(10)結論
以上検討したように、原判決の認定手法には非常に大きな問題がある。判決が掲げる情況証拠によって、木村祐美さんが缶詰の中身が大麻であったことを知っていたと合理的な疑問を入れない程度に証明されていると考えることは不可能である。
3 情況証拠の検討
原判決が掲げる以外の情況証拠を見てみよう。
木村さんは真面目一辺倒のうぶな女子大生であり、男性経験に乏しい。彼女は、黒人音楽に興味があり、英語が話したくてクラブに出入するようなタイプの女子大生だったのである。そして、「オフィサー」 の意味もわからず、クラブに出入する外人と接触した。
「ラブ・コネクション」のカモを探している不良外人にとって、これ以上にイージーなゲームはなかったであろう。
チャールズは木村さんを徹底的に騙していた。
アメリカ生まれのアメリカ人で、ニューヨークに病気の父親がいるとうのは嘘である。
軍籍――人事の仕事をする米軍のオフィサー――も嘘。独身で結婚したことがないも嘘。彼にはれっきとした日本人の妻がいる。であるにもかかわらず、木村さんは逮捕されて事実を弁護士から聞かされるまでチャールズは独身だと思っていた。彼女は心底チャールズを愛していたのである。
彼の「除隊」後の仕事――東京駅近くにオフィスがある「プレクストン」という会社でSEをしている――も真っ赤な嘘である。
このように嘘で固めたチャールズが、缶詰の中身についてだけ本当の話しをするなどということがありえるわけはない。
ベルギーの会社から携帯電話を買うという話も、オンボード・クーリエの話も、全て、木村さんを騙して「運び屋」に仕立てるための嘘だったのである。
木村さんは、一生懸命に就職活動をしていた。そうして、ようやく、彼女は希望の会社に就職が内定していたのである。
幼いころからの夢が実現しようとしていたのである。その彼女が、「薬物の運び屋」をやるために内定を断るなどということがありえるだろうか。絶対にない。
彼女は産学協同プロジェクトの懸賞論文に全精力を捧げたのである。その彼女がようやく手にした物流会社の総合職の地位をどうして、大麻密売人の手下という地位と交換するだろうか。絶対にありえない話である。
彼女は、ごく親しい友人やゼミの恩師に、せっかく内定した会社を断って「友人とビジネスをはじめた」「輸入業をしている」と報告している(甲56・「英文メール訳文作成報告書」29、335、381頁)。これこそ彼女の真意を物語るものであろう。彼女は自分の夢をさらにステップアップするために、就職を蹴ってチャールズの手伝いをすることを決断したのである。
ところで、携帯電話を輸入するビジネスは実在する。木村さんの原審における説明は次のようなものである――外国の携帯電話はプリペイド式になっていて、先払いして使う;中にチップが入っていてそれを差し込んで使う(記録74頁)。これはチャールズが彼女にした説明であるが、間違ってはいない。日本以外の国の携帯電話はキャリアー(電話会社)に登録したSIMカード を入れ替えることで全ての機種を使うことが出来る。だから、ユーザーはキャリアーに依存することなく機種を変えることができる。電話機の販売がビジネスとして成り立つのである 。実際に、木村さんは最初の海外旅行の際に上海でチャールズが携帯電話を20個も買うのを見た。彼が「携帯電話を海外で買い付けて輸入するビジネスをしている」という説明を彼女が信じたとしても無理はない。
彼女はオランダやベルギーに行くことを秘密にしていない。友人らに話したりメールで知らせたりしている(甲56・205、462頁)。もしも彼女が大麻の運び屋であるという自覚をしているのであれば、これはありえないことである。
木村さんは、チャールズに頼まれて、オランダやベルギーと日本との間を繰返し往復したが、それによって何らの利益も得ていない。もしも毎回時価2000万円以上の大麻が運ばれたのだとすれば、木村さんはチャールズから莫大な報酬を得ていたはずであり、そうでなければそのような仕事を繰り返すことはありえない。
BROOK STONE横浜の家賃をチャールズが支払っていたが、これは2人で住むための部屋であり、チャールズが家賃を支払うというのは自然なことである。チャールズはこの家のことを「私たちの家」("our house")と言っていた(甲56・「英文メール訳文作成報告書」499頁)。搬入したベッドも大きなダブルベッドであった(被告人質問・記録108頁)。
4 結論
このように、本件の情況証拠は、彼女が騙されていたこと、「ラブ・コネクション」の魔の手にさらわれた被害者だったことを示している。
原審は、曖昧で多義的な「間接事実」を恣意的に取り上げ、一面的な解釈を施して、本来被害者であるはずの木村祐美さんを大麻密輸組織の一員と認定し、重罰を科した。
原判決が一刻も早く破棄されて、彼女が本来いるべき場所に戻ることを弁護人は心の底から願う。
第Ⅱ 事実誤認及び法令適用の誤り
原判決は、木村祐美さんが逮捕当時に所持していた現金2万円と123ユーロ12セントを没収するとの判決を言渡した。その根拠として、原判決は「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法の特例等に関する法律」11条1項1号を掲げた。同号は「薬物犯罪収益」の没収を定める規定である。
しかし、木村祐美さんが逮捕当時所持していたこれらの現金が「薬物犯罪収益」であることを認めるに足りる証拠は存在しない。
原判決は証拠によらずにこの現金を薬物犯罪収益であると認定し同号を適用したが、これは事実誤認かつ法令適用の誤りである。
以上
以上、高野弁護士による控訴趣意書である。これを、東京高裁(裁判長裁判官・池田修、裁判官・吉井隆平、兒島光夫)は公判初日に即日棄却した。信じがたい暴挙である。いったい何のための裁判なのか。
祐美さんは現在上告中である。
優秀な妹を誇りに思い、学費を支援してきた姉のさゆりさんは、最低の糞男・チャールズに殺意すら感じている。
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(8)「感謝のメール」
原判決がいう「大きいバッグを運搬することを感謝する電子メール」というのは、チャールズが2006年3月21日付で木村さんに送信した電子メールであり、その全文は次のとおりである。
thanks for coming today. you made my work very easy for me. thanks a lot. i know it is not easy to go and come back and carry big bag. i am so sorry. i hope to see you genki when you come back. take care.
今日は来てくれてありがとう。おかげでうまく行った。本当にありがとう。行ったり来たりしたり、重いかばんを持ち歩くってのは大変だね。申し訳ない。また元気な君に逢いたい。気をつけて。
チャールズが木村さんにお礼を言っているのは確かだが、何に対するお礼なのかはわからない。「行ったり来たり」「重いかばんを持ち歩く」といのが誰のことなのか、どのような場面なのかも、この文面からは不明である。
このメールに対応する木村さんの送信メールがあるはずだが、不思議なことに甲56の報告書の「送信メール」はこの翌日の3月22日から始まっている。3月21日の分がない。
チャールズからはこのメールの前に「カメラはどこで買えるかな?」「今、終わった。カメラを欲しがっている友達には話していないんだ」「いま、池袋にいます」「待ってます」というメールが送信されている。
そうすると、この感謝メールは、彼がカメラを買うのに彼女が付き合い、その過程であちらこちら行き来したり、かばんを持って歩いていた状況があった、このようなことにつき合わせて申し訳ない、というメールであった可能性が十分にある。
この1片の曖昧なメールを、大麻の「運び屋」をやってくれたお礼のメールだと決め付ける原審裁判官の想像力は非常に偏っている。
言い換えれば、原審裁判官は木村さんを有罪と決め付け、「何か有罪の証拠はないのか」という姿勢で証拠を評価しているのである。
(9)缶の運搬や意見
原判決は、木村さんが「チャールズの意を受けて缶詰を運搬したり、缶詰の譲渡について意見を述べたりしていた」と認定している。
彼女が缶詰を運搬していたという認定の根拠は、2006年5月2日付のメール(甲56、603頁)に出て来る
"Please can you do me a favour by going to ikebukuro tomorrow around 7 pm to give my friend 2 cans of the juice. peach is ok."
(「明日午後7時ころ池袋に行って、私の友達にジュースを2缶渡してくれないか。ピーチが良い」)
という記載である。この記載から、彼女が缶詰の中に大麻が入っているのを知りながら「運び屋」としてこれを池袋に運搬したと認定するのは強引過ぎる。
フルーツやジュースの缶詰の中から、友達がピーチのジュースを欲しがっているので、僕の代りに渡して欲しい、という趣旨のメールであるに過ぎない。
そして、「ピーチが良い」(peach is ok)と言うのは、もしも缶詰の中身が全て大麻であることを木村さんが知っているのだとしたら全く意味のない表現である。
チャールズが「ピーチが良い」と言ったのは、少なくとも彼は彼女に対して、缶詰はラベルごとに中身が違うという前提で話しをしていること――より端的に言えば、彼女に対して中身が大麻であることを隠していたこと――を示しているのである。
「缶詰の譲渡について意見を述べていた」という認定の根拠は、チャールズの2006年5月20日付メール(甲56、625頁)に出て来る次の表現であろう。
Thanks for your advice today. I was thinking about that guy before you called, just that I promised that guy that I will give him the remaining cans for cheap price.
