破滅を終わらせるための第1宣言

アレン・ギンズバーグ

 

  何百万というアメリカ人はアレン・ギンズバーグの詩を読む機会に恵まれるはるか以前に、 まず彼の詩について書かれたものを読んでいた。作家の観点からみれば、このように厖大な潜在的な聴衆が、 一握りの独善的な発言をする自称文芸批評家によって、ほとんど一夜のうちに作り出されたということは、 皮肉な偶然であったと言えるかもしれない。これらの批評家は、 1957年に『吠える』(Howl)が文学界に活気を与えた時――国中に熱狂的な騒ぎをまき起こし、 この詩が良俗の限度を越えていると主張したのである。

  まもなく、この闘いに参加するものが出てきた。サンフランシスコ税関と郵便局は、地方検事が告訴の手続をとることを 拒否したため、外国で印刷した『吠える』を差止めることができなくなり、責任を地方警察に転稼したのである。 警察はただちに逮捕に向かったが、その相手はギンズバーグではなく、彼の友人であり、詩人で出版者の、 「シティ・ライツ・ブックス」のロレンス・ファリンゲティとその助手のムラオ・シゲヨシを逮捕した。 そして『吠える』がワイセツであり、子供に読ませるべきではないと告発したのである。

  この裁判は数か月にわたって続き、弁護側の証人にはアメリカの一流作家、批評家が長く名を連らねていたため、 新聞社による厖大な取材が行なわれた。裁判所は被告の放免という歴史的決定を行なうにあたって、 『吠える』がワイセツな思想を伝えるというよりも、「聖なる人間のために」弁じている社会批評的な詩作であることを 述べたのである。担当の判事はさらに告訴をとりさげるようすすめ「ワイセツと言われる資料を考慮する際に、 『悪を考えるものに悪がやってくる』という言葉を憶えておくがよい」と述べた。 その後十年間に、アレン・ギンズバーグは詩的業績だけでも、アメリカの主要な詩人として国際的な賞讃を受けた。 彼は数年間北アフリカとインドに旅行し滞在したが、東欧の社会主義国をも訪問している。 彼の作品はアンソロジーに収められて二十数か国に翻訳されているが、最近彼はグッゲンハイム奨学金を受けた。

  ギンズバーグは詩に専心するだけでなく、平和運動と公民権運動の両方で華々しく活躍中である。 彼の考えによれば、現在活発に組織化され、闘われているマリファナ合法化運動はこの十年間の重大な社会運動なのである。 以下のエッセーは、特に『マリファナ・ぺーパーズ』のために書かれたものであるが、ギンズバーグはその中で、 マリファナの意識を拡大することによって「現実にたいする刺激」が形成されるという事実を証拠によって裏づけ、 冷静にマリファナを擁護している。



このエッセーの第1部は筆者がマリファナ喫煙中に書いたものである。

1965年11月13日、午後7時38分。宇宙、アメリカ、カリフォルニア州サンフランシスコにて。

  マリファナについて、特に現在、この国において、一般大衆のために明らかにすべきことがいかに多いことか!  というのは、人数こそ減っているとはいえ、みずからは体験したこともないくせに、マリファナ普及の中心人物と自称する いかさま連中の汚れた言葉によって、この薬草体験についての現実は完全に霧の中に包まれてきたからである。 そしてこれを明らかにする鍵、マリファナについての認識の奇怪な行詰りを解く鍵は、マリファナによって生じる意識がまさに 「ひとつの意識」であり、それは絶えずおだやかに、注意力の中心を、浅薄でだらだらとした口先ばかりの指標やマリファナ体験に ついてのくどくて二番煎じのイデオロギー的解釈から、喫煙後の高揚した瞬間もしくは高揚時の感覚的現象との、いっそう直接的な、 いっそう緩慢な、陶酔するような、時として顕微鏡的に微細な関わりへと移行するという事実である。

  マリファナ体験者は説明的な言葉の世界での解説を必要としない。そんなものは要するに生全体という現象からみれば、 ごく限られた魅力的な一部分にすぎないからだ。マリファナ体験を好まぬ連中も多少はいるが、彼らはマリファナが麻薬であるという 言葉の世界にあともどりしてしまい、この特殊な、言葉では表現できない意識の世界の逆宣伝をしている。 しかし世界中の実に大多数を占める人間は、マリファナの効果を感じるのに必要な二、三服は吸っているので、 時間の緩行化という何ともいえぬくつろいだ感覚に順応し、本来の好奇心からこの新しい空間を探険し、それが知悉すべき精神意識 の有効な領域であり、言葉の世界の諸要素から形成される無意味な、しかし習慣的な思考の厖大な集合体がもっている愚劣な側面を 創造的に示すものであることを報告しているのである。マリファナは要するに、唯一の客観テストを行なった者、 すなわち喫煙に満足した者の大部分にとって、タバコほど習慣性をもたぬ形而上的薬草であり、洞察力とどうように非分裂的 なものなのである。

  断わっておくが、このエッセーの筆者は分別ざかりの中年紳士、現在はグッゲンハイム創作奨学金受給者、 多くの大陸において諸種の文化の風俗習慣を体験した旅行者であり、筆者のまともな(つまり気高くない)気持としては、 このエッセーをマリファナを吸ったことのない人びとのために、思想的ギャップ(あるいは文化的ギャップかもしれないが) を埋める試みとして捧げているのであって、マリファナ体験者とマリファナ煙草について正確な知識をもたず、 マリファナをひどく侮蔑する時に使ういいかげんな、二番煎じの、非科学的な、明らかに自己本位の (麻薬取締りの官僚にみられるような)言葉によって影響された人びととの間にある誤解を解きほぐそうとしているのである。 わたしはこの問題全体に対する消極的なアプローチ(現在アメリカにおいて適切にもスクェア連中と呼ばれる集団で流行している ような)は必ずしも最善ではないし、この特殊な体験(*1)に対してもっと積極的な態度をとるべき時 がきているという好ましい提案をしたい。もし個人的にマリファナを体験する気がなければ、多くの友人や家族や職場の同僚から 彼らが体験した時の喜びを報告されたからといって、それだけで無理して体験するにはおよばない。ここは自由の国なのだから。 一方それと同じように、体験が選択という門戸によって閉め出されていない友人たちの感受性に対しては、 敬意と尊敬がはらわれねばなるまい。

