アメリカのドラッグ戦争

欠陥だらけの政策で大失敗

アメリカ上下両院合同経済委員会で歴史的な公聴会


ジム・ウェッブ上院議員
at 2007 incarceration hearing

Source: Drug War Chronicle
Pub date: 20 June 2008
US Drug Policies Flawed and Failed, Experts Tell Congressional Committee
http://stopthedrugwar.org/chronicle/540/
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6月19日、連邦上下両院合同経済委員会で、アメリカのドラッグ戦争の経済コストに関して歴史的とも言える公聴会が開かれた。

この公聴会は、『違法ドラッグ: 経済的影響、社会コスト、政策対応』 と題するもので、ジム・ウェッブ上院議員(バージニア、民主)の要請によって開らかれた。彼は公聴会のオープニングで、アメリカ自身が設定したドラッグ戦争の目的達成が明確過ぎるほどの失敗に終わっているとする見方を示した。

ウェッブ議員が、この委員会で投獄に関連する公聴会を手がけたのは今回で 2度目 のことになる。


現在の政策は機能していない

「人々のドラックに対する貪欲な要求が違法なドラッグ取引の横行を招いていますが、それを阻止しようとわれわれはいままでに巨額の費用を費やしてきました。しかし、供給量を減らすことは全くできていなません。実際、高校生の85%がカナビスを手に入れることは簡単だと答えています。また、コカインの価格も1980年代に比較しておよそ80%も下がっています」 とウェッブ議員は指摘する。

「違法ドラッグの使用を食い止めるための努力は、その大部分を警察の法執行に依存しています。ドラッグ事犯で拘束された人の数は過去25年間で13倍も増加していますが、ドラッグの流通は衰えることなく続いています。また、ドラッグによる有罪判決とその処罰は、マイノリティのコミュニティに壊滅的な打撃を与えています。」

「現在行われている一連の政策は、われわれが望んだようには機能していません。ドラッグが簡単に入手できること、価格の下落、ドラッグ使用者の増加、国境地帯での暴力、そのどれもがそれを示しています。」

「われわれは、健康、経済、犯罪への影響に対する対応の仕方について再検討する必要を迫られています。また、ドラッグの需要と供給にどのようにアプローチすべきかを再考する必要があります。」


Percent of High School Seniors Who Can Obtain Drugs
Price of Cocaine
Total Prisoners in Custody on Drug Charges
Drug Arrests as a Percent of Total Arrests
(画像クリックで拡大)



一貫したウェッブ議員の発言

このような意見が2008年の議会で現職の上院議員から出てきたことは、異例とまでは言えないにしても際立ったものであることには違いない。

だが、ウェッブ議員がこのような発言をしたのは今回が初めてというわけでもない。昨年の3月 に出演したABCのニュース番組でも次のように語っている。

「これまでに決してマスコミの話題に上ることはなくても、この国を引き裂くような問題も存在しています。その一つが刑事司法システム全体に対する捉え方の問題です。一体どのくらいの人々がこのシステムで囚われているのか……現在この国で投獄されている人の数は200万人にまで増えてきているのです。この傾向は2〜3年ので底を打つようにしなければなりません。私は、自分のエネルギーをそこに注ぎたいと考えています。」

また、最近出版された 『闘うべき時が来た』 という著書の中でも次のように 書いている

「カナビスの単純所持や使用だけで投獄するのを止めさせるべき時が来ている。そうすれば、そこに費やされていた資金を節約してギャングの組織犯罪に振り向けることができる。このほうがはるかにセンスあるやり方だ。……この国には、世界で最も多くの罪悪人がいるが、それは、実際には投獄する必要のない人たちまでたくさん刑務所に送りこんでいるためだ。他の国ではもっと建設的な方法で取り組んでいる。」


その他の証言

確かに、委員会全体とすればドラッグ政策の再考を模索する方向にはあったが、ドラッグ法改革運動に取り組んでいる人たちから見れば、かなり物足りないレベルでもあった。

証言者としては、メリーランド大学の犯罪学者で、『ドラッグ戦争異見』 の著者でもあるピーター・ロイター教授 や、ラテンアメリカ・ワシントン事務所 (WOLA)のジョン・ウォルシュ代表が登場して、アメリカのドラッグ政策のさまざまな面について強く批判する意見を述べた。

だが、その多くは従来から言われていることの繰り返しで、「禁止法」 とか 「合法化」、あるいは 「課税して規制管理」 といった類の言葉は発せられることもなかった。政策とすれば、法執行・治療・予防教育をうまく組み合わせることを求めることが主体で、現在の政策に代えてラジカルな政策を取るべきっだという意見までは出なかった。