今日は助言をありがとう。あなたが電話をくれる前に、あの男のことを考えていました。彼に残りの缶詰を安い値段で譲ることを約束したばかりだったんです。
ところで、このメールは木村さんからの「あなたが帰って欲しいというのであれば、私はいつでも戻ります。大丈夫ですか。何かあったんですか」というメールに対する返信である(甲56、625頁)。
チャールズのメールにいう「アドバイス」というのは缶詰の譲渡に関するものではない(被告人質問・記録137頁)。
このメールをやり取りしているとき、チャールズはナイジェリアに滞在し、木村さんは栃木県の実家に滞在していた。
千葉の保税蔵置場に荷物が預けたままになっていると保管料がかかってしまうので、必要があれば自分が代りに取りに行ってもいいという話を木村さんがしたのに対して、チャールズは「アドバイスをありがとう」と言ったのである(被告人質問・記録138頁)。
缶詰を安く譲る約束をしたというくだりの後に、"If it can be possible for you, I will like to give it to him…"(もしもあなたが可能ならば、彼に渡したいんだが……)という文章が続く。要するに、ここでもナイジェリアにいる彼に代って缶詰を渡してくれないかという単純なお願いがなされているのであって、缶詰の処分について彼女が意見を言ったなどということではないのである。
(続く)
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(6)「オンボード・クーリエ」について
これは木村さんがチャールズから説明されたことを税関職員に話したものである。彼女は、チャールズから、オーストリア航空を利用する目的として、彼女の名前で荷物を運ぶ枠を確保しそれを利用して携帯電話を日本に運び込むことが出来るシステムがあり、それはオーストリア航空など一部の航空会社しかやっていないと説明されたのである(被告人質問・記録85頁)。彼女自身は「オンボード・クーリエ」という言葉すら税関職員に聞かされるまで知らなかった(同86頁)。
オーストリア航空がOBC契約をしていないのが事実だとして、それは木村さんの悪意を証明するものではない。むしろ、彼女がチャールズに騙されていたことを証明するものである。
木村さんは帰国したときには必ず航空券の半券をチャールズに渡した。チャールズは千葉にある「保管所」から荷物を運び出すためには航空券の半券が必要だと説明したのである(同113頁)。
いずれにしても、原判決は、OBC契約がないことを木村さんの悪意の証明に使っているが、これが論理的に誤っていることは多言を要しないだろう。
(7) 5回渡航して缶詰を持ち返っていること
原判決は、この事実を捉えて木村さんが大麻の存在を認識していた証拠としている。しかし、これは明らかにおかしい。
5回の渡航の際に彼女が持ち帰った缶詰の中身が大麻であったという証拠はどこにもないからである。このことが証明されない限り、この「過去の悪事による故意の認定」という性格証拠禁止の例外(最3小決昭41・11・22刑集20-9-1035)はありえない。
ここでも原審裁判官(*THC注 A)の証拠裁判主義を無視した予断偏見が露呈しているのである。
ところで過去5回の渡航の際にも同じような缶詰をチャールズの友人から渡され、それをスーツケースに入れて帰国し、チャールズに渡したという事実を証明する証拠は木村さん自身の供述以外にはない。もしも、彼女が缶詰の中身が大麻であることを知っていたとしたら、彼女は進んでこの話をするだろうか。決してしないだろう。彼女は、缶詰の中身がアフリカンフードだと思っていた。そう信じて疑わなかった。だからこそ、彼女は税関職員や警察官に、以前にも同じような缶詰を渡されたことがあると進んで話したのである。
(*THC注 A)原審裁判官は千葉地方裁判所刑事二部総括裁判官古田浩。
裁判官古田浩は、千葉で行われた「裁判員制度全国フォーラム」のパネルディスカッションで次のように述べている。
日本の刑事裁判は国際的に見ても信頼されていますが、法律専門家がやっており、法廷でも難しい言葉が飛びかったり、判決内容についても国民の感覚とズレているという話を聞くこともあります。そういうところを裁判員制度を導入することによって、身近で分かりやすいものにしたいのです。
(中略)
常識で判断するにあたっても、やはり法廷での証拠関係をもとに評議していただくことになり、証拠をどう見るかということなどに、自分の経験に裏打ちされた発言をしてほしいということです。その意味では、マスコミ報道、そのほかを前提に発言するということは絶対に避けてほしいと思います。
祐美さんの姉・さゆりさんは、千葉地裁での初公判報告に、次のような思いを綴った。
初公判の日程が決まった時、裁判所から弁護士に「2時間の時間を設けるから1回で終わらせてほしい」と言われたようなのですが、弁護士は激怒して、「こっちはいろんな証拠を出して、徹底的にやりますから」と言ってくれたのです。
法廷の部屋の前に貼ってある日程表を見ると、妹の予定は一番最後で、時間も2時間とってありました。
たった1回の裁判で終わらせようとするなんて、本当に怒りがこみあげてきます。
裁判所は毎日、多くの裁判が行なわれているわけですが、彼らにとっては、たくさんあるなかの一つにしか過ぎません。
しかし、私達にとっては、人生が決まってしまう、とても重要なことなのです。国選の弁護人を選任していたならば妹の裁判は2時間で終わってしまったでしょう。
また、さゆりさんは、この一審千葉地裁で午前中に開かれた妹の公判を傍聴し、正午に近付くにつれ、古田浩裁判官が落ち着きなく時計を気にし始めた光景を見ている。早く終わらせたいという様子がありありと感じられたそうだ。お昼ご飯でも気になったのだろうか。
「判決内容についても国民の感覚とズレているという話を聞くこともあります」などと他人事のようにほざかないでもらいたい。たわけ、古田浩、お前のことである。
裁判員制度によって国民が裁かなければならないのは、被告人ではなく、このような裁判それ自体なのである。
(続く)
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(5) 税関検査時の被告人の言動
それでは、原判決があげる関節事実を個別的に検討してみよう。まず、税関検査時の木村さんの言動である。
彼女がパスポートを提示して旅具検査を受け始めたときの状況について、税関職員は「特に普通の旅客と変りありませんでした」と言う(天野・記録6頁)。彼女は、税関職員に視線を合わせており、特にそわそわした様子はなかった(天野・記録12頁)。
スーツケースをあけるよう職員に求められたときも嫌がる様子はなく、彼女は「いいですよ」と答えた(天野・記録14頁)。
税関職員が缶詰を取り出したときも「特にそれまでと変っていないようでした」(天野・記録9頁)。
エックス線検査をしてもいいかと問われて被告人は拒否せず同意した(天野・記録9頁)。
これまでの彼女の態度に「有罪意識」あるいは「大麻であることの認識」を示す兆候はまるでない。
しかし、天野証人は、エックス線検査に向う税関職員を見て、木村さんは、大きなため息をつき、少し目に涙がにじんでいるようであったと証言した(天野・記録10頁)。
しかし、この証言は客観的な証拠に反する。まさにこのときの木村さんの様子を撮影した写真(甲19・写真撮影報告書添付写真1、5、33)には目に涙がにじんでいる様子など映っていない。落胆した表情すらない。困惑した硬い表情が写っているのである。
また、天野証言はもう1人の税関職員大泉証人(エックス線検査を実施した税関職員)の証言と矛盾する。大泉氏は、木村さんは「いいですよ」と答え、表情に変ったところはなく何も感じなかった、と証言しているのである(大泉・記録25、45頁)。
エックス線検査を終えて旅具検査台にもどったときも、木村さんの表情に不審な点はなかった(大泉・記録27、35頁)。
エックス線検査の結果缶詰の中に液体が入っていないと感じた税関職員は、缶詰を開けても良いかと尋ねた。これに対しても木村さんは「はい、開けてもいいです」と答えている(大泉・記録29、55頁)。そのときの表情にも特に変ったところはなかった(大泉・記録30、31頁)。
そして、缶詰の中身を取り出して鑑定することについても、木村さんは拒否的な態度を一切とっていない(大泉・記録42頁、43頁)。
このように、まさに缶詰が開けられ中身が取り出されるその瞬間に至るまで、木村さんは、うろたえたり悲しんだり狼狽したりする様子は一切なかったのである。これらの態度から、彼女が缶詰の中に大麻が入っていることを認識していたと認定するというのは、およそ常識に反することである。
缶詰から予想外の物が登場して「驚愕しているといったような様子はなかった」という原判決の認定についてみてみよう。缶詰のX線画像を確認させたときの木村さんの様子について、大泉証人は、検察官から「動揺したりはしていなかったですか」と問われて、「私は、特にそれはわかりませんでした」と答えた(大泉・記録35頁)。さらに次のような問答がなされた。
問:缶詰の中からそういった粘着テープで巻かれたものがでてきたときの被告人の表情は、特に変ったことはありますか。
答:いえ、特に何も感じていないです。
