統合失調症の政治学

Source: Counter Punch
Pub date: 18 Aug 2007
Subj: The Politics of Schizophrenia
Author: FRED GARDNER
http://www.counterpunch.org/gardner08182007.html


先日出版されたランセット7月号に掲載された論文によると、「今では、カナビスを使うと大人になってから精神病になるリスクが増加することを示す十分な証拠が揃っており、若者に対して警告を発する必要がある」 と主張している。

この論文の「証拠」は、統計処理によって導き出されたもので、著者たち(なぜか医学博士は含まれていない)は、データーベースの中から関連論文を検索し、価値あると判断した35件の研究についてメタ分析して調べている。

それぞれのデータについては、「交錯因子として、カナビス以外のドラッグ使用、性格特性、社会人口特性、知的能力、その他の精神健康問題など約60種類について調整」 を施し、その結果、カナビスを使っている人では精神病のリスクが40%高くなり、さらにヘビー・ユーザーの場合は50〜200%も高くなると結論付けている。


鬼の首

イギリス政府は、2004年にカナビスの法的な位置付けを考え直し、罰則の厳しいB分類から危険度が低いC分類へと変更した。C分類では、栽培者・配布者・使用者に対する罰則が緩く設定されている。この措置に対して、大手の製薬会社や警察を始めとする禁止論者たちは、カナビスで精神病が起こるという論文が新たに出てきたとして、分類を再度見直して戻すように政府に再考を迫った。

2005年には、内務省のドラッグ乱用諮問委員会が見直しの諮問を受けて医学文献の検証を行った。しかし2006年1月に発表された報告書では、「現在ある証拠からは、個人がカナビスを使って統合失調症になる生涯リスクは最悪でも1%以内にとどまっている」 として、危険度はC分類が相当で変更の必要はないという結論を出している。

この報告書に対して、各新聞やタブロイドは、今回のランセットの論文はその見解を覆すものだとして鬼の首でも取ったように書き立てている。
  • 「ジョイントを1本でも吸えば、精神病のリスクが40%上昇」 - デイリー・テレグラフ
  • 「カナビスで精神病のリスクが倍増」 - ザ・タイムス
  • 「カナビスを吸っていると精神病になる」 - デイリー・メール
また、カナビスをB分類に戻すことに最も熱狂的に取り組んでいたインデペンデント・オン・サンデー紙は、ランセット論文の概要を紹介する中で、「世界の専門家トップ50、カナビスがリスクと関連しているのではなく、カナビスそのものが精神病を引き起こすと回答」 とセンセーショナルに書いている。

「ドラッグと精神病について研究している世界の指導的権威者50人以上に聞き取り調査をしたところ、大半の人は、特にスカンクのような効力の強いカナビスでは著しい健康リスクがあり、精神病や統合失調症になる脆弱性が間違いなく強まると答えている。」


51番目の専門家の意見

では、51番目の専門家としてハーバード大学精神学科のレスター・グリンスプーン名誉教授の意見はどうだろうか? 教授は1967年以来カナビスの研究に取り組み、『統合失調症、薬物療法と心理療法』 という共著のほか多数の専門書も書いている。

グリンスプーン教授は、「何年か先にこうなると主張する研究を論駁するのは難しいのですが、カナビスの喫煙は統合失調症を引き起こしたりしません」 と話している。

教授も含めて多くの精神医学の権威者は、統合失調症の原因について、胎児や幼年期に遺伝子が損傷を受けて脳の発達に影響し、大きくなってから器官が正常に機能しなくなってホルモンがバランスを崩すために起こるという見方をしている。

精神が現実と乖離するとしばしば幻視や幻聴が起こる。しかし、精神の乖離は、はっきりとした「突発性の出来事」を契機にして起こることが非常に多いとグリンスプーン教授は言う。「突発性の出来事というのは、重大な交通事故、愛する人との別離・喪失、アルコールのめちゃ飲み、LSDのバッドトリップなどで、私はカナビスの場合もあると考えています。しかし、ここで重要なのは、そうした突発性の出来事と本来的な原因を区別して考えることです。」

統合失調症のリスクを抱えたティーンに対してカナビスをやらないように警告することはできるのだろうか? 「残念ながら、統合失調症の前段階の状態を特定する方法はありません。」

教授によると、青年期に統合失調症になった人たちの子供時代のビデオ映像を見てその兆候が表れていないかをスペシャリストが調べた研究では、大半のケースで統合失調症の前段階の状態を見分けることができるという結果が出ている。しかし、手がかりになる兆候は微妙なもので、実戦的に応用できるまでは至っていない。