他にも、ニューヨーク・ブルックリンの地方検事補佐のアン・スワーン氏と同じ事務所のコミュニティ・コーディネーターのノーマ・フェルナンデス氏が証言に立ち、地域で実践されているドラッグ裁判形式のプログラムの成功例を紹介している。


議会は、調査データよりもレトリックを受け取ることで満足している

「アメリカのドラッグ政策はあらゆる面に及んでいて総合的ではありますが バランスが取れていません」 とロイター氏は言う。「費用の75%が、主に末端のドラッグ・ディーラーを捕まえることのために使われ、治療にはほとんど使われていないのです。アメリカのドラッグ問題は他の西側諸国に比較してずっと大きいこともありますが、対応政策で成功を収めているものは全くと言ってもよいほどないのが現実です。」

またロイター氏は、投獄ではなく治療を優先するカリフォルニア州の36号条例を引き合いに出して、政治家や選挙民たちがドラック戦争というアプローチにはもううんざりしていると言う。だがそれにもかかわらず、連邦議会には、そうしたプログラムや政策について深く分析しようとする意欲は見られないと指摘している。

さらに彼は、ホワイトハウス麻薬撲滅対策室(ONDCP)が、ブッシュ政権下の3年前のドラッグ使用レベルに関する報告すら出すことすら拒んでいる例を示して、「議会は、調査データよりもレトリックを受け取ることで満足してしまっているのです」 とも指摘している。

「ONDCPがその報告書を出していないことは別に秘密というわけでもないのに、議会側は何の苦情も言わず働きかけもしていません。われわれは、政策策定に当たっては、分析されたデータにもとずく必要があることをもっと強く要求しなければなりません。」

ロイター氏は不十分なデータしか利用できないとしながらも、「アメリカの投獄は過大になっている一方で、治療への対応は余りにも少な過ぎる」 と現状を正しく分析し、「われわれは、現状維持以上のことをしなければなりません」 と結論を述べている。


マンネリ政策の帰結

WOLAのウォルシュ氏は、コカインの生産量のレベルが20年前と同じように高いまま下がっていないのは、アメリカのドラッグ政策が、同じ内容を強化するだけで基本的に何も変わっていないからだと言う。

「1981年以降、ドラッグのコントロールに8000億ドルを費やし、供給削減にも6000億ドルを投入しています。こうした膨大な費用を費やしてきたという歴史的な事実について、今こそ直視しなければなりません。」

ウォルシュ氏は、長期にわたって基本的な政策に変化がなかった帰結として、まず第1に、バブル効果が起こってそれが今日では最大限にまで膨らんでいることを上げている。

「産地や供給ルートをいくら潰しても、別の地域に移るだけなのを何度も見てきました。もし、本当にドラッグの違法栽培を減らしたいと思うのであれば、根絶作戦一辺倒では生産地の移動を促すだけに終わることを学んで、別の方法を取る必要があります。」

第2に、ドラッグの入手が容易なままで変わっていない一方で価格は長期的に下がる傾向があるとして、禁止政策だけでは失敗に終わることを強く示唆している。

「長期的な目標とすれば価格が上昇し続けるようにすることですが、現実は逆に価格は急激に下がっています。アメリカの昨年のコカイン市場では価格破壊すら起こったという証拠がありますが、それを過去の記録と突き合わせて問題を再検討するような努力が行われたかどうかと言えば、非常に疑わしいのです。」

また第3として、国境を越えて流入してくるドラッグを見つけ出すことは、干し草の中に針を見つけるような作業だと言う。「たくさんの針を見つけようと思えば、あちこちに移動する別の干し草を多量に調べなければならなくなります。国境を閉鎖しろという意見も出るかもしれませんが、メキシコとの合法的な通商は余りにも巨大で幻想に過ぎません。」


害削減アプローチが必要

連邦議会では、メキシコの反ドラッグ政策を後押しするための一連の支援策が議論されているが、ウォルシュ氏は、「アメリカが支援したとしても、メキシコからのドラッグ流入が減ることは考えられない」 と警告している。

その代わりに、政治家たちは供給をコントロールすることに目標を置いて、現実に則した成果を期待するようにすべきだと言う。ドラッグの生産国に止めるように要求するためには、他の方法で家計が増やすことができるような代替努力を持続的に続ける必要があり、忍耐が求められる。

