カナビスを使っていた人では、オッズ比で1.41倍(信頼区間95%、1.20-1.65)で、何らかの精神病になるリスクが増大する。
カナビスを多く使っている人ほどリスクが大きくなる用量反応関係(2.09, 1.54-2.84)が一貫して見られる。この分析では、精神障害について臨床的に信頼性の高い研究だけを取り上げているが、どれも結果は同じようになっている。
うつ症状、自殺念慮、不安についても個別に分析をしているが、精神病の分析に比較すると結果の一貫性はやや乏しい。原論文でも非因果論的な説明についてはあまり言及されていない。
精神病と感情病の双方とも、交錯因子の影響がかなり残されている。
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ランセット論文の入手:
Theresa HM Moore, Stanley Zammit, Anne Lingford-Hughes, Thomas RE Barnes, Peter B Jones, Margaret Burke and Glyn Lewis, Cannabis use and risk of psychotic or affective mental health outcomes: a systematic review, The Lancet Volume 370, Issue 9584, 28 July 2007-3 August 2007, Pages 319-328.
相関関係と因果関係の違いについては、かなりレベルの高い仕事をしている人であっても理解していない人が少なくない。また、相関関係が強ければ因果関係になると誤解している人もいる。
相関関係と因果関係の違いをよく表している例としてエイズがある。アメリカでエイズが出現したころは、まだ原因がウイルスによるものだとは知られていなかった。だが、同性愛者やヘロイン・ユーザーに多く発症しているという相関関係があったことから、同性愛やヘロインの禁止や隔離を徹底すればエイズの流行を抑えられるという主張が叫ばれた。
しかし、相関関係がいくら強くでも同性愛やヘロインがエイズそのもの原因を示しているわけではない。その後、異性間のセックスや母子感染、血液製剤でもエイズが発症することが明らかになり、エイズ・ウイルスが原因で感染することが分かった。
このように、相関関係だけで物事を判断すると、とんでもない人種差別や偏見を引き起こしてかえって社会に多大な害をもたらすこともある。
ランセット論文では、カナビスが精神病を引き起こすという因果モデルをベースに分析をしているが、因果関係が証明されているわけでもなく、研究者たちも、カナビスと精神病の間には、「必ずしも因果関係があることを示しているわけではない」 と認めている。
ランセット論文の著者で研究を率いたザミット教授は、ランセットが配信しているポッドキャストのインタビューの中で、「カナビスの使用が本当に精神病のリスクを増加させるのでしょうか?」 という質問に対して、次のように答えている。(Soft Sercret Magazine Issue 6 - 2007 30p, Cannabis, Mental Health and the Media)
「いいえ、そうとまでは言えません。……この論文の結果は、カナビスが精神病を引き起こすという因果関係まで示しているわけではありません。この種の疫学研究では、関連を説明するために他の要因を考慮する必要がありますが、考慮していない要因が絡んでいる可能性もありますので、交錯因子を調整した後でも他との関連を完全には排除できないのです。」
「しかしながら、われわれの立場から社会に何らかのアドバイスをしようと思えば、たとえ現時点で入手できるエビデンスが不十分なことがわかっていても、近い将来に今より上質のエビデンスが得られるという確証がない限りは、結局のところ、その時に利用できる最善のエビデンスを使わざるを得ないのです。」
実際、この論文を作成した理由については、論文の結論にも次のように書かれている。
「これまで、カナビス使用と深刻な精神障害を含めた精神病の症状との間には一貫しら関連がみられることを述べてきた。この結果に対しては取り除くことができない交錯因子やバイアスがが残されている可能性もあるが、近い将来にこの不確かさが解消する見込みは余りない。しかし、不確かさが避けられないものであっても、政策決定者は、広く使われているカナビスに対して何らかのアドバイスを社会に向けて用意する必要がある。われわれは、カナビスの使用によって後年に精神病に発展するリスクが増える可能性のあることを人々に伝えるに足る証拠が現在では十分に揃っていると確信している。」
つまり、科学的な論証としては不十分だが、社会の警告することに意味があるということが動機になっている。これは、以前に、ロビン・マリーやメリー・キャノンといったカナビスと精神病の研究では最も指導的な立場にある人たちが 提言していたこと と全く同じになっている。
この記事では言及していないが、ランセット論文については、ユーザーが自己治療のためにカナビスを使っていて相関関係が強くなる可能性のあることや、 カナビスによって精神病が引き起こされるとすれば、世界中でカナビスの使用が増えているのと伴って精神病も増えるはずだが、研究者たちはその証拠を示すことができていない、という批判もある。
2008年11月、イギリス精神医学ジャーナルに、カナビス精神病の関係する確率は低いことを強く示唆する 最新の論文 が掲載された。研究チームは、関連のあるデータベースを検索して1万5000件以上の文献リストを収集し、最終的には品質アセスメントに合致した13件の長期研究で「カナビスが精神障害の発症に影響を与えたかどうかを示したこれまでのエビデンスを総合的にレビュー」している。この点ではランセット論文とよく似ている。
研究の結論では、カナビスと精神病の関係を指摘する臨床的な意見が一般的にはなっているにもかかわらず、カナビスが精神病の人の症状をさらに悪化させるかどうかについては不明瞭なままで、他の交錯因子が原因になっていないかどうかについてもはっきりしていないと指摘して、著者たちは次のように書いている。
「疾患の重篤度についてベースライン調整をしている研究はほとんどなく、大半は、アルコールなどの交錯因子になりうる重要な要件についても調整していない。交錯因子のいくつかを調整している研究もあるが、しばしば、その結果は交錯因子の除去で元のデータが非常に大きく影響を受けている。」 このことは、交錯因子自体が原因になっている可能性すら示唆している。最後に、「精神病の原因として特にカナビスが強く関連していると信ずべき理由は低い」と結論づけている。
興味深いことに、この論文の筆頭著者がランセット論文を主導したスタンレー・ザミット教授になっている。彼は、ランセット論文ではデータの収集や分析に不十分な点があることを認めていたが、いずれ根本的な見直しを痛感していたために、今回は自分が筆頭研究者になってあらためて研究に取り組んだようにも感じられる。
結果はランセット論文を否定するような内容になっている。
最新研究 カナビスと精神病の関係は弱い (2008.11.23)
専門家、カナビスの分類変更に反対、政府の罰則強化策には科学的根拠なし (2007.7.27)
データを曲解し誇張するカナビス報道、カナビスと精神病をめぐるランセット論文 (2007.7.28)
最近の 「カナビスと精神病」 の加熱報道に反論 (2007.8.2)