  マリファナに関する否定的、神秘的イメージの主要なものは、一般大衆がある特定の源泉 (*2)、つまり合衆国財務省麻薬局から発散されるものになじんでいることを示している。 もし阿片問題を正規の医学博士に任せようという傾向(常識への復帰)が勢力を占めれば、この大規模な組織はその迫害の矛先を マリファナに向けるであろう。そうでなければ麻薬局は財務長官の保護下に、本来の仕事である小さな税務事務所としての役割を 果たす以外に何もすることがなくなるからである。“役所の仕事はそれ自体の仕事を見つけようとする”というパーキンソンの法則に よれば、あるいはもっと単純に、麻薬局の官僚が失業を恐れて、職業的関心からマリファナの「脅威」という考えを永久化 しようとしていると考えれば、マリファナに反対して、こうした根源から出される言葉による宣伝の暴力、ヒステリー、消費される エネルギーの大部分は、その道学者流の福音主義(*3)のために、いっそう忌わしい、 かなり普遍的な利己主義から出ていることになる。こうした偽善は、麻薬と呼ばれるものを直接体験したことのある者ならだれでも 知っていることである。読者はすでに気づかれているかもしれないが、わたしはこの麻薬のことを薬草と呼んできた。 それは一枚の葉、花ということであり、否定的な用語や不正確な言葉から切り離すためであった。

  社会学者にとって素晴らしい研究課題、そして現代人が老化する以前に準備されてしかるべき研究課題は、 麻薬局と前任の権力者であったハリー・J・アンスリンジャーがマリファナの「脅威」を大衆の心に植えつけ、 無邪気な大衆が信ぜざるをえなくなるまで、数十年にわたってその白々しい嘘(*4)を育成してきた 現実の歴史と戦術を仔細に検討することであろう。筆者は忍耐強い徹底した社会学者ではないし、ここではそうなる必要もないから、 個人的な体験と他人から聞いた話を語るにとどめておこう。

  まず初めに、わたしが多年にわたって公衆の前で語ってきたことを明らかにしておかねばなるまい。 それはわたしが時々酒よりも好んでマリファナを吸い、すでに数十年続けてきているということである。 時々という言葉はまったく文字通りの意味で使っているつもりである。筆者はいままで映画館で過ごした時間と同じくらいの時間を マリファナ喫煙に使ってきたが――一週間に三時間のこともあれば、映画祭の時のように十二時間、二十時間、あるいはそれ以上の こともあった――それにほぼ比例して正常の知覚の変化があった。

  さらに続けて言えば、こうしてわたしはマリファナの主観的な可能性をはっきり認識しているのであり、 この点において、歓喜、苦痛、発見、生死、恐ろしい謎の世界、そして前述の二つの文章について言えば、仏教徒の根本である プラジナ・パラミッタ経に述べられた形相、意識の空虚、畏怖、あるいは時として気分の高揚を経験するキリスト教的、 またはヒンズー教的宇宙観と、次のようなマリファナ観、すなわち、市や連邦政府の麻薬局長――もしくは厚顔無恥と侮蔑的態度で 有名なおざなりの医者――が文書や口頭で伝える誤りだらけの情報を粗末な文章に載せることが主な役目になっている新聞記者 (今では時々マリファナを吸っているが)の書いた新聞記事に見られるような、マリファナについての安手で抽象的で未熟な解釈 との間におかれたわたし自身の感覚を証拠として取り上げるしだいである。

  ある医師は六時の「ラジオ談話ショー」の時、マイクをはさんでわたしと向き合い、われわれの会話を前もって録音し、 それから『カディッシュ』(『カディッシュ』はわたしが母の思い出に書いた詩であり、父を涙ぐませた母に対して捧げたものである。 この詩は広く読まれ、作曲されたり、一部はアンソロジーに収められ、スペイン語、フランス語、イタリア語、ドイツ語に翻訳され、 目下ベンガル語あるいはヘブライ語などの諸言語で讃辞を受けている。わたしが財団の奨学金を申請する時主要な「詩」のひとつとして 提出したものであるが、専門家の前で朗読した際には喝采を浴び、大企業によって録音され流布されているし、またわたしは 数か月にわたって映画シナリオに書きなおしたこともある――要するに主観的なものと客観的なもの、私的なものと公的なもの、 そしてこれらの共通点を統合した卒直なコミュニケーションである)の一節を大声で朗読しながら、話しはじめ――非難したり、 混乱したり――こうしたダッシュの使い方は――断片的な句の段落――言葉使いや意味や方向――思考するための休止の――が マリファナによる陶酔感のあらわれであり、理解しがたいものになる時の刻一刻の意識を示していることをはっきり宣言したのである。 この医師はこうした考えが理解できなかった。わたしの記憶では――マリファナで連想作用が失われることはないし、 言葉で表現すれば思考が次から次へと移ってゆくのである――彼は実際には、わたしがまったく狂気であると言ったのである。

  わたしはそのように考える医師のほうがまったく狂気であると考えたが、わたしの母がそうだったからである。 医師も母もその妄想や考え方の点でまったく一貫性を欠いていたし、その判断には粗雑で未熟なところがあった。 この医師や母とくらべて、わたしはそれほど変わっていたわけではないのだ。アナウンサーは医師とわたしの両方に同情的であった。 放送の後でわたしはこの医師にひどく腹が立ってきた――彼の言葉がまったく独断的に思われたのである――しかしその時は どうしても相手の力に対抗できなかったし、卒直さと感情を表面に出せば冷静な相手が動揺するかもしれないと思った―― ところがまずいことに、わたしは相手に向かってファシストと叫んでしまい、わが友人オルロウスキーから、ひどくしぼられることに なった。このような場合わたしにはいくつかの正当な理由があったし、それだから気を静めたのだが、医師がありきたりの山師だ とか専門的な資格をもった一種の否定的な判定者だとは、全然思っていなかった。わたしには精神病医の友人が大勢いたが、 彼らはわたしを興味ある、しかし彼らと同じようなまったく正常な人間として接してくれた。実際わたしは八か月間の精神病院生活 を終えた時、一人の医師は微笑しながら、あなたは精神分裂ではなく、実際には他の多くの人たちと同じように軽いノイローゼです と語ってくれたものである――しかしこれはわたしが格式ばって、永遠という観念にとり馮かれた詩人だった時のことである。

  それから十三年間に、わたしが非常に変化したことはたしかである。わたしは自己の思想をインドに求めたが、 自己と肉体的経験に満足し、生への欲望と多少は調和するようになり、毎日マントラス――ヒンズー教の礼拝――を歌うように なっていた。そして、当時わたしはマリファナを大量に吸っていた。しかし、紳士録にでているわたしの略歴が奇妙なものである にしても、自分の身元についてそれほど混乱していたわけではなく、読者のために今わたしがやっているように、はっきりさせよう という気になれば連想と言葉と記憶を正確な句読法と明白な思想とに同時に結びつけこそすれ、文章の終りを忘れるようなことは なかった。わたしは皆から気狂いだと判断されるほど変わってはいなかったし、世間から切り離されていたわけでもない。

