カナビスと統合失調症の新たな関係

カナビスで統合失調症の初期兆候が出現

Source: The Register
Pub date: Nov 06, 2008
Study clears cannabis of schizophrenia rap
Autor: Tim Worstall
http://www.theregister.co.uk/2008/11/06/cannabis_psychosis_study/


カナビス誘発精神病

カナビスの禁止論者サイドが持ち出してくる議論にはトンデモも少なくないが、割とまともな議論としては、カナビスが統合失調症を引き起こすというものがある。彼らの主張によれば、カナビスによる統合失調症が増えているはずだが、実際には社会全体の発症率は横ばいか、人によっては下がる傾向すら見られるということで、何とも釈然としない。

計算によれば、イギリスのカナビスによる年間の統合失調症発生は500人程度とされているが、300万人のカナビス常用者がいることを考えれば非常に重要な問題とまでは言えないが、仮にリスクが低くても統合失調症の害は大きいとして声高に議論を挑む人たちも絶えない。

確かに、何らかの関連はあるのかもしれない。しかし、特にカナビスで統合失調症になるかもしれないと心配している人にとっては、何よりもカナビスとの因果関係についてもっと進んだ知識を知りたいと望んでいるはずだ。アルコールなどでは、情報も多いので冷静な対処が可能で大騒ぎすることではなくなっているからだ。

あるいは一方では、カナビスと統合失調症には因果関係がないという説があってもおかしくない。カナビス誘発精神病(cannabis induced psychosis)は、実際にはカナビスが引き起こしたのではなく、たまたまそう見えるだけなのかもしれない。

つまり、カナビス誘発精神病と称する状態はカナビスがもたらしたものではなく、統合失調症の初期的な兆候がカナビスによって表面化してきた現象に過ぎないとも考えられる。


遺伝的素因

このことを検証するには、サンプル・グループを特に慎重に選ぶ必要があるが、幸いにして、デンマーク・オルフス大学病院の研究チームが一般精神医学アーカイブ誌2008年11月号にさまざまな特徴を持ったグループを比較した最新の 調査研究 を発表している。(解説記事

統合失調症には、「遺伝的な素因」 がからんでいることはよく知られているが、この論文ではそこに着目して、統合失調症を3種類にわけて分析している。(この記事では混乱を避けるために区別していないが)

この研究で対象になったのは、1955年から1990年までに生まれた225万のデンマーク人で、その中には、カナビス誘発精神病とさまざまなタイプの統合失調症で治療を受けた人が含まれている。また、家族関係も追跡できるようになっているほか、どのような症状に苦しんだか苦しまなかったかも分かるようになっている。

このようなデータを使ってカナビスと統合失調症との関係を調べるとどのような結果が得られるのだろうか? 果たして、カナビス誘発精神病が発症した場合には高い率で統合失調症まで発展するものなのだろうか? それとも、統合失調症の発症が家族関係の遺伝的素因によるものと考えることができるのだろうか?


カナビス誘発精神病は、統合失調症の初期的兆候の一形態

研究者たちは、カナビス誘発精神病で治療をうけた609人と、統合失調症やそれに関連する病状で治療をうけた6476人の家族歴を比較することによって、各々の疾患の遺伝的違いを割り出そうと試みている。その結論として次のように書かれている。

「全体としては、カナビス誘発精神病を発症した人の中で、遺伝的素因を持って統合失調症スペクトラムやその他の精神障害になった人の割合と、カナビス誘発精神病歴とは無関係に遺伝的素因を持って統合失調症スペクトラムになった人の割合は同等で違いは見られない。」

つまり、親や兄弟など第一度近親者で統合失調症になった人のいる割合は、カナビス誘発精神病で治療を受けた人でも、実際に統合失笑症の治療を受けた人でも変わりはなく、統合失調症の発症率はカナビス誘発精神病の有無には関係がないことになる。このことから、論文ではさらに一歩踏み込んで次のように書いている。

「こうした結果や以前の研究結果から考えて、カナビス誘発精神病というのは実際には根拠ある正当な診断名ではなく、統合失調症の初期的な兆候の一形態に過ぎないと見ることができる。」


問題は精神病になりやすい人だけ

つまり、バッドトリップがカナビス誘発精神病を引き起こすというのは間違いで、すでに内在している病気を単純にカナビスが誘発したと診断してしまった結果として起こっていることになる。論文は結論として次のようにも書いている。

「いずれにしても、遺伝的な要因の程度については、カナビス誘発精神病で治療を受けた人と、カナビス誘発精神病歴がなく統合失調症になった人との間では鏡の像のように密接な関係を持っている。」

「また、今回の結果は、もともと精神病になりやすい人や、あるいはカナビスの使用を中断しても精神病の兆候の出るような人がカナビスを使えば、精神病の症状が目立って起きやすいという他の研究の結果とも同じになっている。」

カナビスを使って問題になるのはすでに精神病になりやすくなっている人だけだ、というこの論文の結論は、間違いなく筆者のみならず読者の最初の予想をはるかに越えている。もし単純にその通りならば、ナッツ・アレルギーの人のために注意ラベルを貼るのと同じようにして、カナビスにも注意ラベルを貼れば合法化できることになる。


カナビスで統合失調症を予見できる?

