前提が信頼できないランセット論文

精神病を引起こすことに懐疑的な見方


マーク・ホフナゲル

Source: Science Blogs Denialism
Pub date: July 30, 2007
Subj: Does Smoking Cannabis Cause Schizophrenia?
Author: Mark Hoofnagle, MD/PhD Candidate
http://scienceblogs.com/denialism/2007/07/does_smoking_cannabis_cause_sc.php

ここの記事で批判に対象となっているランセット論文は2007年7月に発表されたもので、少し前に発足したばかりのブラウン政権が、カナビスの分類をC分類からより厳しいB分類に戻すことを検討していると発表した直後だったこともあって大きな関心を呼んだ。

また、1995年に出版されたランセットでは、「カナビスの喫煙では、たとえ長期にわたっても健康の害にはならない」 と主張していたが、今回、「カナビスの喫煙で精神病のリスクが41%増加する」 という論文を採用したことで、ランセットは趣旨替えをして立場を変えたのかとも言われた。

今回の論文は、新しい調査をしたのではなく過去に出された論文を総合的にメタ分析したもので、これまでカナビスによる統合失調症リスクが6倍とか4.3倍、3.1倍、2.8倍、2倍、1.8倍などと言われてきたのに比較すれば、統合失調症も含めた精神病全体で1.4倍としており、従来よりもかなりトーンダウンしたものになっている。

しかし、この記事ではメタ分析の手法デザインと評価基準については大いに認めているものの、ベースになっている前提そのものが信頼できないとして、結果についても否定的な見方をしている。


大げさなマスコミの反応

カナビスを吸うと精神病のリスクが40%も増えるという新しい研究が発表されると、すぐにあちこちで話題になった。私も、タブロイドで有名な デイリー・ニュースの記事 で、この研究のことを知った。
  • ジョイント1本で統合失調症のリスクが40%以上も増加、新研究が不穏な警告!

  • 政府委員会の報告でも、カナビスを常用していると深刻な精神病のリスクが倍加することを見出されている。

  • 結局、ランセットの論文でも、カナビスが原因で7人に一人が統合失調症など人生を破壊する精神病になることが示された。

何やらちょっと大げさではないのか? こうした場合には、あれこれ詮索するよりも原典の ランセット論文 を直接見るに限る。


分析手法デザインと評価基準

最初に、この研究は新しい調査をしたものではなく、過去に発表された調査論文を総合的に検証したメタ分析だと書かれている。ということは、研究の質がメタ分析の手法デザインと評価基準に大きく依存しているので、まずそのあたりを注意しなければならない。

カナビスを使っていた人では、オッズ比で1.41倍(信頼区間95%、1.20-1.65)で、何らかの精神病になるリスクが増大する。

カナビスを多く使っている人ほどリスクが大きくなる用量反応関係(2.09, 1.54-2.84)が一貫して見られる。この分析では、精神障害について臨床的に信頼性の高い研究だけを取り上げているが、どれも結果は同じようになっている。

うつ症状、自殺念慮、不安についても個別に分析をしているが、精神病の分析に比較すると結果の一貫性はやや乏しい。原論文でも非因果論的な説明についてはあまり言及されていない。

精神病と感情病の双方とも、交錯因子の影響がかなり残されている。

と言うことは、リーファー・マッドネスが本当だということなのか? あっても僅かだと思っていたが、非常に興味深いことに、カナビスと精神病の間には統計的に著しい用量反応関係があると言っている。いったい分析デザインはどうなっているのだろうか?

ここで取り上げた研究は、同一の対象者を一定期間継続的に追跡した住民ベースの縦断研究か、縦断的な臨床対照研究のいずれかに限定している。精神疾患や薬物関連の問題を抱える人の集団を対象にしたコホート研究、刑務所での研究、カナビスの医療利用を対象にした無作為対照研究(RCTs)については除外している。

納得。この基準は妥当で正しい。では、肝心の 「精神病」 の定義は?

