が開発され、大麻とその市場が競合することが大麻の禁止をした社会的背景であると思われる。
(1)大麻から繊維がとれかつ土壌を改良する働きがある
大麻は栽培密度と収穫時期を調節することにより、絹に近い繊細な衣類や船や工場で使うロープまで、さまざまな品質の製品が作られる。しかも大麻の栽培には化学肥料が不要で、熱帯から寒冷地、沼沢から乾燥地帯まで多様な気候・土地条件のもとで育ち、かつ大麻の根の働きによって土壌自体を改良する働きがある。
(2)大麻から紙や建築用材、さらには土壌分解可能なプラスチック等ができる。
森林は人類に酸素を供給してくれるなど貴重な資源であるが、日本を始め先進国が紙や建築資材にするために森林の大規模な伐採を行なっており、地球環境の破壊が日々進行している。大麻は一年草であり数カ月という短期間で成長し、その茎は紙の材料になったり建築用の合板に加工でき、さらには土壌に分解可能なプラスチックも出来るため、大切な森林を守ることが出来、またゴミ問題の解決に役立つものである。「独立宣言」を起草したアメリカ第3代大統領のトーマス・ジェファーソンは、自分の農場で大麻を栽培し、製紙工場も持っていた。また、「独立宣言」の起草文は、大麻から作られた紙に書かれて、アメリカの国旗や紙幣までも大麻から作られたとのことである。なお、中国にある仏教の教典も大麻の紙から出来ているとのことである。また、1940年代にはフォード社が大麻の繊維分を使って鉄よりも軽くてかつ丈夫な車体の製作に成功している程である。
(3)大麻から燃料ができる
大麻の茎や葉を発酵させることにより、燃料(エタノール)が出来る。また、大麻の種にもオイル分が含まれている。地球の温暖化は化石燃料(石油、石炭、天然ガス)が放出する二酸化炭素が大気中に蓄積していくために生じる。しかし、大麻を燃料用に栽培すれば、成育途中で光合成により二酸化炭素を酸素に変えるので、地球の温暖化を防ぐことが出来る。
(4)麻の種の有効利用
麻の有効利用のなかで極めて注目すべきものが、種の有効利用である。この種の有効利用については、日本ではほとんど注目されていないが、医療用・食用・燃料用など多目的に利用することができるので、今後その有効利用について調査・研究・開発をする価値が大いにあると思われる。そして、大麻はどこにでも生えるので、地球規模で生じると予想される食料不足を解決する可能性がある。
1)麻の種の成分の分析
(オランダ アムステルダムにあるGREEN LANDSという麻製品を取り扱っている店が発行している資料に基づいてまとめた。この資料は、ハンガリーのブタペスト大学の調査を参考にしています。)
蛋白質 約23%
油分 34%(この油分には、人間にとって必要な必須脂肪酸であるリノール酸とα-リノレイ酸が3対1という理想的な割合で含まれている。)
繊維質 20%
栄養素としては
ビタミンB1.2.3.6,E,C
カルシウム
2)用途
1.種は、中国では5穀の一つに数えられているように、有効な食料である。
2.種に含まれる油分は燃料になる。
3.種に含まれる油分は、皮膚の健康によく、アトピー性皮膚炎や火傷、花粉症などにも有効といわれている。
また、種自体、便秘などの胃腸薬として市販されているし、七味とうがらしの中にも入っているのである。
(5)大麻から医薬品ができる。
古代から人類は、大麻を安全な医療品として使用してきた。喘息、緑内障、てんかん、食欲減退、憂鬱などに効果があるほか、ストレスの解消にもなる。日本でも印度大麻煙草が、喘息の薬として、明治以降第二次大戦後まで市販されてきたが、格別の副作用や弊害は何ら報告されていない。
小林司氏は別添「心にはたらく薬たち」一九二頁~一九三頁の中で大麻の治療効果について次の様に述べている。
「一八九五年(明治二八年)一二月一七日の毎日新聞にはこんな広告がのっている。「ぜんそくたばこ印度大麻煙草」として「本剤はぜんそくを発したる時軽症は一本、重症は二本を常の煙草の如く吸うときは即時に全治し毫も身体に害なく抑も喘息を医するの療法に就て此煙剤の特効且つ適切は既に欧亜医学士諸大家の確論なり。」
日本薬局方にも印度大麻として載っていたくらいだから薬効があると考えられていたに違いないが、大麻は本当に薬効をもっているのだろうか。
一九七四年には、フレデリック・ブラントンが大麻を使って眼内圧を下げ、緑内障の治療をした。二年後には、ミシシッピー大学でも、緑内障に有効なことが確認され、フロリダ、ニューメキシコ、ハワイ、インディアナとイリノイの各州では、マリウァナを医学に使うことが合法化された。また、その後ガンに対する化学療法に伴う副作用としての嘔吐を抑えるために、大麻が一番有効なことが確認されている。
米国保健・教育・福祉省の「マリウァナと健康」第五リポート(一九七六年)によると、マリウァナは、眼内圧降下、気管支拡張、抗けいれん、腫瘍抑制(抗ガン作用など)、鎮静睡眠、鎮痛、麻酔前処置、抗うつ、抗吐、などの作用をもっており、アルコールや薬物依存の治療などに有効だ、という。アルコール依存に効くのは、マリウァナがストレスを減らし、怒りにくくするかららしい。
もっとも古い精神薬の一つであるマリウァナが世界中に広まり、禁止される一方では、二億人もの人たちが毎日喫煙しているという歴史と現状とを私たちは見てきた。その薬理学的特性は一九七〇年代末になってやっと明確になった。その毒性は使用量と関係があるようだ。量が過ぎれば、酒でも睡眠薬でもスパイスでも毒になる。マリウァナの有毒性でなしに有益な点を明らかにして、プラスの面を活用するのが賢明な道というべきであろう。」
前述したハーバード大学医学部精神医学科のレスター・グリンスプーン氏もその著「マリファナ」「別冊サイエンス心理学特集不安の分析」の中で次の様に述べている。
