結局、リスクは何倍なのか?
調査によって結果はばらばら
未成年がカナビスを常用していると統合失調症になるリスクが増えると言われているが、実際には、調査研究ごとにデータの取り方が大きく異なり、追跡期間やカナビス使用のベースラインの設定もまちまちで、リスク倍率の結果もばらばらになっている。
下の表は、ロビン・マリーやファン・オズといったこの分野の指導的な立場にある人たちが加わったレビュー、『遺伝子環境と統合失調症、カナビスの使用が果たす役割』 (2005年)に掲載されている表で、Zammit et al., 2002、Van Os et al., 2002、Arseneault et al.,2002、"Fergusson et al.,2003、Stefanis et al., 2004、Henquet et al., 2005 など代表的な調査論文の結果を一覧にしている。この表でリスク倍率を見ると4.3倍から1.7倍になっている。
リスク倍率は、必ずしも統合失調症を引き起こすことが条件になっていない
しかし、表を見てもわかるように、倍率は必ずしも統合失調症を起こすことが条件になっていないことに注意しなければならない。というよりも、カナビスに限定して行った調査では、実際に統合失調症の診断を実施しているのは1件だけしかない。(イスラエルの研究はカナビス以外のドラッグも含む)
他は、いずれも、精神病的症状をどれだけ経験しているかに基づいている。例えば、ファン・オズのオランダの研究やヘンクエットのドイツの研究、アルセナウルトのニュージーランドの研究、ファーグッソンのニュージランドの研究では、いくつかの精神病的な症状を列挙したアンケート調査で、被験者にそれぞれの経験の有無を尋ねて、その数をユーザーとノンユーザーで比較分析している。
質問は、他の人には聞こえていない声を聞いたことがあるか、誰かが自分の思考をコントロールしていると思ったことはあるか、他人から信用されていないように感じたことがあるか、他人に監視されたり噂されたりしていると感じたことがあるか、他人に親近感を抱いたことは全くないか、自分の考えや信念が他人と共有できないと感じたことがあるか、といったパラノイヤ体験が中心となっている。
ファーグッソンのニュージーランドの集計結果では、25才時点での被験者の平均経験項目数は、ノンユーザーで0.60、月間1回以下の経験者で0.93、最低週1回で1.15、毎日常用している場合は1.95、になっている。これに交錯因子の補正を加えると、リスクは1.6〜1.8倍になるとしている。
またオランダとドイツの研究では、幻聴とかパラノイドとかいった症状が一つでもあれば精神病としてカウントしている。
カナビス・スモーカーの普通の体験とダブっている
だが、アンケート調査の症状は、カナビス・スモーカーが普通に体験するバッド・トリップなど状態と多くがダブっており、調査した症状が本当に精神病で発症した症状といえるかどうかはっきりしないという批判もある。
「このような状況があるにもかかわらず、論文では、被験者にカナビスを使っている時かそうでない場合かを区別するように注意を促したかどうか明示されていない。従って、症状が長期的な影響からでてきたものなのか、あるいは単にありふれたカナビスのハイの影響で出てきたものなのかを識別することは全くできない。確かに、研究者たちがそのようにしてデータを得た可能性もあるが、それならばなぜ論文に明示していないのか。もし、その必要がない考えていたとしたら、はなはだ奇妙な印象を受ける。
また、仮りに症状が長期的影響によるものだとしても、カナビスを使う人にとっては全く普通の反応でしかなく、研究者たちは、精神病の兆候がカナビス以外の状況によっても起りうることを考慮していないように見える。例えば、違法で社会的に嫌われているドラッグを使っている人が、『他の人に受け入れてもらえないという思いや思い込みを持って』 いたとしても、それは精神病の兆候とはとても言えない。むしろ、自分の置かれた状況を現実的に見ている理性的な反応だということができる。」(カナビスによる精神病、誇張と作り話)
この批判に対して、ファーグッソン教授は、カナビスが認められているオランダでも同じような結果が示されていると弁明しているが、こうした言い訳をしなければならないところに、実際には調査にあたってこの問題を考慮していなかったことが浮き彫りになっている。
また、オランダの研究とドイツの研究は、どちらもファン・オズのチームが実施したもので、ドイツの調査はオランダの調査の続編ともいえるものになっている。結果は、調査手法が似ているために内容的に双方とも本質的に変わっていないが、ドイツの調査では、カナビスの使用が精神病的な症状を引き起こすとする因果方向性がより強く主張されているところに特徴がある。
