誇張記事はどのように作られるのか

カナビスを告発している記事を調べていると、告発のしかたには2種類あるように思える。

一つには、統合失調症の子供を持った親の嘆きを扱った記事で、実際のところは病気の原因がカナビスかどうかはっきりしていなくても、カナビスを悪者に仕立てて病気になったと思い込むことによって何とか気持ちの整理をつけようとしている親の切実さが伝わってくる。

こうした同情的な記事の対極にあるのが、無意識のうちにも、カナビスの告発を通じて自分がいかに社会の良識を代表している人物かをどことなく漂わせた記事だ。そのような記事の特徴は、事実の把握よりも自分のイメージを先行させ、あちこちから一般受けしやすい都合のよいフレーズだけをつまみ食いしてくる。一応、プロが書いたものなので、文章はそつなくまとまっているが、よく分かっている人間からすれば滑稽にすら見える。

ここに紹介する記事は、これまでに使い古された議論や最近の記事をそのまま流用しながら、著者自身のイメージと正義感でまとめあげている典型的なリーファー・マッドネス記事で、誇張記事がいかにしてつくられるのかをよく表している。一時代前ならば、文句なく通用していただろうが、今では、さっそく専門家から誇張と嘘ばかりだと反論(下段)が加えられている。



ヘロインより危険

カナビスは若者を精神病にする

Source: The Herald
Pub date: 19 October 2006
Subj: Cannabis: a drug more dangerous than heroin
Author: Melanie Reid
http://ccguide.org.uk/news/shownewsarticle.php?articleid=11801


若者によるカナビス使用が危険なことは数年前から歴然としている。心の病の問題に遭遇するティーンエイジャーの数は増加を続けている。家族は苦悩しながら答えを求め、そして歓迎せざる真実に気づいて愕然とする。ヘビーなカナビス使用と様々な精神病が結びついていることを示す状況証拠は溢れている [1]。こうした問題に巻き込まれた家族にとって最も痛ましいのは、いったんダメージをうければ後戻りする道がないことを嫌でも思い知らねばならないことだ [2]

これには共通したパターンがある。明らかに何の精神的な問題にない快活な子供が、10代に半ばを過ぎるころになると突然に学校の成績が悪くなり始める。秩序立ててものを考えることができなくなり、授業をさぼり、友達から孤立するようになる。やがて、みんなが影でこそこそ噂をしていると苦情を漏らすようになる。こうした傾向は女子よりも男子に表れやすい [3] 。

大学に入学できたとしても、やがて、うつや精神病に苦しむようになる。このような状態になるどこかの時点で、両親は、子供が何年もヘビーなカナビス・ユーザーだったことが原因になっていることに気づく。ついにはドロップアウトして、職さえ得られなくなってしまう。しばしばパラノイドを伴った恐怖に支配されるようにもなる。イギリス統合失調症友の会(National Schizophrenia Fellowship、現在の「リシンク(Rethink)」) [4] で働く人たちは、両親からこうした悲痛な話しを何度も繰り返し聞いてきた。

ヘビーなカナビス使用と脳の発達や精神的な障害の間に因果関係をまちがいなく存在するなどと断言できる人はいない。確かに、Xの次にYが起こったからといって、必ずしもXがYの原因になっているとは言えない。しかし、この分野の専門家、例えばグラスゴー大学でドラッグの誤用を研究しているニール・マッケガニー教授は、たまたまこの困難な問題に取り組むようになって、現在では、10代後半の若者たちと頻繁に接触するようになったが、カナビスの喫煙が実際に、精神脆弱性をもった若者たちに大変な害をもたらすと確信するようになった [5] 、と語っている。

われわれは、アルコールに次いで最も広く使われているカナビスについては十分な知識を持っているとは言い難い。学術的な面でも、ほとんどと言ってよいほど研究が行われておらず大変当惑させられる。この事実は、政府がヘロインやコカインなどに掛かりっきりになって、カナビスのような伝統的に危険のレベルが低いと見なされてきたドラッグに対して研究資金をつぎこんでこなかったことを表している。

そのことを端的に示しているのが、2004年に政府が実施したカナビスのB分類からC分類へのダウングレードだ。この愚かな行為は、政府がろくな研究も指示せず、今日のようなとんでもない結果 [6] を招くことを調べようもしなかったことを意味している。もっとも、当時は、政府が金を出そうとしなかったことを非難する人もいなかったが。

しかし、既に存在している証拠を無視することはできない。1997年のイギリス精神医学ジャーナルには、カナビスの悪影響害について取り上げている。その中では、特に若者に対する、発育上の問題、永続的な認知障害、精神病、慢性・永続的な無気力、さらに、統合失調症や躁うつ病などの引き金になる脳前頭葉への悪影響などを指摘している [7] 。

