奇跡の薬草、医療薬に

Source: New Scientist
Pub date: 05 February 2005
Subj: Cannabis: Prescribing The Miracle Weed
Author: Clare Wilson
Web: http://www.thehempire.com/index.php/cannabis/news/
cannabis_prescribing_the_miracle_weed/


カナビスが生命線の病人もいる。もうすぐ正式の処方箋で入手できるようになりそうだが、それでも対象は幸運なのはごくわずかな人たちに過ぎない。ここまで来るのにどうしてこれほど長い時間がかかってしまったのだろうか?


従来の医薬品では対処できない慢性的な痛み

「私の患者さんで、もう人生に意味はないといって自殺しようとした人がいます」 と、イギリス東海岸ノーホークのジェームス・ページェット病院で麻酔を担当するウイリアム・ノットカット医師は語っている。彼は、慢性的な強度の痛みの治療の専門家だ。

痛みの原因とすれば脊椎損傷から多発性硬化症までさまざまだが、大半の患者に共通することがひとつある。それは現在の医薬品はどれも助けにならないのだ。

「痛みだけの問題ではありません。生きることの問題なのです。仕事を失い、お金に悩まされ、連れ会いは疲れきってしまう。めちゃめちゃになってしまった人たちの悲痛な話には胸が張り裂けそうになります。」

そんな医者たちにとって、たとえ役に立ちそうな薬があっても、患者への処方を禁じられていればフラストレーションがさらに加わってくる。ノットカット医師にとっては、その薬はカナビスだ。

対処の難しい患者さんの多くは症状の緩和にカナビスを利用しているが、世界中のほどんどの国では犯罪者として扱われる。法を犯すつもりもない人でもドラッグ・ディーラーから調達しなければならないうえに、薬の品質も全く安定していない。


認証許可を待つサティベックス

しかし、カナダではここ数週間以内に、多発性硬化症患者向けのサティベックスと呼ばれる舌下スプレイタイプのカナビスを認可するかどうかを決定することになっている。これが実現すれば、カナビスから製造した世界初の処方医薬品になる。患者さんたちにとってもやっと安全で均質な治療を受けられることになる。

サティベックスはここ1年ぐらいの間にイギリスでも利用できるようになる可能性もあるほか、製造元のイギリスのGW製薬ではオーストラリアとニュージーランドでも認可に向けて書類を提出している。

患者さんたちがこれほど長い間その恩恵に授かれなかったのは、サテベックスには必ずしも奇跡の効果があるわけでもないことに加え、カナビスに敵対的な政策をとっているアメリカで反対が根強かったためでもある。

いずれにしても、処方医薬品としてカナビス調合薬が利用できるようになれば、医療カナビスの使用を世の中に受入させようと何十年も戦ってきた医師と患者たちにとってマイルストーンになるだろう。


数千年の歴史をもつカナビス

カナビスの歴史は長い。人類は数千年も前から、カナビスの種を食物や油として利用し、繊維からはロープを作ってきた。

また、伝統的な民間薬としても、痛みや痙攣、発作の回避や入眠剤として世界中で使われてきた。カナビスには、吐き気の抑制 (初心者にはカナビス自体が吐き気を促すこともあるが) や、食欲の増進効果などもある。

カナビスは精神に働く陶酔薬としても最も古くから知られている。幸福感を感じリラックスできるために、とくに西側諸国ではこの百年間でリクリエーション用途が急激に広まった。

カナビスには中毒になる耽溺性があまりなく、害としてはもっぱら喫煙による肺への悪影響があるだけだが、一部の人は妄想や幻覚に陥ることがあるので、少数のグループでは慢性的精神症を引き起こすのではないかという議論も繰り返し行われてきた。

20世紀初頭には、多くの西側諸国の政府は、カナビスが社会の脅威になってきているとして法律で禁止した。 カナビスの医薬品としての利用は、効果が不安定なハーブ薬とみなされ使われなくなってしまった。1941年には、アメリカの薬局方や公式文書からは削除され、イギリスでも1971年に公式文書から姿を消した。


カナビスの医療利用の再発見

ノットカット医師がカナビスの医療利用の調査を始めた1980年代終わりころまでのカナビスの研究といえば、もっぱら、リクレーション用途で使っている場合の危険性の立証や動物への悪影響などに関するものだった。

彼は、慢性的な痛みの患者さんに対処しているなかで、何か新しいことが起こっていると感じて、それな何なのか見出すことに興味を抱くようになった。

痛みの軽減に使われてきた薬について書かれた文書を繰り返し読み漁っていると、カナビスの主要な活性成分であるTHC(テトラ・ヒドロ・カナビノール)が脳内の特定のリセプターに作用するという動物研究が増えてきたことに気がついた。

1982年に、ガンの化学療法に伴う吐き気の抑制に合成THC (マリノール) がライセンスされていることを見付け、ノットカット氏は最初にこれを痛みに応用してみることにした。