「カンナビス・サテバは繊維原料として、土人が宗教的儀式に使う薬として、そしてインドでは特に薬剤として用いられ始めてから長い歴史を持つ。一九世紀に西洋では、さまざまな種類の病気や不快感、たとえばセキ、疲れ、リューマチ、ぜんそく、振戦譫妄(しんせんせんもう=ふるえや妄想)、偏頭痛、生理痛などに広くこの薬物が処方された。」
厚生省薬務局麻薬課発行の「大麻」57・58頁でも次の様に述べている。
「大麻が医薬品として使用された歴史は古く、中国では紀元前二〇〇〇年代に鎮静剤として使われていたようである。また、紀元前二〇〇年頃にも中国の魏で大麻を配合した全身麻酔剤が使用されていたとの記録がある。
インドにおいても一〇〇〇年も前から、大麻が医薬品として使われていた。即ち”アユルベダ”と呼ばれるインド古来の医薬品体系や”Unami”と呼ばれるアラビア(回教徒社会)から伝来した医薬品体系において、不眠症、神経過敏症、消化不良、下痢、赤痢、神経痛、神経炎、リューマチ、フケ、痔、らい病、便秘等に使われていた。また催淫剤としても用いられていた。アルゼンチンでは破傷風、うつ病、疝痛、淋病、肺結核、喘息等の万能薬として、ブラジルでは、鎮静、催眠剤、喘息薬として、またアフリカでは土着民の間で炎症、赤痢、マラリヤ等に用いられていた。欧米に目を転じてみると、イギリスにおいては、一八〇〇年代にインドで生活したことのあるO’shaugnessyが、心身の苦悩の治療や疼痛、筋肉痙れん、破傷風、狂犬病、リューマチ、てんかんに使用しているし、アメリカでも一八〇〇年代に破傷風から肺結核までの万能薬として使われていた。」
「わが国においても、大麻の医薬品としての応用について記した幾つかの文献がある。
一五九〇年に中国の李時珍により編さんされた「本草網目」(一八九二種の医薬品が収載されている)がわが国にも伝えられている。同書には、”麻仁酒”と云う医薬品が紹介されている。その効能、用法は「骨髄、風毒痛にして、動くこと能ざるものを治す、大麻子の仁を取り、沙香袋に盛り酒を浸してこれを飲む」と説明されている。」
「近代に入ると「万病治療皇漢薬草図鑑」に大麻を煙草に混ぜて吸うとぜんそくに効果があり、また便秘、月経不順によいと記されている。」
(6)大麻繊維には免疫力を上げ、電磁波の悪影響を防ぐ効果があるとの見解がある
萩原弘通氏著の「免疫力を上げる生活」(株式会社サンロード社刊)293頁~297頁では「絹・麻と和紙で身を守る」と題し、次のとおりの指摘がなされている。
「私は、悪い電磁波を防ぐ物質は、かねて金属よりも絹、麻といった古来の繊維にあるのではないか、そして和紙も同様ではないかと想定していました。その理由は、絹の場合、桑(桑の有効性はもっと研究され、認識されるべきです)を食べたカイコが、マユを作って中でサナギ時代は全く自分で行動することができません。動けないさなぎの安全をはかるため、口から出すマユ糸にはかれらの免疫力が与えられていると思われます。そのあたりに悪い電磁波に対抗できる何かがあるのではないかという想定です。
麻はもっと理由がはっきりしています。ただの繊維ではなく、邪気を払い除ける祓(はら)いの用具として発達し、古代の昔から神事をつかさどる忌部(いむべ)-後に斎部-が栽培、加工してきました。ご幣(へい)は和紙で作りますが、それ以前は麻の繊維を束ねていたことでしょう。また神聖な場所は必ず麻縄で囲って外部と遮断しました。ビニールではいけないのです。忌部は阿波国で式内社・大麻比古神社を中心に吉野川流域に発展し、紀州から伊勢、遠江、駿河と東進します。おそらく一~二世紀前後でしょう。伊豆で三島大社の祭神と婚姻関係を結び、伊豆七島から安房へ上陸して安房神社をつくりました。神道における祓いとは、心身にまとわりつく邪気(けがれ)を取り除く儀礼ですが、今日の人の目に見えない邪気の中にはいろいろあって、良くない霊魂(霊的エネルギー)、邪念(念波の中の邪悪なものでこれも微弱エネルギー)からも防御しようとしました。忌部たちはやがて麻作りから発展したであろう和紙の製造を担当することになります。麻を紙におきかえるようになったことは、
和紙にも麻同様の力(ここでは祓いの用具としての実行性)がある事を認識したからだと思われます。江本勝氏によって「恨み」というメンタル波動は、肉体的には腸と皮膚波動と100%共鳴同調するとともに、神経細胞がいかれるだけでなく「超短波」波動を呼び込む事がわかりました。その逆もありえるわけで「超短波」波動の障害を受けていると「恨み」を受け止めてしまうわけです。そうした「超短波」「電磁波」波動を麻、和紙には防御する力がありそうだ、と私は推測してきたのです。この想定が正しければ、コピー機の周囲を麻でくくってしまうことが、〆縄で神聖な場所を囲う事と同じ論理が成立するかもしれません。」
「和紙などは、むしろ私たちの免疫力を上げる機能さえ持っています。和紙の原料は楮(こうぞ)、ミツマタ、雁皮などで、これにマニラ麻、桑皮、麻ぼろ、木材パルプなどを加えて、古来の手すき法で作っていますが、このなかで(未分析ですが)楮(こうぞ)の波動が良いのではないかと推定しています。前に、エジプト原産のモロヘイヤの波動について述べましたが、すばらしい波動をもっていました。モロヘイヤは麻の一種です。あの繊維で紙を作る構想もあると聞いています。完成したら、その波動を調べてみたいものです。こうした事から、技術者は一笑に付すことなく、日本古来の天然繊維を使って、いい電磁波防御服を作ってもらいたいものです。そして、日本の家屋が障子やふすま、つまり和紙で仕切られていることが、寒さを防ぎ風をさえぎっているばかりではない事を再確認したいものです。」
(7)バイオマスエネルギーにおける大麻の有効性
