エンドカナビノイド

その機能と治療薬の可能性


カナビノイド研究の第一人者ラファエル・マッカラム博士

Source: European College of Neuropsychopharmacology
Pub date: 14 Oct 2007
Subj: The Endocannabinoids: Functional Roles and Therapeutic Opportunities
Contact: Raphael Mechoulam
Web: http://cannabisnews.com/news/23/thread23408.shtml


まだ医学的なエビデンスが十分に揃って明確な理解が得られるまでには至っていないが、最近、カナビスによる医薬品の可能性と社会への影響について急激な関心が高まっている。

一方では、カナビスの多量使用とドラッグに無関係な通常の精神病との間には相関関係あるという指摘もある。その関連性には因果関係があるかどうかについては錯綜とした状況まま残されているが (EMCDDA 2006)、いずれにしても、非常に若い時期(未成年初期あるいは中期)からカナビスを使用した場合には、依存性などドラッグ関連の問題に発展するリスクが著しく高くなることが指摘されており (Von Sydow et al., 2002; Chen et al., 2005)、未成年のカナビス使用を防止することが重要な要件になっている。

過去何十年にもわたって、カナビスが違法状態で広く使用されるようになったために、カナビスに関する基礎研究や臨床研究は困難な状況に置かれていたが、カナビスの精神活性について解明しようとする研究は勢力的に続けられ、その結果、エンドカナビノイド・システムが発見されることになった。その後、エンドカナビノイド・システムが、神経、心臓血管、生殖、免疫など数多くの動物の生理学的システムと密接に関連していることが示されている。

エンドカナビノイド・システムの主要な役割の一つに神経防護作用があるが、さらにこの十年間に、不安、欝、癌の増殖、血管拡張、骨の形成、さらには妊娠などにまで広く影響を及ぼしていることが明らかになってきている (Panikashvili et al., 2001; Pachter et al., 2006)。

現在では、カナビノイドとエンドカナビノイドが、まだ発見されていない医学の宝箱だと考えられている。


エンドカナビノイド・システムとは何か?

1960年代にカナビスの「ハイ」を引き起こす活性成分が発見され、テトラヒドロカナビノール(THC)と命名された (Gaoni & Mechoulam, 1964)。それ以降、THCに関する文献が何千件も発表されている。また、今日では、吐き気や食欲増進のためのTHCを化学合成した治療薬さえ開発されている。意外に思う人もいるだろうが、そうした合成THCはカナビス・ユーザーが好む天然のマリファナやハシシのように違法にはなっていない。

20年ほど前には、THCが脳周辺にある特別なレセプターと結合し、その相互作用よって、カナビスのハイを引き起こす一連の生物学的なプロセスが開始されることが見出された。しかしながら、こうしたカナビノイド・レセプターが植物の成分と結びつくために人間の脳内に特別に形成されたとはとても考え難く、未知の脳内因性のシグナル化合物がカナビノイド・レセプターと結合して生化学システムを構成し、人間の体内の各種の生理学的作用に影響しているのではないかと考えられた。

そうした未知のシグナル分子を発見するための研究が行われる中で、私たちの研究チームは1990年代に2種類の内因性カナビノイド成分を 単離することに成功した。一つは脳の中に見付かったもので、サンスクリッド語の法悦を意味するアーナンダという言葉を取ってアナンダミドと名付けられた。もう一つは腸の中で発見されたもので、2-アラキドン酸グリセロール(2-AG)と命名された (Devane et al., 1992; Mechoulam et al., 1995)。


エンドカナビノイドによる神経防護作用

エンドカナビノイドで主要な働きをしている2-AGは、中枢神経システムとその周辺にも存在が確認されている。マウスの実験では、外因性脳損傷のようなストレス刺激が脳内の2-AGのレベルを引き上げることが知られている。また、2-AGには、それが内因性のものであれ外因性のものであれ、閉鎖性頭部損傷、局所貧血、興奮毒性などに対する神経防護作用のあることや、外因性脳損傷を受けた後に、血液脳関門の修復を促す働きのあることも見出されている。

こうした働きは、カナビノイドには、さまざまな生化学メカミズムを通じて作用する能力が備わっているために派生してくると考えられている。

エンドカナビノイドは、カナビノイド・レセプターという特別のレセプターを通じて作用するが、その一つであるCB1は中枢神経システム周辺に最も多く存在している。遺伝的にCB1レセプターが働かないようにしたノックアウトマウスでは、外因性脳損傷後の機能回復が遅れることや、2-AGによる治療も効果のないことが分かっている。

また、哺乳動物の体内には、外部からの攻撃で受けた損傷に対して様々な防護システムが備わっていることが明らかにされているが、その中心にある免疫システムは、細菌や寄生虫などのタンパク質攻撃を防御して損傷を軽減する働きを担っている。免疫システムほどはよく解明されていないが、非タンパク質攻撃を防御する生理システムの存在も知られている。

この数年間に限っても、いくつかの研究グループが、脳内にはCB2と呼ばれる別のレセプターの存在を確認し、特に各種の神経性疾患に反応することを報告している。これらは、明らかに、エンドカナビノイドによって神経防護メカニズムが活性化された結果としてみることができる。

また、エスター・ショハミの研究グループがわれわれのグループと共同して、エンドカナビノイド・システムがさまざまな生理経路を通じて、脳外傷にともなう脳の浮腫を低減し神経の損傷を軽減することを見出している (Panikashvili et al., 2001; Panikashvili et al., 2006)。