1980年代に行われたスエーデンの研究では、18才時点でヘビーなカナビス・ユーザーである若者が将来統合失調症になる率が、やっていない人の6倍 [8] になることが見出されている。最近オランダで行われた2つの研究でも、カナビス・ユーザーが精神病になる率がほぼ3倍 [9] になることが示されている。また、ロンドンの南側の地域では、この30年間に統合失調症の発生が倍に増加してる [10] 。

精神医学研究所の精神科教授で、モーズリ病院の相談役も務めるイギリスでは数少ないカナビス専門家、ロビン・マリー博士は、長年にわたって、カナビスが精神病患者の発症の共通原因でなっているとして、その害について警告を発し続けてきた。また、エール大学で行われた実験でも、カナビスの主要な活性成分であるTHCを注射した被験者が同じような症状を発症することが突き止められている。

マリー博士は、最近、「5年前なら、精神科医の95%がカナビスは精神病の原因にならないと言っていたでしょうけど、今では95%が原因になると言うと思いますよ。極めて一般的な認識になっていますから」 と語っている [11] 。

マリー博士の研究は、今週行われた保守党の社会政策レビューのために収集された研究もの含まれていた。また、ケンブリッジ大学のピーター・ジョウーズ教授の報告書も引き合いに出されていた。その中で、教授は、初めて精神障害の症状を見せる10件のうち8件が、カナビスのヘビー・ユーザーで起こっていると指摘している [12] 。「私は、統合失調症の初期診断部門とカナビス依存症部門を担当していますが、10才から11才の時期にカナビスを始めた子供の場合、統合失調症になるリスクが3倍になると見積もっています」 と述べている。

また、トーリー党の依頼で報告書を書いた初等健康教育研究者のメリー・ブリットは、2002年にカナビスのダウングレードを政府に答申したドラッグ乱用に関する諮問委員会には、カナビスと精神病・統合失調症の専門家が一人も加わっていなかった [13] と非難している。

この問題は、間違いなく、次の総選挙の争点になるだろう。だが、期待は持てない。カナビスに関しては旧態依然のままの口先だけの左右対立が繰り替えされるだけで、これ以上悪くなる余地すらない。結局は、30年前のカナビスのノスタルジーに染まったリベラルなベビーブーマーたちと伝統的な厳罰主義勢力の対立が再燃するだけだ。今問題になっているのは、脳が永遠にダメージを受けるという医学的なリスク [14] なのに、社会の自由についての議論をするなど狂気の沙汰だ。しっかりと常識を取り戻さなければ、困難を抱えた家族たちはずっと翻弄され続けることになってしまう。

何もカナビスを忌み嫌う頑固な保守派に戻る必要もない。ティーンエイジャーを持つの両親の気持ちになればいいのだ。カナビスの過剰使用で起こる精神の病気で生涯を棒に振ろうとしている若者を気遣うことが必要なのだ。この問題の議論は、政治の分野ではなく、科学者たちの手に委ねるべきなのだ [15] 。

時代は変わった。現在では、30年前のグラスなどよりもはるかに強力なスカンクというカナビスを相手にしなければならない。昔のグラスはせいぜいビール2杯分程度のものだが、そんな比較的マイルドなカナビスはもう手に入れるのも難しい。スカンクは、屋内の人工的な環境で特別の育てられ、自然のものよりも20倍以上も強力 [16] だ。ジョイント1本でビール10杯以上の効力に匹敵すると言える。

何千もの若者がスカンクを常用して、自らを精神病の入り口の晒け出しているといっても過言ではない。このような状態が広がりを見て、今では専門家たちも、カナビスの危険がヘロイン以上になっているという見方を示している [17] 。

リシンクはこの7月に、イギリス下院科学技術特別委員会で親たちを代表して、政府はカナビスに関して科学的な証拠を集めることに寄与しておらず、既に存在している証拠 [18] を政策に反映することもしていないと糾弾している。けしからぬことに、政府は、カナビスの精神病のリスクを社会や学校の子供たちに広く伝えようとしたことはこれまで全くないとも指摘している。

25年以上前のことだが、世界保健機構(WHO)は、カナビスに関する報告書のなかで、「研究で確固たる因果関係を立証することは、論理的にも技術的にも不可能であり、不可能なことを要求することは理にかなっていない」 と述べている。誠にその通りで、因果関係の立証はせずとも、この深く潜行する禍については、考え得る可能な範囲を越えて十分多くの証拠がすでに揃っている [19] 。今こそ、ティーンエイジャーたちに目前にある危険を警告すべき時なのだ。



カナビス研究の曲解と危険の誇張

恐怖の物語では何も解決しない

Source: The Herald
Pub date: 21 October 2006
Subj: Don't exaggerate the dangers of cannabis
Author: Richard Hammersley, David Shewan
http://www.ukcia.org/news/shownewsarticle.php?articleid=11816