また、事例エビデンスからは、統合失調症と診断される前の人たちは、しばしば非常に独特の考え方をする傾向が見られると言う。


カナビスだけではなく、アルコールやタバコの使用率も高い

アメリカの研究では、統合失調症の人のカナビス使用率が一般の約2倍も高いことが見出されたいるが、同時にアルコールやタバコの使用率も高くなっている。さらに、それらが併用されるケースが多いことも知られている。

カナビスの使用が精神病の症状を悪化させるのかあるいは抑制するのかについては、実際には何百年も前から議論が続いている。これは、カナビスを使う理由が多様でその影響も様々なことが反映しているが、根本的には、カナビスを使ったから精神病になったのか、あるいは精神病の症状の一環としてカナビスやアルコールを多く使うようになったのかがよくわからないという問題がある。

雑誌のサイエンティフィック・アメリカンなどでは、生理的に、統合失調症の人では脳内に自然生成されるカナビノイドであるアナンダミドのレベルが高くなっているという指摘もあるが、やはりこれも、問題の結果そうなったのか、あるいは問題の原因なのかはっきりしない。

「ランセット論文のメタ分析研究は、著者たち自身も認めているように方法論的にも欠点を抱えています。その結果、リスクが大きく誇張されてしまっています」 とグリンスプーン教授は言う。


統合失調症の発生率は増えていない

カナビスが精神病を引き起こすという主張を受け入れることができないのは、「アメリカでは、1960年代に何百万人がカナビスを吸い始めたわけですが、統合失調症の発生率は少しも増えていないから」 で、大人の精神病の発症率は、その社会でカナビスが多く使われているかどうかに関係なく、世界中どこでもだいたい1%で共通しているとグリンスプーン教授は指摘する。

今回と同様に過去の研究を検証した2004年のランセットのジョン・マクラウドらの論文では、「若者のカナビスの使用は、この30年で序々に増加し、イギリスやスエーデンで、1959年から70年ころまでは10%程度だった使用率が2001年には50%近辺にまで増えている」 と書いている。

「もし、カナビスの使用と統合失調症の間に間違いなく因果関係があれば、相対的なリスクは5倍に増えて、統合失調症の発症率は1970年の2倍以上になっていなければならなくなる。しかしながら、この30年間の人口あたりの統合失調症の発症率は変わらないか、むしろわずかに減少傾向を示している。」

因果関係を否定するこうしたごく真っ当な常識論に対しては、禁止論者たちは、現在のカナビスがいわゆる「スカンク」という今までとは全く違った新しい種類なので当てはめることはできないと主張している。

しかし、カナビスのTHCの含有量が増加しているといっても急にそうなったわけではなく、アメリカのDEAによる押収カナビスの分析でも何十年もの間に序々に増えてたことが示されているが、統合失調症の発症率はそれと連動して上昇した事実はない。さらに、アメリカでは1986年以降、合性THCのマリノールが合法的に処方利用できるようになって広く使われるようになったが、やはり統合失調症の発症率は増えていない。

また、カナビノイドとしては、THCのように意識を変容させるものばかりではなく、カナビジオール(CBD)のように不安を鎮める働きのあるものも知られているが、禁止法がカナビジオールの高いカナビスの品種改良を阻んでいるという事実については、今回どのメディアも全く触れていない。


若者のカナビス使用の何が問題なのか?

先に引用したジョン・マクラウドらの論文では、今回メタ分析の対象になったのとほぼ同じ過去研究を総合的に検証しているが、次のように結論付けている。

「不幸なことに、カナビスが統合失調症を引き起こすかどうかという議論が、カナビスの法的位置付けをどうするかという議論に置き換わってしまっているが、しかし本来、若者のカナビス使用を防止することは、統合失調症を引き起こすかどうかにかかわらず、公衆衛生上の重要な問題として大きく取り上げる必要がある。」

では、公衆衛生上、若者のカナビス使用の何が問題なのだろうか?

「大半のユーザーは、カナビスを吸うときにタバコを混ぜるが、実際上、カナビスの使用がタバコを使い始めるきっかけになっている。これが、タバコ中毒を強要することになりタバコを止めることを難しくしてしまっている。さらに、法的環境の影響も大きく、カナビスを使う若者を犯罪のリスクに晒して、彼らの健康をいっそう損なう結果と招いている。」