問:自分がフルーツなどの缶詰だと思っていて、その中から変なものがでてきたら、普通はそんなはずがないとか、いろいろ説明をしてくれる人がいると思うんですが、被告人はそういう説明をしたりしていましたか。
答:していません。(大泉・記録37頁)
問:[缶詰の中身を見た後]被告人の表情とうのは、特に変化がありましたか。
答:そのことでは特に感じていないです。
問:自分がフルーツの缶詰買ってきて、その中に変なものが入ってたら、そんなはずはないと、そんなものは買っていないという答をするように思うんですが、そういったことありましたか。
答:いえ、特にないです。(大泉・記録42頁)
いずれも検察官の強引な誘導尋問に返答しただけであり、かつ、木村さんの内心を忖度させる尋問に答えさせるものであって、このような証言に証拠価値を認めることはできない。予想外の物が入っていたら「普通はそんなはずがないとか、いろいろ説明をしてくれる人がいると思う」という検察官の意見は、決して人間の通常の反応を言い当ててはいない。意外な出来事に出会ったときの人の反応は千差万別であり、何も言えずに沈黙してしまう人もたくさんいるだろう。血相変えて反論したり、言い訳がましく弁じたてる人が、実は一番怪しいということも良くある話である。
ところで、木村さんが缶詰から予想外の物が登場して動揺していたことは証拠上明らかである。彼女は、そのとき缶詰の一つをさして「私が買った物もあります」と言った(大泉・記録33頁;被告人質問・記録133頁)。
中身が大麻であることを知っていたら彼女がこのような発言をするわけはない。自分が「買った」という缶詰が開けられて大麻が出てくることで、それが嘘であることが簡単にばれてしまうからである。彼女は、以前、アムステルダムで同じアフリカンフードの缶詰を購入したことがあったので、咄嗟にそう説明したのである。彼女は缶詰からアフリカンフードが出てくるに違いないとそのとき信じていたから、そして、いま目の前で展開する出来事の意味を了解できないでいたから、このような発言をしたのである。そんなはずはない。あの缶詰は以前スーパーで買ったことがある。果物が出て来るはずだ。このエピソードは、彼女がまだ事態を飲み込めずに精神的に混乱していることを示している。
つぎに「内容部が大麻であることを示唆するような発言」さえしたという裁判所の認定を見てみる。
缶詰を開けた段階で税関職員は「この匂いわかる?」と尋ねた。木村さんは
「わかりません」
と答えた。
「例えるなら、どんなにおい?身近にあるものだったらどんなにおい?」
「たばこっぽい匂い、葉っぱみたいなにおい」
そう木村さんは答えた(被告人質問・記録31頁;大泉・記録38、55頁)。
職員はさらに続けて、
「これは何だと思いますか」
と尋ねた。
「ソフトドラッグ」
「例えば何?」
「大麻」。
このようなやり取りである(被告人質問・記録97頁:大泉・記録41頁)。
この問答が行われる前に、大泉は、木村さんに、違法薬物のリストが写真と図解で表示されている「申告書慫慂版」を示している(被告人質問・記録97頁;大泉6頁、26頁)。
この一連の流れを端的にみれば、缶詰が開封され、かつ、さまざまな示唆を与えられた上で「例えば何?」と、推測を聞かれて、「大麻」と答えたのであって、最初から中身が大麻であることを知っていたことを示唆するような言動でないことは、明白である。
原判決は、荷物検査の際の「被告人の言動」を認定するにあたって、税関職員の証言のみによっている。彼らは主観的な「印象」や「感想」を述べているに過ぎない。証拠価値は著しく低いことは誰の目にも明らかであろう。ちなみに、成田国際空港の荷物検査台の真上には防犯カメラがある。本件のような事件が起った場合にその映像を保存することは可能であり、保存しているはずである。これを取寄せて確認すれば、「被告人の言動」を客観的に認定することは可能であった。
そして、木村さんは、荷物検査台に並んだとき、自分の何人か前の人が開披検査を受けたのを見て、前に並ぶ人の中には別の検査台に移ろうとした人がいた。しかし、自分はそうしなかった、と供述した(記録82頁)。この様子も防犯カメラの映像で裏付けられたはずである。そうすれば、木村さんの「言動」が大麻を認識していたことを推認させるなどという認定はありえなかったであろう。
原審は、客観的で信憑性が高い証拠を集めることが可能であり、そうすべきであるのに、それを怠り、却って信憑性の低い恣意的な証拠によって恐ろしく偏った事実認定をした。
(続く)
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(4)不自然な言動というものについて
原判決は、税関検査の際の被告人の「言動」を根拠にして、彼女の内心を認定している。しかし、この認定手法それ自体に多くの危険性がある。以下の文献は、このことに言及するものである。
石塚章夫「情況証拠による主要事実の認定」石松竹雄ほか編『小野慶二判事退官記念論文集 刑事裁判の現代的展開』(勁草書房、1988年)129頁:
「不自然な言動」とか「ことさらな虚偽」といった評価は、たとえその評価が正当なものであるとしても、そのことから主要事実を積極的に推理するにあたっては、十分慎重な態度をとらなければならない、ということである。真犯人でなくても、事件に何らかのかたちでかかわった者や、他に自己に不利益な事実を秘匿しようとする者は、そのことを隠蔽するため右のような不自然な言動やことさらな虚偽をなすこともありうるからである。
足立勝義「英米刑事訴訟における情況証拠」司法研究報告書5巻4号190頁:
茲に注意すべきは、有罪無罪の意識を示す行動や言語についてである。かかる言動から右の意識を推理するに際しては、極めて慎重なる態度を要する。蓋し、如何なる言動も単独では必ずしも決定的に有罪又は無罪の意識を推理せしめるものではない。有罪の意識はなくとも、結果として外部的言動に表現されたものは、その意識を指示するものと判断され易いものとなることが多い。例えば、逮捕時の言動***等々も、小心にして却って正直無実なる者に於て、疑惑を招き易い行動に出ることが多い。
最判昭和58年2月24日判タ491号58頁は、盗品等有償取得罪における盗品の知情についての認定に関するものである。この事件の原審では、取調べの当初において被告人が本件物品を各地の質屋などで購入したと虚偽の供述をしていたという事実が、盗品の知情を認定する間接事実のひとつとしてあげられている。しかし最高裁は、この事実について、未必的認識の肯定につながる可能性をもつ徴憑ではあるものの、この事実からだけでは未必的認識があったという推断を下すには足らないとした。
次に指摘するように、税関検査時の本件「被告人の言動」は、正当に評価するならば、決して、彼女の有罪意識を表すものではなく、却って逆の評価が可能なものであるが、その点を措いても原判決の認定は「言動」による「有罪意識」の認定のもつ危険性に対して無防備であり、プロフェッショナルの事実認定としては楽観的に過ぎる。
(続く)
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(2)原判決が故意を認定した根拠
ところが、原判決は、次のような根拠に基づいて、木村祐美さんが缶詰の中に大麻が入っているのを知っていたと認定した。
i) 税関検査時の被告人の言動:
原判決は、税関職員に缶詰を開封されたときに木村さんが「予想外の物を運ばされたとして驚愕しているといったような様子は窺えず、かえって、内容部が大麻であることを示唆するような発言さえしていることからすれば、被告人が缶詰の内容物が大麻であることとの認識を有していたものと推認することができる」という(原判決書4頁)。
ii) 渡航目的についての説明:
次に、原判決は、オンボード・クーリエ(*4) を利用して携帯電話を輸入する目的だったという彼女の説明は、オーストリア航空が日本路線においてオンボード・クーリエ契約をしていなかった事実によって退けられるという。
原判決は、さらに、
iii) 被告人は5回渡航し同じような缶詰を持ち帰りチャールズに渡している。
iv) チャールズが大きいバッグを運搬することを感謝する電子メールを被告人に送信している。そして、
v) 被告人がチャールズの意を受けて缶詰を運搬したり、缶詰の譲渡について意見を述べたりしている。
という事情からすれば、本件缶詰が「通常の缶詰ではなく、その内容物自体に取引上の価値があるもので、被告人自身そのことを認識していたものと認めるのが相当である」。
(3)間接証拠による事実認定
原判決の認定手法は、要するに、幾つかの間接事実から大麻密輸の故意という主要事実を認定しようとするものである。
間接事実から主要事実を認定する過程は、帰納的推理によって行われる。そのため、結論としての犯罪事実以外にも他の仮説が成立しうるという帰納法に固有の危険がともなう。
この危険を無視したり軽視することは、結局、「合理的な疑問を超える確信」という有罪認定の証明基準を形骸化することに他ならない。
そこで、間接事実から主要事実を認定するためには、犯罪事実以外に合理的な仮説を容れる余地のないこと、すなわち間接事実の存在を説明する唯一の方法が主要事実の存在であると言えるときにはじめて主要事実の認定をすべきなのである。以下の判例や学説はこの理を説いている。
