カナビスの精神病問題の変遷

カナビスの精神病問題が語られ始めたのは決して最近のことではない。しかし、その内容は、禁止法が制定された1930年〜50年代と現在では全く異なっている。


●「マリファナは人を殺人鬼や精神異常にする」

アメリカでカナビスが禁止された当時は、カナビスが強力な麻薬で手のつけられないような倒錯した行動を引き起こすとされ、「リーファー・マッドネッス(気違い草)」 によって、暴力犯罪や中毒者があふれ、社会が脅威にさらされ、世の中が破滅する、と叫ばれた。


キラー・ドラッグ「マリファナ」は凶悪な麻薬。人は殺人鬼や精神異常になり、死に至る

世界保険機構(WHO)の1955年の報告書によると、「カナビスの影響下では衝動的な殺人が起こる危険が非常に高く、冷血で、明確な理由や動機もなく、事前に争いもなく、たとえ全く見知らぬ他人でも快楽だけで殺してしまう。」 この報告の6年後、最初の国連ドラッグ会議が開催され、カナビスは国際的に禁止されることになった。(UK Select Committee on Science and Technology Summary 16)

禁止は、カナビスを使っていると殺人鬼や精神異常になるというのが理由だった。ここで主張されている根拠は、他人に対しても 「圧倒的な害がある」 という基準で、単に自分の健康を害するという程度のレベルではなかった。

リーファーマッドネス・ミュージアム


●アメリカでは、現在、精神病問題は本格的には語られていない

しかし、1960年代に入りヒッピーの時代になると、カナビスを実際に体験した若者の中から政府の言っていることが全くでたらめであると語られるようになった。殺人鬼や精神異常になったりしないではないか。中毒も耐性もないではないか。

ついには、1972年、ドラッグ戦争を始めたニクソン大統領に任命されたマリファナとドラッグに関するアメリカ連邦委員会 (シャーファー委員会) までもが、「マリファナ、誤解のシグナル」という報告書で、「マリファナによる急性の精神障害で入院しなければならないような例は、アルコールのように顕著なものではない。カナビス関連の精神病で特別に長期化するようなものはほとんど見られない。もし、カナビスのヘビー使用が特別な精神障害を引き起こすとしても、極めて稀であるか、あるいは他の原因で起こった急性または慢性の精神病と区別することも極度に難しい」 と認めるまでになった。

それ以来、アメリカではカナビスと精神病の問題が本格的に取り上げられることはなくなった。この状況は、現在でもあまり変わらず、例えば、アメリカ・ホワイトハウス麻薬撲滅対策室(ONDCP)が発行している 「マリファナ、神話と真実」 という若者向けの教育パンフレットでも精神病問題の項目には出てこない。また、2006年11月に行われたコロラド州のカナビス合法化住民投票でも、精神病問題は全くといってよいほど論争に取り上げられなかった。


●イギリスでの精神病問題

1969年、イギリス政府の諮問していた委員会が ウットン・レポート を発表し、カナビスの所持は罰すべきではないという勧告を提出した。「マリファナの使用について過去にひろく信じられていたことは・・・誇張されたもので・・・西欧社会においては、カナビスの喫煙が、直接、深刻な身体的危険に関連しているという証拠はない。」 「利用できるすべての資料を検討したが、インド・ヘンプ委員会報告(1893-94)やニューヨーク市長委員会(1944 - LaGuardia)が出した、カナビスを長期使用しても適度なら害はない、という結論に全員一致で賛成した。」

また最近では、2002年、薬物乱用諮問委員会(ACMD)が、「カナビスの長期使用についての中心課題の一つは、それが心の病、特に精神病のリード役になるかどうかということで・・・・・・明確な因果関係は実証されなかった。」 と報告している。

さらに、2004年1月14日付けの議会議事録には、王立精神医学カレッジの研究を引用して 「精神の病気にかかりにくいとわかっている人では、カナビスの使用が精神病などの心の病気を引き起こすことを示す証拠は全くといってよいほどない」 と記載されている。


●カナビスのダウングレードと揺り戻し

2004年1月にイギリスでは、カナビスのドラッグ分類がB分類(最高刑5年)からC分類(2年)にダウングレードされ、実質的には大半が罰金刑又は警告で済ませるという非犯罪化が行われた。しかし、この決定に対しては、カナビス反対派からさまざまな危険性が語られ、撤回を求める動きも大きくなった。

反対派の理由は、最近になってカナビスと精神病発症の関係が医学研究で明らかになって、特に若年層のカナビス喫煙は統合失調症を引き起こしやすいというものだった。

2005年の年が明けると、総選挙を半年後に控えたブレア政権は、悪影響を恐れて再びカナビスに非寛容な姿勢を強めるようになった。チャールス・クラーク内務大臣は、カナビスが精神病を引き起こすという新たな研究が提出されたとして、ドラッグ乱用諮問委員会に対してダウングレードを見直すべきかどうかを諮問した。

こうした背景に勢いを得た反対派は、あらゆる機会をとらえてカナビスによる精神病の恐ろしさを書き立てた。スキャンダル好きのマスコミも、子供が精神病になった親の悲惨な話などを盛んに取り上げた。


●中心は未成年の精神病問題へ

この一連の騒動の中で問題になったのは、未成年のカナビス使用による精神病の問題で、以前とは全く対象が違っていた。これは、カナビス使用者の中心が急激に若年化してきたことを反映していた。

一般に、統合失調症の発症年齢は25才前後を中心に21〜32才付近に多く分布しているが、一方では、カナビスの常用開始年齢が、1960〜80年代よりも若年化して16から20才前後に移動し、統合失調症に先行して一部が重なり合っている。このために、もともとカナビスが統合失調症を引き起こしているように見えやすいという現象が顕在化してきた。

さらに、未成年のカナビス使用の影響についてはもともと研究があまり行われていなかったところへ、2002年頃から未成年者が危ないとする研究が相次いで発表されるという事情が重なって、クローズアップされた。

しかし、しばらくして、新しい研究を検証した研究者から、方法論的な手法や証拠の強度について疑問が指摘されるようになった。「カナビスと精神病の害の関連を示すエビデンスがあることは確かだが、しかしながら、このエビデンスの範囲や強度については一般に思われているよりも弱く、さらに、これらの因果関係については明確というにはほど遠い。」

結局、年が明けて2006年になると、ドラッグ乱用諮問委員会は、害は認めつつも、最終的に 「疫学的なリスクは小さく、CからBに引き戻す根拠にはならない」 と答申した。


●現在はオーストラリアに飛び火

イギリスの精神病論争は、今でも残り火のように時々燃え上がることはあっても、冷静な反論がすぐに掲載されるようになってきた。以前と変わらないヒステリックな反カナビス・キャンペーンも継続されてはいるが、結局は、カナビスの危険性を繰り返し叫ぶばかりで、説得力のある具体的な対策を提示することもできず、自分たちの社会正義感を満足させることが主な目的に陥ってしまっている。(誇張記事はどのように作られるのか

しかし、それとは反対に、現在では、オーストラリアで若年層のカナビス使用と精神病問題がますます盛んに取り上げられるようになってきた。この現象は、特にサウスウエールズ州で顕著で、多額の費用をかけた反カナビス・キャンペーンやカナビスの喫煙器具や室内栽培用具の販売禁止にまで発展しつつある。

主張の根拠は、イギリスの場合とほとんど同じで、いかにカナビスの精神病問題が政治利用の対象になりやすいかを端的に示している。