精神病を引き起こすとする論文レビュー
House of Commons Select Committee on Science and Technology
18 July 2006
Appendix 4: Memorandum from Rethink
http://www.publications.parliament.uk/pa/ cm200506/cmselect/cmsctech/1031/1031we05.htm
Drug classification: making a hash of it? (128p)
ここに紹介するレビューは、イギリスの精神病慈善事業団体 「リシンク」 (Rethink) が、2006年6月にイギリス下院科学技術委員会へ提出した書類による証言を抜粋したもので、同じ内容のレビューはリシンクの サイト にも掲載されている。
リシンクは、イギリス全国規模の会員制慈善事業団体で、心の病を抱える患者さんと介護者あわせて8000人以上のメンバーで構成され、現在、イギリス全土と北アイルランドで400ヵ所以上のサービス機関を運営している。
リシンクでは、何年にもわたりカナビス問題に対するキャンペーンを繰り広げてきたが、それは、メンバーの大半がカナビスとの問題を抱え、さらに近年、カナビスと精神病の関連性を示す論文が数多く出てきたことが理由になっている。
しかし、この文書は議会証言であるために、科学的に意味のない数字や誇張した表現は避けて分別のある主張をしており、バランスのあるレビューになっている。なお、原文では、具体的な論文名は記載されていないが、ここでは論文名を入れ、クリックすれば原論文へのリンク(多くはPDF)や問題点の解説も参考できるようにしてある。
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●カナビス使用と精神病の関係
カナビスの使用と精神病の間に明確な関連のあることは、いくつかの長期コホート研究で明らかにされている。
1980年代初頭のアメリカで、2万ヵ所のコミュニティとそこに暮らす住民を対象に生活圏疫学調査が実施されたが、ティエンとアンソニーの報告 『アルコールとドラッグの精神病症状を引き起こすリスク要因に関する疫学調査分析』(1990)によると、そのサンプル・データに社会的・人口統計学的な特質の対照群を設定し、アルコールの使用や精神病歴などの交錯因子を調整して精神病との関連を分析したところ、毎日カナビスを常用している人の場合、たまにしか使わないユーザーに比較して精神症的経験をしたことがあると認めた割合が2.4倍になっていることが明らかにされている。
同様に、1997年にオーストラリアで実施された全国心神健康調査では、国際疾病分類基準10版(ICD-10)に従ってカナビス依存症に分類された人の場合、カナビス依存症になっていない人に比較して、統合失調症と診断される割合がおよそ3倍になることが見出されている。(ホール他、1998)
確かに、これらの研究では、カナビスが精神病を引き起こしたという前後関係が示されているわけではないが、その関係性については次の2つの可能性が考えられる。
1.カナビス先行説: カナビスの使用が精神病の発症に先行しているとする説
2.自己治療説: 精神病が発症したために、症状緩和のために自分からカナビスを始めたとする説
●時系列関係 - カナビス使用が精神病の発症より先行している
カナビスの使用が精神病の症状の発症に先行していることを示した人口統計調査も行われている。
その一つが、『スエーデン新兵に関するコホート研究』(アンドレアソン他、1987)で、4万5570人のスエーデン新兵を長期にわたって調査して、18才時点でカナビスを使っていた場合、その使用量に応じて、15年後に統合失調症と診断される率の間に関連のあることが見出されている。
それによると、入隊時に精神病に診断経験のないヘビー・ユーザーは、ノンユーザーに比較して後年に統合失調症と診断される率が2.3倍(交錯因子を調整後)になる。しかしながら、研究者たちは、ヘビーなカナビス・ユーザーのうち統合失調症になったのは3%に過ぎず、もともと体質的に精神脆弱性を抱えていることが影響しているのかもしれないとも述べている。
しかし、この研究には弱点もある。18才時点のカナビス使用とその15年後の統合失調症の発症という非常に大きな時間的隔たりがあることに加え、その間のカナビスや他のドラッグの使用の影響については何の評価もしていないという問題点が指摘されている。