まず、最判昭和48年12月13日判例時報725号104頁は、次のように述べている。
刑事裁判において「犯罪の証明がある」ということは「高度の蓋然性」が認められる場合をいうものと解される。しかし、「蓋然性」は、反対事実の存在の可能性を否定するものではないのであるから、思考上の単なる蓋然性に安住するならば、思わぬ誤判におちいる危険のあることに戒心しなければならない。
したがって、右にいう「高度の蓋然性」とは、反対事実の存在の可能性を許さないほどの確実性を志向したうえでの「犯罪の証明は十分」であるという確信的な判断に基づくものでなければならない。
この理は、本件の場合のように、もっぱら情況証拠による間接事実から推論して、犯罪事実を認定する場合においては、より一層強調されなければならない。
ところで、本件の証拠関係にそくしてみるに、前記のように本件放火の態様が起訴状にいう犯行の動機にそぐわないものがあるうえに、原判決が挙示するもろもろの間接事実は、既に検討したように、これを総合しても被告人の犯罪事実を認定するには、なお、相当程度の疑問の余地が残されているのである。換言すれば、被告人が争わない前記間接事実をそのままうけいれるとしても、証明力が薄いかまたは十分でない情況証拠を量的に積み重ねるだけであって、それによってその証明力が質的に増大するものではないのであるから、起訴にかかる犯罪事実と被告人との結びつきは、いまだ十分であるとすることはできず、被告人を本件放火の犯人と断定する推断の過程には合理性を欠くものがあるといわなければならない。
足立勝義「英米刑事訴訟における情況証拠」司法研究報告書5巻4号46頁:
それは間接的推理であり、その推理に伴う本質的危険は、結論としての犯罪事実以外に他の合理的仮設を容れる余地が存するという危険があることである。従って完全なる証明とは、これ等一群の積極的間接事実が全体として結論としての犯罪事実以外には他の如何なる合理的仮設をも許さないことである。
川崎英明「状況証拠による事実認定」光藤景皎編『事実誤認と救済』(成文堂、1997年)67頁:
主要事実に対して強力な推認力をもつ間接事実が、多数の間接事実の積み重ねによる量的な推認力を、質的推認力へと飛躍・転化させる支柱としての役割を果たす***。反対事実の存在の余地を残す、弱い推認力しかない間接事実の積み重ねでは、質への飛躍はない***。
司法研修所編『情況証拠の観点から見た事実認定』(法曹会、平成6年)13頁:
帰納的推理に伴う本質的危険は,結論としての犯罪事実以外に他の合理的仮設(仮説)を容れる余地があるかどうかの確認が必要となる。すなわち,被告人の反駁を聞く必要がある。***仮に、有罪の心証を既に抱いてしまった場合,被告人の反駁を容易に排斥してしまう危険性がある。
植村立郎『実践的刑事事実認定と情況証拠』(立花書房、平成18年)54頁:
正確な事実認定を行うに当たっては,情況証拠による場合でも,関係する証拠が多ければ多いほど良いことはいうまでもない。しかし,単に量が多ければよいといった単純なものではない。証明力が薄いか十分でない情況証拠が多数集まっても,それだけで全体としての証明力が質的に高まるものとは当然にはいえない(前掲最判昭48.12.13等参照)。
これらの指導的な判例や学説が説くところから原判決の認定を見てみると、その認定手法が非常に危険なものであることは疑いようがない。原判決がその掲げる幾つかの間接事実は、それ自体多義的であり、いずれも「被告人が缶詰の中身が大麻であることを認識していた」事実を唯一の結論とするものではありえず、むしろ、被告人が大麻であることを知らなかったとしても、充分に成り立つ事実ばかりである。このような事実をいくら積み上げても、主要事実を認定することは論理的にありえないし、また、倫理的にもあってはならないことである。
(*4)旅客の機内預託荷物の枠(通常20kg)内の貨物を輸送し、保税蔵置場に運送・搬入したうえで、一般の航空貨物と同様の通関手続きを行い、国内の運送会社が輸入者に荷物を届ける。
(続く)
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2 原判決の認定手法の問題点
原審千葉地裁は、木村さんが「氏名不詳者らと共謀の上」大麻を密輸しようとしたと認定し、彼女に懲役5年と罰金100万円の刑を言い渡した。
(1) 証拠の構造
しかし、彼女が缶詰の中身が大麻であることを知っていたという認定を支える証拠は、はなはだしく希薄である。
祐美が缶詰の中身を知っていたことを示す客観的な証拠は何もない。
捜査官は彼女の自宅を捜索したが、彼女が缶詰の中身を知っていたことを示す資料はかけらさえなかった。彼女が大麻というものに関与している証拠すら捜査官は発見できなかった。
(THC注:祐美さんの自宅の家宅捜索に姉のさゆりさんは立ち会っているが、このとき大麻に関係するものを何も発見できなかった捜査官は、さゆりさんに「妹さんは友達に騙されちゃったのかなあ」と印象を語ったという。)
彼女自身の自白もないし、彼女がそれを知っていたと供述する第三者も存在しない。
彼女が「運び屋」として行動していたことを示す状況的事実もまったくない。
本件の缶詰は6個ずつビニール袋に入れられ、封もされず、彼女のスーツケースの最上段に無造作に置かれていた(甲19添付写真3)。外部から見えないようにするための何らの隠蔽工作も施されていない。スーツケースのファスナーをあければ真っ先にこの缶詰が目に飛び込む配置になっている。実際にも、成田で税関職員が最初に目にしたのが缶詰の入ったビニール袋である(天野11~12頁)。
この缶詰は、欧米のグロサリー・ストアの棚に並んでいる缶詰そのものである。原判決は、紙製のラベルの貼り付け方が雑であるとか「底部に製造番号等を示す刻印がない」と言うが、製造番号などが缶の底部に刻印されるという日本の常識を海外製品にあてはめる理由はない。
本件缶詰にはラベル上に製品の容量や賞味期限などが印刷されており(上記写真参照)、正常に販売されている缶詰と異なるところは全くない(*2)。
通常人がこの缶詰を見て、その内容物に不審を抱くことを期待することは不可能である。缶詰を手に持って振ってみるなどすれば、中に液体が含まれていないことに気がつくかもしれないが、祐美さんが缶詰を手に持ったことがないことは明らかであり(*3) 、そのような機会もなかった。
(*2)原審で証言した税関職員は、缶詰に賞味期限の表記がなかったのでおかしいと思ったなどと証言しているが(天野6頁、14頁)、これは事実に反するのみならず、彼らが予断をもって木村さんを見ていたことを物語っている。
(*3)缶詰が入れられていたビニール袋から金井さんの左手嘗紋が検出されたが、それ以外――缶本体12個、粘着テープ等12組――からは彼女の指紋も嘗紋も発見されていない。弁3・指嘗紋検出状況並びに対象結果報告書。
(続く)
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10月30日に開かれた控訴審の1回目の期日で審理もせずに即日棄却判決を出されてしまった祐美さんの件、控訴趣意書を掲載します。
高野弁護士による趣意書は事件の全体を示し、1審の事実認定がいかにデタラメであるかを理路整然と論証し、祐美さんの無実を主張しています。
それにも拘わらず、全く実質的な審理をせずに棄却を言い渡され、あまりのことに祐美さんはその場で嗚咽を漏らし、泣き崩れたそうです。
*祐美さんのみ仮名です。祐美さんを騙した犯罪者の男たちは全て実名です。
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2007年9月6日
東京高等裁判所第6刑事部 御中
平成19年(う)第1594号
大麻取締法・関税法違反被告事件
被告人 木村 祐美
弁護人 高野 隆
控訴趣意書
頭書事件についての弁護人の控訴の趣意は次のとおりである。
第Ⅰ 事実誤認
本件は、「ラブ・コネクション」と呼ばれる手口の大麻密輸事件である(*1)。麻薬密売人の外国人が、海外経験の浅い未熟な日本人女性に接近し、親密な関係になったうえ、その関係を利用して言葉巧みに女性を利用して海外から日本に薬物を密輸するのである。被告人は最愛の「恋人」チャールズから携帯電話の輸入ビジネスの手伝いをして欲しいと頼まれ、オランダに行き、現地にいる「チャールズの友人」レイからアフリカンフードの缶詰を「チャールズに渡して欲しい」と言って託されて、缶詰の入ったスーツケースを持って帰国しようとしたのである。
彼女は缶詰の中身が大麻であることを知らなかった。彼女は、うら若き乙女の純情を土足で踏みにじられたうえ、知らないうちに「運び屋」に仕立て上げられたのである。原判決は、被告人のスーツケースを検査した税関職員の抱いた印象をもとに再構成した「税関検査時の被告人の言動」を主たる根拠として、被告人は缶詰の中身が大麻であることを認識していたと認定した。この原判決の事実認定は、犯罪事実の認定は合理的な疑問を超える程度の確信に達していなければならないという刑事裁判の鉄則に違反し、事実を誤認するものであって、破棄されなければならない。以下詳論する。
(*1)「若い女性『運び屋』のワナ」日本経済新聞2003年8月2日(夕刊)。
1 真相