  医師の言葉(ラジオでの)は、わたしを軽い偏執狂にしただけだった。そしてわたしは相手を偏執狂にしたところで 何の効果もないと思うし、おそらくわたしが医師を誤解したのであり、同情的な立場から、わたしは狂気である(または狂気でない) が、医師の方もわたしの言葉使いを誤解したのであり、マリファナによって可能となる啓示の意味が解明されていないのに、 彼はあまりにも性急な判断を下していると考えざるをえないのである……いずれにしても『カディッシュ』を書いた時、 わたしの気分はあまり高揚していなかった。最初の原稿はニューヨーク大学図書館が買い取り、主としてアンフェタミンの影響下 にある作品というはっきりしたレッテルを貼られたが、このアンフェタミンはベンゼドリンとかテクサドリンとしてよく知られ、 トラックの運転手、医学生、主婦、神経を使う会社役員、戦闘中の兵士にはなじみ深いものである――ふつう狂気だとは言うこと のできないありふれた体験なのである。

  たしかに精神は集中力を失うが、それはひとつの側面にすぎない。たとえばマリファナ自体について文章を書く時、 マリファナ効果の正確な記録を例にあげて、縦断された現実の領域を示せば、読者はそれが「感覚的現象といっそう直接的に、 いっそう緩慢に、陶酔するような、時として顕微鏡的に徴細な関わりへ」となんの害もともなわずに、おだやかに移行することを 知るであろう――この場合それは、マリファナ体験の典型的な例を文字に変えたものであり、マリファナ喫煙を経験したことがない 者でも、思考、判断作用が緩慢になり、必ずしも書く時ほど遅くはないにせよ文章を一節一節解読しようとする者には理解され、 関係づけられ、したがってその人の情緒も変化してくるであろう。そして一般に言われているように、二つの物体が同一空間を占める ことができないのはもちろんだが、しかし別の見方をすれば、われわれは思考を持ったひとつの存在であり、わたしはこの共通の存在 に向かって――知覚の方法がどのようなものであろうと、とにかくそれは知覚されたものである―― この文章(*5)を書いているのである。

  話題を世俗的な、秩序ある世界にもどせば(*6)、いま述べたような逸話のもつ 精神現象面を、麻薬局が多年にわたってエロ雑誌や官庁の報告書のために発表してきた犯罪的見解――たとえば殺人に近い卑劣な 偏執狂、口もとから泡をふいているエジプト犬、安酒場での乱痴気セックスパーティ、衰弱、生理的、神秘的、心霊的麻薬中毒 といったもの――麻薬局の影響を受けない報告書はこれと対照的な見解をとっているが(*7)―― とを比べてみてほしい。本質的にグロテスクなイメージ、マス・メディアによって無数に拡大された思考幻覚、恐怖の副産物―― 何か悪魔的なもの――「麻薬狂」、古い言葉だ。大衆の多くが個人的に充分な体験をもち、こんな見えすいた嘘っぱちを受けつけ なくなった1960年代の初めには、こんな言葉は使われなくなってしまったのである。そこで役人どもは次のような 理由(*8)をあげて自分たちの生活を守ろうと防衛線を張ったのである。 すなわち、マリファナ取締りが必要なのは、これを吸うとスリル、刺戟を求めるようになり、その次にはヘロインという怪物を求め、 恐ろしい運命にいたる(*9)というのである。

  わたしはまったく健康な時に、カルカッタで公認の薬局から買った法定のガンジャを(ガンジャはマリファナのインド名で、 昔から酒類よりも好んで飲まれている)、熱烈な愛好者ヨガの行者、敬虔な讃仰歌を歌うシャイヴィア信者に混って、 カルカッタのニムタラ・ガットの灼けつくような大地の上で飲んだことがある。そこでは火曜と土曜の夜、これらの立派な紳士が集まり、 にわか作りの祭壇に、花と聖餐用の乳果と友人や時としては他人の死体を横たえた木製のベッドを燃す火からとったらしい火を捧げ、 その前でマリファナを吸い、一晩中さまざまな聖像に向かって、力強く、感情をこめて歌うのである。 したがってガンジャはサダナ(*10)の第一歩だと考えられることもあるし、人によっては禁欲者 ヨギ・シバ自身がマリファナを吸ったと考えるものもあり、その降誕日になると、信心深い家庭では祖母がマリファナとアーモンドを 練り合わせ、それを、聖なる社会と考えられることもあるこの多神教国民は、聖餐として吸収するのである。 ベナレス大学の一英語教授はわたしのために伝統的なシバラティの夜に一壜持ってきてくれたが、この日は、人間が生存しつづけてきた 地上最古の都市の守護神である創造者・破壊者の誕生日なのである。「ボム・ボム・マハデヴ」(どん、どん、大神さま!)とは ヒンズー教のヨガの行者が立ち上がってガンジャを吸う前に煙管を持ち上げ額につけるときの叫び声である。

  インド中がガンジャに親しみ、アフリカ全土も、アラブの世界もこれに親しんでいる。またそれほどではないにしても、 高邁で尊敬すべき19世紀のパリやロンドンの社交界においても、同様のことがあった。こうして現在でもアメリカでは大規模に 行なわれている。アラブの世界では、西欧的合理性の性急な取り入れとか、国連保健衛生機構(WHO)麻薬委員会のアメリカ代表 である狂ったアメリカ人アンスリンジャー氏の大々的な活動などによってマリファナを禁止する方向へ動きはじめている―― アンスリンジャーはその地位を利用して、ワシントンの財務省が作ったヒステリックな通達や注意書を世界中の都市警察に配布した のである――そんなわけでわたしの同窓生でテル・アヴィヴ警察に勤務する男は、アラビアのベドウィン人やイエーメンに住む相当数 のユダヤ人だけではなくエチオピアの実業家や王族たちが、昔から精力剤として噛んでいるカットの葉の恐ろしさについて最近配布 された、ものすごい注意書を笑ったものである。

