カナビス医薬品を巡る

イギリスの進展とアメリカの停滞

Source: Fast Company(NY)
Pub date: February 02, 2004
Subj: The Cannabis Conundrum
Author: Bill Breen
Web: http://cannabisnews.com/news/18/thread18285.shtml
Pix: http://www.cannabisculture.com/articles/4310.html


イギリスのGW製薬の創始者が語っているように、もし、カナビスがマリファナとは全然別の植物だったのなら、あらゆるバイオ関連企業がすでにこの植物に群がっていたに違いないが、アメリカは現在でもカナビスに頑なな姿勢を崩していない。しかし、そうしたアメリカのバイオ産業を差し置いて、世界ではこの植物から作られる医薬品をめぐって新しい競争が始まろうとしている。


カナビスの見直し

9月も終わろうとしていたある晩、エサン・ルッソ教授は、マサチューセッツ大学アマースト校の教室で学生たちに、高校で恒例となっている薬物乱用防止教育(DARE)を受けたことのある人は挙手してみてくださいと語りかけていた。ほとんどの学生が手を上げたのを見て、「思った通りですね」 とルッソ教授は頷いた。次に、「では、その見直しから始めます」 と笑いながら、ドラッグ再教育プログラムとも言えるプレゼンテーションを始めた。

ルッソ教授は小児神経学が専門の医者で、カナビスの医療使用の研究分野では世界でもパイオニアの一人にあげられている。華奢な体にユーモアたっぷりの人柄だが、その知識の豊富さは並外れていて驚かされる。

彼によれば、カナビス(正確な植物名は、カナビス・サティバ)が心や体の病気に効果のあることという最初の記録は、紀元前2200年の古代アッシリアにまで遡る、と言う。今日では、違法にもかかわらず、化学療法にともなう吐き気の緩和やエイズ患者の食欲刺激、緑内障による盲目の防止、偏頭痛の抑制、多発性硬化症にともなう痛みや筋肉の硬直の緩和などに利用されている。

また、処方箋なしで購入できるアスピリンのように医薬品では毎年何千人もの人が亡くなっているが、カナビスの致死量は通常使用量の2万〜4万倍とも言われており、実際にカナビスの過剰摂取で死亡した例は一件も知られていない。ルッソ博士は、少なくとも喫煙を避けてピルやスプレーで摂取すれば、「カナビスは、今日利用できるほとんどすべての標準医薬品よりも安全性が高い」 と力説していた。

驚くようなスライドが次々と映し出された。モロッコのリフ山脈の丘を被う緑一面のカナビス畑、ステロイドを使ったように満々と成長した巨木のようなタイのカナビス。中でも圧巻で最も説得力のあるスライドは、「カナビス・チンキ」と書かれたラベルの貼られた家庭用のボトルだった。 このボトルは、アメリカが医療用カナビスに対して一貫性のない政策を取ってきたことを浮き彫りにしていた。

カナビス・チンキはカナビスの成分をアルコールに溶かした薬で、19世紀中頃から20世紀の中頃までアメリカの薬局方にも掲載された主要な医薬品として流通していた。さらに驚かされたのはボトルに書かれた製造元だった。イライリリー社とあり、思わずあっけに取られた。現在のイーライリリー社は110億ドルもの売り上げを誇る巨大製薬会社で、カナビスとともに気分改善薬として知られるプロザックの製造元としても非常によく知られている。


カナビスの医学的価値をめぐる争い

もちろん、現在のアメリカ政府はカナビスのことをニセ薬だと烙印を押している。半年ほど前にアメリカで女性としては初めて麻薬取締局(FDA)のトップに就任したカレン・タンディ長官は、「今までに、カナビスに医学的価値があるなどと示されたことはない」 と公言している。

これに対して、ルッソ博士をはじめ、先駆的な医者、科学者、実業家など一部の小さなグループの人たちは、彼女が間違っていると反論している。実際、ルッソ博士は先頃、イギリスのバイオテクノロジー会社で、多発性硬化症や慢性疼痛に苦しむ人に向けたカナビスを原料とする医薬品の臨床試験を行っているGW製薬とシニア・メディカル・アドバイサーの契約を結んでいる。

GW製薬はイギリス上院科学技術委員会に送った覚書で、臨床試験では、患者の大多数が少なくとも、痛み、痙縮、膀胱問題のいずれか一つに「著しい緩和」が見られ、中には 「生活が変わるほど劇的に改善」 した人もいたと報告している。