木村祐美さんは典型的な田舎の優等生であった。彼女は、幼少のころから貧しい家族に迷惑をかけずに自立することをめざして懸命に勉学に励んだ。進学校と言われる県立高校に進んでそこでもトップの成績を収め、授業料全額免除の特典を受け、さらには全校生徒を代表して学校紹介のパンフレットに紹介された。横浜市立大学商学部経営学科に進学後、厳しい選抜試験に合格して2つの財団から奨学金を獲得し、定員30人の寮に入ることも出来た。
彼女は将来国際的なビジネスを起業することをめざして、やはり狭き門をくぐってマーケティングのゼミに入った。そこでも懸命に学び、産学協同プログラムの懸賞論文に取り組み、みごと優秀賞を獲得した。寮長に選ばれ、寮生を指導する立場にもなった。そして、念願かなって横浜市内にある物流会社に唯一の女子総合職としての就職が内定した。刻苦勉励の末に、子供のころからの夢に彼女は一歩近づいた。そう彼女は思った。
しかし、彼女の夢は、1人のナイジェリア人男性、チャールズ・ンナディ・チュクメワカとの出会いによって潰え去ったのである。
木村祐美さんは、ゼミの友人に誘われて、横浜市内の外国人が良く出入するクラブに出かけた。気分転換と黒人音楽やその文化への興味、そして、英会話の勉強が出来るということから彼女は勉強の合間にクラブに通うようになった。そこで、彼女はラファエル・オテロというアメリカ人男性と出会い、恋に落ちる。ラファエルは横須賀基地に出入する軍属であるが、しばしば帰国した。一度帰国するといつ来日するかは定かではない。メールのやり取りでは埋められない心の隙間に彼女は身を焦がしていた。そこに登場したのがチャールズである。
チャールズは、アメリカに移民したナイジェリア人の子供で、自身はニューヨーク生まれのアメリカ国籍であり、「横須賀基地に勤めるオフィサーだ」と自己紹介した。木村さんは、ラファエルという恋人がおり、チャールズとは友達づきあいしかしないつもりであった。しかし、あるときチャールズは思いがけないことを言った。
「僕は米軍の人事の仕事をしていて、個人のファイルを見ることができる。ラファエルには奥さんがいる。彼は離婚しておらず、アメリカでは奥さんと暮らしている」。
チャールズは言葉巧みに木村さんに近づき、彼女を口説いた。彼女は、いつまた会えるかわからないラファエルのもとを離れ、チャールズと親密な交際をするようになった。
チャールズは「イラクに出兵する兵士の選抜にかかわるのは嫌だから、軍を辞め、都内にある会社に勤めた」と言った。
2005年2月、チャールズは木村さんを中国旅行に誘った。彼女にとってはじめての海外旅行だった。この旅行の際に、チャールズは上海で携帯電話を20個も購入した。海外で販売される携帯電話はSIMカードを入れ替えることができ、外国のキャリアーと契約している人ならば、中国で買った携帯電話を世界中で使うことができる。チャールズは帰国後この20台の携帯電話を全て売りさばいた。木村さんは携帯電話の輸入ビジネスという仕事があることをこのとき初めて知った。
その後しばらくして、チャールズは、中国製品は粗悪なので、ヨーロッパから携帯電話を輸入する仕事をはじめると言い始めた。そして、2005年11月、チャールズは、木村さんに、「いますごく困っている」と言いながら相談を持ちかけた。ベルギーに携帯電話を売る会社を見つけ、自分が買い付けに行く予定であったが、会社の休暇を使えなくなった、このまま放置すると保管料がかかってしまう、祐美、代わりに行ってくれないか、と。
なぜ彼女が行かなければならないかについて、チャールズはこう説明した――郵送では携帯電話が破損する危険がある。アムステルダムの友人に航空券を渡せば、ベルギーの会社が携帯電話を君の預託荷物の枠を使って、オーストリア航空に預けてくれる。帰国すると携帯電話は千葉の保管所に預けられ、君の航空券と照合して一連の手続が済めば受け取れる。
木村さんは、彼の役に立つならと当然この役を引き受け、単身でベルギーへと向い、彼の指示通りアムステルダムにいる彼の「友人」と連絡をとった。その友人は、帰り際に「帰ったらチャールズに渡して欲しい」と言ってアフリカン・フードの缶詰を持参した。何も疑わずに彼女はそれを持って帰国し、「お土産」をチャールズに渡した。
このようなことがその後も何回も行われた。木村さんは、チャールズの指示で携帯電話の購入資金を指定された口座に送金する手伝いもするようになった。缶詰は、池袋のアフリカンレストランやその周辺に集まる外国人に好まれるらしく、チャールズはそれを彼らに売ったり譲ったりした。木村さんがその運搬を頼まれたこともあった。彼女は、就職が決まり卒業が決まったが、最愛の恋人のビジネスを本格的に手伝うことを決心し、女子唯一の総合職を辞退した。彼女自身、将来国際的なビジネスを自ら起業する夢を持っている。そのためにもこれは良い経験であるに違いない。そして、何よりも、私たちは心の底から愛し合っている。
しかし、全ては虚妄であった。チャールズの全てが嘘であった。彼は、アメリカ人ではなかった。彼はナイジェリア人であった。彼は横須賀基地のオフィサーでもなかった。彼が通う「プレクストン」なる会社は存在しない。彼には日本人の妻がいた。
そして、アムステルダムのチャールズの友人が木村さんに渡した缶詰の中身はアフリカンフードではなく、大麻だった。木村祐美さんは恋人チャールズに騙されて、大麻の「運び屋」にされたのだ。これが本件の真相である。
(続く)
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大麻密輸の冤罪で逮捕され、千葉地裁の一審で懲役5年罰金100万円の判決を受けた裕美さんの控訴審初公判が昨日あった。
控訴審の弁護は、刑事司法改革を求め、取調べの可視化などを主張するミランダの会の高野弁護士が受任し、千葉地裁の事実認定に重大な誤りがある点などを趣意書で指摘した。裕美さん本人が書いた趣意書と併せ、彼女が意図して大麻密輸の犯罪にコミットすることなどありえないこと、ナイジェリア人の男に騙された事実について論証が行われた。
しかし、東京高裁(裁判長裁判官・池田修、裁判官・吉井隆平、兒島光夫)は審理もせずに、昨日の初公判で即日結審したうえ判決を出し、裕美さんの控訴を棄却した。この裁判官たちは、初公判の法廷の場で直接祐美さんと向かい合い話を聞くつもりが最初からなかったということだ。初公判の前に既に棄却の判決文が書き上がっていたのである。滅茶苦茶な暗黒裁判だ
現在の司法のシステムでは、冤罪は必然的に起きる。裁判所などと無縁の生活をしていると、漠然と、裁判所や裁判官は正しい判断を下し、公正な判決を出していると思い込みがちだが、現実は違う。
警察の暴力的・恫喝的な取り調べで無実の者が自白を取られ、起訴される。起訴した以上、有罪にするのが検察の商売だ。
明らかに無実の者に、審理を尽くさず懲役5年を科す裁判官。司法改革は冤罪を生まないシステムを構築するためにこそ必要なのだと思う。
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祐美さん、控訴しました。控訴することについて、祐美さんには深い葛藤があったようです。これ以上家族に迷惑をかけられないという思い。司法への絶望感。
先に祐美さんの件について、カンナビストの掲示板に書き込んだものを編集して残しておきます。
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もし、祐美さんが荷物の中身を営利目的の大麻だと知っていて日本に持ち込み、それで逮捕されたなら、私も敢えて控訴したほうがいいとは思わないけど、祐美さんの場合は本当に全く何も知らずにナイジェリア人の男に騙されて運び屋をやらされてしまっただけなのです。
だから、判決は当然無罪であるべきだと思います。彼女が何も知らなかったことは、彼女との手紙のやりとりでも、懸命に支え続けているお姉さんの話でも歴然としています。未だに送られてくるナイジェリア人の男のメールからもそれは明白です。祐美さんを騙し、荷物を預けた本当の犯罪者である男自身が、「自分も中身を知らなかった」とか、ドラッグのことなど姉さんは書いてもいないのに、「どんな種類のドラッグが入っていたのか」などとメールに書いてきています。
祐美さんが荷物の中身を大麻だと知っていたことを示す物証は何一つありません。逆に、ナイジェリア人の男に騙されていたことを示す事実はたくさんあります。ただ、騙されていたことを示す証拠が、荷物の中身に関しての直接的なものではないため、法廷という場での証拠能力が弱いということのようです。
この事件は、裁判員制度によって審理されれば、普通の市民感覚からは無罪が導かれるだろうと思います。実際に導入される裁判員制度では、大麻の事案は対象外ですが、取り調べの様子をビデオで検証することができれば、裁判員は事件の事実と真実により強く迫ることができるだろうと思います。逆に言えば、当局がでっちあげた調書から事実と真実は見えないということです。
この国の供述調書など、取り調べる者の作文に過ぎず、容疑者が言ってもいないことを平気で書くのが警察権力のやり方です。私も全く同じ経験をしました。私は署名を拒否して書き直させましたが。
裁判の費用を工面したり、頻繁に面会に行って祐美さんを励まし続けてきた姉さんも、妹の無実の罪を晴らすため、控訴することを望んでいます。
