マレー半島縦断からの帰国直後、留年が決定してしまった。部の活動、個人旅行、麻雀や飲み会の合い間に勉強するといった学生生活では仕方ない。さすがに2留はできないと、4年次は真面目に勉強し、卒研着手の目処がついた98年春休み、今度は台湾一周+沖縄・九州への旅に出た。
台北空港に到着し、分解して空輸した自転車を組み立て、空港から一番近い街・桃園に向かう。と、道路の左端を走っていくつもりが、道路のド真ん中を走ってしまっている。何~!台湾は右側通行だったのか!!車が途切れた隙に右端へと渡り、初めての右側通行に戸惑いながらも、桃園市街に到着した。台湾についての認識や歴史観は割愛するが、後にも先にも、最も日本に近い外国だろう。日本語が分かる人は嫌がらずに日本語を使ってくれ、テレビでは日本の音楽やドラマが流れ、セブンイレブンやファミリーマートなどの日系コンビニも多い。「ファミリーマート」の漢字表記が「全家便利商店」だったのが笑えた。余談だが、CATVにはアダルトチャンネルもあり、番組の半分ぐらいは日本のアダルトビデオだったのだ。
翌日から左回りに走行開始。台北~高雄の西海岸が台湾のメインルートで、平坦で道も良く、順調に南下していく。こういう大きな道路沿いで目に付くのが、ガラス張りでネオンが輝く檳榔(ビンロウ)屋さんの小屋。そこには決まって、露出度の高い若い女の子がけだるそうに腰掛けている。しかし、売っている物は檳榔、タバコ、飲み物や菓子と、普通の商店。そこで買い物してみても、別に期待(何をだ~!?)したようなサービスは無い…。檳榔(ビンロウ)とは、噛みタバコのように用いる木の実で、ニコチンやカフェイン程度の覚醒作用があるそうな。運転手が噛んでいる姿をよく見かけた。こういう嗜好品が大好きな私は、早速チャレンジ。最初は苦くて渋かったが、慣れてくると癖になる味だ。地元のドライバーみたいに噛みながら走り、信号待ちの交差点で檳榔で赤く染まった唾をペッっと吐き、台湾人ぶってみたりした。
こうして南下していくと、北回帰線の標石が。北回帰線の定義は忘れたが、北回帰線~南回帰線の間が、「熱帯」になるらしい。と、本当にそうであった。それまでは曇りがちで肌寒い日が続いたが、一気に夏日の連続となった。自転車旅行者は、最○端、岬、峠、北回帰線や赤道のようなラインに妙に執着を持って目指す習性がある。
北回帰線の次は最南端だ!高雄から南は細い田舎道になり、出発6日目で台湾最南端・墾丁鼻に到着。
墾丁鼻から北上を始めたら、道が一段と悪くなった。西海岸は大都市が並ぶメインルートなのに対して、東海岸は小都市が点在するマイナールートなのである。
リアス式海岸でアップダウンが続き、再び北回帰線を越えると、しばしば雨も降る天候で気が滅入る。こんなときに考えるのは、町に着いたら何を食うかである。台湾料理は日本人の好みに合う中華といったところで、本当に美味い。屋台も良いし、「自助餐」という、セルフサービスで料理を取ってきて量り売り形式の食堂にもよく行った。
走り始めて13日、台北空港近くの都市・桃園の初日に泊まった宿に着き、無事、台湾一周を走行することができた。宿の軒先で自転車の梱包をしていると、地元の爺さん婆さんに囲まれ、日本語で井戸端会議。日本の植民地であった地で、日本人である私はどんな目で見られるのか心配もあったが、とても良くしてくれたことが嬉しかった。
台湾2週間の後、真っすぐ横浜には帰らずに那覇へとフライトし、沖縄本島、奄美大島、鹿児島へとフェリーで渡り、サイクリング部の春合宿に合流して九州を縦断し、最後は博多から青春18切符で帰ってきた。飛行機、フェリー、電車と、自転車+自分の運搬に、陸・海・空制覇してしまった。他の交通と組み合わせて行けるのも、自転車旅行の楽しみの一つだろう。
次回・オーストラリア編 ~大麻と衝撃の出会い~ へと続く
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