うつ病 と そう病

気分障害に揺れるカナビス

Source: NOW Magazine, Ontario Canada
Pub date: 21 September 2006
Subj: Marijuana Mood Swing
Author: Paul Terefenko
http://www.mapinc.org/norml/v06/n1255/a01.htm?134


気分障害
うつ病 (鬱病)
精神的症状には、精神活動の低下、娯楽への興味や喜びの消失、不安、焦燥、強い自責の念など。身体的症状には食欲低下や不眠など。朝に症状が強く、登校や出社が困難になったりすることもある。一般に、思考障害はなく、病気の自覚(病識)もある。生涯発病率は男性15%、女性25%で、そのうち15%が自殺を企てると言われている。

そう病 (躁病)
気分が高揚すると、 新しい考えがどんどん湧いてきたり(多弁)、不眠不休でなにかに取り組んだり(不眠)、電話をかけまくって説教したり(他人への干渉、観念奔逸)、出来ないことをどんどん約束したり(病的意欲亢進)、借金してまで高価なものを買いまくったり(社会的逸脱行為)したりする。一般に、他人からは支離滅裂に思われるが、自分では病識がない。 日本語の「マニア」は、英語でそう病を意味するManiaから派生した。

そううつ病(双極性障害)
うつ状態とそう状態が交互に表れる。うつ状態の時は病識あっても、そう状態の時はないことが多く、むしろうつ病が治って調子がよくなったと思い込むケースもある。生涯発病率は1〜3%だが、再発しやすい。
統合失調症(精神分裂病)
統合失調症は、普通、気分障害には分類されないが、精神病という点では同じ区分に属する。うつ病と違って、本人には病識がないのが特徴で、症状とすれば、自分が神だと確信していたり、他人が理解不能な妄想にとりつかれていたり(誇大妄想)、また、幻覚,知覚の歪み,独り言、独り笑,人に見られているような錯覚、外から操られるような錯覚(被害妄想)などがある。異常な興奮や緊張で回りとの意思疎通ができず日常生活に支障がでる。生涯発病率は約1%で、10代の後半から20代にかけての若者が発病しやすい。

何もかもうまくいかない?
気分が落ち込んで、人生いつもDマイナー?

もちろん治療法はある。セロトニン・レベルを引き上げて気分を変えてくれる薬ならピンからキリまで溢れている。 それと、たぶん、カナビスもそうだ。

2ヶ月ほど前に、ハンガリーのブタペストで国際カナビノイド研究学会(ICRS)の年次カンファレンスが開催されたが、いろいろなテーマに混じって、カナビスの気分障害への効果についても最新の研究が話題になった。

カンファレンスで発表された研究のアブストラクトにざっと目を通すと、科学者たちが見い出した結果と、これまでカナビス・ユーザーたちの間で語られてきた経験の間には大きな隔たりがることに気がつく。

以前から、落ち込んだときにはカナビスが効く、と多くのスモーカーたちは主張してきた。たとえ、うつ病だったとしても無意識にカナビスで自己治療していることもあると言う。現在では、恐ろしい副作用のある認可医薬品に変えてカナビスを処方する医者すらいる。

だが、最近の研究結果は相矛盾している。カナビスがうつの症状を悪化させるという研究者もいれば、役に立つという研究者もいる。


カナビスはプロザックより効く?

例えば、昨年、カナダのサスカチュアン大学のシャ・チャン博士のチームは、カナビスの中の成分の一つを化学合成したカナビノイドがラットのうつ病を軽減することを発見している。

現在では、利益を求める医薬品ファンド・マネーが、カナビスの気分効果を求めて盛んに投資を行っているので、いずれ結果が出てくるはずだ。カナビスはプロザックに勝てるのだろうか? 状況次第といったところか。

期待をかけて熱心に見守っている一人が、カナビスをベースにした医薬品を市場に出そうとしているカナサット製薬の科学&戦略担当副社長のウマール・セイドだ。彼は先のICRSカンファレンスにも参加していたが、「カナビスがうつ病に効くという科学エビデンスはきちんと揃っています」 と言う。

1980年代には、脳内にCB1とCB2という2種類のカナビノイド・レセプターが発見されているが、彼は、「正確なメカニズムは解明されていないが」 と断った上で、特に、そのレセプターを通じてTHCがうつ病を楽にすると説明する。