祐美さん本人は、何も知らずに騙されていただけとはいえ、大量の大麻を国内に持ち込もうとしてしまったことは事実だし、これ以上家族に迷惑をかけられないからという理由で、控訴に迷いがあるようです。
11ヶ月になる独居房生活で、祐美さんは自分の落ち度と深く向き合っています。
でも、お姉さんをはじめ、ご家族は迷惑などという感情で事件を捉えているのではなく、大切な家族の無実を証明し、一日も早く家庭に取り戻したいという思いだけで頑張り続けています。
控訴できるのにせず、実刑が確定してしまったら、姉さんは一生そのことを負い目として引きずることになると感じているようです。だから、最後まで頑張りたいとご家族は思っています。
一審判決後、お姉さんたち家族は、連日面会に出向き、祐美さんに控訴するよう説得しています。祐美さんは、ただ泣くばかりだそうです。
このような冤罪を受け入れてしまっては、いつまでたっても日本から冤罪はなくなりません。事情が許し、本人にその気があるのであれば、控訴して無罪を勝ち取るよう務めるのが、こんな最低のクズ男に騙された祐美さんの、現時点での社会的責任でもあり、愛情深いご家族への償いでもあるだろうと私は考えています。
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一審は千葉地裁でしたが、控訴審は東京になります。祐美さん自身も千葉拘置所から東京小菅に身柄を移されるようです。
姉のさゆりさんは、控訴審に向け、東京での裁判に備えて新たな弁護士に弁護を依頼しました。今月末に弁護士が祐美さんと接見し、控訴審の方針などについて詰めることになるようです。公判はまだしばらく先になりそうですが、東京での裁判なので、さゆりさんとも相談のうえ、可能な方には傍聴を呼びかけたいと思っています。
さゆりさんは、控訴審をお願いする弁護士と電話で話したそうです。弁護士は、一審では何人くらい証人を立てたのかと尋ねたそうです。一審での証人は、検察側の税関職員二名でした。さゆりさんがそう答えると、弁護士は、被告側の証人を立てなかったことを意外に感じていたそうです。やはり、弁護士によっても公判の組み立てや戦略に違いがあるのでしょう。
祐美さんの件については引き続きレポートします。
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ナイジェリア人の男に騙されて、何も知らずに、缶詰に隠された大麻6キロを密輸入しようとして、成田税関で逮捕された祐美さんの件、千葉地裁で判決公判がありました。懲役5年罰金100万円でした。(裁判官・古田浩)
公判での争点は、祐美さんが缶詰の中身を知っていたかどうかですが、彼女が中身を知っていたことを示す物証は何もありませんでした。
祐美さんに大麻を隠した缶詰を持たせ、自分は帰国しなかったナイジェリア人の男は、「自分も日本に帰国して祐美さんの為に証言する。自分は祐美さんを愛している。航空チケット代を送ってほしい。」などとメールで祐美さんの姉に連絡し、姉のさゆりさんに20万を送金させておきながら帰国せず、さゆりさんがドラッグのことには触れてもいないのに、「どのような種類のドラッグだったのか」とか、「自分も荷物の中身を知らなかった」などとメールしてきており、それらのメールも祐美さんが騙されていたことを示す証拠として弁護士は提出しましたが、判決は祐美さんが氏名不詳者らと共謀のうえ、大麻6キロを密輸入しようとしたと認定し、長期の実刑判決が言い渡されました。
祐美さんに面会したさゆりさんの話によると、供述調書も祐美さんが言ってもいないことが書かれているそうです。
ミランダの会という弁護士グループが取り調べの可視化(録画と録音)を主張していますが、不当な取り調べや、不当な供述調書作りを防ぐためにも、必要なことだと思います。
冤罪は、こうして警察権力と司法権力がでっちあげるのだと、目の前で見せ付けられる思いです。
2009年から裁判員制度が始まり、殺人などの事件で国民が義務として裁判員を務めることになっていますが、その際にも取り調べのビデオは裁判員にとって貴重な判断材料となるでしょうし、現状のようなでっちあげ調書だけを示されても、国民は公正な判断をすることができないでしょう。取り調べのビデオを検証することでこそ、裁判員は事実や真実に迫ることが可能となるのではないでしょうか。
それにしても、無実であろうとお構いなしに刑務所行きのベルトコンベアーに国民を乗せて流す警察と司法。このような現実を私たちは知らなさ過ぎると感じてもいます。
祐美さんの控訴審に関しては、お知らせできる状況になり次第、お伝えします。
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さゆりさんの妹・祐美さん(23歳)の件、公判レポートの掲載が途切れていましたが、5月1日に結審しました。弁護方針や提出する証拠などについて、THCとしても意見を伝え、ささやかながら協力してきましたが、状況は厳しいようです。
祐美さんは、昨年7月、ベルギーから成田に帰国した際、大麻密輸入(大麻6kg)の現行犯容疑で逮捕されました。取調べの当初から、中身については知らなかったと祐美さんは供述しています。
祐美さんが持ち込んでしまった大麻はフルーツなどの缶詰12缶の中に入っており、その缶詰は、祐美さんの彼氏であるナイジェリア人の男・チャーリーから現地で預かったものだと祐美さんは供述しています。それまでも何度か、祐美さんは、チャーリーに依頼され、携帯電話の輸入の仕事を手伝うつもりで、ヨーロッパに出かけています。
昨年、大学を卒業したばかりの祐美さんは、内定していた会社に勤めるのではなく、彼に誘われて、彼の貿易の仕事を手伝う仕事を選択しました。彼女としては彼の仕事を手伝っているつもりだったのです。ナイジェリア人のチャーリーと知りあったのは、学生時代、クラブでのことでした。
祐美さんは、チャーリーから、仕事の内容は携帯電話関連の貿易の仕事だと聞かされていました。日本で調達するより安く買えると説明されていたのです。
そのナイジェリア人・チャーリーとクラブで知り合ってから、祐美さんとしては、恋人という関係として、チャーリーと付き合っていました。チャーリーもそのような態度で祐美さんに接していたそうです。祐美さん自身はタバコも吸わず、成田の税関で逮捕されるまで大麻を見たこともなかったそうです。
昨年の7月、ベルギーから帰国して逮捕された際、祐美さんは一人でしたが、現地ではチャーリーも一緒におり、祐美さんに荷物を預けたチャーリーは後から帰国することになっていました。これまでも祐美さんは同じように缶詰を持って帰国したことがあり、また、チャーリーがナイジェリア料理の店で友人たちにその缶詰を安く分けている様子を見たこともあったので、中身が大麻であるなどと疑いもしなかったのです。
祐美さんに缶詰を持たせたチャーリーは、帰国した祐美さんからの連絡が途絶えたため、自分は帰国しませんでした。
祐美さんが使っていたパソコンからチャーリーのメールアドレスを知った姉のさゆりさんは、事件のことには触れず、なぜ帰国してこないのか、荷物が何か知っていたのか、など、チャーリーとメールのやりとりを始めました。
チャーリーからの返信は、彼女は今どうなっているのか、彼女を愛している、彼女のことが心配だ、日本に帰りたいけれどもお金がない、など、祐美さんの身の上に異変が起きたことを察知した内容でした。
チャーリーのメールには、日本の銀行口座にはお金があるものの、海外でそれを引き出すことができないので、飛行機のチケット代を送金してくれればすぐにでも日本に帰国する、と書いてありました。そのようなメールがしつこくチャーリーから送られてきました。
さゆりさんは、妹の祐美さんの逮捕から間もないころ、チャーリーが祐美さんに有利な証言をしてくれることに一縷の望みを抱き、日本円で20万円を彼に送金しました。しかし、チャーリーは帰って来ませんでした。そしてその後も、なんだかんだと口実をつけてはお金を送ってくれとさゆりさんにメールしてきています。
当初、祐美さんが逮捕されたことについては、チャーリーへのメールで触れなかったさゆりさんですが、裁判が始まり、状況が好転しないので、荷物の中身について知っていたのかというメールをさゆりさんはチャーリーに送りました。さゆりさんは缶詰の中身が大麻だったことには触れていないにも関わらず、チャーリーからの返信には、「どんな種類のドラッグだったのか?」と書かれていました。中身が大麻であったことをさゆりさんが返信すると、チャーリーからの返信には、缶詰はチャーリーのものではなく、友人から預かったもので、チャーリー自身も中身については知らず、その友人が事情を知っていると書かれていました。
ではその友人だという男と連絡をとりたいので名前と連絡先を教えるようにとさゆりさんはメールしましたが、チャーリーからの返信には、その友人は事件のことで、地元の警察に出頭し、戻ってきていないなどと書かれていました。
そして、チャーリーの友人だと名乗る者から、チャーリー自身も地元警察に捕まってしまい、弁護士に相談しているというメールが送られてきました。
それではその弁護士の名前と事務所の住所を教えるようにというメールをさゆりさんは送りましたが、返信はありませんでした。