先日、メラニー・リード氏は、「ヘロインより危険、カナビスは若者を精神病にする」という記事を発表したが、曲解と誇張に満ちている。

そもそも絶対安全などというドラッグは存在しないのだから、確かに、カナビスは安全なドラッグとは言えない。しかし、だからと言って、「ヘロインより危険」 なわけではない。筆者の一人は、ヘロインが一般に考えられているよりも危険ではないとする論文を発表しているが、それでも、ヘロインはやはりカナビスよりも危険だ。また、アルコールと比較したとしても、カナビスのほうが危険だとは言えない。

リード氏は証拠の解釈を故意に曲げている。それは、15才以下の若者がカナビスを使うと、心的影響を受けやすい一部の人が将来、精神障害や統合失調症に陥りやすくなる、という話から記事を始めているからだ。だが、この事実には遺伝的要素が絡んでいる。

確かに、リード氏が引用しているロビン・マリー博士はこの分野において多大ですばらしい業績の持ち主だが、記事に書かれているほど悲観的な見方をしているわけでもない。マリー博士が共著者に加わっている最近の論文の結論には次のように書かれている。

「カナビスを常用すれば精神障害のリスクが増大することは確かだが、常用者の大多数は精神病になるようなことはなく、常用者で精神病を発症したケースでも、大半はカナビスが原因したものではない。」

幸いなことに、統合失調症は比較的珍しい病気であり、カナビスが非常に一般化してそのリスクが増大して統計的に顕著になったからといっても、人口全体からすれば依然小さな数にとどまる。有力な研究 のひとつでは、15才以前にカナビスを使っていた若者が、そのために統合失調症になったのは759人中3人に過ぎなかった。精神的・身体的が影響ではアルコールとの関連性のほうがもっと強い。

別の問題として、すでに心の病を抱えている人がカナビスを使うことが危険だとする意見もある。処方されている医薬品と悪い相互作用を引き起こして症状が悪化したり、医薬品をやめてしまうようなこともあると言われる。だが、精神障害を患う人たちの多くがカナビスを使っているが、気分が改善し倦怠感も減っている。彼らは、同じような仲間をたくさん知っている。こうしたことからも、悪い相互作用といった因果関係があるとばかりは言えない。

現在までのところ、精神障害的傾向がない人が15才以降にカナビスを使い始めた場合、何らかの精神病に苦しむようになったという事例は見出されていない。ここで重要なことは、無いものが見えるといった精神症的な症状と統合失調症とを混同してはならないということだ。精神症的な症状は、精神病でなくても、例えばドラッグの使用中や死別といったストレスを受けた際にも見られる。

リード氏の記事では、いかにもカナビスを使っているすべての若者が精神病になるリスクを持っているかのように書かれているが、これは真実ではない。35才までのいずれかの時点でカナビスを使ったことのある人が40%あまりいるが、もっと年長者も加えても、その中には政治家など尊敬を集めている人も多く、問題を起こしていない人が大多数を占めている。

リード氏の記事はほとんどが不正確だが、カナビスがこれだけ広まっているのに十分な研究がなされていないという指摘は正しい。また、16才以下の若者の飲酒や喫煙やドラッグの使用を減らす必要があるという点も正しい。しかし、恐ろしい話でやめさせようとしても役に立たない。アメリカでは、11州で医療カナビスが認可されていることからもわかるように、カナビスには医療的なメリットのあることも忘れてはならない。

リチヤード・ハマースレー、グラスゴー・カレドニアン大学健康心理学教授
デイビット・シューワン、グラスゴー・カレドニアン大学心理学部



[1] 「状況証拠は溢れている」 といっても、マスコミにセンセーショナルな報道が溢れているだけで、実際の調査研究の数が多いわけでもない。根拠になっている研究は5〜7件程度しかない。しかも、これらの論文を検証したマクライド博士は、「カナビスと精神病の害の関連を示すエビデンスがあることは確かだが、しかしながら、このエビデンスの範囲や強度については一般に思われているよりも弱く、さらに、これらの因果関係については明確というにはほど遠い」と書いている。

[2] いったん統合失調症になると「後戻りする道がない」というのは偏見で正しくない。治療で約3割の患者が元の生活能力を回復し、約5割の患者が軽度の残遺症状持ちつつも生活能力が若干低下する程度に安定し、中等度から重度の残遺症状を残し生活に支障をきたす患者は2割と言われている。(統合失調症 ウィキペディア)

[3] 「共通したパターン」 は筆者のイメージに過ぎない。実際、カナビスが全く関係していなくても、ここに書かれたようになる人は少なくない。この部分のストーリーは、別の記事のパクリのような感じも受ける。また、統合失調症は人によって症状がまちまちで、きまった幾種類かのパターンがあるわけではなく、カナビスで統合失調症が起こるとしている論文でもカナビス特有の症状があると主張しているものはない。さらに一般に、統合失調症の発症は男性の方が早い傾向があることが知られており、カナビス特有のパターンと言うわけでもない。

[4] リシンクが改名したのは、イギリスでカナビスの精神病問題がクローズアップされる前の2002年のことなのに、筆者はなぜわざわざ古い名称を出してくるのだろうか? この問題には、ずっと昔から関心があったと読者に印象付けたいのだろうか?