ここで扱う精神病は、統合失調症、統合失調症様障害、統合失調感情障害、感情病、非感情病、特定不能の精神病、妄想・幻覚・思考障害を併せ持つ精神病的症状を対象にしている。

気分双極性障害、特定不能の感情障害、欝、自殺念慮または自殺企図、不安障害、神経症、躁病については感情病として扱っている。
たぶん研究者たちも分かっているだろうが、妄想・幻覚・思考障害を併せ持つ精神病的症状には少し問題がある。カナビスに酔った状態とダブっているので、精神病の診断としては疑陽性としなければならない場合もあるからだ。でも、一応これもよしとしよう。


で、結果は?

研究の評価基準に関してはよいとして、では結果の実際はどうなのだろうか? 次の図が最も重要な結果を示しているようだ。



この図では、研究ごとにカナビス・ユーザーの精神病のオッズ比を信頼区間とともに表示したもので、一番下にはメタ分析した集計結果が示されている。全体としてのオッズ比は1.14で、95%信頼区間が1.20-1.65になっている。また多量使用者のオッズ比は2.19で、信頼区間が1.54-2.84で、確かに用量反応関係が大きくなっている。結果としては特に意外なわけではないが、実際問題としてこの結果は信頼できるものなのだろうか?


どこがインチキ臭いか?

まず第1に、「ジョイント1本でも吸えばリスクが40%増える」 というマスコミの言い分がとんでもない誇張だということがわかる。この研究では、カナビスを使ったことのある人全体を対象としているのであって、1本だけ吸った人に限定しているわけではではない。マスコミの論理が成り立つならば、タバコを1本でも吸えば肺癌になるリスクがあることになってしまう。また、「統合失調症のリスクが40%増える」 と書いている記事もあるが、この研究の精神病の定義はもっとずっと広い。

マスコミの誇張は別にして、この論文そのものについてはどうか? まず、この研究では用量反応関係に大きな特徴を認めているが、ここでの用量は使用回数のことで実際の薬理学的な用量反応関係とは違う。しかし、カナビス・ユーザーは、もともとカナビスの使用回数が多ければ多いほど、妄想・幻覚・思考障害といった精神病的症状を経験していることが多く、そうしたカナビスの酔いの体験そのものが精神病とみなされてしまう可能性も高くなると考えられる。

また、この研究自体の最も根本的な問題は、カナビスの使用が原因で精神病が起こるという因果モデルをベースしていることで、相関関係との混同が無批判に内包されてしまっている。

そもそも、深刻な精神病を抱えている人は、カナビスだけではなく、多くのドラッグを頻繁に使っている。言い替えれば、統合失調症や精神に深刻問題のある人は初めからカナビスにも中毒になるリスクが高く、このことが研究結果に影響を与えている可能性がある。

だが、研究者たちは問題ないと主張している。その理由として、カナビスの使用が直接の原因になる精神病はそうそう起こるものではなく、たいていは精神病を発病させるトリガーを高めるように働くために、メタ分析ではカナビス使用開始時にすでに統合失調症などの精神障害と診断されている人が含まれているコホート研究は除外して、カナビス使用以前には精神病の兆候のなかった人がカナビス使用以降に発病したケースのみを扱った研究だけを取り上げていると説明している。

確かにこのやり方は間違っていないし全く正当だとも言える。そうでなければ、カナビスの中毒になるリスクが高い人が含まれていることで、分析結果に大きな影響が出てくることが簡単に予想できるからだ。しかしながら、処理手順以前の問題として、ベースになっている考え方そのものには十分な正統性があると言えるのだろうか?

ない、というのが私の答えだ。それはタバコについて見ればわかる。読者は、統合失調症患者がどのくらいタバコを吸っているか知っているだろうか? 