人類が排出する温室効果ガスによる地球温暖化問題は、最も深刻な環境問題をいわれている。そして、温室効果ガスの中でCO2は最も大きな影響力を有しその排出量の7割以上は化石燃料の燃焼に起因すると考えられている。したがって、地球温暖化を抑止するためには、エネルギーシステムからのCO2排出量の大幅な削減が必要である。そして、バイオマスは生育過程においてCO2を吸収するので、燃焼に伴うCO2排出量はゼロとみなすことができるのである。
バイオマスは、植物が光合成によって、太陽光と二酸化炭素から作り出したものであるが、植物が一年間に地球上で成長した量、すなわち一次生産量は、石油換算で約800億トンに相当し、全世界で消費しているエネルギーの約8倍に相当するといわれている。
大麻は、その生育期間が約100日であり、他方木材の場合にはその生育期間が50年から100年(短期サイクルのハイブリッド・ポプラでもその生育期間は5年である)であるので、大麻をバイオマスエネルギーとして使えば、木材よりはるかに有利にバイオマスとして利用できる。また、バイオマスのために植林をすれば、食料生産のための農地が減少することが考えられるが、大麻の場合には、その種が有効な食料源になるので、そのようなことはない。逆に、麻の生産は、バイオマスエネルギーと食料が同時に生産されるという有利さがある。
また、大麻の種に含まれている有用な成分の利用や茎に含まれているセルロースの有効利用は、人類の健康とゴミ問題の解決のためにも極めて大切である。
(8)麻産業の重要性
日本における環境問題・食料問題・エネルギー問題・雇用問題に対する今後の課題としては、環境循環型で自給自足を目指した経済・エネルギー政策の確立が必要である。
そのためには、現在の環境破壊型の産業構造を転換する必要がある。具体的には、農業・漁業・林業など自然生態系に即した産業の現代的回復が必要である。その中で紙・建材・生分解性のプラスチック・食料・エネルギー・医薬品などを生産できる麻産業の果たす役割は、極めて大きい。日本では例えば、製紙会社は木材パルプから紙を生産しているが、その既存の技術と設備を生かして麻パルプから紙を生産することが可能である。また、生分解性のプラスチックをつくる技術と設備を既に日本の企業は有していると思われる。このように日本企業の有する技術と設備を生かしながら、麻産業を日本に現代的に復活することが可能である。
また、大麻から生産をすることができる製品は、紙・建材・燃料・衣類・食料・医薬品など2万5000から5万にものぼるといわれている。麻産業の活性化は、農業の育成と雇用確保にもつながるものである。
第2.大麻取締法の違憲性2
大麻取締法の保護法益が、過去の判例のように「国民の保健衛生」であるとしても、大麻には、刑事罰をもって規制しなければならない有害性がなく、大麻取締法は、憲法(第13条・第14条・第19条・第21条・第25条・第31条・第36条)に各違反する。
大麻には致死量がなく、アルコールやニコチンタバコに比べて心身に対する作用は極めておだやかであり、個人の健康上も格別に害のあるものではない。
犯罪とは人の生命・身体・財産という具体的な保護法益の侵害であるが、大麻取締法違反事件においてこの様な法益侵害はまったくみられないのである。
原判決は、このような違憲の法律を適用して、有罪判決をしているのであるから、刑事訴訟法第380条の法令適用の誤りがあるので、破棄すべきである。
前述したように、厚生省の麻薬課長は次のように証言しており、大麻取締法制定当時に大麻による「国民の保健衛生」上の被害はまったく無かったのである。
「
弁護人
昭和20年から23年当時ですけれども日本国内で大麻の使用が国民の保健衛生上問題になるというような社会状況はあったんでしょうか。
証人
20年代の始め頃の時代におきまして大麻の乱用があったということは私はないんではないかというふうに思います。
弁護人
そうしますと、この大麻取締法を制定する際に、大麻の使用によって具体的にどのような保健衛生上の害が生じるのか、ということをわが国政府が独自に調査したとかそういうような資料はないままに立法されたと考えて宜しいわけですか。
証人
これは推定するほかないんでございますが、そういう資料はなかったんではないかと。
」
また、昭和38年に大麻取締法が従来あった罰金刑が廃止され、懲役刑も強化されたが、前述したように、厚生省の麻薬課長は次のように証言しており、当時大麻使用による具体的な弊害というようなものは社会的に存在しなかったものである。
「
弁護人
昭和38年に罰金刑を廃止するとかつ懲役刑についても3年以下のものを5年とか7年にするというふうにかなり厳しくされたわけですが、これはどういうような理由からなんでしょうか。
証人
この当時の法律改正の背景と致しましては、昭和30年代末期にわが国では御存知のとおり、ヘロインを中心と致します薬物乱用がずい分はやりまして非常に深刻な社会問題として受けとめられていた状況がございました。
それで当時の状況を記録によって見てみますと、実にさまざまな対策がこのヘロインといいましょうか麻薬撲滅という観点から行われているわけですけれども、その一環として麻薬取締法の改正も行われました。
罰則の強化だとか中毒患者につきましての措置入院の制度も作られるというような方策も講じられております。
で、当時合わせて大麻取締法も改正されておりますが、私思いますのには、当時のそういった麻薬を中心とする薬物乱用状況という物を背景にいたしまして、わが国から薬物乱用の問題を一掃しようという一種の国民的な世論の盛り上がり、そういう背景のもとに関連法規である大麻取締法についても罰則の強化がはかられた。
当時は、大麻の乱用事例というのは私はそう多くはなかったと思いますが、罰則を強化することによって薬物乱用を一掃しようということで、この法律改正がはかられたというふうに考えます。
弁護人