しかし、この論文の発見はもっと先を行っている。身近な家族の精神障害の発症問題から知ることができるリスクを考慮に入れれば、カナビス誘発精神病の人の統合失調症の発症率と一般の発症率が同じになることは、カナビスの使用が精神障害の発症を増加させるするというエビデンスはないということになる。

研究者たちも、「統合失調症を発症する人は、カナビスを使っていたかどうかは関係ない」 と語っている

また実際問題として、統合失調症になりやすい人は、カナビスを吸ってみれば、完全に発症してしまう前に何らかの症状が何度も出ているはずで、それを見逃さなければ統合失調症を予見できることにもなる。

今回の論文:
Familial Predisposition for Psychiatric Disorder, Comparison of Subjects Treated for Cannabis-Induced Psychosis and Schizophrenia  Mikkel Arendt, et al., Arch Gen Psychiatry. 2008;65(11):1269-1274.   (PDFはこちら

カナビス誘発精神病(cannabis induced psychosis)は、カナビス喫煙後少なくとも48時間にわたって現実的な感覚を失った精神症状が続いた場合に付けられる診断名とされているが、実際には他の精神疾患の症状と見分けることは難しいとされている。

また、人の声が聞こえたとかパラノイドなどカナビス・ユーザーがごく普通に体験する症状と似ていることもあってそれだけでは区別しにくいが、カナビス・トリップの場合はせいぜい数時間でおさまるのに対して、カナビス誘発精神病は48時間以上続くという特徴がある。

したがって、カナビスで統合失調症の兆候が出ていないか自己診断するときには、パラノイド症状が2日以上続いているかどうかに注目することが重要になる。

デンマークのこのチームは2005年12月にも 『カナビス誘発精神病からその後の統合失調症へと続く連続的疾患:535症例の分析』 という研究を発表している。

この研究は、カナビスで何らかの精神病的異常で病院を訪れた患者について分析したもので、そのうち約半数(44.5%)がその後6年以内に統合失調症を発症したとしている。

この数字は病院内に限った事例分析から導き出されたもので、カナビス・ユーザー全体を対象にしたものではないが、数字が大きくインパクトが強いことからマスコミは盛んに報道した。

この時期は、ちょうどチャールズ・クラーク大臣(当時)によるカナビスの分類の見直問題が加熱していたこともあって、いつのまにか 「カナビス使用者の約半数が統合失調症になる」 という滅茶苦茶な噂までなって広がった。

もっとも論文では、デンマークのカナビス誘発精神病は10万人年あたり2.7人にしかなっていないとも指摘していた。

今回発表されたカナビスと統合失調症の関連モデルについては、「カナビスで統合失調症になるのは。もともと精神脆弱性を抱えた人」という以前からある主張と基本的に同じであるが、それを統計的に実証して、なぜ「カナビス誘発精神病からその後の統合失調症へと続く連続的疾患」 が多くなるのか明確に示した点で画期的といえる。

今回の「カナビス誘発精神病と称する状態は、統合失調症の初期的な兆候がカナビスによって表面化してきた現象」というモデルを使えば、これまで相矛盾していた見方や、説明が難しかった現象を統一してとらえることができる。

例えば、カナビスを大量に使っていると統合失調症のリスクが高まるという最もポピュラーな主張に対しては、社会全体のカナビスの使用量が増えても統合失調症患者の数が増えていないという決定的な反論があるが、今回のモデルを使って、統合失調症発症前にカナビスによってその初期的な兆候が誘発されただけなので、統合失調症患者の数とカナビスの使用は無関係であると解釈することができる。

また、カナビス使用後に何日か経ってから未使用状態でも同じ症状がぶり返す 「フラッシュバック」 についても、このモデルでは無理なく説明することができる。カナビス誘発精神病は、カナビス喫煙後少なくとも48時間にわたって現実的な感覚を失った精神症状が続く状態とされているので、何日か後で症状がぶり返すことがあっても何ら不思議はなく、たまたまそれをフラッシュバックと呼んできたと考えることもできる。

もともとフラッシュバックについてはその報告も多くはなく、もっぱら事件がらみの法医学関係の分野で語られている。LSDなどの幻覚剤がからんでいるのが普通 で、カナビス単独によるものについての報告は稀にしかない。

フラッシュバック発症30分後に 6ng/mLのTHCが検知された という報告もあるが、普通、この程度ではたいした精神効果は起こらないし、血液中残留最長時間とされる2〜3日以内に多量に摂取した可能性もある。また、事件がらみであれは犯人(発症者)の供述には嘘をつこうとするバイアスがかかっているほか、調査した法医学の専門家が精神科医であるとも限らない。

少なくとも、カナビスによるフラッシュバックについては、誰でもが遭遇する悪害の一つとして強調するのは誇張で間違っている。