昨年の5月には、ドイツの大手の製薬会社バイエル・ヘルスケア社と販売に関する契約を結び、カナビスの経口スプレー・サティベックスを市場に投入する体制も整えている。サティベックスは、重度の神経障害性疼痛や多発性硬化症の治療に使う医薬品で、バイエル社は、イギリスとカナダでの販売権、さらにヨーロッパのオプション権を得ている。

GW製薬によると、ここ数ヶ月以内にイギリスで医薬品の承認を受ける見込みで、カナビスで製造した近代医薬品としては初めてのものになると発表している。また、ヨーロッパ市場でのサティベックスの販売額は3〜4億ドルになると試算している。

「カナビス医薬品は、はかり知れないほどの薬理学的可能性を秘めています。多発性硬化症のような病気に対しては、すべての症状に効くという他にはない能力を備えています」 とGW製薬の創設者でもあるゲオフェリー・ガイ代表は語っている。「もし、カナビスがマリファナとは全然別の植物だったのなら、あらゆるバイオ関連企業がすでにこの植物に群がっていたに違いありません。」

カナダやニュージーランド、オーストラリアをはじめ西ヨーロッパの大半の国では、カナビスに治療可能性を受け入れつつあり、カナビス医薬品の合法市場の立ち上げをめぐってはいくつかの企業も動きだしているが、GW製薬は果敢な挑戦を通じてその先頭に躍り出ている。もし、ガイ代表の期待どおりの成果を得られれば、会社は医療カナビスのイーライリリーになるかもしれない。


天然のカナビス と 合成カナビノイド

天然の植物を原料にしたり、あるいは人工的に化学合成したカナビノイドが医薬品として注目され始めたのは1990年代の初頭のことで、カナビスの活性成分であるTHCばかりではなく、体内で自然に生成される化合物(エンドカナビノイド)が脳にある神経のレセプターを刺激して同じように作用していることが解明されたからだった。

全く新しいレセプターと神経伝達物質の仕組みはエンドカナビノイド・システムと呼ばれているが、次第に、このシステムが痛みや食欲、運動神経、記憶などにおいて極めて重要な役割を果していることが明らかにされた。このことで、カナビスには、はかり知れない治療可能性があると考えられるようになり、全く違った新しい臨床時代をむかえることになった。

現在、イーライリリーやメルク、ファイザー、シェリング・プラウといった大手製薬会社は、天然のカナビスの中に見付かっている60種余りのカナビノイドを実験室で化学合成することに凌ぎをけずっている。大手の製薬会社では、合成したカナビノイドを、肥満の減量、禁煙、ガンの痛み、偏頭痛、多発性硬化症の治療に使うことを目指しているが、開発は未だ初期の段階にとどまっている。

これに対して、脳内のエンドカナビノイド・システムが天然のカナビスそのものによっても刺激されることから、痛みや食欲、運動神経、記憶などの治療において、カナビスが薬として重要な役割を担えるはずだと考えている研究者もいる。

カナビスの医薬品業界においては、化学合成物質の代わりに天然の植物を使うことに対して根強い反対もあるが、ルッソ博士は、「少なくとも近い将来に限れば、天然のカナビスを材料にした医薬品ほど広範囲な症状に使えるような合成薬品が、それらの会社から出てくることはほとんど考えられません」 と指摘している。

GW製薬では、天然のカナビスから抽出した成分を、目的の疾患の治療に合わせて調合してサティベックスを開発し、現在では人間の臨床試験にまで漕ぎ着けているが、このアプローチにはこれまで5年と6000万ドルしかかかっていない。このことは、大手製薬会社が新薬の開発で、人間の臨床実験前の動物実験に平均で10年以上の歳月と8億ドルも費していることを考えれば、驚異的な快挙と言える。

サティベックスにこのようなことが可能だったのは、動物実験を最小限にとどめて、二重盲験法を使った人間の対照臨床実験に直ちに取りかかれたからで、「年間に4億人の人々が様々な形態のカナビスを使っているわけですが、それによって死亡したという事例は全くないのですから」 とガイ代表は語っている。


「邪悪なイカサマ」 か 確かな科学か?