そうすると、昭和38年当時に大麻使用による具体的な弊害というようなものはあったんでしょうか。
証人
具体的な弊害がどの程度あるかということについては私は承知しておりません。
」
さらに、前述の厚生省の麻薬課長は次のように証言しており大麻は過去有用な医薬品として認められていたものである。
「
弁護人
この大麻ですけれども、医薬品として認められていたということはなかったでしょうか。
証人
かつては、医薬品をして認められていた時期があったようでございます。
弁護人
それは、いつからいつまでですか。
証人
私ちょっとその当時は明示出来ませんですが、1950年代か60年代の初めくらいまではそういうものが認められていたということは言えるかと思いますが、そのスタートがいつになってるか、私はっきり記憶ございません。
弁護人
その医薬品として認められていたものは、インド大麻チンキと言われてるものじゃありませんか。
証人
はい、インド大麻が原料で作られていたと思います。実際のものはですね。
弁護人
そうすると、国産の麻は特に規制はなかったわけですから、特別に医薬品としてもし使うとしても民間の漢方薬程度で使っていたとこういう程度でしょうか。
証人
それは戦前においてという意味でございましょうか。
まあ、そう推定するほかはないと思うんです。現実にそういうものが国産のものが使われていたかどうかということは、私ちょっと承知致しておりません。
弁護人
証拠等関係カード、弁護人請求証拠番号16「心にはたらく薬たち(小林司)」と題する書籍の2ページを示す。
まず、証人はこの本を御覧になったことありますか。
証人
ございません。
弁護人
ここに「1895(明治28)年12月17日の毎日新聞にはこんな広告がのっている。ぜんそくたばこインド大麻煙草」として「本剤はぜんそくを発したる時、軽症は1本、重症は2本を常の巻煙草の如く吸うときは、即時に全治し毫も身体に害なく抑も喘息を医するの療法に就て此の煙剤の特効且つ適切はすでに欧亜医学士諸大家の確論なり」」とありますが、今言ったような形で宣伝されて使われていたということは御存知ないですか。
証人
私ちょっと承知しておりませんです。
弁護人
で薬局方では、昭和27年頃まで、インド大麻は医薬品として認められていたわけですね。
証人
……。
弁護人
それで宜しいですか。
証人
1950年代から60年代の初めくらいまではなかったかと思うんですが。
弁護人
1951年の第5改正日本薬局方までは収載されていたというようなことはどうですか。
証人
…。
弁護人
それで第6改正日本薬局方において削除されたと。
証人
ちょっとお答えになるかどうかあれですが、薬局方は最近では大体5年に一遍くらいずつ変えられてるようですが、歴史的に見ますと大体これは規定があるわけじゃないですが、当時は多分10年に一遍くらいずつ変えられていたと思います。
弁護人
この第6改正日本薬局方で、インド大麻が削除された理由なんですけれども、それご存じですか。
証人
私、直接承知致しておりません。
弁護人
私、今引用しました小林司さんの記事ですと、効果はあるし身体に害もないんだというような記載になっているもんですから、こういうものを削除するには、それなりの理由があったんではないかと思いますがその辺はわかりませんでしょうか。
証人
私、ちょっとそれはわかりかねます。
ただ一般論で申しますと、日本薬局方これは私も直接日本薬局方の仕事を今まで担当したこともございませんので、一般的な知識で申し上げますと日本薬局方に収載される品目というのはそもそも医療の世界でかなり使用頻度が高い非常に汎用されるものだということが一つの条件でかつその有用性が高いともうしましょうかそういうものが重要な医薬品として日本薬局方に収載されるというのが一般的な考え方だと思います。ですから、新たに入って来るものも勿論ございますし、削除されるというようなものにつきましては大体有用性が低いということその有用性と申しますのは効果とか副作用をあわせまして評価した場合に有用性が低くなって来たと或いは使用頻度が非常に低くなってきたというような場合にはずされるというようなことは一般論としては申し上げられることと思います。
弁護人
この薬局方で認められていたインド大麻草エキスとかチンキとか言われるものですけれども、喘息の薬とか鎮痛・鎮静剤で使われていたようですが、その使用による具体的な弊害というものが何かあったわけでしょうか。
証人
そういう用途での弊害がどの程度あったかということについて、私今までデーターを見たことはまったくございません。
弁護人
そうしますと、インド大麻草が医薬品として使われる際に副作用とかその乱用が問題となってこれは取り締まらなくちゃいけないというような証拠というものはないと考えて宜しいわけでしょうか。
証人
当時医薬品として使われていたものが、正規の用途以外に横流れしまして乱用されたということはないんじゃないかと思います。もしそういうことがあったとすれば何らかの形でやはり一つの薬物乱用の歴史として残るんじゃないかと思うんでございますがそういうものを私今まで読んだことはございませんです。
弁護人
このインド大麻チンキを治療で使ってる際にその為にその患者さんに悪い影響がでるといいますか禁断症状が出るとかそれを使った為に判断力を失って人に危害を加えるかもとかそういうような事例というものはあったんでしょうか。
証人
私承知致しておりません。
」
第3.大麻取締法の違憲性3(大麻取締法第4条4号・第25条の違憲性について)
大麻取締法第4条4項は、大麻に関する広告を禁じているが、右規定は大麻に関して公に意見を発表することを刑事罰(同法第25条で1年以下の懲役または20万円以下の罰金に処される。)でもって一律に禁止するものであり、憲法第13条・第19条・第21条に明白に違反するものである。