2つの研究を比較してみると、カナビスが容認されている国と禁止されている国に違いが表れているようにも思える。ドイツの研究では、違法ドラッグについての聞き取り調査を理由に、2600人中90人(3.5%)が調査を拒否している。このことは、禁止されている国では、周囲に対する警戒心がより強くストレスになっていることを示しており、パラノイド的な体験の聞き取り調査ポイントが、カナビス使用経験の多いユーザーほどより高く強い方向性をもった因果関係になって現れたとも考えられる。
いずれにしても、これらのことは、調査方法自体に重大な欠陥が内在している可能性を示している。
自己申告にもとずくデータの問題
また、自己申告データは、調査対象者自身が自分の体験を語ったテータのことで主観的な記憶がもとになっている。客観的な裏付けがないために、当然、記憶や認識違いの他にも、知られたくないことについては触れなかったり、場合によっては自分を良くみせようとして嘘をついている可能性も高くなる。
特に、カナビスのような違法ドラッグについては大きなバイアスがかかるほか、統合失調症の調査では、自分だけではなく家族の重大なプライバシーも係わってくるので、データの信頼性という点で大きな難点を抱えている。
実際、もし、精神病とは無関係のカナビス・ユーザーが、それを知られたくなくてノンユーザーだと申告した場合には、統計に大きな影響が出てくることが考えられる。つまり、その分だけノンユーザーの母数が増加して発症率が下がる一方で、ユーザー・グループでは逆に発症率が上がってしまう結果になる。
さらに、自己申告では、実際に使われたドラッグを科学的に正しく特定することができないという点も忘れてはならない。カナビスは違法であるが故に品質には保証がなく、しばしば 混ぜ物が混入していることは広く知られている。中には精神障害の可能性を高める物質が入っていないとは言いきれない。
交錯因子の問題
また、調査ではカナビスが精神病を引き起こすというモデルが前提になっているために、カナビス以外にも考えられる原因を交錯因子として除去する統計処理が行われる。しかし、交錯因子として調査されている項目はさまざまで、研究者の恣意的な意図が紛れ込んでいる。交錯因子の除去は本質的に消去法なので、最後に残されたカナビスに調査していない交錯因子の影響がすべて加算され、必然的に数字が大きくなってしまう。
例えば、上のスエーデンの研究では、18才の時点でカナビスを50回以上使っていた若者が、26才時点で統合失調症になるリスクを未補正オッズ比で6.7と評価し、カナビスが統合失調症の重大な原因になっているとしている。しかしながら、いくつかの交錯因子に補正を加えたあとの値は3.1に下がり、リスクが半分以下に減っている。このことは、もし他にもリスク要因が含まれていれば、処理した統計モデルで算出されるリスクはさらに下がることを強く示している。だが、データに含まれていなければ補正も行われることはない。
さらに、交錯因子の除去には、独立変数として扱えない相乗効果を取り除き難いという問題もある。特に、カナビスの場合は、ヨーロッパではタバコと混ぜて使われることが普通で、アルコールと併用される場合も多い。カナビスとアルコールが組み合わさると相乗的に精神病を引き起こしやすくなるという指摘もある。
結局、2倍が妥当?
結局、上の表の作者たちは、研究全体をメタ分析して妥当な数字を割り出している。その結果、未成年のカナビス常用者が統合失調症になるリスクはノンユーザーの2倍前後という結論を出している。
また、カナビスが単独で統合失調症を引き起こすのではなく、遺伝子などの他の要因と結びついてリスクを高めるという考え方を支持して、遺伝子などとの関係を調査する必要があると訴えている。
それとも、1.4倍?
2007年7月にランセットに掲載された 研究 では過去に出された論文を総合的にメタ分析して、「カナビスの喫煙で精神病のリスクが41%増加する」 と発表している。
この論文では、統合失調症以外の精神障害を含めて「精神病」と呼んでいるが、これまでカナビスによる統合失調症リスクが6倍とか4.3倍、3.1倍、2.8倍、2倍、1.8倍などと言われてきたのに比較すれば、統合失調症も含めた精神病全体で1.4倍としており、従来よりもかなりトーンダウンしたものになっている。
しかし、ヘビー・ユーザーに限るとリスクは2.19倍で、ロビン・マリーらのレビューと似たような数字になっている。
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