ヘンプで勝利を


第二次大戦の1942年、アメリカ農務省は農民にヘンプの生産を奨励するために 『ヘンプで勝利を』 という宣伝映画を作成した。ヘンプ農家の農民や息子は兵役を免除されていた程この作物が重要だった。この映画では繊維用のカナビスがどのように栽培されるかナレーション付きで詳しく紹介されている。第二次大戦が終了して繊維の供給不安がなくなるとアメリカ政府はすべてのヘンプ農家の許可を実質的にキャンセルした。現在、映画には著作権がなく自由にダウンロードすることができる。


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はるか昔、古代ギリシャの神殿がまだ新しかったころ、すでにヘンプは人間の役に立つ資源としては古い部類に属していました。それまでには何千年も前から中国や極東の国々で糸や布の原料として栽培されてきました。1850年以前は、大西洋を航海するすべての船は何世紀にもわたってヘンプのロープと帆で艤装されていました。死刑執行人だけでなく、船乗りたちにもヘンプは不可欠だったのです。

 

我らが愛しのオールド・エドモンドのような44門の駆逐艦は直径1メートルのアンカー・ケーブルを含めて艤装に60トン以上のヘンプが使われています。開拓時代のコネストーガやスクナーなどの幌馬車もヘンプのキャンバスで覆われていました。実際、キャンバスという言葉はアラビア語でヘンプを意味する言葉から派生したものです。ヘンプは、当時のケンタッキーやミズリー地方にとっては大変重要な作物でした。その後、ジュートやサイザル麻、マニラ麻などの安価な繊維が輸入されるようになってアメリカのヘンプ文化は衰退していったのです。

 

しかし、現在は日本によってフィリピンや東インド地域のヘンプ供給国が押さえられ、またインドのジュートの積出しも縮小していて、アメリカは産業用ばかりではなく陸海軍も自国産のヘンプの必要に直面しています。1942年、政府の要請にこたえて愛国的農民たちは36000エーカーにヘンプの種を植え、数十倍の増産を果たしました。1943年の目標は50000エーカーです。ケンタッキーの大半のヘンプ畑は川沿いの低地にあります。一部はボートでなければ近づけないほどです。このようにしてヘンプ産業は戦争計画の一部として急速に拡大を続けているのです。

 

この映画は、ケンタッキーやウイスコンシン以外ではあまり知られていないこの古くからの作物をどのように扱ったらよいのか説明することを目的にしています。これがヘンプの種です。扱いには注意してください。ヘンプを合法的に育てるには契約が必要で、連邦政府への登録と税金の印紙を取得しなければなりません。詳しくは関係機関に尋ねてください。お忘れなく。

 

ヘンプの育成には、ケンタッキーやウイスコンシンのブルー・グラス地域のように肥沃で水はけの良い土壌が適しています。固まりにく崩れやすく有機質に富んでなければなりません・やせた土壌ではうまくいきません。トウモロコシがよく育つ土地ならヘンプもよく育ちます。同じ場所で何回も連続して育成するのはあまりお勧めできませんが、ヘンプは土地にはなじみやすくケンタッキーでは何年も育っています。

 

ヘンプは密生させて陰をつくるように育てると雑草が生えなくなります。これはカナダ・アザミ草ですが生存競争に負けて枯れてしまっています。このようにヘンプは放って置いても地面を良い状態に保ち良い作物に成長します。よい繊維をとるためにはヘンプを短い間隔で蒔き、うねも狭くします。

 
 

ここでのうねは約10センチ間隔になっています。このヘンプは拡がり過ぎています。いずれにしても茎が十分に細長くなるように密に種を蒔く必要があります。このようになれば理想的です。背丈が揃っていて収穫も容易で、しっかりと育った茎は簡単に刈り取ることができて処理も楽です。左側に示した茎はほとんどが繊維質で最高ですが、右側は粗く木質が多すぎます。

 

ヘンプの種をとるためにはトウモロコシのように高台に植えます。ときには手で植え付けることもあります。ヘンプは雌雄異株の植物です。雌の花は余り目立ちませんが、雄の花は簡単に見分けることが出来ます。種が作られるのは雄の花粉が飛び散った後です。必要のなくなった雄は刈り取られ、雌に種ができます。

 