  アンスリンジャーはエジプト警察の一部と連絡があり、マリファナをカナビスのような煙草の形にすることを法律で禁止 してしまったようである(しかし酒を飲まない忠実な回教徒たちは、コーランが禁じている強烈な酒の害をさけてむしろ冥想的な 麻睡煙草の煙管を好んでいる)。われわれは政府の役人連中や裕福な連中(インドにいるような)が酒類を、いっそう洗練された、 大胆な嗜好品として、通人ぶって愛好しているのを知っている。そして口から泡をふいている狂犬だとか、何か聞いたこともないような 銘柄のカナビス(スコッチ・ウィスキーやペルノのぶどう酒の上銘柄のようにアメリカにも輸入されたらいいと思うのだが)のために発狂 した連中で満員になった精神病院の話は、エジプト警察広報局――もしくはエジプトの気狂い医者ベアド博士――によって流布され、 財務省麻薬局を通じ、したがって対談や新聞によって、アメリカのマス・メディアと免疫性をもたぬ大衆(何百万ドルという広告 によって、酔っぱらうビールを飲むようにすすめられている)に伝達されるのである。エジプトでの例が長い間証拠としてとり 上げられてきたが、ごく最近アンスリンジャー氏の同僚で、現在の麻薬局長であるジョルダーノ氏という人物もこれをとり上げている。

  リンデスミス博士は公開の紙面で財務省の策動に反対し、いろいろな医学行政についての判決を廃棄するように努力して いる。たとえば麻薬を扱ったカナダの記録映画――財務省の活動によってわが国では公開禁止になっている――におそらく輸入許可がおり なかったからであろう。また公平なラ・ガーディア報告書がアンスリンジャーから激しく攻撃されている。大統領司法顧問委員会報告 (1964年)は、何十年にもわたってレキシントン刑務所の後援と警察力によらなければ医師の治療を受けられなかった麻薬中毒患者を、 行政命令や政府判決によって、「犯罪者として扱う」麻薬局の活動を、きわめて合法的なものとして特徴づけている。 1880年代に出た史上最大の報告書であり、マリファナには問題がないという結論をくだした英国東インドカナビス委員会報告はまったく 無視され(*11)、マリファナは無害であるという大鼓判を押したわが国のパナマ運河軍事報告 (*12)は麻薬局では考慮されなかったし、また医師たちは何らかの形で警察力に悩まされ、 規制を受けたことに不満をもらしている。麻薬患者は刑務所で死亡し、何千という知識階級の市民は自分で栽培し、自分一人で 吸っただけでも、《マリファナ所持販売(*13)》で長期間投獄されているのである。 若者たちは警察のワナにかかり、少量のもしくは大量のマリファナを警察に売りつけ、その結果、逮捕とか長期刑という脅しによって、 独断的な法律が作りうるありとあらゆる意地の悪い嘘っぱちに直面することになる。わたしは芸術家ワークショップの見事な立案者 であるひとりの精力的な詩人(ある代理業者に二度にわたってマリファナを売ってやったため目下6か月の刑を受けているデトロイトの ジョン・シンクレアだが)ばかりでなく、多くのアメリカ市民、友人、文学者仲間、さらにこの問題に関する著書もある研究者から、 苦情と請願の手紙を受け取っているが、刑罰としての負担は実に恐ろしいものである(*14)

  このように、かくも多数の市民を悩ますことはどうみても健全な国家活動とは言えない。なぜなら、こうしたことは 法律の混乱状態をつくり出し、このような法律ばかりでなく、これほど野蛮な法律を存在させている社会に対する侮蔑を生じ (*15)、この法律の施行者を恐れ、憎悪する風潮を起こさせるからである。というのは、 このような法律は、もっとも冒険心に富み、もっとも感受性の豊かな市民を不健康にし、弱体化するからである。要するにこのような 法律は人びとを狂気に追いやることができるのである。

  したがってマリファナを吸ったことのあるアメリカ人のほとんどが、自分たちは法を犯しているとか、国中の何千という 調査官が自分たちを探し出して投獄するために訓練を受け給料をもらっているとか、何千という市民が投獄され、また偽善的で 金のかかる裁判に対して抱く不安とか、おそらくは刑罰つまり刑務所とか、またこのように途方もない法律を作って宣伝し、施行する ことによって利益を得ている役人連中が犠牲者を作りあげる時代のなかで、友人たちが否応なしに「破滅」させられていることなどを 微妙に意識するために不安と恐怖、いや実際に偏執的な状態に陥り、ヒステリーになることも少なくないのである。

  わたし自身や他の人びととの経験からみて、わたしは、合衆国財務省麻薬局がマリファナによる「陶酔状態」の特徴 としてあげている恐ろしい影響や混乱状態のほとんどすべてが、マリファナではなく、それとはまったく逆に法律と合衆国麻薬局自体 の脅迫活動が意識に与える影響から生じたものであるという結論に達した。こうして、呪いを差し出した女性に仏陀が語ったように、 贈物が断わられた時、その贈物は差出人に送り戻されるのである。

  わたし自身もマリファナを吸った時、こうした形のパラノイア症状を経験するので、アメリカにいる時は、 マリファナが公認されている国にいる時よりもさらに吸うことが少ない。わたしの場合、情緒が著しく変わることに気づいた。 不安感は直接的には、逮捕され、異常性格犯罪者として扱われ、世間からごうごうたる非難を受けるという恐れ、広大な裁判所の建物 の中で裁かれるという不名誉なカフカ的身震い、暴力による脅迫に圧倒され、煉瓦と鉄の独房に入れられるという無力感から生じる ものであったのである。

  こうした不安が深まったのは、今年、わたしがヨーロッパから戻った時、税関で足留めされ裸にされて調べられた時である。 わたしは、マリファナの痕跡を探すためにポケットのゴミまで顕微鏡で調べられた。それまでわたしはマリファナを公然と弁護し、 麻薬局の行為を非離してきたが、その時税関検査室の机の上で一瞥した書類に、わたしの姓名が書きこまれていたのである。 わたしとオルロウスキーに関する文章の最初の部分を引用しておこう。「下記の人物は麻薬を密輸(または輸入)していると 言われる……」。

  その後数人の友人や親しい者たちから、ニューヨーク市の連邦麻薬官がわたしを逮捕しようとして、彼らに「囮となる」 よう依頼したという話を聞いた時、わたしは腹が立ったので、議員の一人に抗議の手紙を書いたほどである。この議員はわたしの 名前が税関の調査簿に載っているのは当然であり(それまでわたしはこの恐ろしい問題について、あまりにも公然と語ってきたので)、 それについてお前は大人気ないようだという返事を寄こした。だがとにかく相手の理由はわたしが特徴づけたようにカフカ的なもの ではなかった。囮を使ったことに対するわたしの苦情は、わたしの手紙と一緒にワシントンの財務省に送られ、考慮してもらった上で 返答をもらうことになった(*16)のである。わたしは議員への催促状だけでなく、このことを論文に 書こうと思っていた。というのは、これを公開することは、わたしの安全に役立つと思われたからである。