彼によれば、自己治療に成功したという報告がたくさんあっても不思議ではないと言う。なぜなら、カナビスは60種類以上のカナビノイド成分でできているが、北アメリカで栽培されている植物には、脳内のセロトニン・レベルを引き上げてうつ病を緩和することで知られているTHCが4〜8%も含まれているからだ、と指摘する。


ジョイントを巻くのはまだ早い

だが、誰もが、効果をもたらすのはTHCだと考えているわけでもない。ICRSの執行委員長でバーモント大学のリチャード・マスティ名誉教授は、THCではなく、カナビスの非精神活性成分であるCBD(カナビジオール)に注目して期待をかけて、「この分野はまだ混然とした状態にあります。はっきりするにはもっと時間が必要です」 と語っている。

マスティをはじめとする研究者たちは、ラットで実験を行い、CBDに治療効果があるという結論を導き出している。人間の患者に対してもCBDを使い、5人に2人が改善することを見出している。

しかし、カナダのカナビスにはCBDの含有量が少ないので、ジョイントでCBDを取り込もうとするのは推奨できないとも指摘している。さらに、彼が動物のうつ病にTHCを使って実験したところ、「実際には、症状が悪くなってしまった。」

ミネソタ州のウィナーノ大学精神学科のリチャード・デーヨ教授も、カナビスの成分にはポジティブな効果があると頷きながらも、ジョイントを巻くのはまだ早いと言う。彼は、製薬会社の支援を受けて研究を行っている。

ICRSカンファレンスで論文を発表した教授は、「カナビス自体は、一部の人にうつ病を起こすこともあれば、別の人では症状が良くなるようにも見えます。カナビスの中にはいろいろな種類のカナビノイドがあり過ぎて安定していません。今日吸っているものが効いたからといって、明日のカナビスも効くとは限らないのです。その意味で危険です」 と述べている。

また、カナビスの効果に対しては、年齢や性別や精神状態などさまざまな要素に影響を受けるほか、カナビスの化学成分が育った場所や気候で大きく異なり、一貫した研究結果が得られずトリッキーなものになる、と教授は強調している。


カナビスの種類は500以上

実際、このことはカナビスの研究にとって大きな足かせになっている。北アメリカの法律ではカナビスが禁止されているので、研究者たちはいろいろなカナビスを使って実験するに困難を抱えている。

カナビス・カンチャー・マガジンのマーク・エメリーは、現在では500種類以上の種が販売されていると指摘し、「合法環境にならない限り、まともなテストは全く無理です。現代医学の世界では、成分の摂取量の範囲を定めて処方することを前提にしていますが、カナビスではそのような方式は通用しません。摂取しながら、効果か得られる量を自分で決めるのです」 と語っている。

研究分野は煙で右往左往しているが、最前線の現場ではちょっと様子が違う。患者がどのようなカナビスでどのような反応をしたかという経験則を基準に動いている。トロント・コンパッション・センターでは9年にわたり医療カナビスを提供してきたが、ジム・ブリッジズ代表は、風変わりな科学を使っているわけではないと説明している。

センターがうつ病の人たちの処方に成功してきたのは、それぞれの患者が良くなったと納得するまで、さまざまなにカナビスの組み合わせを変えて提供してきたからだと言う。「例えば、M-39と呼ばれるカナビス・インディーカをベースにした製品は、不安を取り除きリラックスしてくれることが昔から知られています。」

カリフォルニア州では、州法で医療目的で医者が患者にカナビスを処方できるようになっているが、NORMLのアレン・ピエール事務局長は頷きながら、「研究では、良くなったという証言がたくさん得られています。医療カナビス・ディスペンサリー(薬局)を訪れる35%の人が、注意欠陥障害の薬や強力な抗うつ病・抗精神病薬を使っていますが、カナビスと組み合わせたり、あるいは、そうした薬の使用をやめてカナビスだけを使うようになる人もたくさんいます」 と述べている。


真理などない、ストリーがあるだけだ

医療カナビスのスペシャリストで、カナビスに関する記念碑的な著作でも知られるハーバード大学医学部精神学科名誉教授のレスター・グリンスプーン博士も、こうしたポジティブな結果を強く支持している。