「すぐに成果を期待するメンタリティでは何も解決しないのです。突然状況が改善されるなど期待はできないのです。特効薬になるような政策などありません。」

ウォルシュ氏は結論として、「政策を害削減アプローチに変える必要があります。ドラッグとその問題を社会から除去できることなどは永遠にないのです」 と言う。

「ですが、より上手に管理することなら可能なのです。ドラッグ使用そのものに関連する害ばかりではなく、ドラッグをコントロールする政策に関連して出てくる害についても最小限に抑えることが必要なのです。」


供給ではなく需要の問題

委員会では、プレゼン形式の口頭証言が終わると討論形式に変わり、ウェッブ議員は最初に、「この問題を正面から話し合うことはいつも気持ちよくできるわけではありませんが、われわれは、現実状況を見据えて議論することが重要です」 と語った。

「根本は需要の問題なのです。私は、ドラッグの供給を根絶しようとするプログラムには懐疑的な見方をしてきました。もう片方の需要は満たされることがないほど膨大で、いくら供給を減らそうとしても機能しないのが現実です。」

「われわれはより多くの人を捕まえることよりも、需要問題に対処できる方法を見出さなければならないのです。これまでの方法では、信じがたいほど巨大な地下経済組織を生みだしてしまったのです。どのようにしたらこれを解体できるのかについて真剣に取り組まなければならないのです。」

「供給サイドに焦点を当てたこれまでの方法は非常に見当違いです。現実に、この方法では何の成果も上がっていないのです。本当の問題は、供給ではなく需要にあるのです。予防に努めて、人々を刑務所に入れないようにすることが必要なのです。」

委員会に主席した国会議員としては、ウェッブ議員の他には、モーリス・ヒンチー下院議員(ニューヨーク、民主)、ボビー・スコット下院議員(バージニア、民主)、アミー・クロプチャール上院議員(ミネソタ、民主)の3人だけだったが、全員がウェッブ議員の意見に賛同を示していた。


確実に効果の上がるドラッグ治療

ロイター氏は、UCLAのドラッグ政策専門家であるマーク・クレイマン教授の研究の例を引いて、需要問題への対応策として、「強制禁欲」 によるドラッグ治療を増やすことが解決につながるのではないかと指摘している。

この方法は、ドラッグテストを頻繁に行い、結果に問題があれば迅速に軽度の罰則を確実に与えることで、「ドラッグの使用と犯罪行為を確実に減らせる」 ことが示されていると言う。

この方法には、検事のスワーン氏も頷いていた。「治療の期間がどのくらいになるかが、ドラッグから抜け出して普通の正確に戻れるかの最もよい指標になります。」

スワーン氏のところでは、判決を先延ばしして、対応に柔軟性を持たせるプログラムを実施している。「このプログラムの良いところは、多くのチャンスを与えることができるという点にあります。もし治療に失敗しても、もう一度やりたいという希望にも応えることができます。」


最後の質問

公聴会が終盤に差し掛かったところで、ウェッブ議員は最後の質問を持ち出した。「司法省の統計によれば、2005年のドラッグによる全逮捕者数の内42.6%がカナビス事犯になっています。カナビスで人々を逮捕することにこれだけのエネルギーを注いでいることをみなさんはどう考えているのでしょうか?」

この問いかけは、明らかに 「それはリソースの無駄使いだ」 という反応を期待したものだったが、誰もそのようには答えてはこなかった。

代わりにロイター氏は、「逮捕者の大多数は単純所持によるものですが、メリーランド州では3分の1の人が裁判前に拘束されてはいるものの、カナビスの所持で懲役刑を受ける人は基本的にいません。見かけほど悪くはないのです」 と楽観的が見方を示した。だがスワーン氏は、「ブルックリンのカナビス取引の周辺は暴力に満ちています」 と楽観論には同調しなかった。

ウェッブ議員の問いかけに正面から最も強く反応したのは、WOLAのウォルシュ氏だった。「ウェッブ議員の質問は、結局優先順位をどうするかという問題です。まずドラッグの種類を区別する必要があります。最も害の大きいものは何で、最も焦点を当てなければならないのはどれか? また、カナビスに関しては、その本当のユーザー数を示した上で、多くを逮捕しないでその数をどうしたら減らせるか示す必要があります。」


正しい方向を目指した小さな第一歩

このようにして、ドラッグ戦争のドグマに初めて挑戦した合同委員会の公聴会は終わった。傍聴したドラッグ改革運動家たちは、ウェッブ議員の意見とこの委員会の存在には概ね好意的な感想を述べているが、公聴会の議論の程度には若干失望したという気持ちも混じっている。