主に脊髄損傷の最も深刻な幾人かで試してみると、ある人たちはマリノールが役に立ったといい、別の人たちは恐ろしかったという反応が返ってきたが、別の人たちは 「本物のカナビス」 ほどは良くないという答えが返ってきた。


カナビス供給問題に直面

これがきっかけになって彼はカナビスの医療利用というアンダーグラウンドの世界に導かれることになった。ノーフォークのような静かな場所でさえ、地元のドラッグ・ディーラーから必須医薬品として調達している小さなサブカルチャー・グループがあることを発見した。

また、カナビスが痛みや痙攣や硬化を和らげ睡眠に役立つといっている多発性硬化症の患者数が増え始めていることを実感し始めた。次の段階は、患者が望むものを提供する良い方法を見つけることだった。1990年初頭には、彼のチームはカナビスの臨床実験をどのようにして行うか調査を開始した。

しかしすぐに困難に直面した。違法ドラッグのために供給源が安定しなかった。「埠頭周辺で出回っているような鮮度の悪いものを使えると思いますか?」「品質はどうやって標準化できるのでしょうか?」 等々。

さらに彼らは、安全に効果的に薬を投与することも難しかった。経口投与ではカナビスの効力は大きく変化しする上に効果が発現するには最低でも1時間はかかってしまう。喫煙ではタバコと同じようにガンの原因になるいろいろな物質も吸い込むことになってしまう。


アメリカでも困難に直面

アメリカのカリフォルニアでは、サンフランシスコ総合病院のHIV専門家のドナルド・アブラムス医師が同じ問題に直面していた。

彼は、エイズ患者の急激な体重減少を食い止めるためにカナビスが役立つのではないかと関心をもっていた。「患者さんたちは食欲不振と下痢に悩まされ憔悴しきって、本当に苛酷な状態でした」 と語っている。

1992年には、多発性硬化症やエイズの吐き気に対処するための合成THC・マリノールがライセンスされたが、多くに患者たちにとってはカナビスのほうがよく効くことが明らかになってきた。しかし、アメリカでもイギリスと同様に供給に問題があった。

アブラムス医師は、病院でボランティアをしていた70才のヘルパーが患者にカナビス入りのチョコレートを差入れて逮捕されたのを機に、カナビスの正式な臨床試験を行うことを申請する決心をした。

だが、ノットカット医師に比べるとさらに厄介な抵抗に遭遇しなければならなかった。1994年の彼のチームはオランダのホートファームという会社からカナビスを入手しようとして連邦麻薬局に許可を申請してが却下された。

次に国内で唯一研究用カナビスの提供が認められている国立薬物中毒研究所(NIDA)に話をもちかけたがやはり拒否された。理由は、患者がドラッグを密売する恐れがあることと、研究所が関心を持っているのはリクレーショナル用途の害に関する研究だけに限られているというものだった。1996年に3度目の申請を行ったがやはり却下された。


イギリスの変化

だが、そのころまでにはイギリス当局は、医療カナビスに好意的な反応を見せ始めるようになってきていた。皮肉なことに、こうした反応は反ドラッグの潮流の中から枝分かれして出てきたものだった。

カナビスを利用する多発性硬化症患者が増加するのにともなって、逮捕されて裁判にもちこまれるケースも増えるようになった。多くが軽い刑量か実質的な無罪になったが、このことでドラッグ取締法の評判が悪くなり、政府は医療カナビスの合法化議論や医薬品としての開発申請にも前向きに取り組むようになった。

同時期、カナビスの医学研究の分野では、人間の体内で自然にカナビノイドが生成される(ナチュラル・ハイ)という事実が世界中で認められるようになってきていた。

だが、こうした研究は、ほとんどがアカデミックな学問として行われていただけで、政治的論争の渦中にあって財務的にも不確かな分野にリスクをおかして進出しようとする製薬会社はなかった。


ジオフェリー・ガイの登場

こんな時、ジオフェリー・ガイ博士が登場した。医薬品関係のビジネスに携わっていた彼は次のベンチャーを模索していた。

長い歴史があるカナビスに目をつけたが、治療薬としてパテントを取得して収益を上げるという製薬業界の普通の方法では通用しないことも分かってた。そこで彼が思い付いたのが、植物栽培権利を取得してカナビスの特定種をクローン化して薬を製造し、排他的にマーケットを握るという方法だった。

彼によれば、自分のアイディアを研究するライセンスを政府当局に申請した際にはほとんど説得する必要もなかったと言う。「そういう会社が現れたことで胸をなでおろしている様子でした。私はまさに開けられようとしているドアを押したのです。」

彼の新会社GW製薬は、高濃度の成分をもつカナビスの数品種をオランダのホータパームから購入し、1990年代の後半に5000本の植物を育て収穫した。

会社は、カナビスが悪用されていろいろな方法で摂取されるのを防ぐために、血液への吸収が早い舌下型のスプレーを製造することに決め、「サティベックス」 という製品が誕生することになった。