  わたしは「全国テレビ討論会」の後で、比較的早くから経験していたが、この討論では司会者のジョン・クロスビー、 人類学者アシュレー・モンタギュー、それに高名な文学者ノーマン・メイラーの全員が、われわれの知る限りではマリファナには 何ひとつ問題がないという結論をくだしていた――これは全国的なコミュニケーションの手段としては三十年ぶりのことであった―― 財務省は妄想を信じ、それに対する反駁として七分間のビデオテープにとった意見(エジプトの狂犬についてのばかばかしい焼き直し を入れたもの)を放送局に押しつけ、それを自分のネットワークで放映することに対するクロスビー氏の反対にもかかわらず 放映したが、おそらくネットワークは合衆国通信放送委員会(FCC)を通じて麻薬局からの連絡を受けとったのであろう。 その後何年かたって、わたしはクロスビー氏が彼の発行する業界紙のコラムでこの出来事を説明し、この件に関して正式に抗議する 記事を読んだことがある(*17)

  当時わたしは、難しいことではあったが、この論文を書く機会を求め、マリファナに関して直接アンスリンジャーに あらかじめ書状を送ったが、これは十ページの作文で、わたしは彼が危険な嘘つきであると考え、口では言えないような死と苦悩 の責任を負うべきであり、いずれ近い将来に、マリファナを体験した者たちがこの書物にみられるように、理性の働きと文書によって 結束し、すでに疑惑を抱いている大衆に向かって合衆国財務省の連邦麻薬局の恐るべき事実を公然と説明するようになることを 述べたものである。

1965年11月14日午前2時 アレン・ギンズバーグ



  前述の文章を変えるよりもむしろ――マリファナを吸ったことがない人のために、マリファナで高揚した思考構造が われわれ相互の意識を横断するようなやり方で、つまり言葉に表われたままの宣言として、そのままに残しておこう。 だがわたしはここで、いくつか考えをつけ加えておきたいと思う。

  わたしは半年ばかりモロッコにいたとき、カナビス煙草をよく吸ったものである。年をとった紳士やおだやかな若者が カフェや戸外の庭園の木蔭に愛想よく坐り、ハッカ茶を飲み、小さなカナビス煙草のパイプをまわし飲み、もの静かに海を眺めていた。 これこそ北アフリカにおけるカナビス煙草の効用の真実の姿であり、財務省警察部によって意識的に宣伝された《狂犬のごとき人間》 という毒々しいきまり文句とはまったく正反対のものである。そしてわたしはこうしたおだやかな感受性の典型を、バークレイに至る ハイウェイからはるばるヴェトナムの泥道まで世界中にひろがる酔い痴れたアメリカの暴力を写し出す1966年製のテレビを前に、 ウィスキーを飲んでいるニューヨークの重役たちの悩める姿と並べてみるのである。

  いままでアメリカにおいて黒人の権利、文化、感性の抑圧がマリファナに関する法律のために複雑になっていることを 述べたものはいない。アフリカの部族はマリファナを神霊崇拝のために用いている(インドにおけるこの聖なる使途については大いに 語ったが)。そしてジャズがアフリカの宗教形式をアメリカの内容に適合させたものであると同程度に(そしてもしアメリカが 来るべき変動の数十年を生きのびるとすれば、少なからずアメリカを救済するものになるだろう)、マリファナはアメリカの土着の 歌と踊りという形式が発展することと密接に結びついてきたのである。この国の黒人の間ではマリファナの使用はたえず広まってきて おり、その使用を禁止することは法によるたえざる摩擦と脅迫とともに黒人の諸権利を知らず知らずのうちに、もしくは口には出さずに 抑圧する主要な方法のひとつであった。ビリー・ホリデーからセロニアス・モンクに至るまで、麻薬問題で警察の手にかかった、 現代のもっとも有名な英雄的黒人音楽家の人間的苦悩はよく知られている。こうしたサディスティックな迫害は何十年にわたって アメリカの心を踏みにじってきたのだ。わたしは文化的、精神的心――われわれのアメリカ音楽のことを言っているのだ。

  マリファナが無害だということについて立派な証拠を出している大部分の科学者も、マリファナの驚くべき有用性 については何ら主張していないが、わたしはその有効性を主張する。

  マリファナは特殊な視覚的、聴覚的な美の知覚力にとって有効な触媒である。わたしはあるジャズ曲の構成や マリファナの影響をうけた新しい様式の古典音楽を理解したが、それは多年わたって正常な意識のなかでも鮮やかに留まっている。 わたしはマリファナで気分が高揚している時はじめて、パウル・クレーの『魔法陣』という絵をクレーが意図した通りに (視覚的に三次元の空間構成として)見られるということを発見した。わたしはマリファナで気分が高揚した時、 『水浴びする人たち』を見ているとはじめて、セザンヌが二次元のキャンパスの上に(この画家が手紙で述べているように 色彩を近づけたり遠ざけたり、三角や立体の構成によって)達成した空間についての「小さな感情」に気づいた(「理解した」)。 さらにわたしは、以前はめくらのように気づきもしなかった自然のパノラマや景色の多くを、新しい目で見るようになった。 マリファナを使用することによって、畏怖と細部が意識されるようになったのである。これらの知覚は永続的なものである―― すべての深い美的経験は痕跡を残し、何を求めるべきかという考えを残してくれ、それは後になってもたどることができるのである。 わたしはマリファナで高揚した気分で、リック美術館を歩きまわっている時、クリヴェリの均斉が好きになった。 レンブラントの『ポーランドの騎士』をはじめて死の馬に乗った崇高な若者として見るようになった――騎士の顔にわたし自身を 発見したと言ってもいい。これらのことは「幻覚作用」ではないし、マリファナではなく、何か精神を変化させる自然の (マリファナのような)事柄、たとえば強烈な愛、家族の死、雨あがりに突然あらわれる澄んだ黄昏、あるいは奇妙な映画を観た後 に時々見られるタイムズ・スクェアの奇怪なネオンの現実の姿などが触媒として働くかもしれない。したがってこれはまったく 自然なのである。