こうした問題点を考慮した研究として、2002年には、『スエーデン新兵における自己証言カナビス使用と精神病のリスク要因、病歴コホート研究』(ザミット他、2002)が発表されている。この研究では、1970年から1996年のデータを分析し、基準値以上のカナビスを使っていた人の場合、統合失調症になるリスクが増加(オッズ比=1.9)することを見出している。使用量に従ってリスクが増えることも再確認され、調査時点以前にカナビスの経験が50回以上ある人の場合に限れば、さらにリスクが増える(オッズ比=6.7)ことが示されている。
この研究では、より完璧な精神症歴や、統合失調症の要因になることが知られている他のドラッグの影響、IQ、社会的環境などの交錯因子を慎重に調整しているが、それでもカナビスの使用と統合失調症との関連を見出している。研究者たちは、カナビスの使用がすべてなくなれば、統合失調症の13%が回避できると見積もっている。
オランダで実施された精神病の発生に関する研究、『カナビス使用と精神病:長期・人口統計研究』(ファン・オズ他、2002)では、4045人の一般人と自分から精神病に似た症状があると証言した59人について、カナビス使用と精神病の関連性を調査している。その結果、基準値以上のカナビス・ユーザーでは、3年後にはおよそ3倍も精神病的な症状を示すようになることを見出している。このリスクは、さまざまな交錯因子を調整した後でも顕著のまま残っている。
また、研究者たちは、使用量との関連についても、最もヘビーなユーザーが最もリスクが高くなることを見出している。カナビスによって精神病になるリスクについては、先のザミットの研究と同様に13%と見積もっている。カナビスの使用と精神病的症状との関連については、治療が必要になるほど深刻な症状の人になればなるほど症状が強まることも見出している。さらに、カナビスが深刻な精神病的症状を引き起こすリスクについては50%としている。しかしながら、この研究は追跡期間が短いという欠点も持っている。
ニュージーランドのダニーデンで行われている、健康と成長に関する多分野合同研究に一つである 『思春期のカナビス使用が引き起こす成人期の精神症リスク、長期予測に関する研究』(アルセネアルト他、2002) では、ダニーデンで1972〜3年生まれた1037人を対象に、26才になるまで追跡コホート調査結果を検証している。この研究の優れている特徴は、カナビスを使い始めるより前の11才の時点で、自己証言にもとずいて精神病的症状があるかどうかのデータを収集している点にある。
この研究では、15才および18才でカナビスを使っていた人の場合、26才時点では、ノンユーザーに比較して精神病的症状をみせる割合が高くなることを見出されている。この関連性は、カナビスを始める以前の精神病的症状を補正した後でも顕著のまま残っている。さらに、15才でカナビスを使っていた人の場合、26才の時点で統合失調症様障害の診断基準に合致する率が著しく増加するということも見い出されている。それによると、15才時のカナビス・ユーザーの10.3%が統合失調症様障害と診断されており、対照群の3%に比較して非常に多くなっている。この事実は、カナビスを始める年齢が若いほど影響が強くなることを示唆している。
時系列の問題についても、ダニーデンの研究では、15才時のカナビス使用状態からは26才時点でのうつ症状の出現を予見できないのに加えて、他の違法ドラッグに関しては、カナビスを上回るほど統合失調症になることを予見できないとする証拠を見出している。こうした結果から研究者たちは、「未成年の時にカナビス使用を使用していると、大人になってから統合失調症の症状を経験しやすくなる」 と結論づけている。
年齢によって著しくカナビスの影響があるとする結果は、最近行われたギリシャのコホート研究 『未成年初期のカナビス使用と精神病の陽性および陰性症状』(ステファニー他、2004)でも再現されている。この研究は、ギリシャ生まれの若者3500人を対象としたもので、被験者たちには、19才時点で、ドラッグ使用と精神病の症状経験について郵便で質問書を送ってデータが集められた。
分析の結果によると、生涯頻繁にカナビスを使っている人の場合は、妄想、幻覚、思考障害など陽性の精神病症状が出やすく、この傾向は、15才以前の未成年期に早くカナビスを使い始めるほど影響が大きくなる。この研究では、年齢によって、カナビスの使用の影響が精神病の症状の出現に先行することを示す顕著な結果が出ているが、継続した調査ではなく、時間的に断続しているという欠点も持っている。(註、陽性症状とは、妄想、幻覚、思考障害などの症状、陰性症状とはそれまであった性質や能力が失われる症状で、感情喪失、会話の貧困、社会性の喪失など)