エンドカナビノイドの治療可能性

さらに、エンドカナビノイド・スステムは、肝性脳症や劇症肝炎によって引き起こされた精神神経症候群の病変形成にも関係していると考えられている。

実際に、動物モデル実験では病変によって脳内の2-AGレベルが上昇することや、2-AGを投与すると神経の活動や認知機能を表す神経スコアが改善されることが見出されている(Avraham et al., 2006)。また、ある種のアゴニストでCB2レセプターを活性化しても同じように神経スコアが改善することもつきとめられている。こうしたことから、研究者たちは、エンドカナビノイド・システムが肝性脳症の病変形成に重要な役割を果たしていると結論付けている。

また、CB2レセプターに特別に働くアゴニストを外部から投与した場合だけではなく、CB1レセプターに作用するアンタゴニストを投与してエンドカナビノイド・システムを調整しても治療効果が得られる可能性も指摘されている。

エンドカナビノイド・システムは広く哺乳動物の防御反応に関係していることから、その操作によって、多発性硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病などさまざまな神経性の疾患に対する新奇な治療法が発見される可能性がある。

これらのことから、エンドカナビ・ノイド・システムは、哺乳動物にとって外部からの攻撃に対抗するガードマンの役割を担っているといえる。

今日では、数多くのエンドカナビノイドが見付かっているが、特に脂肪酸エタノラミドやグルセロール・エステル系の化合物も含めて、大きなエンドカナビノイド・ファミリーを形成していると考えられるようになってきている。エンドカナビノイド・システム全体では、内因性カナビノイド、カナビノイド・レセプター、各種の酵素を中心にさまざまな化合物が関係しているが、全体を踏まえた臨床研究が今後ますます重要になってきている。


まとめ

エンドカナビノイド・システムを研究するの当たっては、基礎科学と治療科学の双方からアプローチすることが重要。

カナビスの活性成分の発見によって、カナビスの使用によってもたらされる効果への理解が深まった。

エンドカナビノイド・システムの発見によって、新しい生化学システムの存在と神経防護作用に果たしている役割が分かったことが最も重要な柱になっている。

これらの発見は新奇性医薬品を開発に門戸を開き、例えば、悪液質患者の吐き気や食欲増進の治療にTHCが使われるようになった。

エンドカナビノイド・システムは広く哺乳動物の防御反応に関係していることから、その操作によって、多発性硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病などさまざまな神経性の疾患に対する新奇な治療法が発見される可能性がある。


参考文献

Avraham Y, Israeli E, Gabbay E, et al. Endocannabinoids affect neurological and cognitive function in thioacetamide-induced hepatic encephalopathy in mice. Neurobiology of Disease 2006;21:237-245

Chen CY, O´Brien MS, Anthony JC. Who becomes cannabis dependent soon after onset of use Epidemiological evidence from the United States: 2000-2001. Drug and alcohol dependence 2005;79:11-22

Devane WA, Hanus L, Breuer A, et al. Isolation and structure of a brain constituent that binds to the cannabinoid receptor. Science 1992;258:1946-1949

[EMCDDA 2006] European Monitoring Centre for Drugs and Drug Addiction. The state of the drugs problem in Europe. Annual Report 2006 (www.emcdda.europa.eu)

Gaoni Y, Mechoulam R. Isolation, structure and partial synthesis of an active constituent of hashish. J Amer Chem Soc 1964;86:1646-1647

Journal Interview 85: Conversation with Raphael Mechoulam. Addiction 2007;102:887-893

Mechoulam R, Ben-Shabat S, Hanus L, et al. Identification of an endogenous 2-monoglyceride, present in canine gut, that binds to cannabinoid receptors. Biochem Pharmacol 1995;50:83-90

Mechoulam R, Panikashvili D, Shohami E. Cannabinoids and brain injury. Trends Mol Med 2002;8:58-61

Pachter P, Batkai S, Kunos G. The endocannabinoid system as an emerging target of pharmacotherapy. Pharmacol Rev 2006;58:389-462

Panikashvili D, Simeonidou C, Ben-Shabat S, et al. An endogenous cannabinoid (2-AG) is neuroprotective after brain injury. Nature 2001;413:527-531

Panikashvili D, Shein NA, Mechoulam R, et al. The endocannabinoid 2-AG protects the blood brain barrier after closed head injury and inhibits mRNA expression of proinflammatory cytokines. Neurobiol Disease 2006;22:257-264

Von Sydow K, Lieb R, Pfister H, et al. What predicts incident use of cannabis and progression to abuse and dependence" A 4-year prospective examination of risk factors in a community sample of adolescents and young adults. Drug and alcohol dependence 2002;68:49-64



この記事をまとめたイスラエルのラファエル・マッカラム博士は、カナビノイド研究の第一人者として知られている。この記事にもあるように、1964年に彼のグループがはじめてTHCを単離し、それがカナビスの活性成分であることをつきとめたのを始め、1990年代にはエンドカナビノイドのアナンダミドを発見し、動物の生理システム解明の道を開いた。

現在もエンドカナビノイドの神経防護作用や、心臓循環系に関与する未知のエンドカナビノイドの発見のための勢力的に研究をつづけるかたわら、若手研究者の育成にも努めている。この記事は最近開催された ヨーロッパ神経精神薬理学学会 のカンファレンスのプレスリリースとして発表された。

体内カナビノイド、アナンダミドを語る、発見者のマッカラムとシュエル両博士  (2003.2.6)

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