このような明白な違憲規定を有する大麻取締法は、法律それ自体の保護法益が不明確なこととあいまって、大麻取締法全体が違憲と評価されるべきである。
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〔桂川さん裁判〕
レポート/丹波童心
地元関西を中心に全国から集まった支援者で、約40名の傍聴席は満席となり、中に入れない人が出る状態でした。
10分ほど遅れて開廷したのですが、その待ち時間に丸井弁護士が検察官に対し、話しかけました。「証拠・証人の採用に不同意のみでは、大麻が有害・無害の実質的論議ができない」という趣旨の発言で、検察官の誠意の不足をたしなめる場面がありました。
最初は丸井弁護士からです。
そもそも大麻取締法の成立過程に疑問があり、米国の間違った思い込みで、戦後占領米軍の意向によって成立したこと。大麻栽培は産業として必要であり、有益であること。大麻取締法の成立以前の日本では産業として定着しており、大麻取締法(栽培の免許制)により職業選択の自由が奪われ、違憲である。
大麻取締法で大麻に関する公告を禁止するのは、憲法で認められている思想表現の自由を侵している。
国民の保健衛生の為とされているが、大麻取締法がそれらの保護法益と結びつかないこと、保健衛生の問題で言えば大麻はタバコなどより問題が小さいこと、それらの嗜好を制限するのは幸福追求権を侵害し違憲である。
丸井弁護士自身が昭和61年に長野地裁伊那支部で行った当時の厚生省麻薬課長への証人尋間の公判資料などを論拠として、大麻取締法違憲論が述べられました。
次は金井塚弁護士からです。
検察側から大麻有害の根拠として提出されていた、以下4点の資料に対し具体的に多くの点に関して反論がありました。
資料1は厚生労働省外郭団体、財団法人「麻薬・覚醒剤乱用防止センター」の薬物乱用防止「ダメ。ゼッタイ。」ホームページの抜粋。
資料2は「薬物事件執務提要(改訂版)」最高裁判所事務総局刑事局監修、法曹会発行の352P~403P抜粋である。
資料3は「薬物事犯に関する裁判例」警察庁生活安全局薬物対策課編で、昭和31年から平成9年までの大麻と覚醒剤事犯の判例集。
資料4は「欧米諸国における薬物解禁論の非論理性と危険性」警察学論集第50巻5号で香川県警察本部長の手になる。
これら4点の資料は、ある資料で肯定されたことが、別の資料では否定されたりと、資料間相互の整合性を欠いており、それでは、大麻の作用について正しく把握していることにはなりません。資料の矛盾点は指摘しきれないほどです。
「ダメ。ゼッタイ。」ホームページの大麻に関する記述が、真実と大きくかけ離れた内容であることは皆様もご存知の通りです。
弁護側弁論で終了し、被告人発言の機会はありませんでしたが、被告席の桂川さんは長期勾留にもかかわらず、健康そうに見えました。
次期判決公判を3月11日にすると決めて、閉廷となりましたが、退廷する桂川さんに恒例の拍手は高く鳴り、裁判官からも検察官からも拍手に対してお咎めはありませんでした。もちろん私も力いっぱい手を叩きました。
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レポート/バング
丹波童心さんの投稿にあるように1003号法廷の傍聴席は満席で、開廷前の通路はイギリスで行われた大麻非犯罪化デモをほうふつとさせる雰囲気がしていました。
桂川さんは入廷の際、満員の傍聴席に軽く会釈し、手錠に腰ひも姿ではありましたが穏やかな表情での入廷です。若い裁判官が、耳を傾けるように聞いていた場面が印象に残ったので話したいと思います。
丸井弁護士の弁論で、大麻取締法の見直しを含む、一歩踏み込んだ見解が示された(61年)長野地裁伊那支部の平湯真人裁判長が述べた判決理由を代弁した時の事です。
「人への作用はそれまで考えられていたほど強くなく、他の薬物、ことにヘロイン、コカイン等の麻薬や覚せい剤に比較すればかなりの程度作用の弱い薬物であること、 また、慢性的使用の人格荒廃、凶悪犯罪等の弊害はアルコールの方が具体的に危険である事」
「アルコール、ニコチン煙草と比べて大麻の規制は著しく厳しい」
「刑事責任は行為の違法性と合理的な均衡を保たれるべきであり、右観点からは少量の大麻を私的な休息の場で使用し、かつその影響が現実に社会生活上害を生じなかったような場合にまで懲役刑をもって臨むことに果たしてどれほどの合理性があるかは疑問はなしとせず、少なくとも立法論としては再検討の余地があると解される」
との弁論に、若い裁判官が頷いている様に感じました。
最後に丸井弁護士は裁判長に対し、刑の均衡を保つ為などという理由で逃げていると強い口調で語られていました。
次回公判は3月11日PM4時、大阪高等裁判所1003号法廷で「判決」となります。
一人でも多くの傍聴支援者で集い、日本の大麻裁判に対する国民の関心の高さを裁判所に見せつけてやりましょう。
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昨日締めでお願いしていた2回目の署名集約、181名の方から寄せて頂きました。前回の127名の分と合わせて、累計308名の方から自筆による署名をお預かりしたことになります。重みを感じています。ありがとうございました。頂いた署名は今日午前中、弁護士事務所宛に送付しました。
署名活動の継続については、次回公判などの様子を確認したうえで改めてお伝えします。
桂川さんの次回公判は14日(金)午後3時30分から大阪高等裁判所です。傍聴レポートをお伝えする予定です。ご都合のつく方はぜひ傍聴にお出かけ下さい。
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1月3日 松本駅前で署名活動を行いました。