最近行われた別のコホート研究とすれば、ニュージーランドのクライストチャーチの健康と発達に関する研究のデータを利用した、『カナビス使用と精神病症状発現の因果関係の検証』(ファーガソン他、2005)もある。
この研究は、クライストチャーチ生まれの18、21、25才で、カナビスを使用していて、過去に少なくとも1度は精神病の症状が記録されている1265人を対象に分析が行われた。精神病の症状の自己証言、他のドラッグ使用、他の精神障害など多くの交錯因子を調整した後での、カナビス依存症評価基準DSM-IVで精神病の症状に合致する率は、18才で3.7倍、21才で2.3倍といずれも高くなることが見出された。研究者たちは、カナビス依存症の進展と精神病の症状の出現率が関係していることを示している、と結論づけている。
さらに最近の研究では、オランダのゾイドホランド州で実施された長期人口統計調査、『カナビス使用と不使用での後年の精神病の発症』(フェルディナンド他、2005)がある。この研究では、1983年に2076人の子供と未成年が集められ、その後1997年まで、18才と30才になるまで追跡調査が行われた。その結果、当初は精神病の兆候の全くなかった人でも、カナビスを使っていると精神病の症状が出るリスクが増加し、ノンユーザーに比較するとおよそ3倍に増えることが見出された。また、精神病の症状が将来のカナビス使用を引き起こすとする自己治療説を裏付ける結果も得られている。しかし、カナビスが先行する場合の出現率は2.81倍で、逆の場合の1.70倍よりも高くなっている。
以上のように、いくつもの研究で、カナビス使用が先行して精神病が起こることが示されている。もちろん、これらの研究では、研究結果が不均一であったり、自己証言のもとずくデータを使っていたり、統計処理の限界などの問題も抱えている。しかしながら、動物実験や人間での対象実験には倫理的な問題などもあって実際上困難であることを考慮すれば、上の研究結果から、最終的に精神病の発症とカナビスの間に因果関係があると結論しても十分に受け入れることができる。精神病に対する疫学データの中からリスクのある交錯因子を統計的に補正処理ことには多大な困難さが伴うが、そうした制約を思えば、早期のカナビス使用が後年に精神病に発展することは十分に認めざるを得ない。
●精神病の広まりとカナビス使用
当然のことながら、もしカナビスが統合失調症のリスク要因であれば、カナビスの使用が増加に伴って統合失調症の発症率も増えることが予想される。イギリスにおいては、過去30年間にわたって、若者の間でのカナビス使用は着実に増え、1969-70年には生涯経験率が10%程度だったのに対し、2001年では50%になっている。
当初のデータでは、その間は統合失調症の発症が増えておらず、一定または僅かに下降しているとされてきた。しかしながら、このデータは、特に、治療サービスの方法の変更や統合失調症の診断基準が厳格化されて狭められたことなどさまざまな因子が影響している。ヘンセ・ケンデルは、『統合失調症発症の検知方法の変化と問題点』(1993)で、イギリスにおいて統合失調症の発症が減っているという報告もあるが、発症率は下降していると結論するのは早計だと指摘している。
逆に、一部の特定地域においては、統合失調症の発症率が著しく増加しているという報告もある。ボイデルの 『ロンドン南東地域における1965年から1997年の統合失調症の発症率』(2003)によれば、ロンドンのカンバウェル地区では、30年間に統合失調症の発症率が2倍に増えている。この研究では、単に精神病院入院者だけではなく、施設で扱った場合も含めてすべての精神病を対象としているために、サービス条件などの変更などによる発症率への影響は最小限に抑えられている。また、診断の遅れや管理上の不正確さの影響を最小限にするために、すべては最初の段階で、あらゆる精神病の可能性を調べている。
いずれにしても、統合失調症の発症率の変化を補足することが難しいことを考慮すれば、現在得られている証拠だけでも、未成年のカナビス使用とヘビーなカナビス使用、さらに後日の精神病症状発症の関係性を示す疫学データは極めて多く、発症率が増加しているかどうかという問題はその事実を否定できるほどのものではない。
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