[5] 「カナビスが精神脆弱性をもった若者たちに害をもたらす」 という説は古くからあり、特に最近言われ出したわけではない。「6倍」で有名な1987年のスエーデンの研究でもすでに指摘されている。

[6] 実際には「とんでもない結果」にはなっていない。ダウングレードされてから、カナビスの使用率は、ティーンエイジャーも含めて大幅に減ってきている。イギリス、カナビスのダウングレードで使用率が急降下 を参照。

[7] 脳前頭葉への悪影響があるかどうかについては、肯定的な研究否定的な研究もある。つまり、はっきりしているのは、悪影響があるとしても一時的なものか、あるいは全員がそうなるほどの決定的な影響ではない、ということまでしかわかっていない。

[8] 「6倍」はカナビス反対派が最もよく引用する数字だが、現在では、この数字は全く信頼できないことが明らかになっている。この数字が出て来るだけで著者が全く科学的批判精神を持っていないことは一目瞭然で、都合のよい数字だけを拾って作文していることがわかる。6倍、600% 参照。

[9] ファン・オズのオランダの研究の3倍という数字は、単に幻聴などを体験度合を表したもので、統合失調症になるリスクそのものを意味しているわけではなく、この研究の調査方法には致命的な欠陥があると指摘する声もある。また、もう一つのオランダの研究とは、ファン・オズのドイツ・ミュンヘンでの調査のことか、他の研究者のゾイドホランド州の研究なのか不明だが、どちらにしても、リスクは2倍以下になっている。結局、リスクは何倍なのか? 調査によって結果はばらばら を参照。

[10] 「ロンドンの南側の地域」という話は、リシンクの証言の孫引きなのだろうが、このことを調査した研究論文自体には、カナビス使用が統合失調症増加の原因になっているなどは一言も書かれていない。この周辺の文章は、原典を確かめずに孫引きに頼っている著者の引用の底の浅さを露呈している。

[11] このマリー博士の発言のソースは不明だが、発言の趣旨は、報道で話題になるようになって、単にそれまで関心のなかった医者が関心を持ち始めたということに過ぎないのではないか? 問題の本質は、原因になるかならないかの二元論的白黒ではなく、なったとしてもどの程度なのかということにある。マリー博士の加わった論文は、この文章の書き方から受ける印象とは全く異なる。

[12] 「10件のうち8件」というのは、オーストラリアの医者の発言 をごちゃ混ぜにしているのでは? また、「10才から11才の時期にカナビスを始めた子供」というのは余りに極端な例であって、特定の条件下だけの話しを、カナビス・ユーザー全体に一般化するには無理がある。

[13] 「カナビスと精神病・統合失調症の専門家」とはどのような人のことを言っているのか? ロビン・マリーのような人だとしたら、彼もまじえた指導的な研究者の見解では、若者の大多数は未成年期にカナビスを利用しても害を受けることはないが、害は精神脆弱性を抱えた少数の人に出現するとして、カナビス全体の分類や刑罰の問題ではなく、親や教師や保健指導者の指導の問題だと述べている。

[14] カナビスで「脳が永遠にダメージを受ける」ことを示した研究はない。神話8 マリファナは脳障害を引き起こす 、 政府の詭弁7 マリファナは脳障害を起こす を参照。

[15] 政治ではなく、科学者たちの手に委ねるべきなのだと言いながら、平気で 「カナビスはヘロインよりも危険」 という政治的なメッセージをタイトルに付ける感覚に、この記事の支離滅裂な特徴がよく表れている。

[16] 現在のカナビスが70年代よりも 「20倍以上も強力」 になっているというのは反対派の常套句だが、実際には、それほど効力は増えていないし、効力が強いから危険なわけでもない。効力の強いカナビスほど危険? 参照。

[17] 「カナビスの危険がヘロイン以上になっているという見方」 をしている科学者などいない。このような発言は、科学によるものではなく、どれも政治的な背景を持っている。

[18] リシンクがあげている「既に存在している証拠」といっても、有力48論文を検証したマクライド博士によれば、「エビデンスの範囲や強度については一般に思われているよりも弱く、さらに、これらの因果関係については明確というにはほど遠い。」

[19] 十分多くの証拠がすでに揃っていると主張しながら、別のところでもっと研究が必要だとも述べているが、やはり、実際には強い証拠がないことをどこかで意識しているのだろうか?