< 大麻取締法の見直しと桂川さんの減刑を求める有志の会 >
あけましておめでとうございます。
正月早々、遠方からの参加を含む8名の有志が集い、松本駅前で署名活動を行いました。快晴にも恵まれました。
突然の「大麻取締法違憲論」と「桂川さんの減刑」の署名呼びかけに応じて下さった20名のみなさん、そして、今回は署名は見合わせつつも呼びかけに耳を貸して下さったみなさん、ご近所のみなさん、ありがとうございました。
2年前、「大麻取締法違憲論」のパンフレット配布を同じ松本駅前で行ったことがあります。今回参加したメンバーや、桂川さんも一緒でした。
一人を除きみんな街頭での署名活動は初めてのことで、最初はとまどいもありましたが、要領が分かってくると自然に役割分担ができ、署名活動のスタイルが作れたように思えました。首から下げる署名用の板も、それぞれが自作持参したり、仲間どうし初めての対面も複数通りあり、得るものの大きかった始動となりました。
思ったほど人通りがなく、駅前ではなく若い世代が多く行き交う通りでやれば良かったとの反省点が出ました。次回に活かしたいと思います。
「ホームページ読んでますよ」とか「知ってます、頑張って下さい!」と激励してくれる署名者もいて、とてもいい新年のスタートを切ることができました。
今回の署名集約日は今月10日です。ひとりひとりの力をどれだけ結集していけるか。ひとりひとりの小さな力こそが大切なのだと感じています。ぜひ、引き続き、ご協力をお願いいたします。
大麻取締法で逮捕されない社会に向けて、今年も一歩、平和的に、踏み出しましょう。
今年もよろしくお願いいたします。
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1月3日午後1時-3時 松本駅前で署名活動を行います。
< 大麻取締法の見直しと桂川さんの減刑を求める有志の会 >
正月三日、松本駅前で桂川さんの減刑嘆願署名活動を行います。
近くに来る予定などある方、ぜひ署名にご協力をお願いします。
午後1時から3時まで、有志5名前後がお願いに立っている予定です。
この署名活動に関しては、FAQや署名用紙を添付の上、松本警察暑で「道路使用許可」の手続を行い、注意事項など確認しました。周辺の住民から苦情のないように、との注意でした。お巡りさんも署名してよと念のため頼んでみましたが、苦笑いでやんわり断られました。
トラブルのないように、ご近所の迷惑にならないように取り組みたいと思います。
署名へのご協力、よろしくお願いします。
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傍聴した人からの伝聞です。
桂川さん本人が大麻についての考えを証言したとのこと。公判は結審せず、次回、年明けに第4回公判が開かれるそうです。詳細については確認次第、お伝えします。
引き続き、署名活動を続けますので、ご協力をよろしくお願いします。
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11月24日(水) 午後3時30分より午後4時. 大阪高等裁判所
公判後、(16:00~18:00)報告会が行われます。
場所 大阪労働者弁護団事務所
〒530-0047大阪市北区西天満4-5-8
八方商事第2ビル(旧ジャイロビル)5階
電話 06-6364-8620 FAX 06-6364-8621
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第1次集約(11月15日締め切り分) 127名の方から署名を頂きました。
署名用紙公開から10日間しかありませんでしたが、多くの方のご協力を頂きました。
ありがとうございました。
引き続き署名活動を行いますので、1人でも多くの方のご協力をお願いいたします。
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大麻取締法の見直しと桂川さんの減刑を求める署名にご協力を!
11月15日集約分、127名の方から署名を頂き、弁護士事務所に送付しました。
PDFファイルを公開してから10日間しかないなか、印刷・署名・郵送という手間にも関わらず、多数の方にご協力を頂き、誠にありがとうございました。励ましの手紙が添えられていたり、カンパを送って下さった方もいらっしゃいました。こころから御礼申し上げます。
今回の集約に間に合わなかった分については、次回提出分として扱わせて頂きます。
この署名活動は引き続き継続しますので、今後ともご協力のほど、何卒よろしくお願いいたします。
★取り組みの目的
現在のあまりにも厳しい大麻規制は憲法に違反するものです。
桂川さんの控訴審では、この20年「公知の事実」とされてきた大麻規制の根拠が俎上にあります。
1994年、ドイツ連邦憲法裁判所は個人使用目的の大麻について、少量栽培・所持は訴追を免除すべきとの判断を示しています。
桂川さんは最高裁まで戦うことを明言しています。
「大麻取締法違反に関しては桂川さんは無罪」を主張する減刑嘆願を通して、大麻取締法は憲法違反であるという私たちの声を司法に届け、現状改善への一歩としましょう。
* 「大麻取締法については無罪」を主張する桂川さんの減刑嘆願署名に取り組んでいます。 * 主旨にご賛同頂ける方のご協力をお願いします。 * 呼びかけ人も継続的に募集します。 * 最高裁(来年?月)まで継続的に署名活動を行います。
*お寄せ頂く署名は、事務局で集約したあと、全て弁護士経由で裁判所に提出するもので、それ以外には使用しないことをお約束します。
◇ 呼びかけ人
白坂和彦 <事務局/thc@asayake.jp>
竹内文康
広井力也
前田耕一 <医療大麻裁判被告人>
<桂川さん減刑嘆願署名呼びかけFAQ>
Q.桂川さんって?