しかし、アメリカにおいては、天然のカナビスを使った商用医薬品の開発は行われていない。ブッシュ大統領の指名で医療カナビス問題を任されているホワイトハウス麻薬撲滅対策室(ONDCP)のアンドレア・バーサウエル副長官は、カナビスを材料にした薬は近代科学とは相容れないもので、「厳格な研究要件」 を満たしていないと語っている。

「カナビスを医薬品にしようと運動している人たちは、病人を思いやる振りをして邪悪なイカサマを永続化しようとしているのです。患者さんの痛みや苦しみを利用して、アメリカのドラッグ政策を変えようとしているだけです。カナビスは、精製もされていない生の植物で、医薬品などとは全く言えません。」

だが、この見解は、国際的な科学界ばかりではなくアメリカ政府自身の医薬品認可当局の見方を反映していない。第一に、食品医薬品局(FDA)では、現在、植物から作った製品も含めて139の新薬の審査を行っており、植物を原料にした医薬品が全面的に受け入れ難いということにはなっていない。

また、ホワイトハウス麻薬撲滅対策室長官の依頼で、カナビスの医療利用に関する科学的検証を実施した全米科学アカデミー医学研究所(IOM)の1999年の報告書には、「合成カナビノイドに加えて、植物を原料にしたカナビノイドの生理学的効果を調べる研究を継続すべきである」 とする明確な勧告が盛りこまれている。

これに対して、バーサウエル副長官は、カナビスが医薬品の規格を満たしておらず、さまざまな成分を含んだカナビスには品質が一定でしているという保証が全くないと言う。しかし、これは明らかに、世界で最新鋭のカナビス栽培施設がどんなものなのか彼女が知らないことを示している。


特定品種を均一に栽培するハイテク施設

GW製薬は、イギリス南東部の秘密の場所に、この地上で最もハイテク化されたカナビス栽培場を持っている。電気を通した有刺鉄線の鉄条網に囲まれ、ビデオカメラと行動探知機を備えた1エイカー以上もある温室には、1万5000本あまりのカナビスが栽培されている。

4メートルの天井からはすき間なく照明灯が照らされ、カナビスが緑の海のように一面を覆っている。植えられている品種は、世界でも最も効力の強いとされる、ヒンズークシ、ホワイトウイドウ、スカンク、ノーザンライトなどで、オランダを別にすれば、正規のライセンスを得てこの規模で栽培している商用設備はヨーロッパではここ以外にない。

GW製薬の開発戦略は、植物の生成するさまざまな成分が特定の病気の治療に効果があるという信念に基づくもので、生成するカナビノイドの割合が違うカナビスを品種改良してつくり出している。

また、THC主体の品種ばかりではなく、ほとんどがカナビジオール(CBD)で構成される品種も育てている。CBD自体にはTHCのような精神活性はなく、THCの摂取にともなうハイを弱める働きを持っているほか、神経障害性の痛みや炎症、てんかんのような中枢神経系の異常の治療に効果があると考えられている。

現在行われている臨床実験では、高THC種、高CBD種、さらにTHCとCBDがほぼ半々のサティベックスの3種類が試されている。

特別のカナビノイドを生成する医療グレードの薬理植物を栽培するというGW製薬の目標は、極限のレベルの品種改良技術を要求されるが、その中でもCBDを生成する品種は他にないユニークなものとなっている。

ここで栽培されているTHC種やCBD種、あるいはそのほかの品種のどれをとっても、同品種内では完全に品質が均一で、1本1本が全く同じ遺伝特性を備えていている。温室は植物工場と言っても過言ではなく、きっちり14週間目で刈り入れが行われて、製品の仕上げ工程に送られる。

「われわれの仕事は、誰よりも先んじて特定のカナビノイドの働きを見出すことです。このために、正確な成分特性を持った植物を育てる必要があるのです。わが社の最終製品のバリエーションは、植物をコントロールすることを通じて得られるわけです」 とガイ代表は語っている。


型破りの起業家

ゲオフェリー・ガイ代表は、医師であると同時に型破りの起業家でもある。以前にも名の通った2つの製薬会社を始めた経歴がある。ある日、南ロンドンの厳重に守られたビルにある彼のオフィスを訪れると、胸のポケットには白いハンカチをのぞかせた両前のビジネススーツを身に着けていた。仕事柄なのか、合法カナビジネスに勤しむ人たちは銀行員よりも身なりが良い傾向がある。