公判のさなか、祐美さんは、弁護士から、チャーリーがすでに日本人女性と結婚していることを知らされました。祐美さんは、留置場で、弁護士に教えられるまで、チャーリーが既婚者であることを知りませんでした。
公判では、当局に都合よく書かれた調書が読み上げられ、祐美さんが、そんなことを言ってはいないという意味を込め、首を強く横に振る場面もあったそうです。傍聴したさゆりさんによると、午前中に開かれたその公判で、古田浩裁判官は、昼メシでも気になるのか、さっさと終わらせたい素振りが丸見えだったとのこと。
5月1日、検察の論告求刑は、懲役7年罰金150万円でした。
結審直後の面会で、さゆりさんも、祐美さんも、涙が止まらなかったそうです。
弁護士によると、状況はとても厳しく、実刑判決の可能性が極めて高いので、控訴するなら早急に準備を始めた方が良いとのこと。控訴審は東京に移るので、弁護士も別の人に依頼するよう勧められたそうです。
判決公判は5月30日、千葉地裁で開かれます。実刑判決に備え、さゆりさんたち家族は控訴審に向けた準備を始めています。
さゆりさんは、弁護士費用などを稼ぐため、仕事を一つ増やしました。
THCは、共に戦います。
*文中、さゆりさんと祐美さんは仮名、チャーリーは本名です。
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さゆりさんの妹の件、3回目となる公判のレポートが届きました。
さゆりさんの妹は、身に覚えのない大麻密輸の罪で逮捕され、本人は取り調べでも公判でも否定し続けているものの、実刑の可能性が高いと複数の弁護士が印象を語っています。
「それでも僕はやってない」という映画がありますが、一般国民が知らないだけで、日本には冤罪で服役している人が多いのかもしれません。
THCには、最近、さゆりさんの妹の件とは全く別件で、もう一つの冤罪事件について相談が寄せられています。こちらのケースも取り調べで当局に都合の良い調書を作られてしまったことが痛手となっているようです。
さゆりさんが依頼した妹の弁護士は、やる気のなさそうな裁判官を叱咤するように健闘して頂いているとのことですが、それでも状況は厳しいそうです。
* * *
1月初旬、3回目の裁判が行なわれました。
前の裁判が長引いていたため、開廷時間も遅くなりました。
着席し、始まるのを待っていると、検察官の姿がなく、しばらくしてから法廷に入ってきました。
そのため開廷するのがさらに遅れました。
この日の裁判は、検察側と弁護側のそれぞれの同意するもの、不同意にするもののやりとりだけで、今回も妹が証言台に立つことはありませんでした。証拠として採用するかどうか、法廷では証拠番号や記号で話されるので、傍聴席では内容がよく分りませんでした。時間も20分程で閉廷しました。
初公判の時から携帯のメール等の提出を求めてきたのですが、携帯のメールだけ提出し、その他は提出されませんでした。
缶の指紋検査の結果の提出、彼氏の身辺調査などの書類は提出されなかったため、弁護士がそのことを今回も指摘したところ、裁判官は「缶の指紋を提出したところで、証拠能力が高いとはいえませんがね」などと言い、弁護士が食い下がったので、次回提出されることになりました。
捜査したもの、調べたものを全て提出すれば、真実は浮き彫りになり、第三者の立場からでも妹が騙されていたこと、彼女が主張していることは間違ってないこと、彼女の無実は明白だと思うのです。
事件に関するもの、持っているものを出し惜しみしないでほしい。
次回の裁判は2月下旬になります。
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大麻密輸の濡れ衣で逮捕されたさゆりさんの妹の第2回公判レポートです。証拠品を忘れたという検事といい、やる気のない裁判官といい、被告人にされている者の人生をどう考えているのでしょうか。
弁護士が被告人である妹を横に着席させて公判に臨んでいるのは、妹にとってとても心強いことでしょう。検事や裁判官の態度には怒りを覚えますが、弁護士の姿勢が救いです。
* * *
11月下旬に2回目の裁判がありました。予定された2時間裁判が行なわれました。
その日の傍聴席は10人以上座っていました。私が法廷に入ると、妹はすでに着席していました。前回のように家族の姿を見て泣いてしまうことはなく、とても落ち着いていていました。
この日は弁護士の隣にいたので、彼女の表情が傍聴席から見えました。
今回の裁判は、検察官が証拠によってどんな事実を証明しようとしているのかを陳述することから始まりました。
税関職員2人(以下A氏・B氏)が法廷で証言しました。2人は法廷で真実を述べることを宣誓し、B氏は部屋を出ました。
A氏は氏名・職業・勤続年数、以前違法薬物を摘発したことがあることなどを答えました。
若い女性が頻繁に渡航していることは経済的に考えておかしいということ、妹が持ってきてしまった缶詰は普通の缶詰と比較してラベルが雑だったなどの理由でX線検査を担当しているB氏に検査を依頼したことを述べました。
途中で彼女の使用していたスーツケースについて言及したのですが、肝心のスーツケースを検察官は前回同様、今回も忘れたと言って、法廷に持って来なかったのです。
開廷前に書記官と検察官が「またスーツケースを忘れた」というやりとりが耳に入ってきて、とても不安になったのですが、案の定、証拠品であるスーツケースは法廷に出できませんでした。
A氏は検察官の尋問と弁護士の尋問の証言が矛盾しているところもあり、傍聴していて苛立ちを感じました。
A氏の証言が終わると、A氏は退廷し、次はB氏が入ってきました。
A氏同様、B氏は氏名・職業・勤続年数をなどを答えました。
A氏の依頼でB氏がX線に缶詰を映したら、中身は細い楕円形だったので(果物の缶は液体が入っているため、丸くなることはない)B氏は「どこで購入したのですか」と妹に尋ねたところ妹は「スーパーです」
と答えたとB氏は証言しました。
B氏「値段はいくらでしたか」
妹「0.75ユーロです」
というやりとりがあった時、妹は首を横にふり、声には出さなかったけれど「そのようなことは言ってない」と言ったのが印象的でした。
私は、両氏の証言はいい加減であてにはならないものだと感じました。妹の表情もだんだん険しくなり、証言台にいる彼らを怒りがにじんでいる鋭い目で見ていました。彼らの証言に妹が首を横にふり、「そんなこと言ってないじゃん」「嘘ばっかり!!」と言っている場面が何度もありました。
B氏は持ち込み禁止を記載したものを妹に見せ、妹はそういうものはないということ、缶の中身は知らないということを伝えました。
今度はX線に映ったものを妹にも見せて、X線検査の後、妹は検査室に行ったようです。そこで缶を開封したところ茶色い粘着テープに巻かれたものが入っていて、ものすごい臭気がしたようです。
仮鑑定をしたところ、大麻の反応が出たので、妹は【大麻取締法違反、関税法違反】の現行犯として逮捕されました。そのように告げられても妹は反論しなかったことなどを聞くと、彼女は長時間検査に拘束され、あまりに突然のことで状況を把握することもできなかったのではないかとその当時の妹の様子を想像し、私は今回の裁判で逮捕されるまでの出来事を税関職員の口から初めて聞かされたので、逮捕されてから今まで彼女がどんな思いで毎日を過ごしているかと思うと、涙があふれました。
そしてB氏は、缶詰が入っていた袋は日本のものだったこと、妹が「以前、缶詰を購入した店で袋をもらうことができなかったため自分で持って行った」と言ったこと、その缶詰を妹が自分で購入したと言ったと証言したのです。
X線検査後、検査室で缶を開封した時、妹は税関職員に何度も「これは何ですか」「これは何だか分かりますか」との質問をされています。そのたびに「分かりません」と答えています。中味が分からないものなど現地で購入するはずもなく、わざわざ日本から缶詰を入れるために袋を持参することなどありえません。
ただ、果物のラベルが貼ってある缶詰を渡されて、中味を知らずに持ってきてしまったのです。常識的に考えて、果物のラベルが缶に貼ってあれば、それは果物の缶詰だと思うでしょう。大麻が入っているなんて疑うでしょうか。
さらに、「これは何だと思いますか」と質問したときに妹が「オランダではソフトドラッグは合法だ」と言ったと証言したのです!!!!!! 大麻を所持したことなどありませんし、吸ったこともありません。妹は、煙草すら大嫌いな人間です。そんな人間が、オランダは合法だからと言って、リスクを背負ってまで日本に持って来るでしょうか。日本で法を犯してまで、大麻を持ちこむ必要性はありません。
彼らは当時、妹の件について報告書を作成していますが、自ら作成しているにもかかわらず、法廷で証言したことと報告書に記載されていることには矛盾があるため、弁護士が矛盾点を指摘していました。
お昼頃になると、外が騒がしくなり、傍聴している人間の集中力もなくなり始め、だらけた空気を感じました。裁判官もイライラしていました。次回の最終弁論の予定を決め、閉廷すると皆足早に立ち去りました。
傍聴席にいる関係ない人間にとっては、所詮他人ごとにしかすぎず、無情で冷酷にさえ感じました。
妹はまた手錠と腰縄をつけられ、退廷するまで、私は彼女を見守りました。彼女が私をずっと見ていたので、私は何度もうなずいて、「大丈夫だよ」と心の中で彼女に言いました。