  ここではっきり言わねばならないことは、アメリカやイギリスの主要な(最良で、もっとも有名でもある)詩人、画家、 音楽家、映画人、彫刻家、俳優、歌手、出版者が多年にわたってマリファナを吸ってきたということである。 わたしは、ドン・アレンの『アメリカの新しい詩集1945〜1960』に寄稿した何十人という多数とともに気分が高揚した経験をもっている。 これが出版されてから数年の間、わたしは競走相手である『ホール・パック・シンプソンの詩集』に出てくるいっそうアカデミックな 多くの詩人たちと一緒にコーヒーを飲み、マリファナ煙草を吸ったこともある。パリ、ロンドン、ニューヨーク、あるいはウィチタでの 芝居の初演には、婦人用便所からマリファナ煙草の香しいにおいがただようこともあるのである。マディソン・マヴェニューの南北に わたって、マリファナはひそかに昔から魅力あるものとして知られている。大西洋岸と太平洋岸の都会にある騒々しい新聞社の広びろ とした部屋の中で、原稿係のボーイや記者たちはトランキライザーやベンゼドリンほどにはマリファナを吸わないが、マリファナは 酒類に匹敵する非医療的な楽しみとして話題になりはじめているのである。もう八年も前のことになるが、わたしは文学関係の レセプションに招いてもいいほど信頼できる私服の麻薬調査官と一緒に、マリファナを吸ったことがある。マリファナの無害について 医学的に権威ある証拠を引用し、もっとも有名な吸煙者4名の署名をのせた『ニューヨーク・タイムズ』の全面広告を出せば、 文化的凍氷をいっきにぶち破れるし、財務省麻薬局の暴政に完全なとどめを刺すであろう。なぜならば、それはアメリカの コミュニケーションの中心にいるすべての健全な人間がともかく知っていること、途方もない公然の秘密――ふたたび禁令を廃止 すべき時だ、ということを公然と表明するだけのことだからである。そして、それと同時に、1937年のマリファナ税法を行政的に 乱用することから生じたギャング的行為、警察狂、偽善、不安、国民的白痴の状態を終止させるであろう。

  この点について、とくに今ぜひ理解してもらいたいのは、われわれがアメリカにおいて警察国家の状態におかれ、 その特徴である大衆の洗脳、迫害、獄死、私服、警察のスパイ、密告者、不当捜査、押収に対して家庭と個人(意識のあり方さえも) のプライバシーという憲法上の保証の悪用にさらされていることである。警察力によるマリファナの禁止(当然はじめから医師の相談 を受けていなければならないヘロイン中毒者に対する不愉快きわまる迫害すら伴っているが)は、直接的に闇市場、犯罪組織、 都市における犯罪の波、国家自体の法と秩序の破壊を生み出しているのである。なぜなら大都市の裁判所は、いわゆる麻薬犯罪で いっぱいであり、遅滞しているため、市民に不利な新しい法律がいくつも(たとえば最近ではニューヨークのロックフェラーの 「トマレ、所持品ヲ検査セヨ、殴ルナ」)出てきて、マリファナ禁止に対する圧倒的な不評に対抗しようとしている。

  わたしはマリファナ禁止を徹廃し、実際の麻薬の処置を全面的に医師の手にゆだねることを提案するだけではなく、 合衆国において現在のような歴史的過失を犯した癌症状に陥っている全官僚機構の解体を提案する。そして麻薬局を解体し、 それを本来おかれるべき《歴史の蝋人形博物館》に委託することが必要であるばかりでなく、いまや全体的規模で国会による調査を 行ない、多年にわたって抗議が無視されてきた医学的、法律的、社会学的権威者の資料を利用して、政府が、実業界が、 マス・メディア界が負うべき、この途方もないまやかしの明確な責任をはっきりさせねばならない。大衆の意識に対してこのように 気狂いじみた悪ふざけをする動機と方法は何であろうか? 官公吏の不正行為禁止の法律が犯されているのではないだろうか?

  このようなことが一体どうして起こったのかという調査だけではなく、このようなことが積極的に「否認」されることを 必要としているのは、哀れな市民たち、殴打、病気、不安に対して多年わたって無力であった多数の市民であり――あらゆる都市と州 の警察、国家の手先によって直接的、肉体的に迫害されている少数者、何か月も、何年も何十年も無理解な裁判官によってしばしば 刑務所に鉄道で送りこまれてきた少数者、馬鹿げた法律と戦い、しかもこうした法律を回避するために金持なら利用できる狡猾な手段 に対しては合法的抗議さえも充分にできない少数者なのである。金は明らかに社会の片隅に追いつめられた麻薬常用者のために 出されなければならない。しかし不名誉な刑務所生活の経験者である愛すべき無害のマリファナ吸飲者に対して、金は補償金として 支払われなければならない。こうしたことは、この国のもっとも感受性に富む市民たちのなかにいると思われる何千という人びとの ために、何十年とさかのぼって行なわれねばならないし、彼らの社会的地位、人格に対する特別の栄誉は、こうした感受性が公然 とみられることを切に求めている社会によって報いられねばならないのである。

  長い間、わたしはマリファナを禁止する官僚たちの癌症状的性質を明らかにすること(バロウズが『裸のランチ』で指摘 したように)だけにとどめて、マリファナ禁止のなかにある政治的な意味が含まれていることを放置してきた。この国の市民たちは、 古くさい、既成の事実の上にあぐらをかき、これみよがしの愛国心をふりまわす警察、新聞、法律が言う『マリファナ煙草の脅威』 といったような反動的なきまり文句が、実際には身の毛もよだつような悪ふざけであり、案山子であり、(たぶん)アンスリンジャー のような一個の人間の倒錯した頭脳から国中に発散される幻覚であることを知った時、一般に認められている大衆的現実の一切を どう思うようになるであろうか。

  同じような脅迫的ヒステリーに満ちた、他の問題についてはどうであろうか。《コミュニズムの幽霊》は?  警察と法廷に対する敬意は? 財務省に対する敬意は? もしマリファナが悪ふざけだとするなら、金銭はどういうことになるのか?  ヴェトナム戦争は? マス・メディアは?