ガイ氏は、自分の気分転換薬はラグビーだと茶化しながら、今までに、カナビスはおろかタバコすら吸ったことはないと言う。「これまでに14種類の医薬品を市場に送り出しましたが、自分ではそのどれも使ったことはありません。」

19年前、彼は、モルヒネの製品を開発するためにエセカル・ホールディングという製薬会社を起業したが、そのことでイギリス内務省から規制薬物のライセンスを獲得する実務経験を学び、1990年には、中国の漢方薬から特別の医薬品を開発するためにフィトパームという会社も興している。

おそらく、イギリスで、カナビスをベースにした製薬会社を立ち上げるためのノウハウと政治コネクションを持ち、医薬品の認可を取り付けることのできる人間は、こうした経歴を持つガイ氏をおいて他にいかったに違いない。


酔わずに効く安全な医薬品

1990年代の中頃になると、多発性硬化症協会のような力のある患者グループが、ドラッグ法を改めて、病人が医療カナビスを使えるようにすることを求めたロビー活動が活発になった。

かねてからカナビスに関する医学文献を読み漁っていたガイ氏は、政府から特別免除を取れれば、科学とビジネスの両方を知っている自分なら違法植物から認可医薬品を開発できると直感したと言う。この直感は当たり、政府との数ヶ月の交渉の後、1998年6月にGW製薬は、カナビスを栽培して研究と医薬品開発に使うためのライセンスを獲得した。

しかし当時、GW製薬はまだ、喫煙によるカナビス摂取の代替になる方法を持っておらず、規制当局は決して臨床実験の許可を出そうとしなかった。そこで会社は、口臭スプレーのような器具をサティベックス用に考案して、患者が舌の裏側に薬をスプレーして摂取できるようにした。舌の裏側を選んだのは、赤い部分が血管に近く、薬の吸収が良いためで、20〜45分以内に効果が現れる。

この装置を使うと、患者は自分の症状に合わせて必要な摂取量を決めることができる。中程度の症状であれば、1日にサティベックスを8〜10スプレーすれば十分で、酔ったりせずに効果を得ることができる。「患者さんたちは深刻な病気に苦しんでいるので、酔ったりせずに生活を改善してくれる安全で効果的な医薬品を求めているのです」 とガイ氏は語っている。


アメリカの停滞

イギリスではサティベックスが認証寸前で、カナダやオーストラリアでは重篤な患者に対するカナビスの温情使用が許されようとしているが、一方で、アメリカの医療カナビス研究は政治の泥沼にはまって身動きが取れない状態が続いている。

アメリカで医療カナビスの研究をしようと思えば、カナビスは、政府がミシシッピーで栽培したものを使うことが義務付けられているが、州法で医療カナビスが合法化されているカリフォルニア州が設立したカリフォルニア大学サンディエゴ校に医療カナビス研究センターに対しては、やっと国立薬物乱用研究所でカナビスを提供する仕組みを整えたところまでは改善が進んだ。

とは言っても、相変わらず他州では何の進展もないばかりか、政府に許可されたセンターの14件の研究にしても、内容は、多発性硬化症患者30人の痙縮を対象として短期的なカナビスの効果を調べるといった程度のもので、1000人以上が参加したGW製薬の臨床試験とは比べものにならない。臨床第3段階を終了したばかりのこの試験は、カナビスの臨床試験とすれば過去最大の規模になっている。

昨年の9月には、ドイツのケルンで、医療カナビス分野の専門家が集まって国際カナビス医薬品学会(IACM)のカンファレンスが2日間にわたって開催されたが、参加したカリフォルニアの医師は帰国後、アメリカの停滞した研究環境を盛んに嘆いていた。

彼は多数の読者を持つEメールのメリングリストの中で、「アメリカでは夢でしかないカナビスやカナビノイドの研究が、他の国で着実に進展しているのを見るとフラストレーションでいっぱいになる。アメリカの病である禁止法至上主義によってもたらされた医薬品と科学の暗黒時代は痛々しい限りだ」 と書いている。

ゲオフェリー・ガイ氏の夢が実現して、ヨーロッパやカナダでサティベックスがカナビス医薬品の第1号になったとしても、やがて後続するカナビス医薬品に囲まれて全体の一つに過ぎなくなるだろう。それに引き換え、アメリカ市民や製薬企業は、カナビスを巡るアメリカの政治に翻弄されて、いつまでも、カナビスをベースにした医薬品に全く手が届かないままにされるのかもしれない。