ワシントンDCを本拠に活動している 政策研究所 (IPS)のドラッグ政策プロジェクトの責任者であるサンホー・ツリー氏は、「素晴らしいものでした。確かに、私が問題にして欲かったことの一部については取り上げられませんでしたが、この問題に正面から取り組んだことには大いに支持できます」 と話している。

また、コモンセンス・フォー・ドラッグポリシー の政策アナリストであるダグ・マクベイ氏は、「ウェッブ議員はカナビスについての質問で、自分が何を言いたいのかを代弁してくれる人を探していたように見受けられましたが、法執行関係者の意見ばかりを重視するのはやめたほうが良いと思います」 と言う。

「この問題に関してはわれわれもたくさん意見を述べていますが、ウェッブ議員はまともに参考にしているとは思えません。カナビスを使っている人を大勢逮捕することがなぜ問題なのかと言えば、本当の犯罪に費やすべきリソースが奪われてしまうからなのです。」

しかし、ツリー氏はウェッブ上院議員を特別に褒め称える言葉も語っている。「彼は副大統領の候補としても取り沙汰されていますから、その時はトーンを少し下げるでしょうが、彼は明らかに過剰投獄の問題を口にすることを恐れていません。また、この問題に取り組むのに当たって、司法や外交委員会ではなく合同経済委員会を使ったのは卓見です。結局は、政策には膨大な経済的な問題がからんでくるからです。」

「ウェッブ議員は、明らかに、高い投獄率をどうにかしたいという動機で動いています。彼は、昨年も投獄問題について公聴会を開いていますが、そこでその問題の多くがドラッグ政策に関連しているという明確な答えを得ています。たいていの議員はそうした答えが出ると足早に離れて行くのが常ですが、ウェッブ議員はそうではありません。だから、私は彼が信用できるのです。」

ドラッグ戦争信仰を覆すことは容易なことではない。だが、今回の連邦議会の上下両院合同経済委員会の公聴会は、正しい方向を目指した小さな第一歩と言えるだろう。

今回の公聴会の証言文書や図版は、Illegal Drugs: Economic Impact, Societal Costs, Policy Responses サイトからダウンロードできる。

ジム・ウェッブ上院議員は、2006年11月の選挙で上院に当選したばかり議員だが、当選直後の1月に行われたブッシュ大統領の年頭一般教書演説に対する民主党の公式反論演説を行い、イラク戦争での 「米兵の犠牲は無駄死にである」 と指摘して一躍有名になった。

彼は、ベトナム戦争にも従軍した海軍の退役将軍で、父や息子も軍人として従軍している。そのために、国家のために犠牲になることの意味に関しては、机上で議論しているだけの好戦政治家たちよりも説得力を持っている。

確かに、姿や振る舞いにはこれと言って引きつけるものがあるわけではないが、いったん話しを始めるとその圧倒的な迫力には思わず引き込まれるような魅力を持っている。

この秋にはアメリカの大統領選挙が行われるが、現在、民主党のオバマ候補のペアとなる副大統領候補はまだ決まっておらず、何人もの人が取り沙汰されている。ウェッブ議員もその一人に加えられているが、彼こそ本命だとする見方もある。

まず、ウェッブ議員なら軍人として立派な経歴を持っていることで、ベトナムで戦ったことを売り物にしている共和党マケイン候補や元軍人層からの攻撃を受けにくくすることができるが、民主党ちにはこのような役割を果たせる人は他にいないことが上げられる。

また、今度の選挙では、白人の低所得者層の票が鍵を握っていると言われているが、ウェッブ議員は労働者層の出身者でもあり、特に白人の低所得労働者層の多いバージニアの議員であることから、黒人のオバマ氏の弱点とされる支持層を引きつける力を持っている。この点でも、民主党には彼以外にいない。さらに、もとは共和党議員だったことも感情移入をスムーズする効果が期待できる。

もし、医療カナビスの容認を公約に掲げるオバマ・ウェッブ政権が誕生すれば、ウェッブ議員のドラッグ問題対応への考え方も大きく影響して、これまで猛威を振るってきたドラッグ戦争も大きく姿を変えて本当の21世紀が訪れることになるかもしれない。

ウェッブ議員は著作も多く、小説家としても知られている。
ジム・ウェッブ上院議員、カナビスで投獄するのはやめるべき時  (2008.5.20)