  このエッセーの初めに宣言した通り、マリファナ意識は注意力を型にはまった言葉のシンボルから「高揚した瞬間の 感覚的現象とのいっそう直接的、いっそう緩慢な、陶酔するような、時として顕微鏡的に徴細な関わりへと移動させる……」。 すでに何百万という人びとが高揚した気分になり、テレビにうつる大統領、知事、議員の姿を眺め、彼らがすべて嘘偽の性格を 示していることを見てとったし、あるいはアジアにおける大量殺人のニュースを告げるアナウンサーの非人間的でロボットのような 口調を耳にしているのである。

  多年にわたって、意識のピューリタニズムの中心、マリファナを触媒にした個人の意識の微妙な揺れ動きを抹殺し迫害 する中心が、戦争の中心であるモスクワとワシントンそのものであったことは、何ら驚くに足らない。抽象的なイデオロギーの妄想 を追い求める狂信的でかたくなな精神状態は、アメリカにある右翼的なものの考え方を決定的にし、それと同じものである 共産主義陣営の「党派的、教条的」イデオロギーの精神状態の鏡に映った像に対して、憎悪の戦いを続けているのである。 それは権力の中心が二つともマリファナに対してもっとも厳重な法律をもっているのと同じパターンの一部なのである。 そしてマリファナとアフリカの儀式音楽(ロックン・ロール)が、鉄の時間のカーテンをへだてた両側の若い世代の反イデオロギー 意識にゆっくりと触媒作用を果たしていることについても同じことが言えるのである。

  将来の世代は、われわれ地球文明の神々しい複雑さに対処し増大してゆく過剰人口、原爆による人類絶滅の恐怖、 抽象的な言語イメージ伝達網の中央集権化、地球を離れる能力に対処するために、古い思想体系を新しいものにするというよりは むしろ新しい知覚能力に頼らねばならなくなるだろう。新しい意識、もしくは新しい知識が発展し、変化した生態学的環境に対応する ことになろう。一つの自我とさまざまな自我とが交渉をもつというような、これまで見捨てられてきた「原始的」手段を再検討する 過程の一部がすでにプラハからカルカッタにいたるより若い世代のなかに進行しはじめているのである。黒人の礼拝儀式は修正 されてはいるが、依然としてそれと分かるような機能的形式をもってニューオーリンズとリヴァプールを経て西欧に侵入してきたの である。意識を拡大する薬物(幻覚剤)は大多数の若者ばかりでなく西欧の最高の知識人の間でも注目されている。 禅、チベットのヨガ、ヒンズーのヨガ、アメリカインディアンのシャーマニズムは広く現代人の意識に、また髪型、声の調子、 自然に対する態度、文明に対する態度などによって相手を認識できる子供たちに影響を与えているのである。空中にはいままで 聞こえなかった卒直さと美の歌がみちみちているのだ。

  したがって、これらのことは自己認識の触媒として、マリファナを政治的、社会的に合法化することを暗示するものである。 わたしがいままでおおざっぱに述べてきたことは、すでに大量に使用されているさまざまな幻覚剤が触媒作用を果すかもしれぬ、 いっそう深刻な情緒、いっそう深刻な社会変化にも当てはまるものである。

  そしてマリファナがかつて財務省のちっぽけな気狂いじみた官僚によって独占されたように、アメリカでは今年になって 幻覚剤が純粋食品薬物管理局によって公式に独占され、数か月のうちに多数の素人警察が雨後のたけのこのように出てきたという ことは重要な意味をもっているのである。わたしが噂で聞いたところによると、この問題についてこの分野ではいちばん「無責任」な ――合衆国の圧力団体としてはもっとも「未熟な」――堅くるしい市民団体がすでに助言者の資格で公然と動いているそうである。 この団体はペンタゴンの化学戦課である。



原注

(*1) 英文医学雑誌『ランセット』1963年11月9日号論説。
「……最近出たほとんどすべての参照記事において、マリファナを1951年に指定された危険薬物表から除外し、その輸入と消費を 公認することによって酒類と同じ社会的地位を与えればマリファナ問題は消滅するのではないかという疑問が提出されている。 この提案は考慮に値するものである。われわれの社会の構成員が犯す犯罪件数を一度は減少させ、快感を与えるものをいっそう広範囲 にわたって広めるという確実な魅力ばかりでなく、さらに税収入として、罰金よりもはるかに多額の金額をまちがいなく州にもたらす ことになるであろう。これによる増収分は世代間の緊張と人種間の緊張緩和に使用することができよう。マリファナは南米から合衆国と 西インド諸島を経て英国に拡がったからである。ここにおいて老年者が酒類を受け継いだ社会では若い人たちがマリファナを取り 上げたのである」。

(*2)ハリー・J・アンスリンジャー、フルトン・アワスラー共著『殺人者たち』38頁より、 ニューヨーク市ファラー・ストラウス・カダーイ社、1961年刊。
「恥辱と悲劇の新しい一章を加えた青少年の不合理な暴力、殺人行為はこのカナビスによる陶酔状態が直接原因になっている……」。 「マリファナ事情が悪化するにつれ、わたしは適当な取締り法を成立させるための処置が必要であることを知った。1937年までに、 わたしの指揮のもとに、局は二つの重要な手段を講じはじめた。その第一はマリファナとその流通を連邦の直接取締り下におく 新法案を議会で承認してもらうことであった。その第二はラジオや、毎年『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』紙が提供 するような主な講演会で、わたしが野原や河床や路端に生えるこの毒草について語ることであった。放送網を通じて、わたしは 殺人や強姦を含む、増大する犯罪リストについて報告した。わたしはマリファナの性質とそれがインドカナビスと密接な関係にあることを 報告したのである。わたしはこれらの事実を繰り返し強調しつづけた」。「わたしは、われわれの仕事は徹底的なものであったと思う。 大衆は変化し、全国的にも州の段階でも、大衆を保護する法律が通過したからである」。

(*3)H・J・アンスリンジャー『麻薬監督官――往復文書』220頁よ り。A・M・A紀要。1943年1月10日付。
「……われわれが手にした情報は……マリファナが精神異常、不安定で分裂した性格を促進することもあるということであり…… これは犯罪を助長する重要な原因になるかもしれず……抑制を緩和することによって、反社会的傾向を可能にすることもある……」。 「もちろん麻薬局の第一の関心は執行面である。この見地からすれば、アレンタック、ボーマン両博士が不適当にも、 マリファナの使用は肉体的、精神的、道徳的退廃をもたらさないし、持続的に使用しても、永続的な毒性効果が見られなかったと 述べているのは、まことに残念と言わねばならない」。

(*4)「阿片と他の危険薬物の売買」1938年12月31日アメリカ合衆国政府年度報告、7頁。麻薬監督官H・J・アンスリンジャー。
「麻薬課は、マリファナによる危害は精神活動を明らかに破壊することであり、またその持続的使用がそのまま精神病院に通じるという 事実を認めている」。

