直接の因果関係はあるのか?

カナビスは小要因群の一つ

カナビスが統合失調症を引き起こす原因になるという因果説は、もともと非常に無理を抱えている。なぜならば、そもそも統合失調症の病状の定義も曖昧で、計器を使った客観的な診断法も確立されておらず、病気の原因もよく分かっていないからだ。( Scanning for schizophrenia Radio Netherlands, 2007.9.7)

また、研究の多くは、いわゆる横断研究(cross-sectional study)として解析を行っているが、一般論として、横断研究では因果関係については示すことができず、信頼性は介入実験やコホートはもとより、ときには症例対照研究さえも一段劣るとも言われている。

こうした現状のなかで、僅かでも、カナビスが統合失調症を起こしていることを証明できれば、学問的に画期的な業績になる。研究者が熱心に取り組む理由は、表向きは公衆衛生の問題への取組だとしても、こうした背景も隠されている。


因果論に対する決定的な壁

しかし、因果説には決定的な壁が待ち構えている。当然のことながら、もしカナビスが統合失調症の原因になれば、カナビスの使用が増加するに伴って統合失調症の発症率も増えなければならない。イギリスにおいては、過去30年間にわたって、若者の間でのカナビス使用は着実に増え、1969-70年には生涯経験率が10%程度だったのに対し、2001年では50%になっている。

ところが、実際には、統合失調症の発症率はむしろ下がっている。この因果否定結果を前にすると、さすがに リシンクの証言 も途端に歯切れがわるくなる。

統合失調症の診断方法が変わったとか、ロンドンの一部の地域では増えているとかしか反論できない。しかも、カナビスの使用率がこの地区だけが特に高いことが示されない限りは、むしろカナビスと統合失調症の発生の間には関連がないことを示していることになるが、実際、この研究ではカナビスとの関係については何も言及されていない。

また、統合失調症の発症率の違いを調べる方法は必ずしも時系列に頼らなくても、地域による現状のカナビス使用率と統合失調症の発症率の関連を見ても分かる。つまり、カナビス使用率が高い地域ほど、統合失調症の発生率も高くならなければならない。


UNODC World Drug Report 2006


国連の発表した世界のカナビス使用率を見ると、国によって非常に大きな違いがあることが分かる。ところが、統合失調症の発症率には余り地域差がないことが知られており、カナビスが原因になっているようにはとても見えない。

このことは、多額な費用をかけてカナビスの悪害を証明しようとしているアメリカのことを考えてみれば一層はっきりする。アメリカには同じ程度の人口で経済状態が似た都市がたくさんあるが、もし、カナビスの使用率と統合失調症の発症率とが連動していることがわかれば、当局は大騒ぎしているはずだ。だが現在、アメリカではカナビスと精神病の問題はたいした話題にもなっていない。


カナビス開始年齢と統合失調症の発症年齢が連動していない

因果説に否定的なその他の材料としては、カナビス開始年齢と統合失調症の発症年齢の関係を指摘するものもある。

一般に、統合失調症の発症年齢は25才前後を中心に21〜32才付近(男性の方が早い)に多く分布しているが、一方、現在のカナビスの常用開始年齢は16から20才前後で、統合失調症に先行して一部が重なり合っている。このために、もともとカナビスが統合失調症を引き起こしているように見えやすいという側面がある。


Degenhardt et al. (2003)


オーストラリアの研究によると、カナビスの開始年齢は、上図のように、世代によってだんだんと若年化していることが示されている。一方、統合失調症は、突然発症することもあれば、数日から数週間かけて発症することも、また何年にもわたって徐々に水面下で発症していくこともあるとされているが、数週間以内であれば、当然、開始年齢の若年化に連動して発症年齢も若年化することが予想される。

だが、実際には、統合失調症の開始年齢は余り変化していない。このことから、研究者は、「カナビスの使用と統合失調症の発症には因果関係は見出せなかった」 と結論づけている。

また、数年かけて発症していく場合は、例えばその期間を5年とすると、20才前後からその兆候が表れることになる。世代が高いグループではカナビスの開始年齢がそれより後になるので、カナビス使用が病気の原因になっているようには見えないが、使用開始年齢が若年化していくと、いずれ、カナビスの使用が先行する世代が出てくることになる。こうした見かけ上の変化も、特に最近になって、若年でのカナビス使用が精神病の原因になると盛んに叫ばれるようになった背景にあるかもしれない。


カナビスは小要因群の一つ

カナビスと精神病の研究で対照的なのは、因果論を肯定する研究が個別の個人について一人ずつ調べて、そのデータを集計統計処理した個別疫学調査なのに対して、因果論否定の研究は全体疫学調査のデータから結論を導いていることだ。

個別疫学調査では、常に交錯因子の除去という研究者の人為的な主観が介在するという弱味があるが、一方では個別の例外的な情報を含んでいるというアドバンテージもある。これに対して全体疫学比較の場合は、交錯因子という厄介な要素はないものの、あくまで平均値の比較に過ぎず、個別例外的なゆらぎが考慮されていない。

こうした両者の違いを折衷すると、カナビスが統合失調症に原因になったとしても全体統計に表れるほどの大きな要因ではなく、遺伝や生活環境といった大きな要因を取り巻く小さな要因群の一つとして働くというモデルを考えることができる。

これを、ロビン・マリーやメリー・キャノンといったこの分野の指導的専門家は、「カナビスは統合失調症の必要条件でも十分条件でもない」と 表現 している。つまり、カナビスは早期・多量に使った場合、もともとに遺伝などの精神脆弱性を抱えている一部の人に偏って影響を与えるというモデルが、今のところ最も合理性があると言える。

このことについてロビン・マリーは、「精神病傾向のある人の中でも、その傾向が弱く普通は顕在化しない程度の人が、カナビスを使った場合に統合失調症を発症する可能性があるのです。これは、僅かながら糖尿病の傾向のある人が、節制せずに過食して糖尿病を顕在化させてしまうのと同じです」 と 説明 している。

また、1960〜70年代のピッピーたちの常識でもあった。当時は、カナビスよりもはるかに強力な幻覚剤であるLSDが広く使われていたこともあって、ドラッグを使うときの セットとセッティングの重要性や、体質的にカナビスやLSDが合わない人がいることもよく知られていた。