タバコでも発症リクスが1.94倍になっている

信じられないかもしれないが、 88%の統合失調症患者がタバコを吸っており、タバコを吸っている患者の90%は発症前からすでに開始している。さらに、用量反応関係では、統合失調症患者のうち68%がヘビー・ユーザーで喫煙者全体の割合の11%を大きく上回っている。

この研究では、カナビスの開始以後に精神病が発症した場合のみを取り上げていると言っているが、同様な研究は タバコ や アルコール についても行われており、似たような関係が発症リスク(何と1.94倍!)についても用量反応でも見つかっている。

たとえ、この研究の著者たちが主張するように、すでに精神病と診断された人を含んだコホート研究を除外したからといって、統合失調症患者の圧倒的多数は精神病と診断される以前からすでにタバコなどのドラッグを開始しているケースが多く、除外したと言ってもタバコや他のドラッグ影響までが消えてなくなるわけではない。

こうした統計的事実があるにもかかわらず、なぜタバコが精神病のリスクになると言う人がいないのだろうか? それは、一般的な事実として、タバコを使った以降に精神病が起こったからといって、必ずしもタバコが原因になって精神病が起こったとは誰も思わないからだ。


相関関係は因果関係ではない

同じようなことは、アルコール依存症の人や若年で飲酒を開始した人の場合にもしばしば見られる現象で、もともと、そのような人たちはもともと中毒になりやすい傾向があり、若年時代からドラッグを求める行動を起こしている。

問題の根本は、若年でアルコール依存症やドラッグ依存症になったのはドラッグが原因でそうなったと考えてしまうことで、実際には、ドラッグ開始以前からその人にはドラッグに依存しやすい傾向があったと考えるべきなのだ。

私は、カナビスやアルコールを開始するはるか以前から身近にあるケミカルを手当たり次第やってハイになろうとしていた人を何人も診ているが、彼らがカナビスやアルコールを始めたのは、以前にケミカルを試したり中毒していたからではなく、もともとハイを求める行動を起こすタイプの人間だったからだ。

相関関係が因果関係を表しているわけではない。ドラッグを乱用する傾向は精神障害に苦しむ人の特徴なのであり、相関関係に頼って結論を出せば誤りを呼び込む。

私は、この論文の結論についてはほとんど信頼できない。いずれ統合失調症になる未成年はもともとドラッグを求める性向の強いことが研究でも示されており、因果関係としては、こうした現象のほうがもっと強いからだ。

この記事を書いた マーク・ホフナゲル は、バージニア大学の分子生理学&生物物理学部のMD/PhDの候補生。否認主義の戦術を応用して世間の科学に対する知識の浅はかさをブログで暴くことを趣味としていている。

Denialism Blogs

ランセット論文の入手:
Theresa HM Moore, Stanley Zammit, Anne Lingford-Hughes, Thomas RE Barnes, Peter B Jones, Margaret Burke and Glyn Lewis, Cannabis use and risk of psychotic or affective mental health outcomes: a systematic review, The Lancet Volume 370, Issue 9584, 28 July 2007-3 August 2007, Pages 319-328.

相関関係と因果関係の違いについては、かなりレベルの高い仕事をしている人であっても理解していない人が少なくない。また、相関関係が強ければ因果関係になると誤解している人もいる。

相関関係と因果関係の違いをよく表している例としてエイズがある。アメリカでエイズが出現したころは、まだ原因がウイルスによるものだとは知られていなかった。だが、同性愛者やヘロイン・ユーザーに多く発症しているという相関関係があったことから、同性愛やヘロインの禁止や隔離を徹底すればエイズの流行を抑えられるという主張が叫ばれた。

しかし、相関関係がいくら強くでも同性愛やヘロインがエイズそのもの原因を示しているわけではない。その後、異性間のセックスや母子感染、血液製剤でもエイズが発症することが明らかになり、エイズ・ウイルスが原因で感染することが分かった。

このように、相関関係だけで物事を判断すると、とんでもない人種差別や偏見を引き起こしてかえって社会に多大な害をもたらすこともある。

ランセット論文では、カナビスが精神病を引き起こすという因果モデルをベースに分析をしているが、因果関係が証明されているわけでもなく、研究者たちも、カナビスと精神病の間には、「必ずしも因果関係があることを示しているわけではない」 と認めている。

ランセット論文の著者で研究を率いたザミット教授は、ランセットが配信しているポッドキャストのインタビューの中で、「カナビスの使用が本当に精神病のリスクを増加させるのでしょうか?」 という質問に対して、次のように答えている。(Soft Sercret Magazine Issue 6 - 2007 30p, Cannabis, Mental Health and the Media)