(*5)「最初に書いた文章がほとんどそのままといってよい本文で述べた通り、筆者は第四節の初めからマリファナ煙草を一本吸った。

(*6)筆者は第一部の終りでもまだ気分が高揚していた。

(*7)グッドマン、ジルマン共著、『治療の薬物学的基礎』。1965年刊。
「連邦麻薬規制とそれを補助する多くの法律は、昏睡状態を生じないパラヴェリンやマリファナにも適用される」。(20頁)
「マリファナを激しく使用しても永続的な悪影響は残らないし、死亡例はいままでにひとつもない」。(以下170〜7頁)
「習慣性になった者を綿密に、完全に医学的、異常精神医学的に検査しても、頭脳の働きの薬物にもとづく病理学的条件や混乱が 明らかにされるものではない」。
「習慣性は生じるが、心理的依存はモルヒネ、酒類、あるいは煙草の習慣性ほど目立つものでなく、また強要的ではない」。

(*8)合衆国下院、「方法と手段委員会」公聴会、第75議会第1期(1937年4月、5月)、下院マリファナ公聴会記録、24頁。
ジョン・ディンガル議員「マリファナ中毒者がヘロイン、阿片、コカイン使用者へと進むかどうか怪しいものだという気がしますが、 どうでしょうか?」
アンスリンジャー「そんなことはありません。そんな例は聞いたことがありません。それはまったく別のものだと思います。 マリファナ中毒者はそういう方向には進みません」

(*9)歴史的にみて、このようなマリファナ禁止の口実はまったく不合理なものであり、分析するまでのこともなかった。 しかし大衆の混乱を避けるために正確に分析しておく必要があるかもしれない。

A マリファナ使用の阿片中毒への移行という関係について麻薬局の断定を保証するような、正規の社会学的、医学的研究資料は ひとつもない。
B 麻薬局がこの二種類の薬物を強引に闇市場に並べてみせるまで、このような結びつきが存在した気配はなかった。 アンスリンジャーは1937年にそのことを証言している(原注*8参照)。
C 阿片使用者の大多数はマリファナから出発するよりもバナナ煙草、煙草、酒類から出発している――いずれの場合も、 偶然の関係ではない。
D マリファナを喫煙する何百万という立派なアメリカ人が阿片吸飲者になっていないことは明らかである。
E 社会学上のテストケースとしてマリファナが広く用いられているモロッコやインドのような社会では、阿片がきわめて僅かしか、 用いられていない。またこの二種類の薬物には何ら社会的関連はないし、また並列されることもないのである。 この二種類の薬がアメリカで並列されているのは、麻薬局の宣伝と弾圧戦術によって生じ、助長されてきたからである。

(*10)サダナ――ヨガの道、もしくは規律。

(*11)インドカナビス薬物委員会報告、1893〜4年、第13章、第552節、263〜64頁。
影響に関する結論要約
本委員会はカナビス薬品が与える影響に関し、一切の証拠を検討した。その結論を要約することが望ましいと思われる。 時おりカナビスの適量を使用することの有益性が確証された。しかしその使用は、性質上、薬品とみなすこともできる。 本委員会が現在特に注目しているのは、むしろこの薬物が一般に広く使用されているということである。その影響については肉体的、 精神的、道徳的性質に影響を及ぼすものとし、それぞれ別個に考慮することが便利である。肉体的影響に関しては、本委員会は適量 のカナビス薬品の使用は実際には何ら悪影響を残さないという結論に達した。体質的特徴により適量の薬品ですら有害でありうるという 例外的な場合があるかもしれない。すべて極端に大量のものを使用する時は、おそらく有害になることはまちがいないものと 思われる……。
カナビス薬品が与えるといわれる精神的影響に関して、本委員会は適量のカナビスの使用が精神には何ら有害な影響を与えないという 結論に達した……。
カナビス薬品の道徳的影響に関して、本委員会は適量の使用が道徳的にはまったく無害であるという意見を有する。 適量の使用が使用者の性格にたいし有害な影響を及ぼすと信ずべき充分な理由は見当らない。実際には、カナビス薬品と犯罪の関係 はほとんど、もしくはまったく存在しないと言って差支えない。
問題を総括するに当たって、これらの薬品は概して適量に使用され、過度に多量に使用された例は比較的異例であることを付言しておく。

(*12)パナマ運河地区総督委員会報告、四。1925年4月〜5月(合衆国軍医協会発行、「軍事医学」1933年、274頁より)。
1925年4月1日より12月まで、当委員会は以下の結論に到達した。
当地に生長するマリファナは酒類、阿片、コカイン等に適用しうる言葉の意味においては「習慣性を有する」という証拠はなく、 また使用者に対して有害と認められるほどの影響を与える証拠もない。

パナマ運河地区総督委員会報告、1931年6月(上記278頁参照)。
マリファナ喫煙の結果軍事裁判を受けた犯罪件数は、マリファナと同じく刺激剤、興奮剤として分類しうる酒類飲用から生じた 犯罪件数にくらべて、取るに足りないものがある。

(*13)リンデスミス教授によれば1963年と1964年に、カリフォルニアだけでマリファナに関し12,229件の有罪判決があった。 だがその全貌は官僚的秘密主義に包まれ、全国的な数字はどこにもみられないのである。

(*14)1966年3月ティモシー・リアリー博士は最低五年間の求刑を受けた。またAP電が伝えるところによれば、有名な小説家 ケン・ケ−ジーはメキシコに亡命中だが、カリフォルニアでのマリファナ犯罪のためにFBIからの犯人引き渡し要求の恐怖に さらされているという。

(*15)麻薬類乱用ホワイト・ハウス会議議事録、1962年9月27〜8日、286頁。(於国務省講堂)。
選出委員団の意見としては、マリファナそれ自体の危険が誇張され、当薬品を偶然使用したりもしくは所持する者に長期刑を課すことは、 社会的展望が貧困であるということである。マリファナは長期にわたって個人の性的犯罪やその他反社会的行為を助長してきたという 評判であるが、これを裏づける証拠は不充分である。耐性と肉体的依存は発展するものでなく、後退しても禁欲的徴候群を生み出しは しない。

(*16)1965年12月22日付の返信。
「私は麻薬局と接触をもってきましたが、貴殿の場合は、不法なことや、また麻薬法施行の目的を持つ法律手続と抵触することは認め られなかったと思われます」。
この場合警察が、逮捕されたわたしの友人に対してマリファナをわたしのアパートと作家ウィリアム・S・バロウズのアパートに 運びこむことを依頼したのである。

(*17)『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』紙。1963年11月22日号。



(明治大学教授井上謙治訳 「パイディア」Vol.5)
Copyright. First Manifesto To End the Bringdown by Allen Ginsberg.1966.