A.長野在住の大麻解放論者として知られた方です。
52歳。この10年以上、大麻解放のために活動してきました。昨年7月14日、故中島らも氏への大麻譲渡容疑で逮捕されましたが、大麻取締法は違憲であると主張して、最高裁まで戦う決意を表明しています。これまで雑誌に寄稿したり、講演するなどしてきました。
Q.大麻取扱者免許を持っていたと聞いたけど?
A.1998(平成10)年、大麻取扱者免許を取得し、桂川さんは合法的に栽培が許可されることになりました。桂川さんは大麻には刑罰を科するほどの有害性はないとして嗜好用としての非犯罪化も主張していましたが、2001年の免許申請にあたり、持病の神経痛治療を目的とすると明記したところ、却下されてしまいました。
桂川さんは行政手続に則って不服申立を田中長野県知事宛に行いましたが、県側はこれに正式な回答をしませんでした。回答の催促までしましたが、それでも回答はなく、桂川さんは黙認されたものと解釈してしまったのです。栽培場所脇の公道はパトカーもしばしば通る道です。周辺で見ていた者たちも、桂川さんは黙認されたのだと思っていました。
Q.なんで逮捕されたの?
A.故中島らも氏に譲渡の容疑で逮捕されました(昨年7月14日)。らも氏が病気治療に必要ということでしたが、桂川さんとしては、大麻解放論者であるらも氏といろいろ話がしたいという気持ちもあったようです。
大阪地裁の判決では、らも氏への譲渡が医療目的であったという点が認められ、情状酌量で減刑されました。桂川さんはらも氏に譲渡する以前から、病気や難病で苦しむ人たちに無償で大麻を譲渡していました。
Q.営利目的だったのでは?
A.私腹を肥やす「金儲け」ではありませんでした。裁判では営利性があったと判断されましたが、実際は、譲渡された者が感謝の意味からカンパした程度にすぎません。捜査当局は大麻の売上金が発見できず訝っていたほどです。
Q.他の薬物でも起訴されてるのは?
A.訪問者が「土産」に持参したものです。桂川さんを慕って多くの人たちが訪ねてきましたが、中には他のドラッグを「土産」として持参する者もいました。それを無造作に部屋に置いておいたところ、当局に発見されたというのが真相です。桂川さんは大麻以外の薬物に、毅然とした距離をおかなかったことを深く反省しています。
Q.裁判はどうなってんの?
A.第一審は懲役5年の実刑判決でした。検察側の7年という重い求刑に対して、4月17日、実刑5年の判決が言い渡されました。大麻取締法が違憲だという桂川さんの主張に対して、裁判所は20年も前の判例を持ち出し、「大麻が有害なのは公知の事実である」と断定しました。弁護側が「有害の証拠はあるのか」と裁判官に詰めよると、裁判官は「証拠がなくてもかまわない」と言い切りました。桂川さんは即時控訴しました。控訴審では、大麻規制の根拠が法廷で問われることになり、検察側が提出した証拠が議論されているところです。
Q.大麻は海外ではどうなってんの?
A.少量の自己使用目的は自己責任の流れに欧州などは政策をシフトさせつつあります。大麻には、アルコールやタバコにはある依存性(禁断症状)と、耐性上昇がほとんどなく、肉体的精神的害もほとんどありません。毒性も低いことが、最近の国連(WHO)や米国立医薬研究所の調査でも明らかになっています。ほかの薬物に進むことがないことはアメリカ政府も認めていますし、これまで言われてきた免疫機能低下や生殖能力低下にも科学的根拠がないことが明らかになっています。アルコールのような喧嘩、交通事故、暴力、家庭破壊などの二次犯罪もありません。
アメリカ、イギリス、カナダ、ドイツ、オーストラリア、オランダ、ベルギーなど多くの国々で医療大麻の研究と臨床試験がおこなわれ、末期ガン、多発性硬化症、偏頭痛、エイズの食欲障害などを治療する医薬品として合法化する国が年々増えています。
1994年3月9日ドイツ連邦憲法裁判所では、少量の大麻製品の非常習的な自己使用目的の行為は訴追を免除すべきであると結論。イギリスでも今年2月から個人使用の少量所持については逮捕しない施策が実施されています。
Q.裁判で減刑を求める理由は?
