素朴な疑問



1. アメリカでは、カナビスと精神病の問題はない?

カナビスと精神病の問題を調べていて最も不思議に思うことは、「リーファー・マッドネス」発症の地でありカナビスの悪害追求に最も熱心なアメリカからは、この分野でこれといった強力な調査研究が出てこないことだ。

確かに、2005年3月には、イギリスのカナビスのダウングレード見直し問題と歩調を合わせて、ホワイトハウス麻薬撲滅対策室(ONDCP)のジョン・ウォルターズ長官は、「マリファナの喫煙が深刻な精神病のリスクを高めるという証拠が次々を出てきている。アメリカや外国のあちこちで行われている最近の研究で、特にテーン・エイジャーがマリファナの使うと、自殺しようと思ったり、うつ病や統合失調症を引き起こしやすいことが示されている」 として反カナビス・キャンペーンを展開すると
記者会見で述べている。

しかし、以後目立った動きも起こらず、実際に、ONDCP自身が発行している 「マリファナ、神話と真実」 という若者向けの教育パンフレットにすら直接精神病問題触れた項目は出てこない。また、2006年11月に行われたコロラド州やネバダ州のカナビス合法化住民投票でも、精神病問題は全く論争にのぼらなかった。さらに、2007年11月には、アメリカ精神医学会 でさえ満場一致で医療カナビスに対する支持を表明している。

また、アメリカと並んで最もカナビスに非寛容な国の一つであるフランスでも同様で、カナビスと精神病に関するフランスの調査研究は全くといってよいほど話題に上ったことがない。だからといって無関心なわけでもなく、イギリスの リシンクによると、フランスは反カナビスの教育活動に3800万ユーロ(2005年)も費しており、イギリス政府も見習え、と書いている。

いずれにしても、カナビスに最も非寛容なアメリカやフランスでほとんど問題にされていないという事実は、そもそもカナビスと精神病との結び付きを示す強い証拠がないことを示している。


2. カナビスとアルコールの相乗効果が考慮されていないのは何故か?

カナビスと精神病問題については、大きく取り上げられているイギリスやオランダ、スエーデンなどとは対照的に、アメリカやフランスでは余り取り上げられることもなく国によって非常に温度差がある。では、この温度差はどこから出てくるのだろうか? これは、印象に過ぎないが、未成年のアルコールが大きな問題になっている国ほど、カナビスと精神病の結び付きを問題にする論文が出てくる傾向があるようにも見える。


月に3回以上酒でどんちゃん騒ぎをしている生徒の割合
Drink and drug use high in teens  (BBC, 14 Dec, 2004)


精神病の調査研究では、何故か、アルコールとカナビスの相乗効果については交錯因子としてほとんど考慮されていないが、実際には、カナビス・コミュニティでは、アルコールとカナビスを併用すると カナビスの依存性 が高まり、精神病の兆候のある人は症状が悪化しやすい、と昔から語られている。

アルコールは意識を下げて抑制が利かなくなる性質を持っているので、反対に意識を高揚させるカナビスを一緒に使うと知らずに思った以上に効いてしまうことがある。また、カナビスの抗嘔吐作用でアルコールを飲み過ぎることもある。典型的なヘビーユースは、アルコールを飲みながら、しじゅうタバコを吸うような調子で多量のカナビスを吸う人で、普通のカナビス・ユーザーから見ても異様に映る。

実際、ジョンズ・ホプキンス大学のゴドフェリー・パールソン教授らの研究によると、運転シュミレーターと磁気共鳴診断装置(MRI)を使った実験で、カナビスとアルコールを併用すると、それぞれを単独に使ったときの相加的合計よりも相乗的に影響が大きくなることが明らかにされている。特に、運転では、ごく少量のアルコールでもあっても併用すれば大きな影響が出ると言われている。

また、ペンシルバニア大学ヘルス・サービスのダイアナ・ロマス、カナビス防止プロジェクト主任は、カナビスとアルコールを併用すると、精神効果が強くなり精神の瓦解が起こりやすくなると指摘している。(Pot Usage May Have Psychotic Effects  2007.5.7)

しかし、このような相乗的な影響については、カナビスと精神病の調査研究ではきちんと分析されていない。これは、一般的に、統計処理では交錯因子同士は相乗作用を起こさない独立変数として扱われることが関係しているのかもしれない。コルサコフ症候群のようなアルコールによる精神疾患の発症は40才前後からが多く、カナビスによるとされる統合失調症の発症年齢(25才前後)よりもかなり遅いために、最初から、アルコールが交錯因子として取り入れられていない可能性も考えられる。