大規模な臨床試験開始

ノットカット医師はサティベックスの臨床試験を行うことに合意した。しかし、カナビスを医療利用に対する社会的な許容が大きくなったにもかかわらず、彼の病院で研究の承認を得るのは困難をきわめた。

慢性的な痛みに対処する術がない重篤な多発性硬化症患者に対して3ヶ月ほどの小規模な予備調査が認められるまでに1年を要した。 しかし昨年発表された結果は、対象34人中28人にサティバックスは目覚しい鎮痛効果を示した (Anaesthesia, vol 59, p 440)。

それをうけて、GW製薬は、多発性硬化症や慢性疼痛患者に対する大規模な臨床試験に取掛かり、ガン患者に対するパイロット研究にも着手した。


ドイツ・バイエル社と提携

会社はサティベックスを市場に投入するために、販売網と資金を提供してくれる製薬会社を探し始めた。

2002年の終わりころになると、会社がガラクソ・スミス・クラインやアストラゼネカといったアメリカの大手の製薬会社と交渉しているらしいという噂が流れ始めた。たが、話合いが済んでいないのでガイ博士は喋ろうとはしなかった。

その後明らかになったところによると、交渉相手の会社の反応は芳しくなく、「C」の付く言葉を聞いただけで腰を引いてしまったという。アメリカ人重役たちにとってはカナビスは問題が多過ぎた。

GW製薬は他のパートナーを求め、最終的には、2003年5月にドイツの多国籍企業バイエルとの契約を締結した。


カナダがサティベックスの認可を検討

一方では、大規模臨床試験では良好な結果が出始めていた。

GW製薬は、イギリスで薬を販売するために医薬品監査委員会(MHRA)にライセンスを申請したが、サティベックスが患者の利益にかなう筋肉硬直の緩和をもたらすこと証明するために数ヵ月を要する追認試験を要求してきた。

現在では、医療目的で合法的にカナビスを利用することができるようになっているカナダが、サティベックス認可には最も近い位置にいる。昨年の12月には予備承認の準備が完了し、現在、GW製薬とカナダの監督官庁は、処方医薬品としてサテベックスを販売許可するライセンスの正確な表現について詰めを話合っている。

合意に至ればサティベックスは数ヵ月以内に薬局にお目見えすることになる。GW製薬は「他の福祉国家」、例えばオーストラリアとニュージランドでもライセンスの申請を行うことを表明している。


ほかでも進む開発

他のカナビス調合薬もサティベックスに追いつくにはそう時間はかからないだろう。ドイツのベルリンにある非営利の臨床調査研究所ではカナドールという経口カプセル・カナビスの開発を行っている。

しかし、2003年11月に発表された630人の多発性硬化症患者に対する研究報告では必ずしも明解な結果は得られなかった (The Lancet, vol 362, p 1517)。確かに、筋肉硬化を測定する公式な集計システムでは、カナドールが偽薬よりも効果があるという証拠は得られなかったが、患者たちはカナドールが役に立ったと感じていた。

臨床試験を実施したマーチン・シュネールは、「すでに筋肉硬直処方にライセンスされて医薬品でもこの基準に達していないものもあります」 と指摘し、使われた公式集計システムに問題があることは広く知られている、と語っていた。グループでは今年にもさらなる調査を計画しており、今回は患者からのレポートを主に使って薬の効果を判定することにしている。

アメリカでも国立薬物中毒研究所(NIDA)はカナビスの恩恵に対する研究により開かれた対応をするようになってきた。アブラムス博士は、HIVの神経障害や痛みやガンの化学療法後の吐き気や嘔吐を緩和するカナビスの可能性について研究しているが、彼はボルケーノと呼ばれるバポライザー装置を使って試験している。

彼によると、ボルケーノではカナビスが気化する温度で蒸気をつくるり燃焼することはないので、発癌性物質を放出するジョイント喫煙よりも害がないと言う。また、サテベックスのような製品の登場を歓迎しながらも、単に患者が自分で栽培できるからという理由ばかりではなく、製薬会社によって調合された医薬品よりも天然のカナビスを好む患者も常に存在する、と指摘している。


新しい臨床研究時代の幕開け

ストリートやホーム・グローン・カナビスに対する世間の見方も変化してきているが、サティベックスやカナドールのように標準化されて認可を受けた医薬品が利用できるようになれば医療分野で広く使われる契機なるだろう。

GW製薬は研究対象を広げてクローン病からリューマチの関節炎やヘロイン中毒の治療にも役立つかどうかを調査する計画を進めている。結果が良好であれば、カナダの決定がカナビスをめぐる状況の大変革の兆しになるだろう、とフィリップ・ロブソン研究所長は語っている。

「新しい臨床研究時代の幕開けです。」