A.大麻取締法が憲法違反だからです。嗜好目的や医療目的で少量の大麻を栽培・所持することを厳罰で禁止するのは、幸福に生きる権利を保障した憲法に違反するのは明らかです。
今回の裁判は、桂川さんの個人的な問題ではなく、根拠のないことで規制・逮捕されない社会を求める多くの人たちに共通する問題なのです。
桂川さんが大麻を譲渡することによって、第三者にどのような害を与えたでしょう? 害どころか、人生を楽しむための嗜好品として、ストレス解消や難病の治療薬として、有効に利用されただけなのです。
減刑嘆願書
大阪高等裁判所第6刑事部 裁判官殿
私たちは、インターネットの情報やマスコミ報道等を通じて本件被告人・桂川直文さんの事件と裁判を見守ってきました。先に大阪地裁で下された桂川さんに対する実刑判決に対し、私たちは減刑を求めます。
大麻が他者の身体や財産といった保護法益を侵害する危険性を持たないことや、現代科学が大麻を医薬品として認めていることは、弁護人が提出した多種多様な証拠資料でも明らかな通りです。
大麻取締法には立法根拠がありません。そのような憲法違反の法で裁かれた桂川さんは、大麻取締法違反に関しては無罪です。
裁判官殿におかれましては、大麻取締法の矛盾を憂慮する多くの国民が、司法の権威を感得し得るような、科学的な事実に基づいたご判断をお願いしたく、以下一同、心よりお願い申し上げる次第です。
何卒、桂川さんの刑を減じて下さい。
よろしくお願い申し上げます。
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〔桂川さん裁判〕
検察の大麻有害論書証に対し、弁護側は下記の求釈明を裁判所に提出しました。
* * *
平成16年(う)第835号大麻取締法違反等被告事件
被告人 桂川 直文
求釈明
平成16年10月20日
弁護人 丸井 英弘
大阪高等裁判所第6刑事部 御中
記
1。検察官は、原審の論告要旨で、「被告人は、――害悪を拡散されていたというのであるから、その刑責は一層重大である。」として、懲役7年および罰金150万円を求刑しているが、その「害悪」の具体的内容を明らかにされたい。
2。検察官は、大麻の「害悪」を立証するために、前回の控訴審第2回公判で捜査報告書として資料1として厚生労働省外郭団体「麻薬・覚せい剤濫用防止センター」のホームページの抜粋を提出したが、その内容について以下のとおり、釈明を求める。
資料1は、単なる主張であるから、それを裏付ける具体的根拠を明らかにしていただきたい。控訴審第2回公判で証拠として採用された添付資料の情報公開の結果からすれば、資料1を裏付ける資料は存在しないのではないのか?
添付資料
大麻に刑事罰を科する程の有害性があるのかどうかに関して、労働厚生省に対してなした情報公開請求の結果
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検察が大麻有害論の書証を証拠提出しました。内容は「ダメ。ゼッタイ。」ホームページなど、根拠不明なものであったため、弁護側が強く反論。次回公判が設定され、弁護側による反証が行われます。
桂川さんは、多発性硬化症や末期癌の病人たちに大量の大麻を無償譲渡していた事実を証言。さらに次回公判でも桂川さん本人に対する質問が行われる予定。
・桂川さん控訴審第3回公判
2004年11月24日(水) 午後3時30分より
大阪高等裁判所
* アナナイ通信創刊準備号完成!-桂川救援全国勝手連からのお知らせ-
獄中の桂川直文氏との交信を目的とするミニコミ誌『アナナイ通信』を、定期的に発行する予定です。購読希望者は下記へお申し込み下さい。一審の判決や控訴趣意書の抜粋、桂川さん自身による意見書などが掲載されている創刊準備号をお送りします。(年間購読料1000円)
〒369-1216 埼玉県大里郡寄居町冨田3604-27 山田塊也
TEL・FAX 048-582-1899
郵便振替 00130-0-89779
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〔桂川さん裁判〕
―以下、傍聴した桂川救援全国勝手連のスタッフ他からの伝聞です(文責:白坂)―
大阪高裁で13日に開かれた控訴審第2回公判はほぼ満席の傍聴席の注視のなか、証拠調べから行われ、弁護側からは追加分の減刑嘆願署名が出され、今回新たに検察からは大麻有害論の書証が提出されました。
しかし、その有害論の内容は「(財)麻薬・覚せい剤乱用防止センター」の“「ダメ。ゼッタイ。」ホームページ”から大麻に関する記述を印刷したものと警察学論集の資料(大麻非犯罪化の非論理性や危険性についての論述とのこと)で、弁護側は有害論の根拠になっていないと反論し、“「ダメ。ゼッタイ。」ホームページ”の責任者を証人喚問するよう求めましたが、容れられませんでした。
懲役5年の実刑判決を受けている桂川さんにとって、このような根拠といえない有害論で服役するのは納得のできないことであり、検察の有害論に反証するための機会が必要であるとして、丸井弁護士の強い主張により、さらに次回の公判が設けられることになりました。
これまで「公知の事実」とされてきた大麻有害論の根拠が、法廷の場で厳しく問われることになったわけです。今や形勢は逆転しつつあり、被告側が攻めに転じている感があります。
前回に続き弁護人による被告人質問も行われ、桂川さんは自ら栽培していた大麻を、多発性硬化症や末期癌に苦しむ病人たちに無償で大量に譲渡していた事実も述べました。
また、公判に先立って行われた桂川救援全国勝手連主催の集いには、前回を越える人数が参集し、座る場所もないほどの盛況だったそうです。
これまで桂川さんの人柄を知る地元の者たち中心で取り組まれてきた減刑嘆願署名ですが、公判後の報告会では、傍聴した有志の方たちから、自分たちも減刑嘆願署名を行いたいという自発的な意見が出され、今後、地元の域を超えた視点で減刑嘆願署名に取り組むことも検討課題に上ってきました。
控訴審に入り、桂川さん裁判の状況は大きく変化しています。
控訴審公判第3回は、検察の出した大麻有害論について弁護側の反証が予定されています。桂川さん本人への質問も続けられるとのことです。状況は、桂川救援全国勝手連の大阪支部ができつつあるまでに盛り上がりを見せています。
桂川さん控訴審第3回公判
2004年11月24日(水曜) 午後3時30分より
大阪高等裁判所
前日の晩、桂川救援全国勝手連主催の集いがあります。詳細は分かり次第お知らせします。
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