今回の裁判で妹は尋問されることもなく、一言も法廷で証言することはありませんでした。税関の職員が証言したことが、事実と異なっているときのみ、弁護士に話しかけていました。事実と異なっていても、彼らの証言に口をはさむことなく、怒りが込み上げてくるのをじっと我慢しているようでした。
弁護士は退廷するときに、裁判官に検察官が前回の裁判で携帯電話のメールの記録などを提出していないことなど、文句のようなことを言って、激怒しながら退廷しました。私も一緒に退廷し、しばらく弁護士と話しこんだのですが、「あの検察官はやる気がまったくありません」と弁護士の口から出たときは、やはり・・・という落胆と勝てるかもしれないという複雑な気持ちになりました。
前回、提出を求めている証拠品も、「証拠品を出すつもりはない」ときっぱり宣言したことは怠慢という言葉しかありません。次回の裁判は最終弁論だというのに!!! どのように焦点を絞るかという方向性や策を練るうえで、ひとつでも多く、妹に有利になるものが必要なのに、提出しないとは、あきれて非難の言葉もでません。
毎日、空港では多くの人間が入国し、税関職員である彼らは、多くの荷物を検査しています。妹が日本に帰国し、裁判まで数ヶ月経過しています。記憶は曖昧になり、忘却のかなたに押しやられていると思います。しかし、妹の人生がこの裁判で決まろうとしているのです。曖昧なことやいい加減なことは法廷で証言しないで欲しいと思いました。
今回の裁判でも考えさせられることがたくさんありました。所詮、裁判というものは、威厳に満ち、存在感が一際ある裁判官の虫の居所で判決が下るということをや、やっつけ仕事という観念しかないということを感じました。
検察官や裁判官はあまりにも無責任すぎます。
人の人生を左右する立場にあることを自覚し、物事の本質を見極めて、誠意を持って裁判に臨んで欲しいと思います。
私たち家族は本当に無力で、法廷では傍聴席に座り、裁判の行方を見守ることくらいしかできません。しかし、彼女が冤罪であることは明白なのです。妹に接見しに行くと、そこで働いていらっしゃる職員の方達は、皆さん口々に「彼女はこの場所にはいないタイプの人間だし、いるべきではない」、「彼女のような人がどうしてこのようになってしまったのか分からない。言葉が悪いけど、騙されたんだよ」「早く出られるといいね」と声をかけて、励まして下さるのです。
妹がお世話になっている職員の方達からも、彼女は冤罪ということが明白であり、彼女と接している周囲の人間は真実を理解しています。
最終弁論は1月初旬です。
妹の姿を見るたびに、言葉では言い表わすことができない感情があふれて、涙を流さずにはいられません。彼女に余計な心配をかけないように姉として、気丈に振る舞わなければいけないのに、彼女を目の前にすると、感情をコントロールすることができません。
初公判から今回の裁判まで2ヶ月近くあったので、その間、妹が今まで住んでいたマンションを解約し、引っ越しをすませ、住民票を実家に移したりと、身辺を整理しました。
妹のマンションに行くと中から彼女が出迎えてくれる気がしたり、最寄の駅にいると彼女が道を歩いていて私に声をかけてくれるのではないかと思ってしまいます。
彼女は拘留され、裁判も始まっていることが現実ですが、私には、この現実は悪い夢を見ているような感覚であり、彼女の面影がその街にはたくさんあって、電車に乗ることすらためらうことがあります。
おいしいご飯を食べること、テレビをみたり、音楽を聴くこと、日常生活において当たり前にしていることを拘留されている妹たちは何一つすることが許されないのです。
決められた時間に決められたことしかできず、自由を奪われ、未来に不安を感じて毎日を過ごしていくことは、精神的にとても追い詰められます。名前ではなく番号で呼ばれ、人間以下、家畜同然の扱いを受ける彼女たちの生活や精神状態は私たちの想像をはるかに越えていると思います。私が彼女と代わることができて、今すぐにでも自由を手にすることができるなら、代わりたい。妹を救い出せるなら何でもしてあげたい。
マンションを引き払ったり、住民票を移すことは、大げさかもしれませんが、彼女がこの世に生を受け、今まで生きていたことを全否定され、存在事体がなくなりつつあるように感じました。今まで積み上げてきたものが一瞬にして破壊され、そこから立ち上がることは困難です。何をしていても妹のことを考えてしまい、何をしていても、心から楽しむことができません。妹に対して申し訳ない気持ちになります。
一人で海外に行かせるべきではなかった、同行していたら今回のようなことにはならなかったかもしれないと悔やんでも悔やみきれません。しかし、妹は起訴され、裁判が始まってしまったのです。彼女の精神的支えになれるのも家族だけだし、救い出すために私たちは何でもするつもりです。
冤罪である妹が早く私たちのところへ帰ってくることができるように・・・
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男に騙されて、大麻6キロを、それと知らずに日本に持ち込んでしまった妹の初公判。
姉のさゆりさんによる報告です。
信じ難いことですが、妹が実際に無実だとしても、状況があまりに不利なので、有罪になってしまう可能性がとても高いと、複数の弁護士が言っているそうです。
* * *
妹の初公判が10月初旬にありました。
私たち家族にとって、忘れられない日がまた増えました。
法廷に入ると、妹は両わきに刑吏に挟まれて座っていました。
傍聴席には私たち家族3人を含めて5人いました。
私たちは彼女の後ろ姿しか見えません。
始まる前に彼女が私たちの方を一瞬振り返って、私たち家族の姿を見ると、彼女も今まで我慢していたものがこみ上げてしまったのでしょう。泣いてしまったので、弁護士が「大丈夫?」と声をかけていました。
彼女の涙を見たのは、初めて接見して以来でした。
公判は人定質問から始まり、氏名、本籍、職業等が尋ねられました。
検察官が起訴状を朗読した後、被告人に、黙秘権の告知がされました。
罪状認否、次回の裁判について、弁護士が検察官に「携帯電話のメールのやりとり、彼氏の日本における書類、妹が持ってきてしまった缶の指紋」の提出を求めました。
次回の裁判は、検察官が証拠によってどんな事実を証明しようとしているのかが陳述されます。税関の職員2人が法廷に来ます。
妹が持ってきてしまった6キロもの大麻がダンボールに入れられ、法廷に出てきました。
裁判官が「これは、あなたのものですか」という質問に、「私のものではありません」と妹は答えました。
そのようなやりとりがあった後に、次回の裁判の日程や、弁護士が検察官に、携帯電話のメール等の証拠の提出を求め、初公判は30分程度で終わりました。
初公判の日程が決まった時、裁判所から弁護士に「2時間の時間を設けるから1回で終わらせてほしい」と言われたようなのですが、弁護士は激怒して、「こっちはいろんな証拠を出して、徹底的にやりますから」と言ってくれたのです。
法廷の部屋の前に貼ってある日程表を見ると、妹の予定は一番最後で、時間も2時間とってありました。
たった1回の裁判で終わらせようとするなんて、本当に怒りがこみあげてきます。
裁判所は毎日、多くの裁判が行なわれているわけですが、彼らにとっては、たくさんあるなかの一つにしか過ぎません。
しかし、私達にとっては、人生が決まってしまう、とても重要なことなのです。国選の弁護人を選任していたならば妹の裁判は2時間で終わってしまったでしょう。
妹が法廷を出るまで、私達は彼女を見守っていました。
退廷して行くときに刑吏につけられる手錠と腰縄は、とても痛々しく非情なものを感じました。妹のその姿は耐えがたく身の引き裂かれる思いでした。
裁判中は、感情的になることを避け、冷静にメモをとっていたのですが、妹のそのような姿を目の前にして、涙が止まりませんでした。もう一人の妹は開廷してからずっと泣いていました。
裁判は傍聴席にいる人間も、威厳に満ちた裁判官の前では、とても緊張しました。
面会した際、「上手く答えられていたかな?私の態度どうだった?」と話していたので、本人はそれ以上に緊張したようです。
しかし、法廷での彼女は、とても毅然とした態度で、しっかり受け答えをしていたので、安心しました。
閉廷して、弁護士とロビーで話しました。
妹の彼氏について衝撃的なことを聞かされました。
その事実を今回のことで妹は知ったようです。
彼女は毎日どんな思いで過ごしているのかと考えると、言葉では言い表せません。
彼女に落ち度があっても、騙されていたことは明白です。
検察側は、たくさんの事実、証拠を持っているにもかかわらず、妹が共謀者とされ、起訴されてしまうなんて・・・ 男に騙されて、缶の中身を知らずに日本に持ってきてしまったことは明らかです。
父も裁判所まで5時間かけて来てくれました。
別々の帰路につき、普段あまり長電話をすることのない父とその日はたくさん話しました。
前日はよく眠れなかったこと、裁判のことなど、本当にたくさん話しました。
妹を一刻も早く苦しみから解放してあげることが私達の願いです。
そのためには、裁判というものを通過しなければなりません。
まだ序章です。無実を勝ち取るまで、私たち家族は戦い続けます。
起訴されてから数ヶ月経過しました。
次の裁判は11月下旬になります。
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