「いいえ、そうとまでは言えません。……この論文の結果は、カナビスが精神病を引き起こすという因果関係まで示しているわけではありません。この種の疫学研究では、関連を説明するために他の要因を考慮する必要がありますが、考慮していない要因が絡んでいる可能性もありますので、交錯因子を調整した後でも他との関連を完全には排除できないのです。」

「しかしながら、われわれの立場から社会に何らかのアドバイスをしようと思えば、たとえ現時点で入手できるエビデンスが不十分なことがわかっていても、近い将来に今より上質のエビデンスが得られるという確証がない限りは、結局のところ、その時に利用できる最善のエビデンスを使わざるを得ないのです。」

実際、この論文を作成した理由については、論文の結論にも次のように書かれている。

「これまで、カナビス使用と深刻な精神障害を含めた精神病の症状との間には一貫しら関連がみられることを述べてきた。この結果に対しては取り除くことができない交錯因子やバイアスがが残されている可能性もあるが、近い将来にこの不確かさが解消する見込みは余りない。しかし、不確かさが避けられないものであっても、政策決定者は、広く使われているカナビスに対して何らかのアドバイスを社会に向けて用意する必要がある。われわれは、カナビスの使用によって後年に精神病に発展するリスクが増える可能性のあることを人々に伝えるに足る証拠が現在では十分に揃っていると確信している。」

つまり、科学的な論証としては不十分だが、社会の警告することに意味があるということが動機になっている。これは、以前に、ロビン・マリーやメリー・キャノンといったカナビスと精神病の研究では最も指導的な立場にある人たちが 提言していたこと と全く同じになっている。

この記事では言及していないが、ランセット論文については、ユーザーが自己治療のためにカナビスを使っていて相関関係が強くなる可能性のあることや、 カナビスによって精神病が引き起こされるとすれば、世界中でカナビスの使用が増えているのと伴って精神病も増えるはずだが、研究者たちはその証拠を示すことができていない、という批判もある。

2008年11月、イギリス精神医学ジャーナルに、カナビス精神病の関係する確率は低いことを強く示唆する 最新の論文 が掲載された。研究チームは、関連のあるデータベースを検索して1万5000件以上の文献リストを収集し、最終的には品質アセスメントに合致した13件の長期研究で「カナビスが精神障害の発症に影響を与えたかどうかを示したこれまでのエビデンスを総合的にレビュー」している。この点ではランセット論文とよく似ている。

研究の結論では、カナビスと精神病の関係を指摘する臨床的な意見が一般的にはなっているにもかかわらず、カナビスが精神病の人の症状をさらに悪化させるかどうかについては不明瞭なままで、他の交錯因子が原因になっていないかどうかについてもはっきりしていないと指摘して、著者たちは次のように書いている。

「疾患の重篤度についてベースライン調整をしている研究はほとんどなく、大半は、アルコールなどの交錯因子になりうる重要な要件についても調整していない。交錯因子のいくつかを調整している研究もあるが、しばしば、その結果は交錯因子の除去で元のデータが非常に大きく影響を受けている。」 このことは、交錯因子自体が原因になっている可能性すら示唆している。最後に、「精神病の原因として特にカナビスが強く関連していると信ずべき理由は低い」と結論づけている。

興味深いことに、この論文の筆頭著者がランセット論文を主導したスタンレー・ザミット教授になっている。彼は、ランセット論文ではデータの収集や分析に不十分な点があることを認めていたが、いずれ根本的な見直しを痛感していたために、今回は自分が筆頭研究者になってあらためて研究に取り組んだようにも感じられる。

結果はランセット論文を否定するような内容になっている。

最新研究 カナビスと精神病の関係は弱い  (2008.11.23)

専門家、カナビスの分類変更に反対、政府の罰則強化策には科学的根拠なし  (2007.7.27)
データを曲解し誇張するカナビス報道、カナビスと精神病をめぐるランセット論文  (2007.7.28)
最近の 「カナビスと精神病」 の加熱報道に反論  (2007.8.2)