うがった見方かもしれないが、イギリスのようにアルコールの習慣が若年から染み着く文化をもつ国ほどカナビスとアルコールが併用され、そのせいで顕在化した精神病でも、ことさらカナビスだけのせいにして納得したがる傾向があるのかもしれない。現在では、カナビスと精神病の問題の中心地はオーストラリアに移動しつつある感じもするが、オーストラリアでも、カナビスはアルコールの併用が普通になっている。(オーストラリア、大半のカナビス使用者がアルコールを併用

Pathways to Problems Hazardous use of tobacco, alcohol and other drugs by young people in the UK and its implications for policy.   British Advisory Council on the Misuse of Drugs, September 2006


3. カナビスのユーザーとノンユーザーの統合失調症の発生率に差はない?

2002年に発表された改訂版 
スエーデンの研究では、1987年に発表された「6倍」で悪名高い 過去の研究 の調査手法の欠陥を考慮して、徴兵前にカナビスのみを使って他の違法ドラッグは使っていない者だけを調査対象とし、重要な交錯因子の影響についても考慮して改良が加えられている。

その結果、カナビスの使用頻度グループ別での精神病発症率は、前回の調査とは異なり、大半のグループが非使用グループと比較して統計的に目立った違いは認められていないながらも、50回以上使ったグループでは精神病と診断される率が3.1倍となり、やはり統計的に非常に顕著な増加が見られたとして、「カナビスの使用は精神病を発症するリスクを高めるという一貫した因果関係が存在する」 という結論を出している。

しかしながら、この研究を全体に見てまず気になるところは、ノンユーザーの発症率が36429人中215人で0.59%なっており、1〜0.7%と言われている一般的な率よりも非常に低くなっていことで、例えば、同年発表されたオランダの研究 では0.75%になっている。もしこの数字を全体数(36429+5391人)に当てはめると約313人となり、それだけでスエーデンの全体発症者数(215+73人)を上回ってしまう。



また、カナビス・ユーザーのうちの0.59%は、カナビスを使っていたたどうかにかかわらず統合失調症になったとみなせるので、それを除いた「純粋に」カナビスで発症したとされる割合については、次のような計算も成り立つ。

論文では、ノンユーザーの発症は0.59%で、ユーザーでの発症率は5391人中73人で1.35%になっているが、ユーザー5391人の0.59%の32人はカナビスを使っていなくても発症していたと看做せるので、それを組み換えれば、(5391-32)人中(72-32)人で0.76%となり、ノンユーザーの(36429+32)人中(215+32)人の0.68%との差はほとんどなくなってしまう。

さらにまた、実際にはカナビスを使っていてもそれを隠して嘘をついている人がノンユーザー・グループに相当まぎれて込んでいる可能性もあるが、そのような人が数%いただけで全く差はなくなってしまう。

この論文には、カナビスが無くなれば 統合失調症も13%減る という記述もあり、カナビス反対派が最も引用する数字の論拠にもなっていが、全体を無視して細部だけを比較した結果からではまともな議論も成り立たないのではないだろうか? 


4. 精神科医はカナビスに敵対的?

精神科医の立場を考えれば、カナビスに敵対的な気持ちを持ってもやむを得ないかもしれない。

なぜなら、カナビスがよくわからないからだ。カナビスの種類にもいろいろあり、摂取法も多く、反応が複雑で使うべき量も何だかよくわからない。自分が患者に処方している薬の効果をカナビスが打ち消してしまっているようにも思える。そして、患者にいくらカナビスをやめるように説得してもやめない。医者としてのプライドをすべて否定されているような気持ちになる。

医療カナビスが合法化されているカリフォルニア州では、カナビスに好意的な医師が精神病の青少年にカナビスをすすめることもある。しかし、カナビスに非好意的な医師が、カナビスを処方されたことで従来から面倒をみていた患者の症状が悪化した、としてカリフォルニア州の医師管理委員会(State Medical Board)に抗議を提出した例が知られている。(
カナビスの副作用

しかし、一方では、カナビスが精神病の治療に有効性があるという見方実例も少なくない。結局は、カナビスの禁止法が幅広い研究を阻み、医者たちに正確で有用な情報を提供できないことが最大の問題なわけで、カナビスを毛嫌いする精神科医を責めてばかりもいられない。

研究者たちも、もっと研究が必要だという点では意見が一致している。実際、2007年11月には、アメリカ精神医学会 が満場一致で医療カナビスに対する支持を表明している。