博士は、双極性障害にリチウム治療を始めた頃を振り返って、当時は患者の証言をもとにした二重盲検研究など行われておらず、何故カナビスを使っている患者の多くが、合法的なリチウム治療を受けようとしないのかわからなかったと言う。

患者の証言をもっときちんと聞くべきではないのか? そういう思いからか、ネイティブ・アメリカン詩人のサイモン・オーティスの 「真理などない、ストリーがあるだけだ」 という言葉で始まる博士の ウエブサイト には、何百ものユーザーのポジティブな体験談が公開されている。

「政府の悪辣なプロパガンダにもかかわらず、精神科医たちは、カナビスをどの薬よりも害がないとして勧めています。程度の低いうつ病の患者たちの一部は、プロザックよりも効くと証言しています。」


カナビス販売の歴史を無視している

このことはグリンスプーン博士だけというわけではない。40年ほど前にアメリカ精神保健研究所でカナビスの研究に従事していたカリフォルニアのトッド・ミクリヤ医師も、当時の医薬品業界が、1940年代以前の100年間におよぶ医薬品としてのカナビス販売の歴史を無視していることの驚きを覚えたと言う。

「カナビスで効果を上げている患者さんは、普通、標準的な抗うつ剤が効かなかった人たちです。いろいろな患者さんを診て教えられたことの一つは、感覚と身体の複雑な関係です。例えば、うつ病は痛みと密接な係わりがありますが、痛みを取るために処方されるオピオイドなどの大半の医薬品は、うつに悪い影響をもたらします。その点、カナビスの体内での作用の仕方はまったく違っています。」

「医薬品業界は必死で特許を取れるような薬品を探していますが、それには大変な時間を要します。しかし、古き良きカナビスはそのままでは特許の対象になりませんから、そのかわりに分子レベルのカナビノイドに注目しているわけです。私が天然のカナビスを強く勧めている理由は、現在の研究以前に行われていた多くの科学的研究のことを知っているからです。」


双極性障害にカナビスは不向きという見方も

カナダ精神病理学会は、いずれの側にも属さずに慎重な態度を取っている。ヘレン・ケート報道担当は 「学会には公式なガイドラインはありません」 と認めている。

カナダ保健省当局も関与しない方針を堅持している。キャラル・サインドン広報官は、医療カナビス利用規定(Marijuana Medical Access Regulations)では、特に精神状態について触れた部分はなく、医師が専門家として適切だと考えれは、どのような目的にでもカナビスを処方できるようになっている、と説明している。

だが、うつ病でのカナビス使用を支持する人の裾野が広いのに対して、他の精神病はそうとも言えない。例えば、カナサット製薬のウマール・セイドは、双極性障害にカナビスを使うことには賛成していない。

「双極性障害の場合、カナビスが安全となのは、うつ状態のときだけです。そう状態のときはCBDが効くと思いますが、急に、そう状態になったとき、もしTHCを吸引すれば症状が悪くなってしまいます。私は、双極性障害に関しては、いかなるカナビノイドでも使うことに強いためらいを覚えざるを得ません。」


統合失調症は?

統合失調症に対しても同じような見方をしている人もいる。テキサス大学精神学科名誉教授のハロルド・カラント教授は、「カナビスを使うと、統合失調症になったり再発するリスクが著しく増えることは多くの研究で示されています」 と言う。

しかし、セイドは、統合失調症にCBDが有効であることを示すエビデンスが次々に出てきていると指摘する。「十分にCBDを摂取すれば、統合失調症を調整できるという強いデータが出てきています。まだ、最終的な結論はわかりませんが、現在、この分野の研究は最も盛んで、ハンガリーでも新しい研究発表が行われています。」


皮肉な医薬品開発とカナビスの合法化

カナビノイドをベースにした医薬品の開発機運の高まりには、一般のカナビス合法化の動きを置き去りにしそうな勢いも感じられるが、NORMLのアレン・ピエールは、医薬品業界がカナビスに興味を抱いていることに強い皮肉を語っている。

「開発を進めている製薬会社には、カナビス法の改革をめざす人の多くも投資しています。彼らは、そうした投資が政治に反映して禁止法の廃止につながると思っていますが、政府は 『医薬品システムで認可された安全な製品があるのだから、カナビスの合法化などは必要ない』 と言うに決まっています。」