繊維用のヘンプは花粉が散って葉が落ちると収穫の時期を向かえます。ケンタッキーでは8月にヘンプを収穫します。機械化が行われて数十年間はこのような古い熊手型自動刈取り機が使われてきました。ケンタッキーではヘンプは非常によく育つのでしばしば収穫に支障を来したことから、横に寝かせるタイプの刈取り機が人気を呼びました。

 

一部では米のバインダーを改良したものも使われています。この機械は通常のヘンプでもよく機能します。最近ではウイスコンシンで長年使われていた改良型の刈取り機がケンタッキーにも導入されました。この機械は刈り取ったヘンプを均一に並べていきます。この迅速で性能の良い近代的な機械のおかげで作業は楽になり、重いヘンプに立ち往生することもなくなりました。

 

ケンタッキーでは機械の使用が始まっていますが手での刈取りも行われています。ケンタッキーでは刈り取ってすぐに植物を束ね、秋の湿気にさらすために間隔を置いて集めてお互いを立て掛けます。

 

ウイスコンシンのヘンプの刈り入れは9月です。ここでは自動スプレッダーの付いたヘンプ刈入れ機が標準として使われています。植物を刈り取ってそのまま横倒しにして刈干しするために回転するアプロン台が植物を次々と処理していきます。

 

手刈りとは違い、刈入れ機が最初の列を横倒しにするスペースを確保するためにあぜを作り収穫目的ではないトウモロコシなど他の植物を植えておきます。刈り入れ機のカッターがヘンプの背丈よりも短いと横倒しにした植物が重なり合ってしまってうまく干すことが出来ません。標準的なカットは2.5メートル前後です。

 

干すために地面に寝かせて置く期間は天候によって変わります。植物が均一に干し上がるように天地替えしを行う必要があります。木質部が十分に崩れて繊維と分離しやすくなればヘンプを起こして束ねます。良く干し上がったヘンプは色が落ちて明るいまたは暗い灰色になって、繊維を茎から簡単に剥がす事だ出来ます。主枝がこのような状態になれば乾燥がうまくいっている証拠です。

 
 

ヘンプの丈が短かったり、もつれていたり、土壌が湿り過ぎていたりして機械が使えないときには手で束ねます。木で作った串手のバケットも使われます。結ぶのに紐も使われますがヘンプ自身がよい紐として利用出来ます。普通、条件がよければピックアップ・バインダーが使われます。均一に横倒しにされ、茎が平行になっていなければなりません。もつれたヘンプではピッカーはうまく機能しません。束ねた後はそれ以上の湿気を避けるために、出来るだけ早くお互いを立て掛けて乾燥します。

 
 

1942年には全米で14000エーカーのヘンプ繊維が収穫されました。目標は過去の帆船時代の36000エーカーで、着実に達成しつつあります。ここはレキシントン近郊のベルサイユにある工場に運び込まれるケンタッキーのヘンプです。かつてはヘンプをうち砕いてほぐすのは人手で行われていました。人間には最もきつい仕事の一つでした。しかし、現在では動力を使った機械が迅速に処理してくれます。これはケンタッキーのフランクフォートにあるケンタッキー川沿いに紡績工場で国産のヘンプからロープやより糸を作っているところです。

 

もっと進んだ別の工場では百年以上にわたって改良が続けられています。現在ではそうした工場が国産ヘンプから紡いだ糸から様々な製品を製造しています。

 
 

その中には、布やカーテン地、船舶の艤装や曳航用のロープ、干し草や油田のやぐら組み、丈夫な滑車のロープ、手軽な消化ホース、何百万人ものアメリカ軍兵の靴紐、落下傘部隊のパラシュート用品などがあります。

 

アメリカ海軍ではすべての軍艦が34000フィートのロープを必要としています。ボストンの海軍基地では艦隊のために昼夜交代でロープを作っています。以前は人手でロープが紡がれていましたが、ここでは穴を開けた鉄板を通してロープが作られています。

 
 

海軍のマニラ麻の備蓄は急激に減ってきています。それがなくなれば国産のヘンプが再び必要になります。船を係留するためのヘンプ、曳航用ロープのためのヘンプ、滑車装置に使うヘンプなど海軍では船上でも陸上でも無数のヘンプが使われているのです。

 

海をまたいで帆船オールド・エドモンドがヘンプの装具と帆で勝利していた時代のように。ヘンプで勝利を!